ただの痛み 越前とキスをしたのは、まだ幼かった日のことだった。そんなことしたのはただの好奇心のせいだ。なんだか、いま考えると信じられない気持ちになるけど。
その時のことを何度か、幸村は正確に思い出そうとした。でも、あんまりはっきりしていない。キスの瞬間だけぼやかされたように記憶が曖昧だ。唇を合わせた前後のことは、鮮明に覚えているのに。興味はあったけれど、相手に惚れてはいなかったからだろうか。
とても晴れた日だった。ふたりは話すでもなく、近くに座ってただけだ。コートぎわの木陰のベンチは、休憩にうってつけだった。テンテンテンと、テニスボールが硬く弾んで転がる音が聞こえる。下を向いた瞬間、なにかの気配が髪を揺らした。隣りを向くと、唇を押し付けられた。傷口をガーゼで優しく押さえるような仕草だった。キスを受け入れたのはなぜなのか、覚えてない。驚きすぎたせいか、ここの記憶はすこし飛んでる。
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