お題:読書、🌹夢、タイトル:みにくいあひるのこ高い位置の本に懸命に手を伸ばしていると、背の高い貴婦人と手が触れた。
ゆうに2mを超えているだろう背丈の婦人は、ぎざぎざの歯をむき出しにしてこちらに微笑む。
「久しぶりね〜!元気にしてた~!?ここで働いてたのね!」
彼女の名前はロージー。この図書館のあるカニバルタウンを治める、誰よりも美しいオーバーロードである。
「ねえ、昔を思い出すわね!」
2人で児童書コーナーの低い椅子に腰掛けると、ロージーは私に子どもに話すようにして話しかけてきた。
私は地獄に堕ちた後、ロージーに拾われた孤児だ。子どもでありながら、生前から死肉を屠っていた私は、地獄に堕ちた後、カニバルタウンに流れ着いた。
ずっとロージーに世話をされてきていたが、無理をいって昨年独立し、今は司書として生計を立てている。
昔のことを楽しく話していると、ロージーが近くの絵本を手に取った。
本には、「みにくいアヒルの子」と書いてある。
私は目を細めて笑った。この本は、幼い私にロージーが読み聞かせてくれた本だ。
「みにくいアヒルの子はー」
みにくいアヒルの子。アヒルとして生まれたが、見た目が醜く、他のアヒルから煙たがられた主人公が、本当は美しい白鳥だったというお話だ。
お母さんアヒルが一生懸命に主人公の味方であろうとする姿が印象的だった。
私は、絵本の中のアヒルと自分を重ねて、幼少期を思い出す。
生前から死肉を食べ、周囲から異常者と呼ばれていた私でも、地獄では、ロージーという「母」に世話をされながらなんとか独立することができた。カニバルタウンの住民達も、優しく私を受け入れてくれた。ここは地獄だが、私にとっては天国のようだ。
週に一度、この図書館にロージーはやってきた。いつも他愛のない昔話をした。
しかし、今日は様子が違っていた。
「ねえ、もう聞いてもいいわよね?どうして急に家を出ちゃったの?私、心配したのよ」
ロージーは、眉を下げながら私の手を包み込む。
私は黙り込むしかできなかった。
なぜ、私が急に家を飛び出したのか。
これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思ったから。
しかし、それ以上に
ー母であるロージーに抱いてしまった気持ちを、私は否定できなかったからだ。
はじめは、カニバルタウンを飛び出し、地獄の中でも治安の悪い地域で働いていた。
しかし、やはり、行動は考えていることを、本当に思っていることを示すものだ。
結局、ロージーがいるカニバルタウンに戻った。しかも、ロージーとよく通っていた図書館で働いているし、今も、ばったり会ったロージーとの週に1回のおしゃべりの会から離れられずにいる。
「あっ!」
しばらく2人で見つめ合っていると、突如、ロージーの後ろにあった本棚が倒れ、大量の本がなだれこんできた。
「あらあら、怪我はないかしら?」
ロージーは、本棚を背で受けて、私を守ってくれた。
彼女の背中から一筋の血がこぼれる。ロージーに怪我をさせてしまった。
しかし、擦れただけとはいえ、怪我をしているにも関わらず、ロージーは美しいままだ。私は、おろおろとしながらも、美しい薔薇に釘付けになってしまった。
ロージーは黙ったままの私の手を取り、いつものように、にっこりと微笑んだ。
はじめて会った時とも、私が自分の気持ちに気づいた時とも、全く同じままの優しい笑顔だ。
「大丈夫?」
私の白鳥。私の幸福。
誰が何と言おうと美しい人。
彼女の名前はロージー。
誰よりも強く、美しいオーバーロードである。
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余談だが、倒れこんできた本の中には、「みにくいアヒルの子」も混ざっていた。
『ぼくがみにくいアヒルの子だったときには、こんなに幸福になれようとは、夢にも思わなかった!』
参考・引用元
ハンス・クリスチャン・アンデルセン、矢崎源九郎訳、「みにくいアヒルの子」(1967)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/58875_69752.html