お題:人形「何です?これ」
「不気味でしょう?どうぞ持っていってください」
馴染みのブティックで、アラスターは見慣れない布の人形を見つけた。
その人形は、埃をすっかりかぶっており、妙な匂いまで放っている。
ボタンでできた目は黒くすすけていた。
「…」
真っ黒なボタンの目にアラスターの紅い瞳が反射する。
しばらくお互いを見つめた後、アラスターは、人形をぎゅうっと握りしめた。
☬
アラスターがブティックを出ると、ニフティがいた。
ニフティはアラスターの持っている人形を見るなり、それをひったくった。
「わ!ニフティ!何をしてるんですか!?」
アラスターはあわてて人形を取り返す。
急に手をひかれたニフティは、目に涙を浮かべていた。
その涙を見て、アラスターは我に返る。
「ごめんね、アラスター…。でも、そのお人形きれいにしなきゃ!と思ったの…。」
アラスターは、しおらしげなニフティをなだめながら、ホテルに戻った。
ーーーアラスターは自分自身でも不思議だった。
潔癖ゆえに、普段なら埃のかぶった人形なんて持ち帰らないだろう。
ニフティに対して、急に手を引くような乱暴なことも滅多にしない。
ーーーまったく、自分らしくない。
自身を乱す人形が呪われたもののように思えた。
ホテルの自室に着くと、アラスターは人形にふうっと息を吹きかけてみた。
埃が舞い、せっかく掃除した自室が汚れていく。
そして、視線を、舞い散る埃から人形に戻すと、黒いボタンに映る自身が幼く見えた。
「…!?」
もう一度人形の目を見る。
やはり、生前の幼い自分が映し出されていた。
目の前の人形と遊ぶ自分が映し出されていた。
実のところ、アラスターは、人形自体は、好きだ。
ピアノに載せている音のなるおもちゃも滑稽で恐ろしくて好きだし、しもべの悪魔も人形のようなデザインだ。かわいらしく、おどろおどろしい、彼らが好きだった。
なお、彼が最初に人形を手にしたのは、実は悪魔になってからや呪術にのめりこんだ時ではない。幼少期、クリスマスプレゼントとしてもらった人形が、アラスターがはじめて遊んだ人形だった。当時、ぬいぐるみの好きな女の子とも遊ぶことが多かったアラスターにとっては、うれしいプレゼントだった。
ただ、外に遊びに持っていった時に、強風が吹いており、当時の排気ガスも手伝って、すっかりすすけてしまった。そして、真っ黒になった人形は、アラスターの部屋の奥でひっそりと暮らしていた。
どうして忘れていたのだろうか。
目の前で舞い散る埃はアラスターが幼少期吸い込んでいた排気ガスを思わせた。また、ニューオリンズには雪は滅多に降らないが、黒い雪のようにも思えた。
アラスターは、この雪を落とそうと決意し、バスルームへと向かった。
☬
「あれ!昨日よりかわいくなった気がする!ボス、私もこの子と遊びたい!」
翌日、ニフティと自分の手下たちがすっかり汚れを落とした人形で遊ぶ光景を、アラスターはほほえましく見守っていた。いつもより笑顔はずっと優しかった。