片想いは腹を括る『8月の中旬、時間を貰いたい。』
かつての義兄に、突然そう言われた。心当たりはいくつかある。その中でも一番濃厚なのは…。
「もう付き纏うな、だろうなぁ…。」
弟の顔をすれば構ってくれる。昔と同じように言葉を交わしてくれる。あんな事があっても尚、俺を家族として扱ってくれるあいつに甘えていた。この気持ちに蓋をし続けられる限りは傍に居られると、勝手にそう思っていた。
それを、きちんとコントロール出来ていなかったのだろう。好いた相手には会いたいと思ってしまうものだ。少しでもいいから顔が見たい。例え皮肉でもいいから声を聞かせてほしい。その目に俺を映してほしくて…。
店にも、ワイナリーにも、何かしら理由を見つけては顔を出していた。言葉を交わしていた。
きっと、鬱陶しいと思われるほどに。
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間もなく、8月の半ばを迎える。弟が意識しているかは分からないが、僕たち二人の誕生日のちょうど中間なのだ。俗に、真ん中バースデーと呼ばれるもの。親しい間柄の者たちは互いの誕生日以外にも祝いの理由が欲しいのだろう。
僕はその日を、もっと特別なものにしたくなった。
何かと理由をつけてディナーに招くのも、素直に心配していると言えずに皮肉や小言を言うのも、家族としてなら許される気がしていた。過去に何があろうと、僕たちが兄弟として育ったことに変わりないから。そういう瞬間、あの子は弟の顔をしてくれるから。
しかし僕は、もうそれだけでは満足出来そうにない。弟としてのガイアのことは当然家族として愛している。彼がいつか誰かを愛し、生涯を共にと考えるような相手が現れたなら、兄として喜び祝福しよう。だがそれは表向きの感情であって、本心は悲しみに暮れることだろう。どうかその相手に僕を選んでほしい。ただの兄弟としてではなく、誰よりも愛しい相手として、この腕に抱く権利を貰えないだろうか。
ずっと大切に温め続けてきたこの想いを、どうか受け取ってほしい。今すぐに同じ想いを返せとは言わないから。まずは拒絶せずに受け入れてほしい。
そしていつの日か、同じ気持ちを僕に向けてほしい。
〜・〜・〜・〜・〜
8月半ば、ちょうど二人の誕生日の真ん中となるその日、ディルックとガイアは揃って城門を出ていく。
どちらも緊張に顔が強ばり、普段の軽口をたたき合うような気配は全くない。
ディルックはこの後訪れる一世一代の愛の告白の瞬間を思い描いている。冗談と受け取られ流されぬように伝えるためには、どう言葉を紡ぐべきなのだろうか。そんな事を考えては、つい難しい顔になっている。
一方ガイアは、この後告げられるだろう拒絶の言葉を反芻し、その瞬間に備えていた。この片想いがいつからかなんて、既に記憶にない。きっと出会ったその時から、半ば崇拝するように憧れ、己を唯一と見てほしかった。
付かず離れずの微妙な距離で、終始無言で、期待と絶望から来る緊張に各々の顔色を染め、歩き続けることしばし。ディルックは風立ちの地にある巨木の前で足を止めた。倣うようにガイアの足も止まる。
ひとつ大きく深呼吸をして、ディルックはガイアに向かい合った。
大丈夫だよ、とでも言うように、温かく柔らかな風が二人を包む。
きっと、次の真ん中バースデーには、片想いではなくなった二人が肩を並べてこの思い出の場所を訪れることだろう。笑みを交わし、その影が一つに重なることもあるかもしれない。
お互いの片想いが両想いになるための追いかけっこが始まるまで、あと少し。