夜空の花に捧ぐ「あのね。アルベドお兄ちゃんとガイアお兄ちゃんに、プレゼントがあるの!栄誉騎士のお姉ちゃんに色々教えてもらって作ったんだ!楽しみにしててね!」
とある夏の日。騎士団みんなの可愛い妹からサプライズプレゼントがあるのだと言われた二人の「お兄ちゃん」が居た。
「そうかい。楽しみにしているよ。」
「手作りのプレゼントか?こりゃ楽しみだ。」
主席錬金術師は膝をついて妹と目線を合わせ、頭を撫でてやりながらにこりと笑う。寒風の騎士は背中を伝う汗に気付かないふりをして大袈裟に喜んで見せた。栄誉騎士と最後の打ち合わせをしてくると元気に走り去っていく火花騎士を見送り、壊れかけのブリキのおもちゃのようにギギギと音がしそうなほどぎこちなく首を動かし顔を見合わせる。
「「今度は何を作ったと思う?」」
自称ただの同僚、その実互いを唯一と想いを寄せ合う恋人同士の二人は、同時に頭を抱えたのだった。
~・~・~・~・~・~
時は遡り、数日前。
「う~~~ん……」
シードル湖の畔で一人唸っている少女が居た。
「あれ?クレーじゃないか。おーい、クレー!難しい顔して、どうしたんだよ?」
「地面に何か書いてるね。…新しいボンボン爆弾でも作ってるの?」
「パイモンちゃんに、栄誉騎士のお姉ちゃん…。あのね、クレーね。アルベドお兄ちゃんとガイアお兄ちゃんにドカーンしたいの。」
「「アルベドとガイアに!?」」
何かが上手くいかないと悩むクレーは、パイモンと蛍を大いに驚かせた。
「あいつらをドカーンしたいだなんて、一体何があったんだよ!?」
「二人に何かひどい事でもされた?だとしたら、私が許さないから遠慮なく言って。懲らしめてあげる。」
ただ事ではないとパイモンと蛍はクレーから事情を聞き出そうとした。
「あ、違うの!二人のことをドカーンしたいんじゃないの!お祝いのドカーンで喜んでほしいの。」
「・・・お祝い?」
「あいつら、誕生日だったか…?」
「お兄ちゃん」たちの事情を知らない二人はただただ困惑するしかない。誕生日はアルベドが九月、ガイアに至っては十一月でお祝いするには早すぎる。騎士団において栄誉騎士の称号を持つ蛍だが、二人が昇進しただとか、何か難しい任務に成功しただとか、お祝いするに値するような情報は入ってきていない。
「えっと…お、お祝いは例えばの話!びっくりさせたくて…。」
失言に気付いたクレーは慌てて言い繕う。アルベドとガイアの関係は、みんなには秘密なのだ。そして、その秘密の関係が始まって間もなく一年が経つ。クレーは誕生日のように何かお祝いをしたくて、しかし誰にも相談できずに一人悩んでいたのだった。
「ああ、サプライズプレゼントってやつだな!」
「やっつけたいわけじゃないんだね。よかった…。さすがに二人一度に相手するのは大変だもの。」
「そっちかよ!」
蛍の冗談なのか本気なのか分からない発言にツッコミを入れつつ、パイモンはクレーの力になってやろうと話を始めた。
「ドカーンでびっくりさせて喜ばせたいなら…花火はどうかな。稲妻ではお祝いに打ち上げたりもするでしょ?」
「そうだな!宵宮に協力してもらえれば、クレーにもきっとすんごいやつが作れるはずだ!」
さっそく二人はクレーを連れて稲妻へ飛び、宵宮を訪ねて事情を話す。
「なるほど。大好きなお兄ちゃんたちにびっくりをプレゼントしたいんやな?任しとき!ええもん考えたるさかい、ちょっとクレーちゃんと二人で相談させてな。蛍とパイモンちゃんには、後で花火の打ち上げ方を教えたるさかい、手伝うてあげて。こんな小さい子に打ち上げさせるわけにはいかへんから。」
「分かったぜ!」
「お願いね、宵宮。」
宵宮はクレーだけを連れて店に入り、何故サプライズプレゼントを思い付いたのか聞き出していく。クレーは慎重に言葉を選び、仲良しなお兄ちゃんたちの記念日を祝いたいのだと改めて説明した。仲良しの記念日と言われれば、宵宮としても察するものがある。全く付き合いのない人たちだから、誰の事かまでは分からない。それでも幼いなりに恋人たちの記念日を祝おうとするクレーの気持ちを慮り、敢えて核心には触れないように気を付けながら、ボンボン爆弾に花火の要素を足していく。夜空に打ち上がれば誰の目に触れるか分からない。公にしていない関係なのだろうと察した宵宮は、クレーのデザイン案を聞きながら本人を特定できそうな要素をさりげなく変更させていく。
「よっしゃ、出来たで!!これで完璧や。後は蛍たちが完璧に打ち上げてくれれば、きっとクレーちゃんの気持ちは伝わるはずや。喜んでもらえるとええな。」
「宵宮おねえちゃん、どうもありがとう!」
花火を打ち上げるより、この笑顔を見せればもっと喜んでもらえそうだと思った宵宮であった。
クレーの作ったものとは別の花火を使って大きな花火の打ち上げ方のレクチャーを受け、二人は再びクレーと共にモンド城へと帰ってきた。
「クレー、花火を打ち上げるならちゃんとジン団長に許可を貰わないと駄目だぞ?」
「お兄ちゃんたちにも、ちゃんと空を見てもらえるようにお願いしなきゃね。」
「分かった!クレー、頑張るね。」
「打ち上げは私たちも関わるから、一緒に行こうか。」
「そうだな。栄誉騎士としても責任を果たさないとだもんな。」
…クレーだけじゃ、心配だからな
「アルベドとガイアにサプライズプレゼントか。いいじゃないか。きっと喜んでくれるはずだ。」
「それでな、ジン団長。そのプレゼントっていうのが花火なんだ。」
「城内爆破は駄目だから、ちゃんとジン団長の許可を貰える場所でやるって約束するよ。栄誉騎士のお姉ちゃんやパイモンちゃんの言うことをちゃんと聞くから、だから…!」
「打ち上げは私とパイモンでやるから安心して。クレーは花火をデザインしたの。ちゃんと花火のプロと一緒に作ったから安全面は大丈夫なはず。」
「なるほどな。それならシードル湖の小島で上げるのはどうだろうか。あまりモンド城からも離れていないし、周りを水で囲まれている場所の方が安心だろう。」
「そうするね。」
「ありがとな、ジン団長!」
こちらは大丈夫そうである。そして話は冒頭のシーンに戻るわけだが、クレーに中途半端な情報を与えられた「お兄ちゃん」二人は状況の確認のために奔走していた。
「クレーが作ったものを知ってる奴が見当たらん…どういうことなんだ?」
「やはりもう一人の当事者、栄誉騎士を探し出すしかないかもしれないね。」
「彼女たちを探すのも苦労するな…。何しろモンドに居るとは限らないからな。」
「いや。クレーが打ち合わせがあると言っていた。きっとモンドに居るはずだよ。」
手分けして騎士たちに声をかけてみるも、みんなが揃って何も知らないと首を横に振る。何かを作ったのなら材料の購入があったかもしれないとあちこちの店でも聞き込みをしてみたが、やはりこちらも収穫は無かった。
「おーい!ガイア!アルベド!」
頭を抱える二人のもとに、今まさに探しに行こうとしていた人物の片割れが訪れ声をかける。
「お前ら、クレーに会ったか?」
「クレー?さっき爆弾発言を残して何処かへ行っちまったが…顔は見たぞ。」
「パイモン、ちょうどよかった。キミたちを探しに行こうと思っていたんだ。クレーの話が要領を得なくてね。」
両側から、知っている事を話せと圧がかかり、パイモンは思わず高度を上げて逃げようとする。
「逃げるな。別に取って食うわけじゃない。ただ、モンドの安全のために、知ってる事を教えてほしいだけなんだ。」
「ボクたちの予想では、また新しいボンボン爆弾を作ったのではないかと思ってね。その可能性を否定出来る材料が全く見つからずに困っているところなんだよ。」
表情を繕ってはいるが、ガイアもアルベドも必死である。万が一、城内で大規模爆破事件など起こされては…と想像はどんどん悪い方へと転がっているのだ。何しろ、爆弾作りが大好きなあの少女は前科多数なので。
「さすがクレーのお兄ちゃんだな…。おいらが来てやって正解だったみたいだ。安心しろ、今回の爆弾はちゃんと花火師の監修で作られたものだし、打ち上げは蛍がやる。お前たちは約束の時間に空を見上げてくれればいいだけだぜ!」
「約束の…」
「時間…?」
懸念事項は解決したようだが、新たな疑問が湧く。クレーからは何も聞かされていない。
「今夜、日が暮れたらシードル湖の上空を見上げてみてくれ。まったく、クレーは肝心な事を言い忘れちゃったんだな。クレーから二人へのプレゼントなんだ。見逃すなよ!」
パイモンは話せる事だけを全て話し、飛び去っていった。
「今夜、か…。」
「いったい、誰を巻き込んで何処まで話したんだかな…。少なくとも蛍とパイモン、花火師とやらにはバレたんだろうな。」
「最初にクレーにバレてしまったのが運の尽きかもしれないね。ボクは後悔しないけど。」
「俺も別に。お前がいいならそれでいい。それにしても、よく覚えてたな。今日がちょうど一年の記念日になる、だなんて。」
想いを通わせた一年前の今日、ただ一緒に居ただけにも関わらず、クレーには二人の関係に変化が訪れたとバレたのだ。敢えて恋人になったとは言わずに、今までよりももっと仲良くしたいとお互いに思っていたことが分かったんだと説明した。
『大好きなお兄ちゃんたちがもっと仲良くなるの、クレーは嬉しいよ!』
そう言って笑ってくれた妹の笑顔を思い出し、二人は顔を見合わせて笑みを浮かべる。
「特に記念日とやらには拘りはなかったけれど…。せっかくクレーが祝ってくれると言うのなら、お祝いらしいことをしてみるかい?」
「シードル湖上空と言っていたな。少し高いところからシードル湖とモンド城を見下ろしながら、花火と酒を堪能するのはどうだ。」
「酒は余計かな。ボクは違うものに酔いたい気分なんだ。」
アルベドは揶揄うようにガイアを覗き込み、その耳が微かに染まったのを見て気をよくする。そんなアルベドを見つめて、ガイアはぐっと拳を握り締めた。
…そろそろ、我慢も限界なんだがな。
関係についた名前こそ同僚から恋人に変わったものの、それらしい言葉を交わすようになったものの、まだそれだけなのだ。指先の温度すら知らない。知っているのはグローブや隊服越しに伝わる体温だけ。
何とも清すぎるお付き合いの二人なのである。
〜・〜・〜・〜・〜
パイモンは二人のもとへ戻り、今夜の日没後にシードル湖上空を見上げるように伝えてきたと蛍に耳打ちした。
「ありがと、パイモン。やっぱりそっちも心配で…。」
「おいらがちゃんとフォローしておいたから大丈夫だと思うぜ。せっかくここまでクレーが頑張ってるんだ。「お兄ちゃん」たちにはちゃんと見届けてもらわないとな。」
「私たちも責任重大だけどね。」
「ファ・イ・ト!ファ・イ・トー!!お前なら完璧にやれるはずだ。」
ここまで来たら、後は思い切りよく数発の花火を打ち上げるだけだ。実際は全て蛍がやるため、パイモンはクレーと一緒にモンド城の小門を出た辺りから応援することになる。
全ての打ち合わせと事前準備を終え、蛍は小島に残り、クレーとパイモンはモンド城に戻っていった。
一方、ガイアはアルベドと共に明冠峡谷を訪れていた。地霊壇の辺りはうろつく魔物も居なければ冒険者もあまり来ない。二人きりでのんびりするにはいい場所だ。
テイクアウトしてきた軽食を食べ、空がだんだんと明るい昼の色から夜の色へと変わっていくのを無言で眺める。間もなく日没だ。辺りは暗闇に包まれ、夜空を彩る花火が美しく見えることだろう。幸い天気も問題なさそうだ。
ガイアはちらっと隣に座るアルベドを盗み見た。同僚の頃よりは近くなった距離。しかし、恋人の距離と呼ぶにはもう少し隙間を無くしたい。決して四六時中ベタベタくっつきたいわけではないのだが、微かに肩が触れるくらいまで近付いてくれてもいいのではないか。ついそんなことを思ってしまう。後からガイアがアルベドにくっつくように座っても、そっと距離を取られる。それが寂しい。
パーソナルスペースの大きさの違いと言えばそれまでだ。しかし、とっくにそんなものを取り払ってしまったガイアにとって、まだだとアルベドに言われているようで複雑な気持ちになっている。気まぐれに触れるほど近寄っては、ふわりとドドリアンの香りを残していくくせに。ガイアは、その行動の意味を問い質そうとしては、アルベドの蠱惑的な笑みの前に言葉を失くしている。
ドン!という音と共に、夜空に四つ葉が輝いた。どうやら始まるらしい。
「クローバーか。クレーらしいね。」
微笑ましいものを見たというようにアルベドが笑う。
「次は…俺たちの似顔絵みたいだな。」
「『大好き』か。文字も打ち上げられるとは知らなかった。」
「これは…手を繋いでいるところ…?」
「『ずっと仲良し』…?」
「最後はハートか。」
次々と打ち上がるマークやメッセージに、クレーの思いを察した。
「ずっと仲良しの恋人でいてね。といったところか。」
「おそらくね。」
「お前の妹、センスあるな。」
「監修した花火師が上手だったのかもしれないよ。」
「そこはクレーの手柄にしておいてやれよ。」
アルベドの言葉にガイアは笑う。
「キミは、クレーには優しいね。」
「おいおい…。俺、お前には優しくないか?」
「さぁ、どうだろうか。」
アルベドが笑い、ガイアとの間にあった隙間が消える。
再び上がり始めた花火を見上げ、アルベドはガイアに凭れかかった。
「アルベド…?」
「いつまで見ないふりをするつもりなんだ。…ボクは、待ちくたびれてしまったよ。」
吐息が触れるほど間近に見つめられ、ガイアは思わず呼吸を止める。
「キミの瞳、星と月が寄り添っていてすごく綺麗だ。ねぇ、ガイア。キミは・・・・・・」
アルベドの言葉の途中で花火が打ち上がり、声が搔き消された。
「お前のお許しが出るの、ずっと待ってたんだがな。」
それでもガイアは正確に応えてみせる。ずっと触れてみたかった。がっついてると思われるのは嫌だった。過去、それらしいチャンスを棒に振って以来、タイミングを掴むことが出来ずにいた。気が付いたらそのまま一年経ってしまったのだ。
ガイアの指先がアルベドの頬に触れる。アルベドはその手に己の手を重ね、擦り寄るようにして目を閉じた。
「・・・・・」
ガイアの言葉は花火の音に紛れて聞こえない。それでもアルベドの口元は綻び、嬉しいのだと示していた。
「ボクも。好きだよ、ガイ…」
アルベドの言葉は最後まで聞こえない。
「…せっかちだね。」
「悪い…。」
「いいよ、気持ちは分かるつもりだ。」
言い終わるなりアルベドがガイアに触れる。アルベドはずっと待っていたのだ。ガイアが初めてそれらしい素振りを見せた時、恥ずかしさからつい気を逸らすようなことを言ってしまい後悔していた。それ以来、ガイアはそのような素振りを見せてくれなくなってしまった。自分のせいだと分かっていただけに、アルベドからは行動を起こせず一年を迎えてしまった。
二人はちらりとシードル湖を見やる。今上がっている花火はクレーのお手製ではなく、イベントの時によく使われるありふれたものだ。打ち上げ係をやらされているだろう蛍には申し訳ないが、今は花火より見つめていたいものがすぐ目の前にある。目を閉じて、感じていたい体温がある。
ガイアの腕に抱かれ、アルベドはガイアの唇を受け止める。何度も。どちらともなく顔を寄せる。
花火の音が完全に消え静寂が戻るまで、今まで触れ損ねた分を取り返すように。互いの想いを確かめ合うように。二人の影はしばらく一つにくっついたままだった。