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    asatokiru

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    asatokiru

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    火気厳禁。(仮題)「モーニングとは、案外洒落た習慣があったものだと思ったが」

     成歩堂はバケットサンドに齧り付いたまま、目線で何だと尋ねる。

    「まさか、本当に硬いパンを食べたいだけだとはな」
     
     鼻で笑ってから、紅茶をいただく。陽射し降り注ぐ夏場のテラス席とはいえ、午前8時ともなれば幾分ましなものだ。温かい紅茶を注文したときに成歩堂から白い目で見られたものだが、まだ美味しくいただける気温である。決して意地ではない。
     成歩堂はようやくバケットを飲み込んで、アイスコーヒーで口を潤す。なにやら面白くなさそうな顔つきをしている。

    「そのまんま言っただろ。硬いパンが食べたいからパン屋に行こうって」
    「ああ、言ったな。熟睡する私の肩を遠慮なく揺すって」
    「順番が違う。硬いパンが食べたいから、寝こけるお前を叩き起こしたんじゃない。お前の寝顔を見ていたら、硬いパンが食べたくなったから叩き起こしたんだ」
    「君の食欲に私の安眠が妨げられたのは間違いないな」
    「食欲じゃないよ」

     成歩堂は不服を訴えて、フルーツとナッツが盛り込まれたライ麦のパン(こちらが「硬いパン」としては本命だろう)を噛みちぎる。行儀が悪いが、これが目当てというのだから仕方がない。
     この男は以前よりリンゴを皮ごと齧ったり、貰い物の煎餅を異常なスピードで喰らったりと、歯ごたえのある食べ物を噛み砕く姿を見せている。折に触れて、そういった衝動に駆られるらしい。

    「歯茎でも疼いてるのだろうか。歯の生えたばかりの赤子めいているな」
    「そういうことでいいよ、もう」

     成歩堂はこの話題に興味を失い、いい加減に左手をヒラヒラさせる。わざわざ揚げ足を取っては揶揄ってやったのに、つまらない奴だ。
     私とて、朝一番に叩き起こされたことを特段恨んではいない。あのまま寝入っていては、貴重な休日を無駄にするところだったし、朝から彼とモーニングに出るのは新鮮だった。成歩堂の家と駅の中間地点に位置するこのベーカリーも、朝早くからモーニング営業をしているというだけで選んだがなかなか雰囲気の良い店だ。
     先ほど成歩堂が齧っていたものと同じバケットを、私はアプリコットのジャムでいただく。小麦の風味が強い。外はガリっとハード、中はモッチリとした食感だ。一緒にバスケットに並ぶクロワッサンは、バターの豊かな香りが鼻腔をくすぐる。一般にクロワッサンに合わせる飲み物といえばカフェオレだが、紅茶党としてはダージリンも悪くないと思う。
     朝から小麦とバターと紅茶の香りで胸が満たされていい気分だ。クロワッサンの一片を飲み込んだところで、成歩堂が眩しそうに目を細めてこちらを見ていることに気づく。

    「なんだね」
    「楽しそうだと思って」
    「良い気分ではある」

     嘘だ。楽しい。ただ朝食を摂るだけのことが楽しい。朝食は1日を乗りこなすのに必要最低限の栄養を、最短で摂取できれば十分だと思っていた。リフレッシュの時間は別で設ければよいし。しかし、1日の始まりたる朝を清々しく過ごすと、よい1日になる予感を抱けるものなのだな。これはこれで理にかなっている。成歩堂の家に泊まったときには、是非また訪れたい。

    「また来ようか」

     私の心中を読み取ったように、成歩堂はそう言う。あっさりした口調だったのだが、ちらりと視線を上げてみれば、存外に穏やかな笑みを浮かべていた。なんとはなしにむず痒くて、慌ててカップへと顔を逸らす。「機会があれば」と努めて淡々と応えた。成歩堂のことだから、どうせこの照れ隠しも見透かされていて、柔和な微笑みを一層深めているのだろう。口に含んだダージリンが先ほどよりぬるく感じる。
     その後も、たわいもない話をしながら、寛いでいたのだが、ふいに成歩堂の携帯が鳴った。
     サンドイッチの最後の一口を放り込んだところだった成歩堂は発信元を確認して、怪訝そうに眉を顰める。テラス席には私たち以外に客もいないので、私は手を差し出す仕草でそのまま出るように促した。硬いパンを咀嚼して飲み込むためのそれなりの間、着信音が鳴りつづけていて、切れる気配はない。成歩堂は着信音に急かされる気はないようで、のんきにアイスコーヒーまで啜った上でようやっと電話に出た。

    「はい、成歩堂です」

     随分と愛想なく電話に出たものだと思ったのだが、馴染みの相手らしい。相手が用件をまくしたてていたようだが、それがひと段落してからは成歩堂もため口で相槌を打っている。

    「…………いや、弁護士だってば。………………休みではあるけど、外出中だよ、……悪いかよ。…………仮にも弁護士だぞ、もっと窮地に追い込まれたときに使ってくれても構わないんだけど。………………まあ、本人たちからすれば、重大か。お前にとっても、ってことね。…………今すぐね、うーん」

     成歩堂が顔色を窺うような目を寄越してくる。
     用向きは判然としないものの、弁護士としての依頼ではない様子だ。一方で火急の呼び出しをくらっているふうではある。そして、休日の外出中———さらに言えば、苦心して予定を合わせた私との———であっても、成歩堂が予定変更を検討する程度には重大事と見受けられる。私も楽しみにしていた休みではあったが、そういうことなら電話の向こうの何某かに譲ってやるべきだろう。
     わざとらしく肩を竦めてやればこちらの意思は伝わったようで、成歩堂は申し訳なさ気に空いている方の手を翳す。

    「……いいよ、最初で最後だしな」

     大儀そうに了承すると、「住所をメールで送っておいて。昼ごろに着く」とだけ告げて、電話を切った。

    「大学時代の同期。申し訳ないんだけど……」

     電話の主はやはり気心の知れた相手だったらしい。ため息とともに携帯を仕舞う成歩堂に、こちらから切り出す。

    「謝る必要はない。重大な用向きなのだろう」
    「弁護の依頼でもなし、事件と呼べるものでさえないんだけどね。失くしたものを見つけてほしいって」

     確かに成歩堂を呼び立てる案件には思えない。

    「何故、わざわざキミに?」
    「借りがある相手なんだ。ひとつだけ言うことを聞く約束をしている」

     学生時代に何か迷惑をかけたということだろうか。詮索するのも気が引けるので、曖昧に頷いておく。
     いよいよ気温も上がってきたことだし、このタイミングで解散するのがよいだろう。残りの紅茶を飲んでしまおうとカップに手を伸ばしたとき、難しい顔をして黙りこくっていた成歩堂がふと呟く。

    「御剣にも一緒に来てもらおうかな」
    「は?」
    「家捜しは検察側の専売特許だし」

     暴論が過ぎる。眉を歪めると、こちらが口答えする暇もなく「それに」と付け加えられる。

    「さっき言った借りっていうのも、元を辿れば半ば御剣のせいなんだよね」

     そう言ってニッコリされてしまうと、私はもうどう反応していいかわからない。「御剣のせい」とは言うものの、平坦な語調には私を非難する響きはなく———成歩堂は今なにを思っているのだろうか。
     ともあれ、私の今日一日は成歩堂と過ごすために空けられているのだし、それこそ私は彼に「借り」がある。決して彼に盲従しているわけではないが、無理のない範囲での願いは受け入れたいと思っていた。同行しない道理はない。

    「わかった。私も行こう」
    「ありがとう、じゃあ飲み終わったら出ようか」

     話しながら、水っぽくなったアイスコーヒーを既に飲み干そうとしている。「そう遠くではないから急がなくていいよ」とお気遣いいただいたので、残りのダージリンを程々に楽しませてもらうことにした。

    「暑くないの」
    「まだ、暑くはない」
    「アイスティーは邪道って立場だっけ」
    「邪道とまでは言わないが、最も美味しくいただける方法で飲みたいとは思っている。とはいえ、夏の厳しさが、ホットでいただく茶葉本来の魅力を上回ったときには」
    「その時点でアイスティーが『最も美味しくいただける方法』に繰り上がる」
    「そういうことだ」
    「ふうん。屁理屈だ」

     キミにだけは言われたくない。

    「でも、それ、美味しいのかどうかはわかんないけど、いい匂いはしたね。今度はそっちにしてみようかな」

     成歩堂が紅茶に興味を持つのは珍しい———貴族趣味と揶揄してくることが多い———のと、やはり「今度」がしみじみと嬉しい。柄にもなく浮かれてしまったのがよくなかった。

    「前にキミの家に置いていった茶葉があっただろう。それなりに上等なものだったはずだ」
    「ああ、あったね。あれはもうないよ」
    「飲みきったのか」

     驚いた。茶を飲む習慣のない一人住まいには、大袈裟な量の缶入りだったはずだ。
     確かに時間は経っている。あれは昨年の冬の———

    「あの茶葉なら捨てたよ」

     射るような眼差しは「それに触れるな」と牽制している。だからこそ、かの日の記憶を克明に呼び覚ましてしまった。

    「そうか」

     茶葉を渡したのは、私が姿を消す前、最後に彼と会った日のことだった。私たちの間では、あの時期に関して不用意に言及しないのが暗黙の了解になっている。先の事件の中で和解に至ったとはいえ、当時の彼の思いが消えてなくなる訳ではない。
     「捨てた」との淀みない物言いに、チクリと胸が痛む。変な話だ。自虐的な気分ごと、ダージリンの最後の一口を飲み下す。気まずい雰囲気を引き摺ってはいられない。

    「待たせたな。行こうか」

     何事も無かったみたいに席を立つ。成歩堂も涼しい顔をして、私のバスケットとカップを引き寄せると、自分のものとまとめて片付けに行った。
     清々しいモーニングはあれやこれやに邪魔されて、翳りが差したが———それは当然なのだ。私たちはお互いの人生に与えた影響と比して、共に過ごした時間や交わした言葉が足りていない。今だって、私が日本に滞在していられる時間は限られている。だから、多少やり取りがぎこちなくても、逃げてはいけないし、逃げられないし、逃げたくない。私が彼の手を振り払っていた期間を取り戻さなければならない。
     成歩堂もそう思っている。
     この確信が、私を奇妙な安堵感に縫い付けているのだ。




     行き先は、隣県の公立高校だった。
     ベーカリーを出た足で駅に向かい、快速から鈍行へと乗り継いで2時間弱で最寄駅に着く。
     駅ビルにはカフェチェーンとドラッグストア、コンビニなど必要最低限の店が入っている。空きテナントがあるわけではないので、元々コンパクトに作られた駅なのだろう。駅前もこざっぱりしている。青空のほかにはロータリーのささやかな植木くらいしか色味がない。学生が寄り道する場所がなさそうでいい立地だと思っていたのだが、ここからしばらく歩けば主要駅にアクセスできてしまうらしい。
     時刻は12時前。忌々しいほどの快晴だ。斑なく塗ったような群青に、コントラストの効いた雲が点在してはいるが、とても陰を作ってくれそうにない。肌にまとわりつく熱気が、なおのことタチが悪い。

    「暑い」

     額を伝う汗を手の甲で拭い、成歩堂がぼやく。彼はよりにもよって、直射日光をよくよく吸収しそうな黒いTシャツを着ていた。

    「だから車を出すと言ったのだ」
    「徒歩10分をみくびってた。自転車よりも徒歩の方が暑いよ、絶対」

     成歩堂の家には車で来ていたので運転を申し出たのだが、私の愛車は長時間乗っていると肩が凝るとのことで断られた。その手前、ぶつくさ言い続けるわけにはいかないのだろう。成歩堂は仏頂面のままに口を噤んで、歩道を進む。
     途中コンビニに立ち寄って、各々飲み物やらタオルやらを仕入れる。成歩堂は棒アイスを3口で平らげていた。
     さて、ようやく目的の高校に辿り着く。門扉が存在しない開放的な校門だ。校舎自体は決して大きくはないのだが、空間のゆとりにだけ注目すれば、高校というよりも地方の総合大学といったたたずまいをしている。
     明らかに学校関係者ではなさそうな地元住民が通り抜けしている姿も見受けられるのだが、我々は地元民ですらないので、念のため成歩堂が依頼主に電話を入れる。
     ややあって、建物の向こうから男性の姿が見える。成歩堂もその男性を視認して、校門に足を踏み入れた。

    「成歩堂!」

     男性は、私たちのもとに跳ねるように走り寄って、張りのある声で呼びかけてくる。やはり、彼が成歩堂の大学同期で、依頼主である跡見鎌二らしい。

    「いやあ、はるばるお呼び立てして悪いな!」

     白い歯を見せて笑う。言葉では詫びているものの、明るい語調には謝意は感じられない。それでも嫌な気分にはならなかった。
     二重でエレガントな垂れ目に、眉山のしっかりした眉毛。とにかく華やかな目元の印象的な男だった。「甘いマスク」で辞書を引いたら、こんな顔が載っているだろう。
     「ここじゃ暑いでしょ」と、自己紹介よりなにより、まずは場所を移動することになった。跡見に校舎へと誘導される。校舎内はエアコンがよく効いていて、一気に汗が引くのを感じる。成歩堂などは露骨に安堵の息を漏らしていた。命を刈り取る暑さだったのだろう。
     夏休みの日曜日なので、当然授業はない。自習に励む生徒か、部活動のある生徒しか登校していないとのことだ。校庭から野球部の声、校舎からは吹奏楽部のものであろう演奏が聞こえてくる。 
     ———跡見については、道中で成歩堂から簡単に説明を受けていた。
     跡見鎌二は、成歩堂の演劇学部の同期だ。今は高校に勤めていて、演劇部の顧問をしている。そして、その演劇部が来週末に地区大会を控えているらしい。高校の演劇部に大会があることすら初耳だった。地区大会から県大会、地方ブロック大会、そして全国大会へと勝ち進み、そこで優秀な成績を残すことで、栄えある大劇場で上演する権利を得られるそうだ。総合芸術たる演劇に優劣をつけられるものなのかと、個人的には疑問なのだが。
     とにかく、跡見から成歩堂への頼み事もその演劇の大会に関係しているという。

    「ここなら学外者がいても大丈夫だから」

     着席を促されたのは職員室に隣接する広場だった。オープンカフェじみた雰囲気で丸テーブルと椅子の島が何箇所か設置されている。普段は生徒が質問をしたり、添削指導を受けたりと、授業外で教師とコミュニケーションを取るためのスペースとして使われているらしい。テスト期間などで職員室への入室が禁止されるときにも個別指導を受けられるよう設けられたとのことで感心したのだが、聞けばこの高校は県内ではそれなりに名の知れた進学校だそうだ。

    「お前、こんな学校の生徒に教えを請われて、大丈夫なのか?」
    「全然大丈夫じゃない。質問にさっぱり答えられなくて、他の先生に泣き付くこともある。俺の信用度は低空飛行ぎみだな。でも、授業は歴史の流れがストーリーで頭に入りやすいって評判なんだぞ」

     跡見は世界史の担当らしい。芝居がかった仕草で、エモーショナルな授業をしているのだろう。少し面白そうだ。
     3人で丸テーブルを囲むと、跡見が仕切り直すように手を慣らす。

    「さて、急に呼びだしたのに、よく来てくれた」
    「まったくだよ。なかなかの距離だぞ」

     問題は距離ではなく、ラスト十数分の暑さだったと思う。テーブルに脱力する成歩堂を見て、跡見は呆れたように笑う。跡見には「借り」があると聞き及んでいたが、険悪な間柄には見えない。ひとまず、それに安心した。

    「卒制の打ち上げ以来だよな。あれもお前は顔出す程度だったしなあ」
    「ああ、そうかもね」

     気のない返事をした成歩堂を捨て置いて、跡見は私に向き直る。改めて、華美な顔立ちだ。もう少し唇が分厚かったりすれば、暑苦しくて夏には直視できなかったかもしれない。アート風のイラストロゴの入った薄橙のTシャツに、ジャージ素材のパンツといった出で立ちで、身のこなしも溌剌としているものだから、私のような門外漢がイメージするまんまの「舞台人」に見える。

    「あなたは……」
    「成歩堂の……友人の、御剣と申します」

     彼との関係をどう言い表すか少々躊躇ったが、この場は友人と言っておく。成歩堂の同業者———検事であることは伏せておくべきだろう。弁護士と検事がプライベートで懇意にしているなど、あまり言いふらしたものではない。

    「成歩堂のヤツにこんな品の良い友人がいたなんて、意外でした」
    「失敬な。あと、それじゃ自分のことも品がないって言ってることになるぞ」
    「俺らは友人というより同期だろ。それに俺は自分のこと品があるなんて言えないね」

     跡見はわざとらしく息を吐く。

    「こちらの御剣クンは検事であらせられる。弁護士よりもよっぽど家捜しがお得意なんだよ」

     せっかく黙っていたことを、ふざけた言い回しでもって暴露された。キッと成歩堂を睨みつける。と、その視界の端で、跡見の右の眦が何かを感知したように震えて見えた。弁護士と検事の胡乱な取り合わせに、違和感を抱いたのだろうか。

    「それは光栄だ。検事という職業が探し物を見つける腕前に直結するかは、俺には分からないけど、御剣さんは優秀そうですからね!」

     爽やかに微笑まれる。妙な期待をかけられてしまったような気がする。検事として真実を追求する腕は磨いているつもりだが、現場の隅から痕跡を探り当てるのを専門にしているわけではない。それが捜査官の仕事だということぐらい、成歩堂とて承知しているだろうに。
     一応、赤の他人が付いてきてしまったことを詫びておく。「こちらこそ予定に割り込んでしまって悪かった」と逆に頭を下げられた。
     
    「……で、一体何をどう失くしたっていうんだ。ポケットに穴がいていて財布を落としましたってわけじゃないんだろ」

     成歩堂はやっと気力を取り戻したようで、むくりと起き上がると本題を切り出す。彼も電話口で、詳細を聞かされていないらしい。
     跡見は先ほどまでのゆとりのある笑顔からは一変真剣な面持ちになる。彼もまた椅子に座り直して、居住まいを正す。緊張感を出すのが上手い男たちだな、と変に感心してしまった。

    「失くなったのは、主役の衣装———来週末の大会で主役が着る衣装だ。どう失くしたかは、説明が難しくってなあ」

     暫時目線を泳がせて、慎重に言葉を選ぶ。

    「俺らの感覚では、『失くした』よりも『消えた』の方が正確かもしれない。戸締りをした部屋に仕舞っておいたはずの衣装が、今朝なくなっていたんだ」
    「平たく言えば、密室から衣装が消えた、と」
    「そういうことになりますかね」

     確認すれば、跡見は控えめに首を縦に振った。

    「探し物って聞いてたけど、それじゃ謎解きじみてるな」
    「だから、お前を呼んだんだよ。近頃、謎解きを飯の種にしているんだろう」
    「電話も言ったけど、ぼくは弁護士だぞ。依頼人を信じて、弁護する過程で謎を解かざるを得ないというだけで」

     謎解きを専門にしているわけではない。今度は彼が暴論に揉まれている。跡見は案の定、身を乗り出してくる。

    「お願いだ。本番まであと一週間あるが、見つけるまで探せとは言いない。今日、見つけられなかったら、それで諦めるつもりだ」
    「今から作り直すんじゃ間に合わないのか?」

     私も気になっていたことだ。如何に凝った誂えであっても、一週間の猶予があれば十分ではなかろうか。
     跡見は首を掻いて、

    「……間に合うとは思う。でも、部員たちがスッキリしないだろ」

     案外、素直で純朴な男なのかもしれない。
     部員のために出来ることはしておきたい。そのためのカードとして、「謎解きを飯の種としている」成歩堂が切られたわけだ。

    「奇妙な事が起きているということでしたら、それを解き明かすことで衣装の在処も判る、かもしれないな?」

     成歩堂に問いかけると、苦々しく口を曲げられる。変に希望を持たせるなと釘を刺したいのだろう。案の定、跡見の目が輝く。

    「やれそうですか!?」
    「現場を見てみないことには、なんともですが。……キミは彼に借りがあるのだろう」

     テーブルを指の節でノックして、成歩堂と顔を見合わせる。さっさと行くぞ、キミならやれるだろう、まさか出来ないとはいうまい。跡見には読み取れない挑発的な含意で目配せすれば、観念したようで私の肩を小突いた。

    「……最善は尽くすよ。そういう約束で、ここに来たんだから」

     成歩堂はそうと決まれば、と立ち上がって、早速現場に案内するように言う。跡見は「やっと乗り気になってくれたか」とおちょくりながら廊下に出て、成歩堂は鬱陶しげにそれに続く。馴れ合った者同士のコミュニケーションで、やはり彼らの間に不和があったとは思えない。成歩堂から跡見への「借り」とは、何なのだろうか。元を辿れば私のせいでもある———とのことだが、一体なぜ?
     普段とは異なる先の見えなさをもどかしく思いながら、成歩堂の背を追った。



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