溶ける犬歯 そういえば、人間には犬歯というものが生えていたのだった。さすが肉を食いちぎるための歯だ、実際立派に尖っているのだな。
絡められるがままにぐるりと舌を動かして、成歩堂の犬歯に触れたとき、そう思った。
「っグ」
少し息苦しくなってきた。息継ぎを試みたのだが、変に力んでしまったようで間抜けに喉が鳴る。構わず成歩堂は私の口蓋を舐めるので、仕方なく、なんとなく、舌を絡めてみる。
どこか遠い出来事のような気がしている。舌と舌が触れる感触も、粘着質な水音も、頬に添えられた手のひらの熱さも、固く瞑った瞼のすぐ向こうに成歩堂がいるのも、現在進行形の事実のはずなのに。全ての刺激が脳にたどり着いた上で、未処理のまま宙吊りになっている。圧され気味の上体を支える両腕の痺れと、手のひらに感じるソファカバーの感触だけがリアルだ。端的に言って、「口内の粘膜を擦り合わせる」以上の何かを感じられない。
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