ただいまと笑顔と 帰ってくるなり、あいつは言葉もなく姫さんを抱きしめた。
熱い抱擁というよりは、子どもが帰ってきて母親に甘えるように抱きついているように見える。実際は体格のいいダイの腕の中ですっぽりと包み込まれて、姫さんの姿が隠されちゃってるくらいなんだが──
そういえば、あいつは昔から姫さんには甘えるようなところがあったなと思い出す。おれに対しては強がったり意地を張ったりもするけれど、姫さんには素直なんだよな。
テランで記憶を失ったときなんて、それが顕著にあらわれていた。
姫さんもなんかそれに慣れてる感じだな。
なにかあったんだろうな。きっと地上の人間のおれたちには言いにくい、なにかが。
姉さん女房の本領発揮ってところか。姫さんも肝が座っているから、やけに包容力があるように感じる。
ダイを今でも甘えさせれてやれるのは姫さんだけだ。
もっとも、姫さんだって本当に弱いところは決して外に出さない。涙は見せない。泣けるのはあいつの前だけなんだ。
あいつらは結局は似たもの同士なんだよな。どちらも意地っ張りなところがあって、ガードを緩められる場所がお互いの前なんだ。それがきっと、かけがえのない支えとなっている。
言葉はなくたって相手の温もりがなによりの癒しなのだろう。
そうしてしばらく経つと、ダイは抱きしめる力を弱め名残惜しそうにしながらもおもむろに体を離す。ふたり顔を見合わせ笑みを交わし合う。
それがまたなんともいい雰囲気で──どうにも、こそばゆいような気持ちになってしまう。
「ただいま、レオナ」
ダイは少し照れくさそうに笑うと、そのままごく自然に姫さんの頬にキスをした。本当は唇に熱いキスでもしたいんだろうなと、下世話なことを思う。
でもさ。頬へのキスだけなのに、なんでこんなに思いが溢れているのが伝わってくるんだろう。こっちが赤面しちまうくらいだ。
もはや茶化す気にもなれない。
いつだってこいつらはイチャついているからおれも慣れている。だけど、目の前の光景は互いを好きだって気持ちがだだ漏れで、それ以上の行為をしているようにさえ見えてしまう。
おまえら気をつけろよ。自覚なんてまったくないんだろうが、ふたりきりで過ごす閨の様子が想像できちゃうようなお熱い雰囲気なんだよ。分かってるか?
「ありがとう──。きみがいて、良かった」
おいおい、おれもいるんだぜ?
そしてこの場には三賢者をはじめとして、パプニカの主だったメンバーが勢ぞろいだ。それが目に入ってねえのかよ。
周りを見回すと、みんな一様に温かい眼差しながら、微妙な表情となっている。慣れているとはいえ、ふたりの熱々ぶりを見せつけられて少し困ったような笑顔だ。
よし、ここはおれが場の雰囲気を変えてやらねえと。
「おーい! ダイ! やっと帰ってきたなあ。おれにも挨拶あってもいいんじゃねえのぉ?」
「あ、ポップ……いたんだ」
「いたんだ、じゃねえよ。ったく、おまえは相変わらず姫さんしか目に入っていねえんだなあ」
「そ、そういうわけじゃないさ……!」
よしよし、ダイの表情に活気が出てきたぞ。
おれはおれでおまえを元気づけてやるよ。話も聞いてやる。きっと姫さんには言いにくい話もあるはずだろう。吐き出せるなら、そうしちまえ!
「仕方ないわねえ。ポップ君がいじけちゃうから、ダイ君は相手をしてあげていいわよ」
きっと姫さんもいろんなことを分かった上でそんな言い方をしている。その証拠におれたちの視線が一瞬絡み合った。相変わらずおれと姫さんのコンビネーションは抜群だ。
「その間にあたしは残りの仕事をちゃちゃっと終わらせちゃうわね。ディナーはゆっくり取りましょ!」
「あ、うん。あとでね、レオナ」
そうそう、イチャつくのはしばしお預けだ。夜のお楽しみにとっておけよ。
おれはダイにヘッドロックをかましながら、外へ誘い出した。
「中庭にでも行こうぜ。今回の話を聞かせてくれよ」
「うん」
そこにはダイのいつもの屈託がない明るい笑顔があった。
そうだ、おまえはそうやって笑っていておくれよ。おれにも姫さんにも、それが一番だ。
この地上でおまえが自然な笑顔でそばにいる。
そのことが、おれたちにとって、なによりの贈りものなんだ──