ずっといっしょに~Dozen Roses Dayに寄せて~ある晴れた冬の日の昼下がり。
あたしは窓際にあるソファのひじ掛けにもたれ束の間の午睡を楽しんでいた。
ぽかぽかの陽だまりの中で過ごす、ちょっと贅沢なひととき。ダイ君の守ってくれた地上をよりよいものにしようと奮闘する毎日を送る中で、こんなささやかな時間がなによりのご褒美だった。
そんな中、いい香りがたなびいてくることにあたしは気づく。
甘く、だけど爽やかで、瑞々しくどこか上品な、そんな芳しい香り。それはどうしようもなくあたしの心を疼かせ蕩けさせて──そうしてあたしは目を開けた。
「レオナ」
あの日、空で見失ってしまったきみが、目の前に立っている。白い薔薇の花束を手にもって。
「ダイ君?」
「そうだよ」
泣きたくなるくらい優しく温かい声。きみの穏やかな口調はそのままに、低くなった声が耳をくすぐる。
すっかり大人っぽく、そして男っぽく成長したその姿に、あたしは目を奪われてしまう。ソファに座ったまま彼をぼうっと見上げていた。
あたしは寝ぼけているの?
ううん、違う。目の前に広がる光景にはどうも現実味を感じない。きっとこれは夢なんだわ。心地よい眠りの中で見られた素敵な夢。
そうは思うものの、たとえ夢でもきみに逢えることが嬉しくてたまらない。
だから、せめてあたしはこの幸せな時間を体じゅうで浴びたい。そう思った。
「元気かい?」
柔らかい表情でダイ君があたしに問いかける。
「元気よ。あたしだけじゃないわ。ダイ君が守ってくれた地上で、みんな元気に過ごせているわ」
「そうか、良かった。それはなによりだよ」
にっこりと優しい笑みを浮かべるダイ君。それは昔と変わらず太陽のように明るく温かい笑顔だった。
大好きなきみの笑顔を見られたことが嬉しくて、胸がきゅうっと疼きだす。
でも、だからこそ、あたしは切なくなってしまった。思わずぽつりと本音がもれる。
「でもね、きみがいなくてさみしいの」
この口からするすると流れ出てしまう本音。せっかく逢えたというのに、あたしは何を言ってるのだろう。ダイ君の笑顔も途端に曇りだす。
「ごめんよ。だけど……いや、違う。だから、おれは──」
ダイ君は床に膝をついてあたしと目線の高さを合わせた。そうして差し出される白い薔薇の花束。
「おれは、これをきみに伝えにきたんだ」
先ほどからあたしの花をくすぐるあの芳しい香りは、この花々から漂っていたものだった。
その花束のすべてが白い薔薇から成っている。真っ白なものもあれば、少しクリームがかったり、象牙のようだったり……微妙に違う色合いが美しい。柔らかそうな花びらが幾重にも重なって作り出す、ぽってりと丸いその花のフォルムは愛らしかった。
「伝える……って?」
ドキドキしながら花束を受け取るあたしに向かって、ダイ君がまっすぐな瞳で告げてきた。
「おれの心は、いつだってきみとともにいるよ。この先もおれといっしょでいて欲しいんだ。ずっと」
甘い香りとともに、ダイ君の声が深く沁み入ってくる。
「……心──?」
「まだきみの隣には帰れない。でも、待っててほしいんだ──きみをこの腕で抱きしめられる日まで。いつかはまだ分からないけど、必ずおれはきみのところに戻るから」
力強い口調で言い切るその言葉が、嬉しかった。ダイ君の熱っぽい眼差しがあたしを穿つ。あたしは頭で考えるよりも先に答えを告げていた。
「待ってる……! きみが帰る日を待ってるわ。きみといっしょに生きていたいの」
あたしは花束からひときわ白く輝くように咲き誇る一本の薔薇を選んで抜き出し、想いをこめてその花に口づけをした。それをダイ君に差し出すと、あたしの手ごと握りしめるようにして受け取ってくれる。そして彼も倣ったように薔薇の花に唇を寄せた。
まるで誓いの儀式のようだわ──。胸が熱くなってくる。あたしの手を包むダイ君の手もまた熱い。
「地上で過ごすみんな、幸せになってほしいと思っている。でも、レオナ。きみはおれといっしょに幸せを掴んでほしいんだ」
あたしは彼をまっすぐに見つめ、頷いた。ダイ君も笑顔で頷き返す。
もうこれ以上、言葉はいらないと思った。二人で交わし合う目線だけで思いは痛いほど伝わってくる。握りあった手にきゅっと力がこもった。
気持ちが昂ってくる。鼻がつんとして涙が滲んできた。
嬉しい。切ない。恋しい。さみしい。だけどやっぱりきみが愛おしい。
いろんな感情がこみ上げてくる。
それらがごちゃまぜになって、胸がいっぱいになって弾けて───そうしてあたしは目を覚ました。
目に溜まった涙越しに滲んでいる景色は眠りについた時と同じ、昼下がりのあたしの部屋。
「やっぱり、夢──よね……」
夢だと覚悟して、あたしはあの喜びに浸っていた。だけど分かっていたつもりなのに、やはり切ない。きみがいないのが、さみしくてたまらない。
心を落ち着かせるために大きく深呼吸をした。そうして気づく。
夢の中で包まれた香りが、すぐそこから漂っていることを。
膝の上には青いリボンで束ねられた薔薇の花束があった。
「一、二、三…………十、十一」
数えてみると、今ある薔薇は十一本だった。あたしがそこから抜き出し彼に渡したのは一本。
ではダイ君は十二本の薔薇を手にあたしに逢いに来てくれたというの──?
今日は十二月十二日。十二本の薔薇にまつわる素敵な言い伝えがあるという。そしてその一本一本に意味がこめられているのだと。幼い頃その話を知って、心をときめかせたものだった。
そして今、あたしの胸はどうしようもないくらいに高鳴っている。
夢か現かわからない、不思議なできごとだった。
でもこの薔薇の花たちが確かに物語ってくれている。きみが届けてくれた思い、願い、約束。
薔薇の花越しに交わした誓いのキス。
あたしが花束から抜き出しダイ君に贈った一本の薔薇にこめた思いは、希望だった。
あの一輪が、きみの道標となるといい。このさき二人がいっしょに幸せになるための道標に。
希望がきみの道程を照らし、そうしてここに導いてくれますように。
十一本の白い薔薇の花々をあたしはそっと抱きしめる。
今も優しく甘い香りがあたしを包んでくれていた。