夏のなぽこわ 村崎と杉田の捏造SS あ、これは降るかも。
昼間の暑さがゆっくりと溶けてじとりとした空気は快適とは言えず、うんざりするほど真っ青な空に朱が差し始める頃。帰路についた村崎は鼻をすん、と鳴らしてそんなことを思う。
そうして答え合わせをするかのように、不吉なほど黒々とした雨雲が波のように押し寄せてきたかと思えば大粒の雫がざあ、と降り出し、みるみるうちに制服は水分を含んで重くなって、中に着ている紫色のティーシャツまで色濃くなっていく。空と一緒に表情までもが雨模様。帰ったらすぐ風呂か、ちょっと面倒くさい。
鞄を傘の代わりに頭へ乗せ、地面を重い革靴で蹴り出すと水が跳ねてズボンの裾まで濡らしてしまう。もうどうにでもなれ。暗く染まった通学路を目いっぱい駆ける。一粒一粒の形が確かめられるほどの雨に打たれながら走る自分をちょっぴり間抜けだ、なんて考えて込み上げる可笑しさに笑いながら村崎は走った。
元より運動はあまり得意じゃない。最近体育以外でちゃんと運動してなかったし。と自分に言い聞かせながら少しの距離走っただけで上がった息を一度整えるべくバス停の屋根の下へ駆け込む。
バケツを勢いよくひっくり返したみたいな狂的な夕立は雲の流れを見ても未だ過ぎそうになく、そもそもこんなに濡れてたらバスにだって乗れやしない。スマホの充電は切れていて暇を潰すことだってできない。
ツイてねえ〜〜……。
項垂れると濡れた髪の毛の先からぽたり、ぽたり、と小さな雫が地面を濡らす。張り付いたシャツの不快感に大きく息を吐いて、もういっそ濡れながら帰ってしまおうか。一歩踏み出しかけた刹那、見覚えのあるシルエット(あの人は何故かスカーフを巻いているから、分かりやすいんだ。)と聞き覚えのある嘆声に瞠目した。
「やっぱ村崎じゃん!」
普通の人であれば激しい雨が地面を打つ音で聞こえるかも危ういものの、よく通る声の杉田は村崎の姿に気付いて元へと駆け寄る。
こんな急に降るなんて思わなかったよな。
そうなんだよ、今日に限って折り畳みなくてさあ。
俺も。
なんてことない、眠る前にはすっかり忘れ落ちているようなそんな会話。だけれど今の村崎にとっては心地良くて楽しい。杉田の場を明るくしてしまうような雰囲気に呑まれて、空より先に表情がパッと晴れた。
ひとつ違いの相手とは二人だけで話すことは最近なかなかないけれど仲の良い友人。そんな距離感が丁度いい。
あのゲームやった?
ああ、初日でクリアしちゃった。
嘘だろ!
かおるはまだ途中?
めっちゃ詰んでる。
詰むところ多いよね、もし分かんなかったりしたら教えるよ。
……頼みたいな、それは。
共通の趣味であるゲームの話に夢中になっているうちに流れの早い雨雲はだんだんと遠くへ逃げ、潮がひいたようにしんとなって、杉田のよく通る笑い声に釣られて顔を出した夕陽に照らされる白いシャツはオレンジに染まる。
……あ、雨止んでたんだ。
杉田の、緑を含めた瞳の色が橙色の光に染められているのを見て漸く村崎は気付く。それだけ会話に夢中だったのだ。
雨水が跳ねるから意味がないだろうと不快感に耐えて体を拭くのを後回しにしていたのは杉田も同じだったようで、タオルを取り出そうと徐ろに鞄を開けるのを眺めているとこれまた大きく、よく響く声が耳朶を打った。
「ッ!!?」
「なに!?」
「……折りたたみ、あったんだけど……」
おれ、ちゃんと確認したはずなのに……と零す声に村崎は堪えきれず口元を覆って笑う。やっぱりかおるはこういうところが面白い。
もっとしっかり確認すれば良かったと肩を落とす男を横目に、村崎も鞄を開く。……と、指先に触れたのはよく知る質感。
「嘘だろ?!?!」
「何だよ!びっくりさせんなよ!!」
「……俺も、折りたたみ入ってたんだけど……」
雨上がりのからりと晴れた空の下、夕焼けに染まりながらひとつも濡れていない折りたたみ傘を持つびしょびしょに濡れた男が二人。
間抜けだと嗤うようにカラスが鳴いた。