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    「くじらが空を飛ぶまで」

    BotWリンク夢小説

    5コンコン、とハテノ古代研究所のドアをノックすると、そう時間を置かずに中から返事が聞こえた。ひょっこりとドア向こうから顔を出したのはシモンさんだ。


    「おや、ツバキさん。こんにちは。どうされました?」

    「こんにちはシモンさん。プルアさんに借りてた衣類を返しに来たんですけど、今はお手隙ですか?」

    「先程上に上がって行かれましたよ。外階段から行けますので、よかったら行ってあげてください」

    「…それ私が行っても大丈夫なやつなんですか…?私室でしょう…?」

    「ふふ、ツバキさんなら多分大丈夫だと思いますよ」


    なんて、眉を下げてにこやかに笑うシモンさんだけど、正直不安しかない。多分って何。
    というのも、プルアさんやシモンさんとは一階でしか邂逅したことがなく、外の螺旋階段から二人の私室に行けることは知ってはいるけど、だからとて上がりたいだなんて今まで一瞬でも思ったことはない。だって、プライベート空間に踏み込みたいって言ってんだぞ、非常識すぎるだろ。
    「本当にいいんですか…?怒られたらシモンさんのせいにしますからね…」なんて言いながら荷物を抱え直し、外付けの階段に足を向ける。
    研究所をぐるりと取り囲むようにつけられた階段は、一歩足に体重をかける度にギシギシと軋む音がする。正直に言う。怖い。
    幅は狭く、手摺りもない。段幅はそこまで広いわけじゃないけど、踏み間違えたら下まで真っ逆さまである。
    私が上に上がりたいと思わなかった理由はプライベートに侵入する以外にもう一つある。それがこの階段なのだ。


    「うぅ…怖い…」


    唯一の命綱と言っても過言ではない壁に両手をつきながら一段ずつ登っていく私は傍から見たらだいぶ無様だと思うけど、こんなの、無理やろ。高所恐怖症ではないけど、それはそうとしてこれは怖すぎ。毎日この階段を行き来してるプルアさんとシモンさんやばくね?足が震えて仕方ない。

    なんて思いながらようやく登りきった階段。膝が子鹿のようだ…。


    「プルアさーん、ツバキです」


    膝の震えがある程度おさまった頃、ふう、と少し息を吐いてからドアをノックした。無言だった。


    「…?プルアさん?」


    もう一度ノックをする。そしたら今度は中からガタンッ!と何かがぶつかる音がして、えぇ…と困惑してる間に少し、本当にすこーーしだけ開いたドアの隙間から赤い目玉が覗いてきた。


    「…何」

    「…えと、借りてた服を返しに来ました…」


    あと、差し入れのアップルパイ。
    手提げ袋を掲げて見せると、プルアさんは「んぃ"…」となんだかよくわからない顔をして、暫しうんうん唸ったと思ったら、渋々、本っっ当に渋々、ドアを開け放った。えぇ…


    「い、嫌なら無理に招き入れなくていいんですよ…こっちもそのつもりじゃなかったし…」

    「あんたが嫌で渋ってるわけじゃないのよ……ほら、部屋がこの通りだから…」


    ちらり、渋い顔で振り返るプルアさん越しに彼女の部屋に目を向けると、なるほど、たしかにこれは…


    「…散らかってますね」

    「わざわざ言わんでいい」


    べしり、脛を叩かれた。子供の力だから対して痛くはないしむしろちょっと微笑ましくて心の中でほっこりしてたら、何かを察したらしいプルアさんにじろり、と睨まれてしまった。
    足の踏み場がないって程ではないけれど、なんかの紙やら本やらなんかの部品やらがあちらこちらに散乱してて、どうりであの反応なわけだ、と妙に納得する。そりゃ、こんな状態の部屋を好き好んで誰かに見せたくはないわな。突然訪ねてしまってマジで申し訳なさすぎる。


    「これでもちょっとは片付けたんだけどね…」


    小さくお邪魔します、と言いながら招き入れられた部屋に足を踏み入れる。ということは、さっきの音は片付けてる途中で何かにぶつかったかした音ってことね。
    なんか、邪魔してしまったようで悪いなぁ…。
    床に散らばる紙を踏まないよう避けながら差し出された椅子に座り、テーブルにアップルパイが入った箱を置いた。
    あぁそうだ、忘れる前に。


    「プルアさん、これ。服貸してくれてありがとうございました」

    「もう少し持っててもよかったのに」

    「いや、というか!この服、シーカー族?の人以外が着ちゃだめって決まりがあるなんて知らなかったんですけど」

    「あれま、どこでそれ聞いたのよ」

    「トンプー亭に来た旅の行商の人が…」

    「ん〜…まぁ、あってないような決まりだから気にしなくてもいいわヨ」

    「いやそういうわけには…もぉ〜…」


    なんだかプルアさんにいいように遊ばれてる気がする。元とはいえ、決まり事に過剰反応する社畜だったゆえにめちゃくちゃ焦ったのに、当の本人はなんでもないような、あっけらかんとしていて、なんか私一人がアホみたいに焦り散らかしてるみたいだ。いや、実際私一人で焦り散らかしてたんだけども。
    なんとなく悶々としている私をよそに嬉々としてアップルパイを箱の中から出すプルアさんに、まぁ、もうなんでもいいや…ととりあえず考えるのを放棄した私だった。


    「これはツバキの手作り?」

    「私がお菓子作り得意じゃないの知ってるでしょ…リンクくんのお手製ですよ」

    「ふーん、あの子がねぇ…」


    …なんか、ずいぶん含みのある言い方だな。気のせいか?わからん。
    プルアさんとシモンさんの二人分しかアップルパイは持ってきていないので、残りの一つはシモンさんへ置いておこうと箱にしまったら「あいつ今血糖制限してるからそれはツバキが食べな」と再び箱の外へ出されたアップルパイを差し出される。血糖制限って…まぁ、大事だよね…ならばこれはありがたく私が頂戴しよう。
    リンクくんのアップルパイに胃袋を掴まれまくってる私は迷わなかった。


    「100年前のあいつを知る身としては、アップルパイなんて作る柄じゃなかったからねぇ」

    「100年前のリンクくん」


    そういえば、リンクくんは昔から、記憶をなくす前からあんな感じだったんだろうか。プルアさんの口ぶりだと、今と多少性格が違うような言い方だけど。
    …まぁ、私が知り得ることではないのだけどね。


    「ツバキはさ、あいつからどこまで聞いてるの?」


    自分のアップルパイをフォークで切り分けながら、不意にプルアさんはそんなことを聞いてきた。
    どこまで、とは。
    首を傾げる私にじれったくなったのか、ため息を吐きながら「昔の本人についてとか、色々!」と


    「昔お姫様の近衛騎士をしてたってことと、厄災を倒すためになくした記憶を集めながらハイラルを駆け回ってるってこと以外特に聞いてないですよ」

    「えぇ…あんだけ一緒にいるのに…?」

    「言われませんから」


    「だから私も聞かない」ずず、とコーヒーを一口啜る。そうしたら、呆れたような、なんとも言えない顔をしながらさっきよりも深いため息を吐くプルアさんになおのこと首を傾げる。どういう反応なんだ、それは。


    「あんたはそれでいいわけ…?」

    「いいも何も、本人が言いたくないんならいいんじゃないでしょうか。…少し、寂しくは思いますけど」


    それに、私だってリンクくんに言ってないことがあるのだからお互い様だ。
    そう自分の中では割り切ってるつもりでいる。…いるのだけど、時々、どうしようもなく、あぁ、私は部外者だなぁって、思ってしまう時がある。
    リンクくんのことも、ハイラルのことも、現状を人伝に聞いただけだから、どうしたって他人事になってしまう。もっと言うと私はこの国の出身じゃなく、全く別の世界からやって来たのだからなおのこと。
    …一人で頑張り続けるリンクくんに寄り添ってあげたい気持ちはあるし、私の中では彼はもう大切な家族であることには変わりない。…ないのだけど。


    「じゃあ、あんたはリンクのことどう思ってるの?」


    じゃあってなんだ。なんの脈絡もなさすぎて疑問しかない。けれど、そんな私とは裏腹にプルアさんの目は至って真剣だ。
    だから私も、包み隠さず彼女に伝える。


    「…弟みたいって思ってますよ。どうしてあそこまで私に懐いてくれるのかは、未だによくわからないけど……。さっき、言われないから聞かないって言ったけど、本音を言うと、どこまであの子の事情に踏み込んでいいのかわからない。もし踏み込んで、踏みにじっていたら…。そう思うと、少し怖い」


    だから、聞かない。否、聞けない。
    ままならないものだ。それとなく上手く立ち回っているつもりだけど、その実ただ怖くて踏みとどまっているだけなのだから。
    だから、私はただ、リンクくんが無事であれと祈ることしかできないのだ。


    「あの子のこと、実はあまりよく知らないのかも」


    残りのアップルパイを口に詰め込み、コーヒーで胃の奥に流し込む。変わらずリンクくんが作ったアップルパイは絶品で、きっと私は、これと同じものを作ることはできないだろう。


    「…あんたでも、そんな顔するのね」


    ぽつり、不意にプルアさんがこぼした言葉に首を傾げる。そんな顔って、一体どんな顔なのだろうか。


    「え?」

    「ずっとすました顔してるから、たとえなにか悩みがあったとしても、なんでも全部自分一人で解決してきたんだと思ってた」

    「はぁ…」


    そんな器用なことができてたら人生イージーモードだなぁ。なんて思いながら空になったコーヒーカップの底を見つめる。先程残りのコーヒーをアップルパイと一緒に全部飲み干してしまったから、今私がどんな顔をしているかはわからないけれど、 人から見た私は、そんなすましたような顔をしていたのだろうか。自分ではそういうつもりはなかったんだけども。

    もにもにと両手で自分の顔を触ってみるけど、そんなことしても自分の顔がわかるわけもなく。


    「…あんたのどこまで踏み込んでいいかっていう気持ちもわからなくはないけれど…別に、深刻に思い悩む必要はないんじゃないかしら」


    ふぅ、と鼻を鳴らして最後の一切れを食べきったプルアさん。思い悩む、か。
    …私は、どうありたいんだろう。どうしたいんだろう。家族として、放っておけない弟分として、リンクくんのことをもっと知りたいって思っているのだろうか。
    口を噤む私を横目に息を吐き出したプルアさんは、頬杖をついたままそっと目を伏せた。


    「…悪いわね、そんなに悩ませるつもりはなかったの。…けど、強いて言うなら…」

    「へ?」

    「質問。ツバキにとってリンクって、どんな人間に見える?」

    「えぇ?なんですか急に…」

    「いいから早く答える」


    「はい、さーん、にーい…」と突如始まったカウントダウンに頭の整理が追いつかない私。え、何、何が始まったの。とりあえず言われるがまま、カウントがゼロになる前にぐるりと頭を回転させる。私から見たリンクくん、だよな。えっと……


    「…明るくて、一緒にいてとても楽しくて、よく笑う。しっかりしてるようで以外と子供っぽいし、最近は遠回しに我儘言ってきたり、ちょっとくそ生意気になったような気がする。誰にでも優しくて、困った人がいたら迷わず手を差し伸べたり、時々影があるけど、それを隠すように笑う、そんな………何」

    「ふッ…ふふ…!いや、あんたさぁ、それ無自覚?ふふ…」


    プルアさんが答えろって言うから、今まで接してきたリンクくんを思い出しながら指折り答えていたのに、それを心底おかしいって言うように笑うのはどういう了見なのだろうか。
    両手で口を抑えて笑いを堪えようとしてるけど、ちっとも堪えられていない。
    さすがにここまで笑われて心穏やかにいられる私ではない。む、と眉間に皺を寄せれば、しこたま笑い転げたプルアさんはごめんごめん、と指で涙を拭った。
    …まだ肩揺れてるんですけど。「おかしいわね」何が。


    「あんた、さっきリンクのこと何も知らないって言ってたけど、私よりずっとあいつのこと知ってるじゃない」

    「は…」

    「明るくて?一緒にいて楽しくて?以外と子供っぽくて?最近は我儘に拍車がかかりくそ生意気なんでしょ?たしかにあたしが知る100年前のリンクとはあまりにもかけ離れているかもしれないけど、ツバキが今まで見てきたリンクも、ちゃんと本当のあいつだし、何一つ間違っちゃいない。踏み込めないとか、寄り添ってあげられないとか、別に悲観しなくてもいいと思う。…それこそ、あいつはきっと望んでない」

    「…別に悲観してるわけじゃ…」

    「でも思い悩んでたんでしょ?」

    「う…」


    完璧な図星である。


    「…私、人間関係ってあまり得意じゃないんですよね」

    「見ればわかるわよ」

    「ぐぅ……そこそこ長い人生を生きてきたし、それなりに社会の荒波に揉まれてたはずなんだけどな」

    「あたしからしてみればあんたなんかまだまだ子供だっての。…それに、大人になった時の方がしがらみは多いものよ」

    「見てくれはプルアさんの方が子供ですけどね」

    「口だけは達者だな」


    開いた窓から風が吹き込んだ。冷たくも暖かくもない、どこまでも優しい風。揺れる前髪の隙間から見えたプルアさんは、おかしいかな、子供の姿のはずなのに、眼差しだけは幼い子供を見守るような優しいそれだ。


    「ようするに、人生少しお気楽でいるくらいでちょうどいいの」


    知らず、眉間に力がこもっていたらしい。ゆるりと力が解ける。
    そういう考え方もあるのか…そこまで考えて、ふと、気付いた。どうしようもない。自分ではそんなつもりなかったのに、いざそうかのかもと気付いてしまったら、なんて恥ずかしいことだろうか。
    きっとあれだ、私は、聞き分けのいいふりをして、その実年甲斐なく子供のように拗ねていただけだったのかもしれない。


    「そんなもんかな」

    「そんなもんよ」


    いたずらっぽく、プルアさんは笑う。彼女とこんな話をするような仲じゃなかったはずなのに、なぜだろう、ずっと前から友達だったような、そんな錯覚さえ抱いてしまうくらい今日はいつもよりずっとずっと距離が近かった。





    「長話に付き合わせてしまってすみませんでした。それと、コーヒーご馳走様」

    「こちらこそ、アップルパイありがとう。リンクにも言っといて」

    「はい」


    少しだけプルアさんの部屋の片付けを手伝ったあと、再び恐怖の螺旋階段を降りた先でプルアさんと向かい合う。「今度はシモンさんが血糖値を気にしなくてもいいように茶っ葉とか持ってきますね」二人同じ場所にいるのに片方にしか手土産がないというのはやっぱり気になってしまうから、代替え案を出せば「気を遣わせて悪いね」と困ったような、苦笑いのような、そんな顔で眉を下げた。


    「じゃあ、私は戻りますね。買い出しして帰らないとなので」


    来た時より軽くなった手提げを肩に引っ掛け直し、改めてお礼を告げてから踵を返した。…返そうとした。私の服の裾を、小さな手が握りしめていたのだった。


    「プルアさん?どうかしました?」

    「…」


    黙りこくるプルアさん。なんだか言いづらそうに口をもごもごさせているけど、一体なんなんだろうか…私になにか言いたいことでもあるのだろうか。こてん、首を傾げる。


    「………いい」

    「ん?」

    「プルアで、いい…敬語もいらない…」


    そっぽを向きながら、けれどほんのりほっぺを赤くしたプルアさんにきょとり、目を瞬かせる。そんなことを言われるだなんて思ってなかったから、呆気にとられる。その一瞬の間を否定と受け取ったのか「な、なんでもない」とばつが悪そうに俯くプルアさん…もとい、プルアに小さく吹き出した。


    「わかった。またね、プルア」

    「…おう」


    緩く手を振り、振り返してくれるプルアを横目に研究所を後にする。ハテノ村へと続く坂をのんびり下りながら、ふ、と空を見上げた。きっと私は、リンクくんだけじゃなく、プルアとも距離感を考えあぐねていたんだと思う。
    同じことだ。色々考えてたらわからなくなって、結果、一歩踏み出すのを躊躇してしまっていた。けれど、私がただらを踏んでいたその一歩を踏み越えてくれたのは紛れもなくプルア自身で。

    坂の下で、迎えに来てくれたらしいリンクくんが私に向かって手を振っているのが見えて、緩く手を振り返しながら止まっていた足を再び動かし始める。いつぞやのように、もう私は思い悩むことはないのだろう。…いや、嘘、もしかしたらあるかも。私は大人だ。大人であろうとした。けれど、その実、本当は大人のふりをした、物分りのいい大人の皮をかぶろうとしただけのただの子供だったのだ。


    「リンクくん、迎えに来てくれたの?」

    「ツバキさんが中々帰ってこなかったからね。少し心配になって来ちゃった」

    「コーヒーおよばれしてたんだよ。あと、プルアがアップルパイありがとうって」

    「…あれ、ツバキさんってプルアのこと呼び捨てだったっけ?」

    「さぁ?どうだったかな」

    「何それ!俺の知らないところでいつの間にプルアと仲良くなってんの!?ねぇ!ツバキさん!」

    「はははは」


    後ろからぎゃあぎゃあとやかましいリンクくんがついてくる。ほんと、子供だな。

    ……私もか。

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