桜遥が棪堂哉真斗に堕ちるまで - Day02 - ~ 2 weeks love progress ~下記のストーリーを埋めていく予定です。
※更新頻度とは連動していません
■ 1日目 来訪 ※公開済み
■ 2日目 烹炊 ※この話
□ 3日目
□ 4日目
□ 5日目
□ 6日目
□ 7日目
□ 8-10日目
□11日目
□12日目
□13日目
□14日目
■2日目 烹炊
学校が終わり街の見回りもすんで家に帰ると、何故か玄関前の廊下に台車が畳んで置いてあった。
このアパートは賃料に見有った安普請で、傍から見ると廃墟にも見えなくない。
人が住んでいるように見えないからか、 近所の人間も寄り付かず、その環境が良くて選んだ部分もあった。
桜も他に住民を見た事がないので、このアパートには自分しか住んでいないのだろうと思っている。
そのため、その台車が他所の家のものとも思えず、桜は首を傾げながら玄関ドアを開けた。
「おかえり~」
台所には当たり前のような顔をして、棪堂哉真斗が立っていた。
「なっ、お前、何で居るんだよ」
「え? 鍵開いてたし」
「そうじゃなくて!」
慌てた桜とは対照的に、棪堂は飄々と、桜の訊きたかったこととはズレた返答をしてくる。
「鍵あけっぱなんて、不用心じゃねぇ?」
「盗られるもんなんかねぇから、いーんだよ」
「いや、住み着かれちゃったりするかもよ?」
「は?」
「オレとか」
「おい!」
冗談とも本気とも取れる棪堂の軽口を聞きながら、台所で棪堂が何をしているのかと見てみれば、見慣れないまな板と包丁で、野菜を切っていた。
良く見れば流しの横の、ガスコンロを置く為に少し低くなっている部分に、見知らぬ電気炊飯器が置かれ、米が焚かれているようだった。
桜の家に調理器具は無い。
置いてあるのは水のペットボトルだけで、電子レンジどころか冷蔵庫すら無かった。
食事はもっぱら外食かコンビニ弁当で、家で食べたとしてもゴミしか出ないのだ。
そのため、この部屋で料理をしているというあり得ない状況に、桜はおおいに戸惑った。
「ほら、ぼーっとしてねぇで、手洗って来い」
戸惑っている桜を他所に、棪堂はテキパキと調理をし、食事の準備を進めて行く。
「この家コンロもねぇから、今日はホットプレート料理な」
桜の居室である和室へ行けば、部屋の真ん中にホットプレートと書かれた段ボールと、隅には大きめのクーラーボックスがあった。
棪堂は段ボールの中からホットプレートを出すと、畳の上に空になった箱を置き、その上にホットプレートを置いた。
さらに新品の延長コードをパッケージから取り出すと、壁のコンセント差込口と延長コードを繋ぎ、ホットプレートまで繋いでいた。
先程、台所のコンロを置く場所に有った炊飯器も真新しい感じがしたが、このホットプレートも新品そうだ。
食材が入っているらしいクーラーボックスも真新しいし、野菜が顔を覗かせている袋は、有名百貨店のものだった。
極め付けは、「桜、肉も好きだよな」と言って、クーラーボックスから出した肉が木の箱に入っていて、肉1枚ごとに、薄い白い紙で包まれていた。
桜にだって、それらが値の張るものである事は判る。
そして、2つしか歳の違わない人間が、それほど金を持っているようには思えなかった。
「……なぁ、その金どっから出てんだよ……」
棪堂との出会いは最悪で、GRAVELを使って成田しずかを誘拐しようとしていたところで遭遇したのだ。
その時の状況を考えると、とてもマトモに稼いだ金には思えなかった。
成田しずかの誘拐は、結局は桜たちが阻止したが、棪堂はそれを他人から依頼されてやったことだと言っていた。
それはつまり、裏で棪堂に金を払っている人間が居るということだ。
人に誘拐を依頼して渡された金が、綺麗なものでは無いことくらい、桜にだって理解出来る。
こうして棪堂が桜に使う金の裏で、反社会的な組織へ金が流れていたり、罪もない一般の人々が被害に遭っているのかも知れないと思うと、やりきれない気持ちになった。
「金の出所が気になんのか?」
棪堂は作業していた手を止めると、ズボンのポケットからスマホを取り出して何やら操作をすると、「ほい」と画面を見せて手渡して来た。
「現金じゃねぇから確定金額じゃねぇけど」
渡されたスマホを反射的に両手で受け取ると、桜は画面に表示された数字に目を落とした。
表示されていたアプリは桜も知っている有名な金融機関もので、恐らく口座残高だと思われる数字が記載されているのだが、普段桜が見ている桁数と余りにも違い、なんの事なのかすぐに把握出来なかった。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、せんまん、いちお、く、……!?」
桜は、某鑑定番組さながらに桁数を読み上げていき、自分が口にした数の名前に驚いて言葉を詰まらせた。
「な、なんだよ、これ……!」
おっかなびっくり棪堂を見上げれば、涼しい顔で小首を傾げている。
「オレの資産だけど」
「なんでこんなにあんだよ!」
「株式投資にFXに先物とか?」
言葉は聞いたことがあるが、それが実際にどういうものなのか、桜は知らなかった。
そのせいで、桜が棪堂に抱いている胡散臭さが強くなり、そのまま表情に出ていたのか、棪堂は苦笑いをした。
「いやいや、いたってクリーンな金だぜ」
「投資始めたのも、ガキの頃の小遣いだし」
「そりゃ、売り買いは未成年じゃロクにできねぇから裏ワザ使ったが、犯罪に手を染めた金じゃねぇよ」
次から次へと説明とも言い訳とも取れる台詞が続き、桜の『胡散臭いものを見ている目』がより酷くなったせいか、棪堂は大きなため息を吐くと、少し困ったような表情を浮かべた。
「あのな、犯罪で利益を得るって、ハイリスクローリターンなんだぜ」
「一人でやるにはたかが知れてるし、オレは人を見る目がねぇから、人を使おうにもヘマばっかされそうだし」
「GRAVELの時だって、結局失敗してるしなぁ」
確かに成田しずか誘拐事件に関しては、結果的には棪堂の『仕事』の邪魔をしたことにはなっていた。
しかし、正当なのは間違いなく自分たちだと桜は自負している。
「つまり、犯罪で資金調達なんて無駄なことは、してねぇの」
棪堂がちらりと桜へ意味ありげな視線を向けたので、桜は少し不貞腐れたような表情になってしまった。
「……なんだよ」
桜とは対照的に、棪堂の表情はニマニマと締りがない。
「GRAVELの件は、桜と接触できたから、オレにとってはプラスなんだけどな」
気付けば喋りながらも棪堂は、ホットプレートで手際よくケチャップライスを作り、卵を焼こうとしていた。
食欲をそそる香りに、桜の腹がぐうと鳴る。
棪堂は綺麗な薄い卵焼きを焼くと、先程作ったケチャップライスを載せ、器用にくるっと包み込む。
それを紙皿に載せ、ケチャップで♡を描くと、「ほい」と桜に手渡して来た。
続けて渡されたプラスチックスプーンを握ると、ポトスで出されるものより、ふた回りほど小さいオムライスを口に運んだ。
「うまっ」
反射的に声が出た。
桜の反応に、目の前の棪堂はパッと顔を輝かせてニコニコとしている。
「お前の口に合ったようで良かったぜ」
言いながら棪堂は、いったんホットプレートを綺麗にし、プレートを凹凸の付いたものに変更すると、バターを塗り始めた。
温められたプレートの上で、バターが泡立ち始める。
オムライスを食べきってしまった桜は、バターの香りに食欲を刺激されながら、棪堂が次は何を調理するのか手元をじっと見詰めてしまっていた。
「次は、これな」
棪堂がクーラーボックスの中から、『松阪牛』と書かれた木の箱の中で白い紙に包まれていた1cmほどの厚みの肉を取り出した。
手のひらほどのサイズのステーキ肉を1枚、惜しげもなくホットプレートに載せる。
じゅうという肉が焼ける音と、焼けた甘い肉の匂いに、桜はゴクリと唾を飲み込んだ。
「アルミ巻いて休ませんのも有りだけど、今日はすぐ食っちまうか」
棪堂は両面を綺麗な焼きめが付くように焼くと、少し蓋をして寝かせ、その間に焼き野菜の準備もしていた。
程なくして蓋を開けると、焼き目とツヤが入った食べ頃の肉が姿を現した。
棪堂はそれを先程オムライスを作っていたフルフラットのプレートに移し、大きめの一口サイズに切り分けていく。
そして、切り分けた肉を紙皿に載せると、「ほら」と桜に手渡した。
ステーキ1枚分の肉が、そこに全て載っている。
オムライスの時には気にしなかったが、流石に高級肉を1人で食べていいものかと、桜は躊躇してしまった。
それに気付いた棪堂は「くくっ」と小さく笑うと、持っていた箸で桜の紙皿から肉をひとつ摘まみ上げ、ぐいと桜の唇に押し付けてきた。
桜は反射的にパクリと口に入れてしまう。
「!!!」
口の中で解けるように肉が融けていき、甘さの中に力強さを感じながらも、ほとんど歯を使わずにコクンと飲み込んでしまった。
「桜のために買って来たんだから、遠慮せず全部食えよ」
先ほど口に入れた肉の美味さと棪堂の言葉に、桜は自らの箸で肉を食べ始めた。
その間にも棪堂は、シイタケや薄切りカボチャに薄切りトウモロコシなどの野菜類も焼き始めていた。
ステーキ肉をまた1枚焼き、先ほどと同じように一口サイズに切ると、半分は桜の皿に載せ、半分は炊き立ての白米を入れた器の上に載せた。
そのステーキ丼は棪堂の分らしく、焼いてる間に食べていっている。
ステーキの濃い味に白米が欲しくなった桜は、「オレも米食いてぇ」と、開いた皿を棪堂に渡した。
「肉には白米だよな」
言いながら棪堂は皿に米をよそい、その上にホットプレートに載っていた野菜と肉を盛り付けた。
「美味いか?」
「ああ、美味い」
桜の食べるスピードが落ち着き始めると、棪堂も肉や野菜を焼くスピードを落とし、合間に食べていた自分の食事を、ちゃんと取れるようになっていた。
桜はふと、棪堂の箸の持ち方が美しく、あれだけ暴力的な男にも関わらず、食べる所作も丁寧で落ち着いていることに気が付いた。
「お前、食べ方綺麗だな」
思わず口を衝いた言葉に、棪堂はビックリしたような顔で桜を見返す。
「そんなん初めて言われたわ……」
桜自身、そんなことを言うつもりは無かったので、内心驚いているのだ。
棪堂哉真斗という人物を、知れば知るほど謎が深まっていく。
そして自分の感情さえも、どんな気持ちで向き合えばいいのか、判らなくなっていた。
食事が終わり、片付けも終わると、棪堂は持ち込んだ物を、全て台車に載せて持ち帰ろうとしていた。
「持って帰るんだな」
「ははっ。置いてくと思った? んなことしねぇよ」
「桜、モノが多いの苦手だろ?」
「そんな奴の家に、他人が勝手にモノ置いてったら、死ぬほどストレスだろ」
桜自身は明確に自覚は出来ていないが、恐らく棪堂の言っていることは図星なのだ。
今はモノが何も無い状態だから何も感じないのだが、恐らく棪堂がマーキングのように物を増やし始めたら、この家ですら『自分の居場所じゃない』と感じてしまうだろう。
「オマエなら、宅配でも、取り巻きとかに運ばせたりも出来るんじゃねぇの?」
桜がふと思い浮かんだ疑問を口にすると、棪堂はあからさまにイヤそうな表情を浮かべた。
「はぁ? 『惚れた奴』の住所を他人に教える訳ねぇだろ」
本気で言っているような棪堂の素振りに反射的に頬を赤らめた桜は、長駆を屈めて似合わない台車を押しながら道の向こうにその姿が消えるまで、何故か見送ってしまった。
◆2日目 終了◆