桜遥が棪堂哉真斗に堕ちるまで - Day04 - ~ 2 weeks love progress ~下記のストーリーを埋めていく予定です。
※更新頻度とは連動していません
■ 1日目 来訪 ※公開済み
■ 2日目 烹炊 ※公開済み
■ 3日目 接吻 ※公開済み
■ 4日目 呼名 ※この話
□ 5日目 寝顔
□ 6日目 逢瀬
□ 7日目 未足
□ 8-10日目 空白
□11日目 残声
□12日目 悋気
□13日目 初夜
□14日目 後朝
■4日目 呼名
その日は休日だったため、桜は私服で楡井や蘇枋と、ケイセイ街へと遊びに行っていた。
何処へ行っても六方一座のメンバーがいて、挨拶をされたり声を掛けられたりする。
東風商店街でもそうだが、まこち町に来るまで、こんな風に接して貰えることの無かった桜は、少し照れくさそうな顔をしつつも、温かな気持ちになっていた。
OUGIで椿野やしずかのショーを観て、飯処日高で夕飯を食べて、休日をめいっぱい楽しみ帰路に着くと、商店街の入口に入った辺りで急な土砂降りに襲われた。
営業を終了した店舗の庇の下に3人で避難をしたが、雨はすぐに止みそうには無かった。
「後1時間は、雨雲動かなそうですね……」
スマホを見ていた楡井が残念そうにそう呟く。
恐らく雨雲レーダーで今後の予想を確認していたのだろう。
「桜さん、このまま雨宿りしていきますか?」
楡井の問いに、桜はしばし悩む。
家までは、走れば5分も掛からない。
雨脚は強いが夏場なこともあり、すぐにシャワーを浴びれば風邪を引くこともないだろう。
「いや、このまま走って帰るわ」
ここで1時間待つよりはマシだと考えた桜はそう返答したが、楡井や蘇枋はどうするのだろうか。
「お前らはどうすんだ?」
桜の問いに蘇枋は小首を傾げ、楡井は小さく頷いた。
「オレはもう少しここで様子を見るよ。濡れたくないからね」
「オレも家までまだ掛かるので、もう少し待ってみようかと」
二人が『待つ』と言っているならば、桜も一緒に居た方がいいのかと考えていると、察した蘇枋がパタパタと手を振った。
「オレたちのことは気にせず、桜君は帰りなよ」
蘇枋の言葉に楡井もコクコクと同意のように頷いている。
「……」
桜がしばしどうしようかと迷っていると、蘇枋がニッコリと微笑んだ。
「既に濡れちゃってるし、桜君風邪ひきやすそうだから、早めに帰ってお風呂に入った方がいいよ」
柔和な笑みで嫌味とも取れかねないことを言われたが、確かに少し冷えて来た気がしたので、その勧めに乗ることにした。
「判った。お前らも風邪引くなよ」
桜は少し後ろ髪を引かれながらも、二人と別れて自宅アパートへと急いだ。
パーカーのフードを被って走っていたため、頭や顔は然程濡れなかったが、パンツやスニーカーは水が浸みてひんやりとし始めていた。
アパートの階段を上り切ったところで俯き気味だった顔を上げると、誰も居ないと思い込んでいた場所に人影が在った。
「うわぁ」
思わず驚いて声を上げるが、それが見慣れた人物だと判ると、すぐにイラつきに変わる。
「お前、人ん家の前で何やってんだよ」
顔を上げ、目の前に立っていた棪堂に文句を言えば、「おかえり~」とニコニコと笑顔を向けたられた。
「今日は夕飯食べて来るって連絡くれただろ? だからケーキ買って来たんだけど、ギリギリ雨に当たっちまってさ」
にへらと笑う棪堂に、桜はむぅと唇を尖らせる。
確かに今日、桜は出掛ける予定が入っていたので、外で夕飯を食べてくると棪堂に連絡をした。
万が一、棪堂が夕飯を持って来ても、桜の家には保存できる冷蔵庫はなく、食材が無駄になるのが勿体ないと思ったからだ。
そしてもちろん、今日は棪堂は来ないものだと思っていた。
「来るなってつもりで送ったんだけど」
威嚇と取られてもおかしくない態度だったが、棪堂は何も気にしないといった風でニコニコとしている。
「『夕飯は外で食べる。帰りは遅くなる』って、どこにも『来るな』って書いてねぇけど」
そう言った棪堂の口元がにんまりと緩んでいるのを見れば、桜の真意を判っていながら、あえて自分に都合よく解釈したのだと伺えた。
問答を繰り返しても無駄だと悟った桜は、早々に話を切り替える。
「……で、なんで今日は玄関前に居るんだ?」
いつもなら桜が不在でも勝手に家に上がり込んでいる癖に、玄関前で立っていたことが不可解で、更にはその所為でちょっとびっくりしてしまった事の腹いせに少し強い語調で問えば、棪堂は少しだけ困ったように笑った。
「さすがに濡れた格好のまま、人様の家に上がるほど無神経じゃねぇよ」
確かに棪堂も桜同様濡れていて、髪はしんなりしていて毛先から雫が垂れているし、いつも羽織っているダボっとしたシャツも肌に張り付いていた。
「玄関前で突っ立ってんのも何だし、中入ろうぜ」
「お前が仕切んな」
言いながら桜は玄関ドアを開けて中に入り、振り返って棪堂が入りやすいように、少し広めにドアを押さえた。
棪堂は先ほどよりもニコニコとしながら、「お邪魔しま~す」と入ってくる。
しかし、玄関ドアを閉めると、そのまま靴を脱いで中へ上がって来ようとはしなかった。
「タオル借りていい? 靴ん中もびちゃびちゃなんだわ」
桜のスニーカーもすっかり濡れていて、確かに玄関から上がる前に靴下を脱いでいた。
棪堂の、濡れたまま上がるのを躊躇するような殊勝なところに、これまで見えていなかった人間臭さを垣間見たような気がした。
先に和室に入ってタオルを取って来た桜が棪堂に投げ渡すと、靴を脱いで素足の足裏を拭いて上がって来る。
そして、手に持って居たビニール袋に入ったままの箱(恐らくケーキが入っている)を流しの横に置くと、「ついでにシャワー借りていい?」などと、今度は殊勝さの欠片もないことを言い放った。
ぐっしょり濡れている人間を部屋に入れるのも躊躇われ、仕方なく桜は大きな溜息をつくと「勝手にしろ」と言い残し踵を返そうとした。
すると、ぐいと腕を引っ張られ、反転しようとしていた身体を止められる。
「お前も濡れてるだろ」
確かにその通りではある。
しかし、棪堂に風呂を譲ったのなら、この狭いアパートでは、桜は居室に行くしか無いわけで。
「お前が出たら入る」
当たり前の事を言ったはずなのに、棪堂は手を掴んだまま離さない。
「そのままだと風邪引くだろ」
棪堂もまた、当たり前のことを返してきたため、堂々巡りになりそうだった。
「お前がさっさと ────」
「一緒に入っちまおうぜ」
棪堂にさっさと入って出て来いと言う前に、とんでもない提案が返って来た。
「あ゙ぁ゙?」
桜の反応に対して、棪堂は何でもないことのように返してくる。
「そっちの方が、水もガスも使わねぇだろ。 それに、お前脂肪少ねぇし、すぐ熱出しそうだし、さっさと入った方がいい」
桜の何かを知っているかのような物言いに歯噛みしていたら、強引に腕を引かれて、ユニットバスのドアを開けられた。
棪堂は手を掴んだままの桜のことなどお構いなしに、片手で器用にポイポイ服を脱いでいく。
「意識する間柄でもねぇだろ」
揶揄うようにそう言われれば、抵抗しているのも馬鹿らしくなり、桜も潔く脱ぐことにした。
「判ったから、離せ」
桜が軽く手を振ると、棪堂の腕はすんなりと外れた。
男同士で風呂に入ることなんて、大したことではないと判ってはいるのだ。
ただ、桜の家のユニットバスはトイレと風呂が一緒になっているタイプで洗い場は無い。
そんな狭い風呂に入るため、距離が近くなるのだけが気掛かりだった。
「頭洗ってやるよ」
「いらねぇよ」
シャワーを浴びながらも構いたがる棪堂をいなしながら、頭と身体を洗い流し、しばし熱めのシャワーを浴びていた。
こうして温かい湯を浴びると、身体が冷えていたことを実感させられる。
シャワーヘッド自体を棪堂が握っているため、棪堂に背中側から掛けられている状態なのは気に入らないが、背の高さ的に仕方が無い。
だいぶ身体も温まったので、そろそろ上がろうかと思っていたところでシャワーの感覚が無くなり、替わりに右肩に重みが生まれた。
そちらへ視線を向けると、棪堂が桜の肩に顎を載せていた。
「はるか」
「はっ、な、おまっ……!」
顎を載せていることを抗議する前に、唐突に下の名前を呼ばれて、そちらの方に動揺してしまった。
「名前、遥だろ?」
動揺する桜とは対照的に、棪堂はさも当然のように話を続ける。
「そう、だけど、……何で急に……」
「だってみんな、桜って呼ぶじゃん。だったらオレは遥って呼びたい」
「っんだよ、それ……」
「キスした仲だし」
「っ……」
いつものペースの棪堂のせいで、昨日の出来事などすっかり忘れていたのに、この一言でキスされたことを思い出した。
思わず頬が熱くなるのを感じながら返す言葉に詰まっていると、いつものように棪堂が多くの言葉を紡ぐ。
「お前の『特別』になりたくて、必死なんだよ」
「は? 特別って……」
「風鈴の連中は、誰も『遥』って呼んでないだろ? オレだけは呼ばせてよ」
相変わらず棪堂の言っていることは良く判らなかったが、『誰かの特別になりたい』という気持ちは、少しだけ理解出来た。
この町に来るまで桜は、敵意や悪意しか向けられたことが無かった。
だからこういう気持ちを向けられた時に、どんな反応をしていいのか判らないのだ。
「か、勝手にしろ……」
桜の言葉に棪堂は、小さく「うん」と呟いた。
その後は何事もなく(?)風呂から出て、棪堂の服が有る程度乾くのを待ちながら棪堂が買って来たケーキを食べ、棪堂が喋るのを聞いたり、時々相槌を打ったりしていた。
「じゃあ、またな。はるか」
帰り際に唐突に棪堂に名前を呼ばれ、桜の顔が一瞬で熱を帯びた。
恐らく、桜の顔が赤くなっているのを判っている棪堂は、ニマニマとだらしない笑顔を浮かべている。
「うるせぇ。とっとと帰れ」
半分照れ隠しで棪堂の脛を軽く蹴れば、「おじゃましました~」と、おどけながらドアを出て行った。
たかが下の名前を呼ばれただけで、なぜこんなにも平常心で居られなくなってしまうのか。
久しく呼ばれたことが無かったから、慣れていないのは自覚しているが、それ以上に、桜は下の名前を棪堂に呼ばれて、嫌な気持ちが全くしなかったことに、気付いてしまっていた。
◆4日目 終了◆