先生、実はけっこうこの服気に入ってますよね 寮ごとの仮装衣装を見比べて、デイヴィスは溜め息をついた。
教師であるデイヴィス・クルーウェルとその生徒であるデュース・スペードは、いわゆる恋人同士であった。卒業までは清い関係の約束で、その上周囲に秘密にしての交際は始まったばかりである。
入学から間を置かずに訪れるハロウィンは、この季節に世界中で盛大に行われるシーズンイベントのひとつだ。もちろんNRCでも毎年学園外からのゲストをお招きして大規模に行われている。毎年寮ごとに凝った仮装と飾り付けでゲストを迎え入れるのが伝統だが、今年のハーツラビュル寮の仮装を見てデイヴィスは隠れたところでの溜め息が止まらなかった。
スケルトンをイメージした衣装。シックに黒でまとめられ、白のリボンに胸元の赤。配色のバランスもいい。
ただちょっと、腰周りというか、股に当たる部分のリボンはやりすぎではないか? 下半身が少しピッチリしすぎではないか? 尻のラインが丸わかりでは? 肌見せが無いのは結構だがそのせいで逆にパーツのラインが目立っている。
こんな服をデュースが着るのか? ハーツラビュルの仮装デザイン案があがってきた時のデイヴィスの心労は計り知れない。期待を上回る不安。恋人としての贔屓抜きにしてもデュースなら間違いなく似合うだろう。だが、自分の前だけならともかく、これでゲストを迎えて、接客をするのだ。毎年トラブルは付きものだが、その中には生徒に対するセクハラや性的な悪戯もとい犯罪が含まれていた。
万が一デュースがそんな目に合ってしまったら。
残念な事にデュースは非常に鈍感なので、セクハラをセクハラだと思えない可能性が高かった。頭が痛い。かと言ってずっと植物園を張っているわけにもいかない。
一人悶々としているデイヴィスであるが、本来教師として思考を割くべき事案は山程ある。仮装ひとつでここまで頭を悩ませられるのだから恋とは恐ろしいものだ。
★ ☆ ★
「クルーウェル先生!」
衣装合わせの日、聞き慣れた声に振り返ればすっかりスケルトンの衣装に身を包んだデュースが走り寄ってくるところだった。
「見てください、メッチャ良くないですか?」
デイヴィスの前で腕を広げてくるりと回ってみせると、デュースはちょっと誇らしそうに胸を張った。色々と言いたい事があった筈なのに、可愛らしいスケルトンの姿にデイヴィスの思考はすっぽり抜け落ちてしまった。
「………ああ、よく似合っている」
そう言ってやれば今度は困ったように照れて笑うのだから、デイヴィスの心臓はきゅうと苦しくなる。可愛い。そしてどんなに可愛くても今は抱き締めてキスすることしか許されないのが歯痒い。
来年も、再来年も、これからどんどん美しく成長するであろう恋人を指を咥えて見ているしかできないなんて。卒業するまでの辛抱、とは思うが、この衣装を着た姿は今しか見る事ができない。………いや。
「なぁデュース、もう一度回って見せてくれないか」
「? いいですよ」
そうしてデュースがくるりと一回りする様子を、デイヴィスはスマホでしっかりと撮影した。不思議に思うデュースに「恋人の可愛い姿を残すくらい良いだろう?」と言えば、顔を赤くして俯いてしまう。
卒業後もこの仔犬が手元に残るなら、思う存分着せ替え人形にしてやろう。下心はベッドの上での想像まで。
勿論デイヴィスが仔犬を手放す事も、仔犬がどこかへ行ってしまうこともなく。数年後のハロウィンのある日、突然懐かしい衣装を投げて寄こされたデュースは、そのご自慢の腕力のままデイヴィスに向かってキャンディをぶん投げたのだった。
End.