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    紫堂(shidou)

    版権絵や漫画等☆=Pixiv、★=FantiaにR18有
    ※保存・使用・複製・再配布禁止※
    ※18歳未満他18歳高校生のR18作閲覧禁止※
    ※えすり誕生日H公開終了後はFantiaに移動
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    紫堂(shidou)

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    【A3!*立花いづみ総受】☆
    2021年のWEBイベント用に『手を繋ぐ』をテーマに書いた各団員といづみちゃん24CPのSS※各キャラの『いづみ』呼びは独断と偏見です

    #A3!
    #立花いづみ
    izumiTachibana

    「いづみちゃんと手を繋いで!」「世界一」*咲いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた佐久間咲也はリビングソファに座るいづみに声をかけた。

    「カントク! 今、いいですか?」
    「うん、いいよ。雄三さんが呼んでた?」

     居残り稽古をするからと聞いて先に上がっていたいづみは立ち上がるが、咲也は頭を横に振る。次いで、手を差し出した。

    「? なに?」

     当然のように、いづみは小首を傾げる。
     対して咲也も声をかけることはできたのに、いざとなると恥ずかしくなったのか、赤く染めた頬を反対の手で掻きながら『えっと』と続けた。

    「その……オレと手を繋いでくれませんか?」
    「? もちろん、いいよ」
    「あ……」

     警戒のない手が咲也の手を握る。それは小さく、柔らかな手。なにより。

    「……あったかい」
    「? 咲也く……っ!」

     呟きにいづみが反応すると同時に咲也のもう片方の手が重ねられる。さすがのいづみも驚き頬を赤めると、包んだ両手を見つめる咲也が再び呟きを落とした。

    「不思議ですよね。隣にいてくれるだけでうれしくて暖かくなるのに、手を繋いだらもっと暖かくなるっていうか……安心できるんです」

     愛おしそうな目にいづみの頬が緩む。と、自身のもう片方の手を重ねた。

    「……それはもちろん。総監督で、世界一咲也くんが大好きな私だからね」

     ふふっと笑ういづみに咲也は目を丸くし、徐々に頬どころか耳まで真っ赤にする。だが、自然と口元が綻び、彼女自身を抱きしめた。

    「はいっ……いづみさんだからですね」
    「……うんっ!」

     思いの丈が解放され、手だけでなく互いの全身が熱くなる。演劇とは違う、手を繋ぐだけでは物足りない気持ちを繋げるように、笑いあった二人は唇を重ねた。
     包むのは、暖かさと幸せの鼓動――。


    * * *


    「好きすぎて」*ますいづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた碓氷真澄は一直線に向かった。
     リビングでひと息ついているだろうという予想通り、お茶を飲んでいたいづみが駆け足で現れた真澄に驚く。

    「真澄くん? え、どうし……ひゃっ!」

     咄嗟に立ち上がったいづみは両手を握られる。困惑する彼女に真澄の頬が徐々に赤くなると口元を綻ばせた。

    「かわいい……好き」
    「はぃっ え、ちょっ……!」

     突然の告白はもちろん、持ち上げられた両手の甲に口付けが落ちる。柔らかな唇とリップ音にいづみは硬直し、顔を上げた真澄は小首を傾げた。

    「……なに? もっとしてほしい?」

     問いにいづみは必死に頭を横に振るも決して目を合わせようとはしない。片眉を上げた真澄は顔を寄せた。

    「こっち向いて……いづみの顔、見たい」
    「いや、ちょ、待って……」
    「なんで……!」

     苛立ちから語尾を強めた真澄はいづみの顎を持ち上げる。と、顔に紅葉を散らし、潤んだ目と目が合った。惚ける真澄にいづみは震える口を開く。

    「だ、だって……急すぎて……ドキドキが止まらなくなっひゃ!」

     最後まで話すことなく真澄に抱きしめられる。その腕は強く、耳元で浅い呼吸を繰り返す呟きが届いた。

    「かわいいし、好きすぎて……もう、手だけだけとか無理」

     熱を含んだ吐息と身体。なにより、真っ直ぐな眼差しにいづみの動悸は速くなる。それだけで理解すると、恥ずかしさからか躊躇いつつも笑顔で抱き返した。
     手だけでは伝わらない想いと一緒に——。


    * * *


    「彼女だけの」*綴いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三に受けた皆木綴は悩んでいた。

    「正直に話すか……いや、でもこういうのってサプライズが……」

     雄三からの指令と言えば難なく繋いでくれるだろうが、それはそれで虚しい気がするのだ。純粋な咲夜や直球真澄、シトロンみたいには言えない。かといって、遊び癖のある至や千景のようなことはできる気もしない。

    「むしろ、悩んでるの俺だけのような気がしてきた……」

     顔を青褪めた綴は脱力しながら廊下の壁に寄りかかる。考えるより直接言った方が早い。手を繋ぐだけだとわかっている。

    「……いや、でも……監督と、だしな……」

     自身の手を見つめながら考えるのはいづみのこと。
     ただ手を繋ぐだけなのに舞台とは違う緊張に包まれ、頬にも熱が溜まる。普通に接してくれるのもうれしいが、やはり笑顔のいづみが一番だと握り締めた。

    「……よっし。ここは脚本家らしくロマンチックにできるよう練ってみるか。主演は監督で」
    「カレー役?」
    「そうっすね。カレー星のお姫様をモチーフにして」
    「じゃあ、綴くんがカレー王子だね!」
    「いやいや、俺が王子とかってうわあぁ! か、監督⁉」

     脚本家スイッチが入っていたせいか、会話に入るだけでなくいづみがいたことにも気付かなかった綴は慌てふためく。対していづみは目を輝かせていた。

    「次の公演、カレーが題材なの? なら私、協力できるよ!」

     心強い申し出だが、公演予定もなければ真澄と千景以外の支持を得られない気がして綴は苦笑する。だが、チャンスだと咳払いすると、ゆっくりと礼を取った。

    「……俺が王子でもいいっすか?」

     自身なさげに手を差し出す綴にいづみは目を丸くする。だが、お辞儀を返すと柔らかな手を乗せた。

    「もちろん、喜んで」

     その笑顔がカレー効果とは違うと知っている綴も笑顔を返すと、ぎゅっと手を握った。彼女だけの王子として離さないように――。


    * * *


    「囚われた」*至いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた茅ヶ崎至は考え込む。

    「取り合えず、今日のクエストいくか」

     秒で考えを放棄した至はいそいそと自室へ戻るとゲームをはじめた。数時間後、同室の千景が顔を出す。

    「茅ヶ崎、監督さんとは手を繋いだのか?」
    「脳内会議中です」
    「……そうか。今日中に達成しないと居残り稽古になるらしいぞ」
    「マジか」

     衝撃の罰ゲームにさすがの至も顔を上げる。だが、くすくすと笑う千景が本当のことを言っているかも怪しい。眉を顰めると『ちなみに』と問うた。

    「先輩はもう……?」
    「さあ? したかもしれないし、それ以上かもしれない」

     意味深に言いながら手を振った千景の背を見送った至は黙り込む。PLAY画面には『GAME OVER』。ひと息つくと、重い腰を上げた。

    「あれ? 至さん」
    「フラグ回収きたこれ」
    「はい?」

     自室を出てすぐいづみと出会う幸運に感謝すればいいのか罰が当たったのか、少しばかり戸惑いつつ至は訊ねた。

    「あー……あのさ、監督さん。先輩と手とか繋いだ?」
    「千景さん? いえ、稽古終わってからは会ってもいませんけど……至さん?」

     大きな溜め息と共に屈みこんだ至は呪いの呪文を唱えるが、心配そうに見下ろすいづみに肩で息をつくと手を伸ばした。察した彼女は小さな両手で掴み、引っ張る。浮遊感とは違う気持ちに立ち上がった至はいづみを抱きしめると、そっと手を繋いだ。

    「俺ね……悪~い先輩に脅かされて傷ついてるから、しばらくこのままでいてくれる? いづみ」

     甘い囁きに慌てふためていたいづみが止まる。その頬も赤くなっているが、躊躇いがちに手を握り返した。まんまと腕の中に囚われたことは、口元を綻ばせた彼のみぞが知る——。


    * * *


    「言質」*シトいづ


    『監督と手を繋いでこい!』

    そんな命を鹿島雄三から受けたシトロンはスキップをしながらいづみの元へ向かった。

    「カントクー! ワタシと合いの手をツッコむネ」
    「合いの手? いいよ」

     承諾したいづみは両手を叩く。同様にシトロンも両手を叩けば、すかさずいづみが『なんでやねん!』とツッコんだ。笑い合う二人だったが、我に返ったシトロンは頭を大きく横に振る。

    「オー、違うヨ! ラブの手を繋ぐネ!」
    「ラブの手? 指でハート作るやつ?」
    「オー、イイネ! ワタシもやるヨ」

     テンションが上がったシトロンにいづみも指ハートを作ると見せ合う。次第に笑いが込み上げてきた。

    「なんか照れるね」
    「ワタシは楽しいヨ。カントクと一緒だと何倍もハッピーになれるネ」
    「そんな大袈裟……?」

     苦笑を零すいづみの手を取ったシトロンがゆっくりとお辞儀すると、つられて持ち上げられた手の甲に口付けが落ちた。暖かく柔らかな唇に呆然とするいづみだったが、小さなリップ音に肩が僅かに跳ねる。さらに、見上げるシトロンの目に頰どころか身体中が熱くなった。

    「オー。カントク、まっきっきネ!」
    「まっかっか! もう、急だからビックリしたよ」

     いづみの目は右往左往し、手から伝わる熱も上昇している。シトロンにも伝染したのか同じように頬を赤めると、ぎゅっと手を握りしめた。それだけで身体が跳ねるいづみだったが、恐怖ではない恥ずかしさからだとわかるシトロンは微笑む。

    「ワタシ、今日はずっとイヅミと一緒にいるヨ。もちろん、お風呂もトイレもベッドもネ」
    「ええっ ト、トイレは勘弁して~」

     気が動転しているのか、名前呼びだったのも墓穴を掘っていることもいづみは気付いていない。〝それ〟を言質に遊びを考えるシトロンを除いて――。


    * * *


    「愉しそう」*千いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた卯木千景は溜め息をついていた。

    「俺は女嫌いなんだが……」
    「すごくウソっぽい……」
    「なにか言ったか?」

     背後にいた御影密に笑顔が向けられるが、作り笑いだと知る彼は大袋から取り出したマシュマロを口に放り入れた。

    「だって千景……カントクと居るとき愉しそう」
    「……見間違いだろ」

     密相手は無意味だと悟ったのか、笑みを崩した千景が通りすぎる。その背に声は掛からなかったが『ホントに?』と、問われた気がした。それは自問自答に近い。

    (他の女と彼女が違う? 正体を知ったんだから当然だ。それだけで変わるなんて……待てよ)

     立ち止まった千景が振り向くが既に密の姿はない。代わりに床に落ちたマシュマロを拾ういづみがいた。互いの視線が重なった瞬間、千景の口元が僅かに開き口角が上がる。

    「監督さん」
    「あ、千景さん。密さんが落としたみたいで」
    「困ったもんだ。大事なものは離さないものなのに……俺みたいに」
    「え……っ」

     語尾の甘さにいづみが気付くよりも先に両手を握られる。突然のことに驚き、頬を赤める彼女にくすりと笑った千景は額に口付けた。

    「ひゃっ! な、あ、えぇっ」

     柔らかな唇の感触とリップ音にいづみは面食らう。その様に千景は含み笑いした。

    「……確かに、いづみと居るのは飽きないな」
    「もう、なんでンっ!」

     『女嫌い』を払拭するように反論は唇で塞がれる。否、湧き上がる高揚感は床に転げ落ちたマシュマロ主の通り『楽しい』ではなく『愉しい』彼女だからだ――。


    * * *


    「専用」*天いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた皇天馬は思案に沈んでいた。

    「演技力を試されているなら姫と王子……いや、他と被りそうだし、ありきたりか」

     俳優の職に就いている身としては妥協をしたくないようで、今までの役、同じ課題を出された他団員の動き、様々な事柄から自分だけのシチュエーションを想像する。が、途中で首を傾げた。

    「なんか違うな……いや、どれも喜んでるが……」

     どのパターンをシミレーションしてもいづみは笑顔。だが、なにかが違うと、天馬は自身の胸に手をあてた。そのまま瞼を閉じ、再びシミレーションすると目を瞠る。

    「……そっか、オレがうれしくないのか……」

     いづみを考えると動悸が速くなる。対して役に成り切った自分、特別なことをしようとする自分を想像すると静まった。背伸びもプライドもいらない『天馬』で見てもらわないと意味がないと。

    「……バカだな、オレ。また幸にポンコツって言われるところだった」

     普段なら腹立つ台詞も今回ばかりは苦笑を零し、大きく深呼吸する。そして『よっし』と、迷いもない眼差しと共に歩きはじめた。向かうは笑顔をくれる人、自身を咲かせてくれる人——そして。

    「監督。手を出してくれ」
    「? なに、天馬く……っ!」

     警戒もなく差し出したいづみの細い手を取った天馬はゆっくりと持ち上げ、甲に口付ける。軽いリップ音にいづみは顔を真っ赤にし、天馬もはにかんだ。

    「好きだぜ、いづみ」

     演技でも役者でもない本物の笑顔は愛しい人専用だ——。


    * * *


    「少しばかりの」*幸いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた瑠璃川幸は呆れていた。

    「また面倒なことを……まあ、ポンコツ役者と違ってオレは普通に話すけど」

     同じ課題を出された上で取る自組を想像した幸は一笑すると歩きだした。
     天馬のようなプライドも、椋のような戸惑いも、三角のような一直線も、一成のようなサプライズも、九門のような素直さも必要ない。ただ普通に事情を話して終わる。それが手っ取り早くて自分らしいと進む玄関にいづみを見つけた。

    「かんと……」

     足が止まる。
     宅配を受け取っていたから、ではない。受け渡しの男性配達員といづみの手が触れたからだ。立ち尽くしていると、扉を閉めたいづみが気付く。

    「幸くん、ちょうど良かった。新しい生地が届いたよ」

     いつもならうれしい届き物。だが、弾んだ声に幸の眉が攣り上がると予想外の反応にいづみもたじろぐ。

    「ど、どうしたの?」
    「……別に。運ぶの手伝ってくれる?」

     さほど大きくないダンボール。だが、断れる雰囲気ではないと頷いたいづみが片側を持つと、幸も反対側を持つ。否、ダンボールを支えるいづみの両手を握った。当然いづみは目を瞠り、なにも言わない幸を見つめる。視線をそらしていた彼は少しの間を置いて口を開いた。

    「ほら、行くよ」
    「えっ、このまま」
    「そ、このまま。早くしなよ、いづみ」
    「ちょっ、待ってよ~」

     動く幸に、いづみも慌てて歩きだす。
     天馬のようなプライドも、椋のような戸惑いも、三角のような一直線も、一成のようなサプライズも、九門のような素直さも必要ない。けれど、少しばかりの嫉妬と我儘は好きだからこそ必要だと、幸は意地悪く微笑んだ。手のように熱い頬を隠しながら——。


    * * *


    「特別枠」*椋いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた向坂椋の顔は真っ青だった。

    「どどどどうしよう! か、監督さんと手を繋ぐなんて、ヒョロヒョロのごぼうを持たせるようなものなのに!」

     遊びの中や千秋楽を迎えた後に手を繋ぐことはある。だがそれは無意識であり、いざ自分からとなると恥ずかしくなった。それ以上にと、たじろいでいた椋は止まる。

    「……監督さん、うれしいかな?」

     きっと彼女はいつもの笑顔で手を繋いでくれるだろう。けれどそれは課題だからではと一抹の不安がよぎった。

    「椋くん?」
    「わあっ!」

     突然の声に椋は大袈裟なほど跳ねるが、驚き目を瞬かせるいづみに慌てて頭を下げた。

    「ご、ごめんなさい! 急に大声だして……」
    「ううん、私こそ。なにか悩んでた?」
    「は、はい……その、雄三さんからの課題で監督さんと手を繋げって。でも、ボクなんかと繋いでも……」

     言いながら語尾と共に椋は顔を伏せる。と、手を握られた。はっと顔を上げれば手のように暖かく優しげに微笑むいづみと目が合う。

    「ボクなんかじゃないよ。課題でも課題じゃなくても椋くんだからうれしいし、いつでも大歓迎!」

     その笑顔に椋の頬は熱く、目尻には涙が溜まる。それでも必死に堪えると、反対の手でいづみを抱きしめた。彼女の肩に顔を埋めるとそっと囁く。

    「ありがとうございます……ボクもいづみさん大歓迎です……だってずっとずっと大好きだから」

     屈託のない笑顔と真っ直ぐな眼差しにいづみも微笑を返すと手を繋ぎなおした。
     自信がなくなっても不安が募っても、大好きな人と繋がっていればなにも怖くない。たとえ離れても歓迎し、歓迎される特別枠なのだから——。


    * * *


    「この世でただひとり」*みすいづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた斑鳩三角は壁を走った。

    「カントクさーん!」
    「もう、また……危ないからダメだよ、三角くん」
    「ごめんなさーい!」

     咎められた三角は着地すると笑顔で謝罪する。
     溜め息をついてしまういづみだが肩で息をつくと要件を訊ね、三角は両手を叩いた。

    「そうそう! カントクさんとお手て繋いできなさいって言われたんだ~」
    「? 誰に……っわ!」

     問い返す前に両手を掴まれ、大きく振り上げては下ろされを繰り返される。

    「なかよし~!」
    「わわわっ! 待って三角くん! 待っわ」

     勢いのあまり態勢を崩したいづみが三角にぶつかるも、大きな胸板に受け留められる。『大丈夫?』と問う三角に、いづみは苦笑を零しながら顔を上げた。

    「う、うん。ちょっと痛かっただけでケガは……!」

     目を瞠るのは鼻先に三角の口付けが落ちたからだ。小さなリップ音と共に離れた彼は笑う。

    「えへへ~。さんかくが赤くなってたから消毒~」
    「さんかく? ……ああ」

     触れられた場所と遅れて感じる痛みに鼻のことかと停止していた思考を働かせたいづみは頷く。そんな鼻を三角は指先で撫でた。

    「ごめんね~。痛かったね~」
    「もう、さんかくにしか謝ってないでしょ……」

     自分自身が含まれてないように聞こえるいづみは頬を膨らませる。けれど三角は目を瞬かせると首を傾げた。

    「大好きないづみの大好きなさんかくだから、心配するのは当たり前だよ?」
    「へ?」

     今度はいづみが首を傾げると、再び手を繋いだ三角は口角を上げた。

    「いづみの全部が大好きってこと!」

     偽りなどない本音は告白にも聞こえる。
     頬を御天道様とは違う熱で赤めたいづみは手を握り返すと照れくさそうに微笑んだ。この世でただひとり、サンカク星人に愛される喜びと暖かさに感謝しながら——。


    * * *


    「自意識過剰」*かずいづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた三好一成は指を鳴らした。

    「なにそのテンアゲミッション! そんなのもう張り切るしかないよねん」

     悩む他のメンバーとは対照的にノリノリなのはカンパニーの催しをはじめ、合コンの幹事など楽しいことが好きな一成の十八番だからだ。

    「やっぱサプライズ式でなにかプレゼントして、さりげなく……あーでも、カントクちゃん鋭いしな。手を繋いでって言っても警戒するだろうし……ていうかオレ、信用されてなくない?」

     ひとり廊下を歩く一成は苦笑する。というのも、周囲からの好評案をいづみに行っても良い顔が想像できない。むしろ戸惑いや嫌々顔が多い。自分の性格が招いた結果とはいえ、一成は口を尖らせるが、向かいからやってくるいづみにすぐ笑みが零れた。

    「カントクちゃーん、なにしてんの?」
    「様子を見にきたんだ。雄三さん、今日も厳しいの?」
    「厳しい厳しい! 激ムズ課題にテンテンたち四苦八苦」

     大袈裟に両手を左右に拡げた一成とレッスン室を一瞥したいづみは少しの間を置くと肩で息をついた。

    「だから一成くんの機嫌が悪いのか」
    「へ?」
    「違うの? 廊下を歩いてる時の一成くん怖かったから」

     目を瞬かせるいづみに一成は思い返す。一瞬。一瞬だけ口を尖らせたことを。不満を募らせたことを。

    「……うわあぁ。オレってば自意識過剰すぎぃ……」

     大きく息を吐いた一成は帽子を深く被り、目元を隠す。隙間からクエッションを浮かべるいづみを見つめると手を差し出した。

    「じゃあ、慰めのために手を貸してくれない? いづみ」

     いつもより落ち着いた声と揺れる目に、いづみの頬が赤くなる。だが口元を綻ばせると『仕方ないなぁ』と、一成の手に手を乗せた。信用されていないのではない。信用しているからこそ、悪ノリも本音も理解してくれるのだと知っている一成ははにかみながら手を握った。
     いづみが好きだと愛と熱を込めて——。


    * * *


    「羨ましがる」*九いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた兵頭九門は慌てていた。

    「カカカカントクと手を繋ぐ……そうだ、手を繋げばいいんだ! そうだよな、うん」

     絡まっていることに気付くこともなければ納得している九門は熱くなる身体と動悸の速さに戸惑いながらも意を決して歩きだした。足音に、中庭で台本を読んでいたいづみが気付く。

    「九門くん? どうしたの、右手と右足が一緒に出てるよ。役作り?」
    「え、あ、そう、ロボットの役! 結構難しいんだ!」
    「へえ、私もやってみたいな」

     ロボット動きの九門を役と勘違いしたいづみはくすくす笑いながら立ち上がると、ギクシャクとロボットのマネをはじめた。目を輝かせた九門は拍手する。

    「すっげー、カントク上手! オレもする!」
    「うん、一緒にやろう。まずは右手から……」

     当初の目的も忘れ、二人はロボットに成り切る。次第に動きだけでなく台詞も入り、エチュードになるも、いづみが降参した。

    「う~、大根の私じゃ無理があるよ」
    「あっははは! でも、ぎこちなさがロボットぽくてオレは好き」
    「ホント ありがとう」

     満面笑顔に九門の頬が赤くなる。疲れだと誤解したいづみと共にベンチへ座るが、『楽しかったね』と話す横顔に動悸が速まる九門はそっと彼女の手に手を重ねた。振り向くいづみに九門は前のめりで力説する。

    「オレ、どっちかがロボットになってもカントク……い、いづみさんを好きになるから! 絶対!」

     偽りのない眼差しと、力強く握る手にいづみは目を丸くする。だが、吹き通る風に乗って『私も』と握り返すと、互いに微笑んだ。その姿はロボットでも羨ましがるかもしれない——。


    * * *


    「伝わる」*万いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた摂津万里は口角を上げる。

    「そんなんヨユーだろ」

     自信満々、鼻歌交じりに歩きだした万里はキッチンでいづみを見つけると声をかけた。

    「監督ちゃーん、あのさ」
    「あ、万里くん。今夜は特製カレーだよ!」
    「げ……」

     週に三、四やってくる日に万里の顔が見る見る青くなる。対していづみは背景に花を飛ばすほど御機嫌で、万里は躊躇いながらも口を開いた。

    「あー、それでさ。監督ちゃ「待って! いま、大事なとこなの!」

     遮ったいづみは小皿に入れたカレーの味見をする。
     しばし唸った後、手際よく調味料に手を伸ばす様はもはや職人だ。カレーに調味料ってと呆れる反面、彼女の手が塞がっていることに万里は深い溜め息をついた。

    「……いづみ相手は上手くいかねーな」
    「よっし!」

     呟きを掻き消したいづみは再び小皿にカレーを入れると万里に差し出す。自信満々の笑顔で。

    「はい、万里くん。美味しいよ!」

     ここを訪れる前の自分を見ているようで、万里は苦笑を零しながら小皿を受け取ると口に付けた。味わうように飲み干し、唇の端に付いたルーを舐め取ると頷く。

    「ん、今日のも美味ぇ」
    「でしょ「でも」

     今度は万里が遮ると、小皿を置いた手でいづみの手を握る。丸くなる目を他所に、もう片方の手も握ると顔を近付けた。

    「今はいづみが欲しいな……」
    「ぇ……んっ!」

     気付いた時には柔らかな唇に唇を塞がれていた。
     伝わるのはカレー味。だが、握りしめられた両手と眼差しが求めるモノに、いづみはゆっくりと瞼を閉じた――。


    * * *


    「資格」*十いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた兵頭十座は自身の手を見つめていた。
     考えるのはどうやっていづみと手を繋ぐか。しかし、繋ぐどころか第一声すら浮かばず、大きな溜め息と共に髪を掻いた。

    「……はあ、まったくわからねぇ。そもそも俺と手を繋ぐとか、監督が迷惑だろ」

     自身の手を映す目は僅かに揺れている。
     MANKAIカンパニーに入ってずいぶん経つが、未だ十座は『誰か』といることを恐れていた。特に今回は否応なしとはいえ、喧嘩に染まった手を女性、いづみと繋ぐことに罪悪感が募る。

    「そんな資格……俺には……」
    「あ、十座くん!」

     拳を握った瞬間、背後から声がかかる。咄嗟に肩を揺らした十座が振り向けば、話題のいづみが目を瞬かせていた。

    「どうしたの? 雄三さんの稽古終わった?」
    「あ、ああ……まあ」

     目も合わせられないばかりか手を隠す十座に、いづみは首を傾げる。だが、すぐに彼の手を取った。

    「ちょっ……!」

     予想外に柄もなく慌てるが、手の平になにかが乗る。よく見れば、美味いと評判のお饅頭。視線を移せば、いづみは口元に人差し指を立てていた。

    「買い物した時にオマケで貰ったんだ。ひとつしかないから、みんなには内緒ね」
    「……なんで俺に……監督が食べれば……」
    「だって、ウチで一番甘い物が好きなのは十座くんだから。美味しいの食べてもらいたいなって」

     そううれしそうに微笑む彼女に十座は目を見開く。次第に口元を綻ばせると、開いた饅頭を割り、いづみの手を取った。

    「……じゃあ、監督にも口止め料で」
    「ふふっ、了解」

     繋いだ手に片割れの饅頭を乗せると笑い合う。甘い物が好きなのも、自分がどんな人間か熟知していても傍にいてくれる大切な人と一緒に――。


    * * *


    「決め台詞」*太いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた七尾太一は興奮していた。

    「かかか監督先生と手を繋げるなんて俺っち……!」

     言葉にならないほどうれしいのか、つい握りしめた両手を振り上げた。が、はっと気付く。

    「でも『俺っちと手を繋いでください!』って言っても、モテの協力と思われるかも……」

     口癖のように『モテたい!』と言っているせいか、本当にいづみと手を繋ぎたくとも練習相手と思われそうで、みるみる太一の顔が真っ青になる。それどころか膝から崩れ落ちてしまった。

    「うぅ~。自業自得ッスけど、それでも俺っちは監督先生と……」
    「私となに?」
    「手を繋ぎたいんス……」
    「もちろん、いいよ」
    「ホントッスか って、監督先生っ」

     幻聴に舞い上がっていたはずの太一は目の前に本人がいたことに跳び起きた。赤面した彼にいづみは笑う。

    「太一くん、そんなに手が繋ぎたかったの? いつでもするのに」
    「そ、それはみんなとも……ッスよね」

     太一の語尾が落ちるのはいづみが『みんなの監督先生』だからだ。自分だから特別という考えに反省と悔しさを滲ませていると影が掛かる。

    「じゃあ、私をくどいて?」

     その声に見上げれば屈んだいづみが意地悪く笑っていた。

    「誰よりも七尾太一は手を繋ぎたいってアピールしてくれたら私は太一くんを選ぶよ。絶対」

     口元とは違い、目は真っ直ぐ太一を捉えている。それだけで身体中が熱くなった太一ははにかんだ。

    「……了解ッス」

     差し出された手を取れば互いに笑い合う。その手は『繋いだ』ことにはならない。なったとしても太一は断るだろう。自分にとっての決め台詞で伝える日まで——。


    * * *


    「みんなすごい」*臣いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた伏見臣は頬を掻く。

    「手を繋ぐ……かぁ。んー、どうしたもんかな」

     苦笑まじりになってしまうのは、手を出す→お菓子をあげるというオカン気質を発揮してしまうからだ。あげなければいいとわかっているのだが、脳内シミュレーションでは惨敗。いづみが太一や一成のような犬に見えてしまう。

    「んー……それはそれでかわいいな」

     犬耳でねだるいづみを想像した臣は悩みも忘れ笑顔で足を進めると、キッチンで本人を見つける。ご機嫌な様子と匂いから、間違いなく今夜はカレーだ。

    「カントク」
    「あ、臣くん! 暑いときはカレーだよね。玉葱を多めに薄くスライスしたからアッサリだし」
    「玉葱は毒じゃないか? それより手を繋がないと」
    「へ?」

     目を瞬かせるいづみと臣が見つめ合う。煮込み音を数度聞いたところで気付いた臣は額に手を当てた。

    「……悪い。犬と課題がごっちゃになっていた」
    「脈絡なかったからビックリしちゃったよ。ワンコさんにお手でも教えるの?」
    「そうそう。はい、お手」

     笑いながらカレーを交ぜていたいづみは差し出された手に躊躇いもなく手を乗せた。再び煮込み音だけが響く。

    「って、私」
    「すまない、カントク……本当に悪いと思っている」

     驚くいづみに身体が動いてしまった臣は顔を伏せるが、包んだ手が目に映ると少しの間を置いてきゅっと握った。

    「こんな小さな手で大量の料理も舞台の裏側もできるなんてすごいな」
    「……逆に臣くんは大きな手で繊細な料理や舞台を支えててすごいんだよ」

     マジマジと見つめ撫でていた臣は虚をつかれる。だが、くすくすと笑ういづみに頬を緩めた。

    「ああ……みんなすごいんだったな」

     微笑にいづみも頷くと、共にカレーを作りはじめる。
     いつもより煮込みすぎた原因が勘違いと、課題だからと手を離さなかった臣のせいとは言えないが——。


    * * *


    「二人一緒」*さきょいづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた古市左京は頭を抱えた。

    「あのおっさん、ろくなこと考えねぇな。つーか、全員に出しやがって」

     苛立ちながら進む足が速くなるのは他メンバーにも出されたからだ。つまるとこ、全員といづみが手を繋ぐことになる。その様を想像しただけで腸が煮えくり返る左京だが寮内にいづみの姿はない。だが、焦りが見えはじめた時ふと玄関に目を向けると、出て行こうとする背中を見つけた。

    「おいっ、監督さっ……!」

     早歩きで向かうも、呼び声は扉が閉じる音で掻き消された。立ち尽くす左京の周りだけブリザードが吹き荒れるが、すぐ灼熱地獄に変わると玄関を飛び出した。陽の光に目を細めても見慣れた背中だけを捉え、咄嗟に手が伸びる。

    「おいっ、いづみ!」
    「はいっ」

     大声と共に手を掴まれたいづみが振り向く。
     左京にはスローモーションに見え、いづみと目が合うと心の奥底で安堵の息をついた。対していづみは狼狽える。

    「え、左京さん? どうしました? ちゃんと私スーパーの特売を狙って」
    「カレーの材料を買い込む気じゃねぇだろうな」
    「や、安く済みますよ……」

     図星だったいづみはしどろもどろになるが、手を引っ張られると左京の胸に抱き留められた。目を瞠る間に反対の手が背中に回り、肩には左京が寄り掛かる。肌に当たる眼鏡の冷たさで我に返ったいづみはそっと声をかけた。

    「左京……さん?」
    「……俺も行く」

     呟きに再びいづみの目が開かれるのは柔らかな微笑を見たからだ。視線が重なると、左京の口元が意地悪なものに変わる。

    「カレー尽くしにならないようにな」
    「い、いいじゃないですか!」

     熱は不満に変わり、左京の手に引っ張られる。
     出会いとは反対に彼が彼女を連れていくが帰宅は二人一緒。もう離れないよう取られないよう、硬く手を繋いで——。


    * * *


    「指先」*莇いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた泉田莇は発狂していた。

    「ばばばば馬鹿じゃねぇのか⁉ おおおお女と手を繋ぐとか、プ、プロポーズするようなもんだろ!」
    「お前さん、どんだけ初心なんだ」

     さすがの雄三も呆れるが、頭から湯気を出す莇は至って真面目だ。ひとりレッスン室に残ったのも辞退するためだが、雄三も引くわけにはいかない。

    「これからお前さんも他の劇団の手伝いやメイクを続ける上で異性との接触は避けられねぇ。なら身近にいる監督さんで慣れるのが一番いいんじゃねぇか?」
    「……そんな都合の良い女扱いできる相手じゃねぇし」

     うずくまったまま呟く莇に雄三の目が丸くなり、意味深な笑みに変わる。見上げた莇は眉を顰めた。

    「……なんだよ?」
    「いや、それなら尚のこと監督さんしかいねぇだろ。てことで、おーい、監督さーん!」
    「ちょっ、ばっ、なにを!」
    「はーい、なんですかー?」

     ちょうど通りかかったいづみが顔を出す。
     当然莇の顔は真っ赤に染まり、高笑いする雄三の服を掴むと揺すぶった。その手を解いた雄三はクエッションを浮かべるいづみを横切る。

    「アイツがお前さんに頼みたいことあるんだと。しっかり聞いてやれ」
    「ばっ……!」

     余計な一言に憤っても『わかりました』と返したいづみを前にした莇は口籠る。

    「莇くん、頼みたいことって?」
    「いや、その……手、出して」

     顔をそらしてもいづみはなにも言わず手を差し出す。
     いつもならケアされているか細かく見る莇だが、今は年下の自分より小さい手だと改めて感じ、そっと触れた。指先で。

    「莇くん……?」

     疑問と共にいづみの頬が赤くなるのは莇の表情が穏やかで、どこかうれしそうだからだ。その気持ちが確かになるのは、彼が本当に手を繋げる時だろう。もちろん相手は——。


    * * *


    「デートプラン」*紬いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた月岡紬は思案に暮れていた。

    「手を繋ぐ……やっぱり女性、カントクならもう少し……」

     課題とはいえ、ひとりの女性を誘うも同然と考える紬はあれこれと案を出していた。しかし一向にハマる案がない。

    「困ったな……どうやって誘おう」
    「丞さんをですか?」
    「いえ、カントクを……って、わっ!」

     聞き慣れた名に苦笑が零れたが、声の主がいづみだったことに紬は慌てる。対して首を傾げるいづみは再び問うた。

    「丞さんじゃないなら万里くんですか? それとも……」
    「ち、違います! カントクのことで……あ」

     墓穴を掘ってしまった口を手で塞ぐも後の祭り。目を瞬かせるいづみは自身を指した。

    「私ですか? 今日は隣町のカレー屋に行く予定ですが」
    「いえ、あの……そうですか」

     正直な返答に喜べばいいのか嘆けばいいのかわからない紬だが、呼吸を整えるとゆっくりと手を差し出した。

    「カントク……俺とお付き合いしていただけますか?」

     端から見れば突拍子もない告白に思えるが、優雅な佇まいと真っ直ぐ伸びた指先。王子にも悪魔にも見える魅惑の誘いにいづみは唾を呑み込むと口を開いた。

    「カレー屋さんの後ならどこにでも」

     ブレない返答に紬は苦笑を零す。だが、お辞儀したいづみの手がキープされた手の平に乗ると微笑を返された。それだけで紬の頬む緩むと、きゅっと手を握りしめる。

    「はい……カレーと同じぐらい魅力的な日を贈ると誓いましょう……なんて」

     ウインクに目を丸くしたいづみは噴き出す。次いで紬も笑い出し、そのまま二人で歩き出した。カレー屋はもちろん、今日だけのデートプランを決めながら——。


    * * * 


    「他愛ない」*丞いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた高遠丞は眉間に皺を寄せていた。

    「なんて課題だ……まあ、手を繋ぐぐらいなら……」

     頭ではわかっていても、なかなか丞は行動に移さない。
     課題だと思えばいい。いづみも納得してくれる。なのになにかが引っ掛かり、頭を掻きだした。

    「丞さん、なにしてるんですか」
    「うわっ! か、監督……あ、悪い。大声だして」
    「い、いえ。ビックリしただけです……」

     本当に驚いたのか、心臓を押さえるいづみに丞は罪悪感を覚える。そこに『手を繋いでくれ』とも言いづらく、沈黙が続いた。先に動いたのはいづみ。

    「じゃ、じゃあ、私はこれで。急に声かけてすみませんでした」
    「いや、俺こそ……」

     なにかの邪魔をしたのではと勘違いしているのか、余所余所しい雰囲気でいづみは丞を横切る。すれ違い様に彼女の長い髪が当たった瞬間、丞は過ぎていく手を掴んだ。

    「……丞……さん?」

     突然のことに立ち止まったいづみは再び驚きの顔を向ける。ゆっくりと振り向いた丞はバツが悪そうに呟いた。

    「悪い……その、ちょうどお前のこと考えてて……ビックリしただけなんだ」
    「え……?」

     意外な話にいづみの動悸は別の意味で速くなる。頬を赤めた丞は本当のことを言っているとわかるからだ。

    「だからその……って、なんで耳まで真っ赤になってるんだ」
    「へっ……あっ……もうっ、全部丞さんのせいです!」
    「はあ?」

     指摘に慌てて耳に触れたいづみは全身が熱くなり、つい怒号を飛ばす。当然気持ちには鈍い丞は理解できず、他愛ない口喧嘩がはじまった。後ろめたい気持ちではなく、真正面から。そんな違和感が解消され、熱とは違う手が繋がれたままだったのに気付いた二人がどんな顔をするかは今はまだわからない——。


    * * *


    「一時」*密いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた御影密はレッスン室を出ると中庭にあるベンチに腰を掛ける。心地良い風に誘われ瞼を閉じれば自然と眠りについた。

    「……ーん、密さーん!」
    「…………カント……ク?」

     聞き慣れた声に薄っすらと開いた密の目に映るのは木々と共に鮮やかな夕焼けに染まったいづみ。

    「……綺麗」

     呟きが聞こえたのか、夕日とは違う赤を頬に足したいづみは苦笑した。

    「もう、寝ぼけないでください。陽が落ちてきたので中に入りましょう」

     言われてみれば肌寒く、空の色が変わったことを考えれば長く眠っていたのがわかる。そんな密を心配するように伸びてきたいづみの手を掴んだ密は指と指を絡めた。

    「……あったかい」

     呟きに『室内にいましたからね』と、また苦笑が返されると絡められた指がぎゅっと握られた。痛みはないが離すことができないほど力強く、さすがのいづみも戸惑う。

    「えーと……密さん?」

     問うても密は応えず、ただ繋いだ手を見つめている。と、そのままゆっくりと落ちてきた頭が手の甲に乗った。戸惑いが増すいづみに構わず囁きが落ちる。

    「いづみと一緒にいるとあったかいのはいつもだけど……これはもっとあったかくなって幸せになるね」

     か細くても充分届いた告白と柔らかな微笑。震える口を開こうとするいづみだったが、なにも言わずただその場に留まった。代わりに繋がる手が強く、暖かさが増す。夕焼けよりも熱を帯びているのを手から感じる密は偲び笑いを漏らすと再び瞼を閉じた。共に幸せを感じる彼女との一時を楽しむように、ずっと手を繋いだまま——。


    * * *


    「私の人生」*誉いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた有栖川誉は踊っていた。

    「おお、男女の繋がりとは違うエクスタシーな体験をできるだなんて貴重だね、監督くん!」
    「なんの話ですか?」

     華麗なステップでやってきた誉を他所に、いづみは煎餅をボリボリ食べる。立ち止まった誉は『ふむ』と、口元に指先を宛がった。 

    「今したら、もれなく醤油風味がついてくるのだね。それもまた素晴らしい!」
    「いえ、これ抹茶味って誉さん⁉」

     訂正する前に手を掴まれ、煎餅をソファに置いたいづみは誉に誘導されダンスを踊る。経験がなくとも彼の技術の高さか、上手く踊れているようにも感じて不満顔が笑顔に変わった。

    「良い顔だ。やはり楽しくなくてはね」
    「誉さんのおかげで」

     意外な返しに誉の目が丸くなる。そっぽを向きながらターンしたいづみは口元を綻ばせた。

    「これだけ楽しくさせるのも疲れさせるのも私の人生で誉さんだけですよ」
    「……そこは普通、前者だけ言うものではないかい?」
    「だって、誉さん相手ですから」

     優美なターンを決めたいづみは息を切らしながらも満面の笑顔を見せる。その様につい呆気に取られる誉だったが、込み上げてきた笑いを隠さず高笑いした。

    「あっははは! それはそうだ。さすがいづみくん、よくわかってるじゃないか」
    「ありがとうございます。素敵なダンスを教えてもらった御礼にお茶はいかがですか? 茶請けは御煎餅ですけど」

     礼を取りながら視線をソファに残した袋に向けるいづみに、誉は笑いを止めないまま頷いた。

    「喜んでいただこう。抹茶の御煎餅にも興味がある」

     差し出された手にいづみの手が乗る。と、いつもより握る力が強かった。それはきっと心が読めずにいた自分を理解してくれている彼女への想いなのだろう。口にするのは難しい想いが——。


    * * *


    「嫉妬」*東いづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けた雪白東は微笑んでいた。

    「ふふっ、手を繋ぐなんていつ振りだろう」

     添い寝屋時代にはよくあったことだが、それはあくまで仕事内だ。特に自分からした記憶がない東は少しワクワクしながら談話室にいるいづみの元を訪れた。

    「やあ、カントク。ちょっといいかな」
    「あれ? 東さんもですか?」

     意外な返答に東が目を瞬かせると、ソファに座るいづみは手を差し出した。

    「さっき丞さんがきて、私と手を繋ぐよう課題が出たと聞きました」
    「へえ……丞が。ちなみに彼とはしたの?」

     笑顔で問う東にいづみも笑顔で二つ返事。瞬間、僅かに室内の温度が下がった気がした。ぶるりと震えるいづみは両腕を擦る。

    「なんか急に冷えませんで……」

     視線を移したいづみは後退る。明らかに東本人が急低下の基だとわかるからだ。

    「ど、どうしました? 珍しく怒って……ますよね?」
    「ふふっ、そうかな? そうかも……なんだろうね。すごく嫉妬しちゃった」
    「は……っ!」

     疑問を返す前にいづみの手は東の両手に包まれた。繋ぐ、ではなく捕まったことに慌てて顔を上げると、柔らかな唇が額に小さなキスを落とした。固まるいづみに顔を寄せた東は内緒話をするように囁く。

    「最初が貰えなかった分、他の最初を貰うよ? いづみがボク以外が見れないよう可愛いことから激しいのまで全部ね」
    「そ、それってどういうっひゃ!」

     またしても返事は鼻に落ちた口付けで塞がれる。
     身じろぎたくとも手は捕まり、蠱惑的な微笑と声にいづみはただ堕ちていく。彼女にしか見せない欲を宿す雪代東と言う男の手に——。


    * * *


    「アンドロイド」*ガイいづ


    『監督と手を繋いでこい!』

     そんな命を鹿島雄三から受けたガイは首を傾げていた。というのも、同じ課題を出された紬や丞。冬組メンバーが戸惑っていたからだ。

    (ただ手を繋ぐだけではないのか?)

     事情を話せば問題ない課題だと思うガイだが、他のメンバーの表情から別の意図があるのではと考えを巡らせる。

    「あれ? ガイさん、なにしてるんですか」
    「っ! あ、ああ……監督」

     ガイの肩が僅かに跳ねると、声の主いづみは眉を落とした。

    「お邪魔でしたか?」
    「? なぜだ」
    「なにか考え込んでたみたいなので」

     そう苦笑を零すいづみにガイの目が丸くなる。
     思案に沈んでいたのは確かだが、表情に出した覚えがないからだ。特に『アンドロイド』と自負し、呼ばれていたのだから。

    「ガイさん?」

     沈黙が長かったせいか、心配した様子のいづみが顔を覗かせる。自身を捉える目に、ガイは呟きを零した。

    「手を……出してはくれまいか?」
    「? はい」

     突然のことに驚きながらも差し出したいづみの手をガイはそっと握る。

    「そうか……ただ『繋ぐ』だけのものではないのだな」

     少しの間を置いた小声に視線を上げたいづみの目が丸くなる。目前の口角が上がっていたからだ。

    「いづみだから高揚して、離したくなくなる」

     沸き上がる想いに、悩んでいたメンバーのように自分も特別なことを贈り、手を取りたかったと、ほんの少しガイは後悔した。
     そんな本人は気付いていない。日常でも舞台でも見ない特別な微笑をいづみに見せていることを。頬を赤めるほどうれしいのを知るのは、繋がった手まで伝わる熱だけだ――。





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