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    きのした

    @mitei17

    文字書き。大体承花。

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    きのした

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    ハッピーエンドですが、途中だいぶ暗い承花です。
    4×4。
    出会いから落ちてる承花、プロポーズからのハネムーンと、考えたらこのようになりました。承花の出会いとは、となると、この問題を避けて通れない私は二人をごたごたさせなければ気が済まないらしい。

    焦燥の夢と、愛し君へ 近頃僕は、承太郎の目を真っ直ぐ見れずにいる。承太郎は静かに怒っている。若い頃はわかりやすく感情を爆発させていた僕たちは、喧嘩もしたが仲直りも早かった。だけれど、大人ってやつは。相手が何に不満を持っているかもわかっているのに、それについて真正面から謝ることもできない。承太郎は、僕を愛しているから。だから、僕の対応が許せない。自分自身を可愛がれない僕を許せない。いつになったら観念するんだと、僕を締め上げるような視線から逃げて、同じ家に住んでいるというのにここひと月ほど、僕は承太郎を正面切って見ることができなかった。

     問題は、僕の服薬内容について。僕はあの旅で大怪我を負って、腹部から背中にかけて大きな傷がある。今でこそ健常者と変わらず動くことができるけれど、退院したての頃は、ハイエロファントに手伝って貰わなければ、僕は真っ直ぐ歩くことも困難だった。処方箋は、痛み止めを中心に、抗生剤や内臓機能を補助する薬が主で、随分と長いこと、僕はそれらのお世話になっている。そしてそれは、最近になって少し変わった。僕の健康状態について、本人以上に気にしている恋人が、把握できないようにこっそりと、僕は医師に相談していた。それがバレて、承太郎は怒り、僕らはギクシャクしている。何も事細かに些細な変化を報告しなくてもいいだろう、と思っていた僕には、承太郎に知られたくない動機があった。まさにそれは、僕らの間に鎮座する、本当に小さなひび。僕らの出会いから起因する、僕の傷。僕にとって勲章である腹のものではなく、額に残った、小さな小さなあと。
     彼を殺そうとして襲い、返り討ちにされてその後救われた。それが僕らの忘れられない出会いであり、僕が今でも悔やんでいる過去だ。承太郎はそれが許せないらしい。お前が悪いんじゃない、と何度言われても、後悔を引きずった。僕はポルナレフのように高潔ではいられなかった。大事な緑の友達を、人を傷つけるために使い、自分で己の矜持をズタズタにした。
     僕の目を覚まさせてくれた承太郎のスタープラチナ。その背を追いかけて、旅に同行した。僕はいつだって、誇り高い自分でいたいと思った。優しいひとを救いたい、その動機と同じくらいの重さで、自らを取り返したかった。そして確かに成功したと思った。仲間と共に悪に立ち向かって、勝利した。そして思いがけない大切な人間に、承太郎はなっていた。彼に好きだと囁かれて僕は有頂天になって、本来の自分が彼を惹きつけることができたと、自惚れた。そう、つい最近まで。僕らは同居して、恋人同士で、未来を見据えてはちょっと照れるような、そんな関係。甘酸っぱいそれに、いい歳をして浸っていた僕は、ある日突然、思い出したように冷たい水をぶっかけられたのだ。

     鏡をのぞいてため息を吐く。目立つ目の縦に走った傷より、僕は額の分け目にある、小さなあとを指で撫でた。
    「後悔したって、仕方のない話なんだよ」
     独り言が思わず漏れる。こんな僕を、きっと承太郎は厭う。そう思うと余計に、そこが目立って見えて、僕の心臓をきりきりと締め付けてきた。
     ごめん、ごめんなさい。そううなされる僕を叩き起こした承太郎の表情が忘れられない。思い出してしまった、僕は確かに悪だったのだ。

     僕はまず承太郎と共に寝ることを拒んだ。訝しむ彼に、仕事が忙しくて疲れている、一人でゆっくり眠りたい、と嘘をついた。本当に疲れていたら、承太郎に抱きついて、胸いっぱいにその匂いを吸い込んで安心して眠りたかったはずだった。
     ずっと、朧げだった過去のこと。操られていたから、いまいちはっきりとしないと思っていたけれど、もしかしたらそれは奴の呪いだったのかもしれない。忘れかけて幸せに浸かっていた僕に、無意識下の領域で、目を覚ませと殴りかかってきた。

     承太郎は女の子に囲まれていた。整った容姿。よく通る声。あれが空条承太郎。敵だ。それを眺める僕。違う、あれは恩人で、今となっては恋人で、世界で一番僕を心配してくれる愛しいひとだ。その叫びは届かない。僕の中には憎しみが詰まっていた。植え付けられた感情。敵だ。だけれど、この気持ちはなんだろう。あのグリーンアイから、目が離せない。怖い。感情の正体がわからない。そうだよ、僕は承太郎を一目見たその時から、彼に惹かれていたのだから。なのに僕は、友達を操作して彼を攻撃した。無事だった承太郎に、果し状を渡す。憎い、憎い、空条承太郎。違う。彼は大切なひと。本当はすでにこの時落ちていた。なのに、僕の脳を支配する細胞が、湧き上がる愛しさや恋しさを、ただただ憎しみにすり替えていた。
     無抵抗、無関係、そんな女性を操ることのできる僕の友達。その完全邪悪な手段を、初めて使った。僕は悪だった。圧倒的光の前に無惨に散って、あとは死を待つ、それだけ。ああ、なんてことを。ごめんなさい、ごめんなさい。このまま、弱い僕のまま、最期を迎えるんだ。なのに、悪いのは僕ではないと、光は言った。命懸けで、僕を暗闇から引っ張り上げてくれた。
     そこからはクリアだ。僕は目が覚めて、背を向けて何故助けたのかを教えてくれない承太郎に、ただ、心を支配された。そして旅に同行して、なんとか生きて帰って、承太郎と共に暮らす。
     たった一回見た悪夢に、最初こそ、疲れていて夢見が悪かっただけだ、と己を落ち着かせた。しかしそれは一度では終わらなかった。それどころか、事の直後でさえ覚えていなかったような当時の僕の憎しみや苛立ちや敗北感が、どんどん鮮明になって、僕は朝、汗に塗れて飛び起きる。眠りが浅いせいで目元にくまを作る僕を承太郎が心配しだしたころ、定期検診で通っている病院の医師に相談した。眠りが浅い、悪夢を見る、そう言うと、軽い精神安定剤と、入眠剤と、睡眠薬を出してくれた。僕はほっとした。大丈夫、きっとこれは一時的なもの。ちょっと癖になっているだけ。ぐっすり眠ることを脳が覚えたら、忘れ去ることができる。
     結果から言ったら、そんな簡単な話ではなく、僕の睡眠事情は深刻になった。食後のいつもの薬に追加して、寝る前に新たな薬をこっそり飲んだのに、夢の中の僕の憎しみは、膨れ上がって、当時の僕を眺める今の僕が持つ承太郎への愛情を、押しつぶしてしまいそうだった。そして、悪いことをした罰と、承太郎に殴られた時、僕の抱える彼への想いは、ぽっきりと折られてしまったのだ。悲しかった。辛かった。それ以上に、申し訳なくて、謝りたくて、強い承太郎に縋りたくて。僕は弱い。忘れていた。僕は弱かった。

    「おい、花京院、起きてるか」
     承太郎が部屋の外からノックをみっつ。心配してくれている。僕はもう目覚めていて、ベッドの上で丸くなっていた。悲しみでいっぱいで、自分が制御できそうになくて、僕は嘘をついた。寝てるよ、まだ寝ている。仕事に遅れるから、僕のことは放って置いて、さっさと出勤してくれないか。
     沈黙で返す僕に、ドアの前でため息を吐く気配がして、
    「飯、用意してあるからな。ちゃんと食え。無理して仕事に行く前に、病院へ行け」
     そんな優しい言葉をかけてくれた。だめだ、だめだよ承太郎。僕は君に気を遣ってもらえるような、そんな人間じゃないんだ。そう考える自分自身が嫌で、承太郎が家を出たのを確認してからダイニングに行って、テーブルの上の簡素な朝食を眺める。承太郎の優しさは、出会った頃から変わらない。それが今の僕には辛い。僕は君にボコボコに殴られて、消え去るだけの三下なのに。

     一回一錠ずつ。そう言われていたのに、あの目覚めが怖かった僕は、それを守らなかった。悪夢にうなされて、飛び起きたあと、決まって三錠は精神安定剤を飲み込んだ。寝入るのも怖くなって、夢を見ませんようにと、入眠剤と睡眠薬もざらりと手のひらに出す。とにかく穏やかな眠りを願ったのに、僕はいつも、初めて見る承太郎に焦がれて、そんな正義の味方に再起不能にさせられていた。これは、罰だよ。だって悪いことをした。承太郎に怪我を負わせた。無関係な人間を傷つけた。敗者が悪なんて、馬鹿なこと言って、返り討ちにあって、寝返ってのこのこと旅に同行した。そんな僕を、承太郎は好きだと、言ってくれた。何故、何故。だって僕は弱い悪なのに。

     規定量を全然守らずにとにかく救われたい思いで服薬していたら、日常に支障が出てきた。安定剤は思考を麻痺させて、僕は日中ぼうっとしていたし、睡眠薬を多量摂取したせいで寝起きは鈍く、その癖夢見の悪さは治らなくて苛々した。ふらつきが出て、そんな僕を承太郎が心配するので、僕の頭の中はごめんなさいでいっぱいになる。不思議と昼間は悪夢にうなされることがなかったので、自然と僕は日中居眠りをした。仕事の休憩時間、昼食を取るのも忘れて睡眠を必死になって掴んだ。そうすると少しずつ体重が落ち始める。承太郎はいつだって僕を見ていたから、心配するのと同じくらい、僕の挙動を不審がり、声をかけてくれた。
    「花京院、どうした、最近、おかしいぞ。体調が悪いのか。一度、精密検査を受けた方が」
     その優しい言葉に、縋りたくなるのを堪えて、僕は笑って返す。
    「ちょっと、調子が悪いだけだ。少しばかり厄介な仕事を抱えていてね、少し精神にも支障をきたしているんだろう。処理さえ終われば、落ち着くよ」
     大嘘だ。あの悪夢を見ない方法なんて、全く持ってわからない。処理の仕方なんてわからない。ふらふらしながらそれでも仕事に行く僕を、なんとも言えない顔で見ていた承太郎に、もっと注意を払っていればよかった。

     眠剤を処方してもらってからニ週間ほど経ったある日、仕事から帰ると、ダイニングの椅子に承太郎が真剣な面持ちで座っていた。
    「ただいま、承太郎。君、今日はやけに早いな。どうしたんだい」
     承太郎の帰宅は、いつも僕より遅い。不思議に思った僕の視界に、テーブルの上の白い袋が入った。それは、「花京院典明様」と印字された、新たに加わった寝る前に飲む薬の袋だった。
    「花京院」
     承太郎の声は落ち着いていたけれど、それが逆に怖くて思わず肩がびくついた。承太郎がトントンと人差し指でテーブルを叩く。
    「君、勝手に僕の部屋に入ったのか」
     それは枕元のサイドテーブルの引き出しに仕舞ってあったはず。家探しされたことがわかったけれど、怒りより焦りの方が強く出る。
    「この薬の内容は、把握した。処方日も、お前の様子がおかしくなり始めた頃と一致している。何かあるなら頼って欲しかったとは、呑気に構えていた俺が言えた筈もない。だがな」
     承太郎が袋を逆さまにして、ざら、と複数のシートをテーブルに広げる。それはもう、残り僅かになっていた。
    「期間と残量が一致していない。お前、規定量を守らなかっただろう。なんだこれは。それほど強い作用の薬ではないが、それでもこういったものは、依存性や副作用が恐ろしいんだ。脳に影響がある。脱力感やふらつきがあった筈だ。何故俺に、一言、言わなかった」
     言えるはずが、あるのか。それは口をついて出た。
    「言えるわけ、ないじゃないか」
     過去の自分に、君との出会い方に後悔して、愚かな自分に苦しんでいるなんて。君に言ったら、優しい承太郎、きっと僕を慰めてくれる。けれど。
    「君と、出会わなければよかったなんて、後悔している自分を、君に知られたくなかった」
     承太郎が息を呑んだ。そうだよ、出会いたくなかった。己の分身だけが友達で、寂しく他人を理解できずひとりぼっちの僕のままだったら、こんなに苦しんだりしなかった。なのに僕は弱い心を利用されて結果君に出会って、そして君という存在を手に入れた。それがどんなに幸せだったか、きっと承太郎にはわからない。ジョースター家の因縁に絡むことがなければ、今でも僕はひとりで、社会に溶け込んで幸せも知らず、それ以上にこの息も止まりそうな苦しさも知らなかった。知らずに済んだ。承太郎が僕を好きになってくれたから、僕はこんなに胸が痛い。
    「こんな、些細なことに、君が関与する必要性はない」
     承太郎が一拍置いて、低い声を出した。
    「些細なことだと?大切な人間が苦しんでいて、それを知らされず、頼られもせず、秘密にされていたことが、些細なことだと言うのか。しかも、出会いを後悔していると言ったな。花京院、お前は何を、抱え込んでいるんだ」
     承太郎の綺麗な緑の目が、濡れている。ああ、彼は悲しんでいるんだ。僕を愛しているから、僕が苦しいと自分も苦しい。そんな風に、僕を包んでくれる。だけれど、僕は僕自身の苦しみを、承太郎とシェアすることなんて、できる筈もなかった。
    「僕はただ、君との毎日が楽しくて、未来も夢見てた。でももう、絶望している。忘れていたんだ、自分の罪深さを。君に、相応しい人間に、なれない」
     そう、愚かだった僕。禊なんて、そう簡単に出来やしない。幸せになんて、なっちゃいけない。それこそ、僕の大好きな承太郎を、縛りつけたりなんか、できない。
    「ごめんなさい」
     それだけ言ったら、承太郎は立ち上がって、ぼくを正面から抱きしめた。彼はそれ以上追及するのを諦めたらしい。
    「お前がどんなに自分を傷つけて、許せずにいても、俺はお前を愛している」
     言葉の内容は甘かった。けれど、その声色は怒りを含んでいて、僕の発した言葉に承太郎は痛みを覚えたらしかった。
    「う、」
     ごめん、ごめんなさい。そう思ったら、承太郎の体温が染み入るうちに、涙が溢れてきた。けれど泣く資格だって、本来なら僕には無い。悪いことをした子供が親に慰められて縋るように、しばらくそうして、僕は承太郎の肩に額を乗せていた。

     結局薬を飲むのをやめられず、それでも承太郎は僕を監視してきたので、今までのように出鱈目に服薬することはできなかった。全然効かない。悪夢はおさまる事なく毎晩襲ってくるし、その内容はどんどん鮮明になっていく。僕たちの、出会い。見惚れた緑。それなのに傷つけた。やめろ、と叫ぶ現在の僕と、承太郎を憎む操られた僕。僕はその内容を承太郎に言えない。出会わなければよかったなんて、承太郎と僕の幸せな暮らしを否定する言葉をぶつけた。承太郎は、怒っている。静かに怒っている。だから僕はその目が見られない。別れようと宣告されたら、楽になれるのだろうか。しかし僕を愛していると怒気を孕む視線で感情を訴えてくるから、それにうまく対応できる自信がなくて、ますます目線は下を向く。彼此ひと月、そんな状態。彼は僕の心を知りたがっている。けれどこんな醜いもの、見せられる訳もない。

     もっと、違う出会いをしていたら。例えば、同じ学校のクラスメイト。そんなことを考えていたら、その日の夢はそのようになった。人気者の彼と、一人に慣れている僕の視線が絡まることなんてない。すっと僕の隣を通り過ぎる承太郎。そんな彼に、僕は今と変わらず恋をしていた。気づかれない想い。苦しかった。けれど、きっと今よりはマシだ。だって接点さえなければ、僕は彼を傷つけることがない。そんな風に思っていたら、結局僕はエジプト旅行で災厄に出会って、日本に帰っては承太郎のことを襲っていた。ああ、きっと運命だ。彼が悪を打ち負かすという運命。僕は運良くそれに拾われた些末な存在。激動の中生きる空条承太郎という特別な人間を慰めることのできる、ちょっとした捧げ物。目が覚めて一番に、そんなことを思った。いいじゃあないかそれだって。そうしたら、承太郎と一緒にいていいって、認めてもらえる。でもきっといずれ、置いてきぼりにされる。それは、もしかしたら今かもしれない。僕が自分の罪を思い出した今。承太郎と共に暮らせる幸せを当たり前だと思った僕に浴びせられる冷や水。
    「承太郎」
     思わず声に出た。縋りたい、でも許されない。承太郎が許してくれても、僕は自分を許せなかった。そんな僕に、承太郎は怒っている。関係が解消される未来が、すぐそばに迫っているように思えて、知らずぶるりと身体が震えた。

     ある夜、僕に遅れて帰宅した承太郎が、ずんずんと歩を進めて真っ直ぐに、ノックもせず僕の部屋に入ってきた。僕は驚く。僕はもうベッドの上にいて、ちょうど、手のひらに今飲もうとした薬があった。承太郎はそれを認めて目を眇めてから、寝台に乗り上げると、固まっている僕を抱きしめた。突然の承太郎の行動に、僕は混乱する。もう、嫌われてもしょうがないと思っていたから、愛しくて仕方がないとでもいうような腕の強さに、くらくらして思考が安定しない。
    「じょ、」
    「明日のお前の休みはもぎ取った。病院に行くぞ。俺も付き添う」
     なんだって?すぐには理解できない。少しだけ腕を緩めて、承太郎が僕を覗き込んだ。どきりとする。大好きなグリーンアイズ。久しぶりに直視した。
    「何に悩んでいるのか、正直に、言え。俺のことが好きなくせに、出会わなければよかったなんてお前に言わせる原因を、俺は知りたい。もし服薬が必要ならば、そんな一時凌ぎのものではなく、専門医の見解で、正しく処方してもらおう」
     承太郎はいつだって、苦しんでいる人間を見捨てない。それが今の僕には痛い。
    「すまん」
     僕の心を読んだように、承太郎が謝罪の言葉を口にする。思わず、疑問が口をついて出た。
    「何故謝るんだ」
    「俺に心配されることを厭うお前を、心配するのがやめられない。お前が俺たちの出会いを否定しても、俺はあれが運命だったと思っている。俺を鬱陶しいと、もうごめんだと、思ってくれても構わないから、今は、お前の心と体の健康を取り戻すことを考えてほしい」
     どこまでも甘い承太郎の言葉。ずっと冷戦状態で、短い挨拶以外は言葉を交わさずにいた僕ら。逃げ続ける僕を剛を煮やして捕まえて、そんなことを言う。僕を見つめる大好きな緑。夢で気付かされた、僕は君に一目惚れをしていた。そんな大好きな君が、僕を気にかけるから、僕はどうしたって、君に負けてしまう。絶対に言うものかと思っていたのに、口元の筋肉が緩んで、僕は吐露してしまった。俯いて、目を瞑る。
    「夢を、見るんだ」
    「悪夢か。だから、睡眠剤を飲んでいたのか」
    「ただの悪夢じゃない。忘れかけた現実だよ。僕は君を殺そうとした」
    「…だから、ごめんなさいなのか」
     僕は吃驚して承太郎の顔を見た。最初の夜、うなされる僕を揺り起こして慰めようとした彼と、同じ表情をしていた。覚えていたのか。そんな僕の思考を読み取ったのか、承太郎がゆっくりと息を吐いて、僕を抱く力を強くした。
    「一人で寝たいと言われた時、意地でも譲らなければよかった。そうしたら、こんなことにはなっていなかっただろうにな。すまん」
    「君のせいじゃない。君が謝ることなんて何一つない。ただ僕が、愚かで、弱くて」
    「厄介なヤローだな、あの吸血鬼」
     低く低く忌々しげに、吐き捨てた。それから、僕の瞳を覗き込んで、真剣な表情で、しっかりと言葉が染み入るように。
    「いいか、俺たちは確かに、敵として出会った。だが、お前が俺を攻撃したのは、洗脳されて命令されてやった事だ。その証拠に、肉の芽を抜いたらお前は正義に燃えて、共に闘ってくれただろう。恐怖に立ち向かっただろう。あんな身体になってまで、自らの意志を貫いただろう。それはお前が強かったからだ、花京院」
     承太郎は言い聞かせるように、ゆっくりと発音した。僕は思い出す。背を向ける承太郎の優しさに、涙した自分。ホリィさんを救いたいと、心から願って、自分ができることをしたいと思った。仲間と共に旅をして、笑い合ったり、傷ついたり、それでも前に進んで、諸悪の根源に、真正面から闘いを挑んだ。奴を倒さなければ、僕は僕でいられない。僕が抱いた恐怖の元締めを、消し去らなくては。僕では力不足ではあったけど、奴の能力の正体を明かして、それを仲間に託した。そこまでが、僕の役目。気がついた時には病院で、目覚めた僕に安心したように笑いかける承太郎が、僕を好きだと言ったから。だから僕は、僕になれた。僕を肯定できたのは、いつだって、僕と、承太郎だけだった。
     あまりにも鮮明になった憎悪に塗り潰されていた誇りを、承太郎が拾い上げてくれた。操られた弱かった僕を、共に闘う強い仲間と言ってくれた。承太郎が僕を認めてくれる、それだけで、僕を形作る魂の色が、確固たる輝きに変わる。僕は思い出した。そうだよ、確かに僕は、色々なものと闘って、同じくらい救われて、今、ここにいる。
    「夢の、夢の中ではね、僕は一目見て、君を好きになってた。なのに、脳が勝手に、憎いって、思わせるんだ。暴走する意識を止められなかった。無関係の人を傷つけてまで、君を殺そうとした。許されるわけない。なのに肉の芽の所為だって、そんな簡単に言い訳して、旅の仲間になって、どんどん君を想うようになった。都合が良すぎるだろう。自分の犯した罪を、僕はどうやったって償えない」
     気がついたら、ほとほとと、両目から水が滴り落ちていた。承太郎が優しくそれを拭う。そうか、と言って、滲む僕の視線を捕まえた。
    「花京院、いいか、どんなに悔やんでも、過去は取り戻せないと、お前は思っていたのだろう。だが違う。人間は何度だってやり直せる。お前は立派に、恐怖を乗り越えた。金で雇われて俺たちを襲ってきた敵と、何度も遭遇しただろう。奴はお前を、肉の芽でも使わなければ御せなかったんだ。そんなお前を最初の刺客に選んで、罪のない人間を殺すことを俺たちに意識させて、心を折ろうとした。お前が選ばれたのは、奴の策略だったんだ」
     承太郎はいつだって正しい。だから、僕を慰めるその言葉たちが染み入ってくると、脳髄がじん、と痺れた。僕は確かに罪深かった。けれど、こんな風に僕が嘆くことが、あいつの思い通りなんだとしたら、きっと承太郎はそれを許せないんだろう。そしてまた僕も、策略通りになんてなってやりたくなかった。頭の中の霧が晴れていく。承太郎の言葉に、強張っていた心がほぐれていく。
    「お前が最初の敵でよかった。お前の脳が食い尽くされる前に救うことができてよかった。そしてお前がいたから、俺たちは勝利することができた。今は、お前がいるから、俺は幸せでいられる」
     涙のせいでぼやぼやする視界いっぱいに、承太郎の顔が映る。頬を包まれた。承太郎の顔が近づいてきて、唇を吸われた。長らく触れ合っていなかったから、その久しぶりの感触が、本当に得難くて特別なものなのだと、心を震わせる。
    「承太郎、僕は、どうしたら償えるだろう」
    「お前はたくさんの傷を負った。腹の傷も、目の傷も、額の、傷も。これ以上、傷つくことなどない。禊ぎなんて、とっくに終わっている。誇張ではなく、確かにお前がいなければ、俺たちは母親も、世界も救うことができなかったのだから」
     腹、目元、額、優しく承太郎の手が順に撫でていく。何度も、言葉の合間にキスを落としてくる承太郎は、言葉をひとつひとつ、しっかりと僕が掴めるように届けてくれた。僕の罪は許されるのか。不安に揺れる瞳が晒されてしまっているから、承太郎にもう大丈夫とは嘘がつけない。
    「それこそ最初に攻撃された俺が、お前を愛しているんだ。それで、話はおしまいだ」
     随分と強引だけれど、そうだと言われたらその通りな気がした。いつだって、承太郎が許してくれるから、僕は僕でいられたのだ。
    「それに、なんだな、苦しんでいたお前に言うのはちと憚られるが、俺は、少し、嬉しかった」
     承太郎の苦笑いはちょっとレア。僕の濡れたままの目を覗き込んで言う。
    「俺はな、初めてお前と目があったその時から、お前に惚れているんだぜ。お前もそうだったと知って、舞い上がっている自分がいる」
     ぱち、と瞬きをしたら、残っていた水分がおまけのように転がり落ちて、承太郎の指に拭われた。僕たちの出会い。後悔しているなんて、僕が言ってしまった、忘れられない初めて互いを見た瞬間。まったく僕の涙のように、ころりと転がった僕らの心。優しく承太郎の手に掬われて、温かい場所で抱きしめてくれた。温め続けて、もう何にも邪魔されなくなった時、彼はそれを広げてみせた。混ざり合う僕らの愛しいという感情。病院で目覚めた僕に、失いたくなかったとしがみ付いた承太郎を思い出した。あれから二人は愛を育んで、今も一緒にいる。こうやって、僕が不安に駆られても、安心しろと抱きしめてくれる。僕はようやく、詰めていた息を、大きく吐いた。
    「承太郎、もう、病院はいいよ。きっと今夜から、大丈夫。君のおかげで、また、前を向けるよ」
    「お前の大丈夫はまったく当てにならないから、その点では同意しかねる。なら、今夜中、お前を見張っていていいか」
     久しぶりの同衾を提案されて、ちょっと戸惑った。もう随分と体を繋げていないから、同じ寝台に入ったら欲しくなってしまう気がした。そうしたら、睡眠どころではないだろう。すると承太郎がよしよしと僕の髪を撫でる。
    「何もしない。ただ、抱きしめて眠るだけだ。お前がうなされなければ、そうだな、三日、三日心配ないと証明してくれれば、おとなしく引き下がろう」
     つまりは、三日もくっついて寝るのに、触れてはくれない。承太郎より、僕の我慢がききそうにない。けれど承太郎は有言実行男だから、やると言ったら発言通り、ただ僕を抱きしめるのだろう。それでも、いいか。薬を飲むのをやめて、承太郎という特効薬を身体中で摂取したら、きっともう、大丈夫。夢の中の僕は弱虫だったから、つい僕は錯覚していた。今も弱いと。でも違うと承太郎が思い出させてくれた。彼と共に何ものにも立ち向かえる強さを、手に入れていたことをすっかり失念していたのだ。何故今更になって、過去に立ち返るようなことになったのだろう、とそもそもの夢見の悪さのタイミングを考える。初めてあの夢を見た時、何か特別なことがあっただろうか。

     承太郎に促されて、久しぶりの二人の寝室に入る。しっかりとメイキングされた新しいシーツが冷たくて心地よい。承太郎がシャワーを浴びている間、なんとなく手持ち無沙汰で、僕は間接照明の立ててあるサイドテーブルに視線を当てた。そこにぽつんと、小さな箱がある。ああ、そうだった。思い出した。
     あの夜、承太郎に抱き締められて寝入る前、承太郎が僕に囁いたのだ。「愛している。結婚してほしい」と。なんということだろう。僕はすっかりその事を忘れていた。承太郎にしてみれば、プロポーズをしたとたん恋人が一人寝をしたいと言い出したのだ。不安になったに違いない。傷つかなかったはずがない。それでも僕を心配して、気にかけてくれた。僕の夢の原因は、まさしくこのまま承太郎の隣に立っていていいのかという不安によって現れたものだった。過去を引っ張り出して、勝手に打ちひしがれる僕を、承太郎はただ欲してくれた。僕が何かに苛まれているのなら、共に闘うと言ってくれた。
     きっともう苦しい夢は見ない。でも承太郎が納得してくれるまで、三日、温もりを感じて今という幸せがある事を享受したい。愚かだった僕は僕の一部で、許してくれない人もいるかもしれないけれど、僕と承太郎がそれをもういいと言ったのなら、償いながら、僕は生きていくのだ。幸せになってはいけないとの囁きは、僕の声。だから承太郎の求婚を頭の外へ追いやろうとした。なんという事。随分と長い間保留にされていたその応えを、承太郎が帰ってきたら一番に伝えたい。僕も愛しています。これからもずっと、一緒にいたい。と。小さな箱を両手で包んで、君も随分待たせてごめんね、そう思ってキスをしたら、風呂上がりの承太郎にばっちり目撃させれていて、
    「俺は三日、てめえに手出しできねえんだぞ。かわいいこと、するんじゃあねえ」
     と、苦言を呈された。


    end
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    きのした

    PASTpixivより再掲

    グッパオンで恋に落ちてる承花を目指した結果。
    ただ、花京院が好きな承太郎の話。
    だって空条氏は、出会った時から花京院に、惚れてましたよね?(曇りなきまなこ)
    承太郎の様子がだいぶおかしいです。頭がお花畑です。花京院も若干ふわふわしてます。
    承花にポルナレフを添えるのが好きです。
    恋する二人とお兄ちゃん おまけつき きっとそれは、一目惚れというやつだった。

     初めて見た時、天女かと思った。羽衣をヒラヒラさせて、怪我をした俺を気にかける。ハンカチを渡されて、胸が高鳴った。細い身体をしならせて去っていくその姿に、このハンカチを返す時、関係を迫ろうと思った。
     運命だと思ったのに、DIOの刺客だった。少々がっかりしたが、これから俺のものにすればいいと、お持ち帰りをする。敵意のこもった鋭い視線も美しかったが、操られていたのだと、洗脳をといた瞬間、その潤む菫色が優しい色をしていて、俺は再び落ちることになる。
     少々プライドが高くて、扱いにくいのだろうか。そう思っていたが、共に過ごすうち、それは奴の背伸びであったのだと気がついた。本来の花京院は、穏やかで優しく、頭が良い分色々なことによく気がついて、相手の先に回って気遣いの態度をとっていた。俺の理想とする大和撫子。
    10843

    きのした

    PASTpixivより再掲

    花京院が心配な病的過保護太郎と、承太郎の愛が欲しい蘇り院の話。
    私はすぐ承太郎を病気にしたがるから困る。
    誤解とすれ違いが大好物です。
    当然のようにアメリカで同棲。
    何年後かは、それぞれの胸の中でお好きな感じに当てはめて下さい。
    ※ほのかに承←モブ表現あり。
    だからお願いそばにおいてね おまけつき 僕は承太郎と、たった一度だけ、抱き合ったことがある。

     あれは、あの旅で、まだ僕が目を負傷して途中離脱する前。その日は敵襲に遭って、スタープラチナを思う様暴れさせた承太郎は、古ぼけた宿に泊まるとなっても、興奮がおさまらないようだった。僕らはキスを交わした。二人部屋で、夜が染み入ってくれば、何も邪魔するものはない。彼は僕を好きだと言った。息継ぎの度、何度も。僕を貪る彼を、僕は愛しいと思っていた。だから僕も好きだと返した。いつもだったら、思う存分キスをした後、疲れた身体を休ませるために手を繋いで眠りについた。けれどその日は違った。
     承太郎が僕を軋む固いベッドに押し倒す。そのまま僕の服を剥ごうとした。僕は打ち震えた。承太郎に恋していた僕は、いつからかその瞬間を待ち望んでいたのだ。承太郎に欲望を向けられていることが、たまらなく嬉しかった。彼の、望むように。僕は積極的に動いて、承太郎と愛し合った。大切な思い出。これから先何があっても、この瞬間の幸せを覚えていれば大丈夫。僕は何にでも立ち向かえる。そう思って最終決戦に挑んだ僕は、DIOに敗北した。だけど、それはきっと、僕の役目だった。メッセージに、どうか気づいて欲しい、そう願いながら、水に沈んでいった。感覚の無くなっていく指先が、勝手に温もりを探す。承太郎。最期に、君とキスが、したかったなぁ。
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    きのした

    DONEすぐに康一くんを頼る駄目太郎の図。
    仗助くんは別に承太郎にも花京院にも特別な感情は持ってないです。ただ、年上の甥について、シビれる〜カッチョイ〜!とは思ってます。
    途中ちょっと不穏ですが、コメディととってもらって間違い無いです。
    コミュニケーション・ロマンス 付き合い始めてから、もう十年を超える。空条承太郎は僕の初めての恋人だった。男同士だけれど、僕らはキスをするし、セックスだってする。愛を囁き合って、互いの気持ちを確かめる。ゴールの無い関係。それを分かっていたから。同居して、伴侶のように振る舞っていても、確約されるものは何もない。僕らは互いの気持ちだけで、繋がっていた。それに不安が無いわけじゃない。でも僕は信じていた。承太郎の愛情を。だから承太郎が僕を愛するが故に吐く嘘や作る秘密を、見て見ない振りをしていた。それでうまくいくはず。そう考えていたけれど、とある事件で承太郎が恐ろしい殺人鬼と闘ったということを後から知らされて、僕は思い知った。
     承太郎の嘘は優しい。でも、残酷だ。僕はいつだって、君を知りたくて、君を守りたくて、君を愛したい。そしてきっと承太郎も同じ想いなのだ。だから噛み合わない。最近ちょっと、承太郎が余所余所しい。どう動けばいいだろうかと、思案していた僕は、とある人物を頼って、ある町に来ていた。承太郎に憧れていて、僕の知らない彼を知っているその子なら、少しヒントをくれるかな、と思ったのだ。単純に、恋愛相談に乗ってくれそうな人物が他にいないという切実な事情もある。電話でポルナレフに話を持ちかけたら、何馬鹿なこと言ってるんだ、と言われそうな気がしてそれだけで腹が立ったので、ダイヤルしかけた指を止めた。
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