Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    きのした

    @mitei17

    文字書き。大体承花。

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 8

    きのした

    ☆quiet follow

    承花に露伴先生を添えて。
    最低太郎と煮え切らな院の大人げない話。
    4×4
    博士太郎×財団院ですが、承太郎の一人称は俺です。花京院が生きてたら、甘えに甘えてばぶばぶ赤ちゃんな博士が出来上がると信じている人間の書いた文章です。
    花モブ匂わせがありますが、全く承花以外の何ものでもないので安心してください。

    イミテーション・ラブの実情 花京院とは、十年来の友人だ。だが、俺は奴に友情以上の感情を抱いていた。そして、花京院もそれに気がついている。満更でもない態度だ。大事にしすぎて、いい歳をしてキスもしたことがなかったけれど、俺は花京院に求婚をするつもりでいた。形式などなくとも共にはいられるが、きっと確約されるものもあるだろう。タイミングが、合えば。そう思ってなかなか言い出せなかったこの数年、ある日財団支部の廊下でたまたますれ違った俺を捕まえて、まるで挨拶のついでのように突然花京院は言った。
    「プロポーズをしたんだ。了承してもらえたから。僕、結婚するよ」
     耳垢が詰まってしまったのだろうか。花京院は何を言っている?脳まで上手く届かない言葉を、花京院は続けた。
    「ずっと、タイミングがなくて。でも、これで僕も、落ち着ける。君も、浮いた話が聞かれないけど、モテることに胡座をかかないで、いい人見つけなよ」
     俺の頭は、怒りでぐらぐらと煮えた。勝手なことばかり言う花京院と、その気持ちが俺に向いていると、勘違いしていた自分に。組み敷いて、全てを奪ってしまおうか。凶暴な衝動に駆られて、花京院の両肩を掴む。俺の形相に、花京院は不思議そうな顔をしていた。俺がこんなにもお前が好きなのに、お前は俺ではない誰かのものになって、俺の前から消えるのか。どうしたんだい、と言う、その唇。塞ごうかどうしようか迷って、俺はあることを思いつく。花京院の心を、俺に向かせる方法。禁じ手。だけどあの男なら、ノリノリで俺の思惑に乗っかるだろう。
     花京院に、俺は今できる最大の笑顔で言った。きっとそれは歪んで大層醜かったと思う。
    「それは良かったな、花京院。その相手とは、話が合うのだろう。お前はサブカルチャーが好きだものな」
    「えっと、ああ、うん、話は、合うよ。というか、それが決定打というか」
    「そうか。ところで、お前はピンクダークの少年、という作品が好きだったと記憶しているが」
     唐突な俺の言葉に、きょとんとして花京院は答えた。
    「好きだよ。そういえば、君は作者の先生と知り合いなんだよね、羨ましいな」
     そう笑うので、この機を逃さない、と俺は言った。
    「ああ、祝いに、紹介してやろう。向こうも、俺たちの旅に興味があるらしいからな。きっと快く、サイン色紙にイラストを添えてくれるだろうぜ」
     花京院が瞳をきらきらさせる。その顔が、今は憎い。杜王町に先回りして、話をつけようと、俺は頭の中でスケジュールの空きを探した。

    「ほうほう、つまり、承太郎さんはかつて旅を共にした親友が好きであったと」
     岸辺露伴の目が光る。面白い玩具を見つけたと、隠しもしないその表情に、俺は頷いた。
    「そして相手が別の誰かと結婚してしまう段に至って、その気持ちを、自分に向かせたい、そういうことですね。成程、成程」
     手を叩いて笑う。流石に礼を欠き過ぎだと思ったが、此方は頼み込む側だったので、その感想をただ受け取った。
    「花京院さん、とは、存在は知っていますがどんな人かはわかりませんけどね。まあ、僕のスタンドなら可能ですよ。ファンだというなら嬉しい限りです。ヘブンズ・ドアーで、命令を書き込めばいい」
     応接ソファに身体を沈ませて、手を大きく広げた。だけどですね、と首を傾ける。
    「ヘブンズ・ドアーによって曲げられた心、リアルじゃありませんよね。その心が読めても、大して面白くもない」
     この男の判断基準は、愉快か、そうでないか。仕事に活かせるか、そうでないか。それはわかっていたので、俺は組んだ手に口元を隠しながら言った。
    「それなら、そうまでして親友の心を欲しがった男の、生の感情を、読ませてやってもいい。なんなら、旅の記憶も読んでもらって構わない」
     あの旅の思い出は、俺にとって特別なものだった。しかしそれを質種に入れて、手に入れられるものがあるのなら。
    「グッド。その提案、乗りました。なかなかどうして、楽しそうだ。承太郎さん、貴方、清々しく最低ですね」
     岸辺露伴は俺の顔を、面白そうに見つめてそう言った。俺は必死なだけだ。あいつを誰にも渡したくなくて、手段を選んではいられない、それだけだ。ただ、最低という評価は、甘んじて受け止めることにした。その通りだった。心を曲げてまで、手に入れたい。花京院に向けられた執着心に、自分で自分に呆れるしかなかった。

     果たして二人の休みの重なったとある休日、俺の車で、杜王町を目指していた。結婚をすると宣言したくせに、花京院は親友の俺に相手を紹介してくれることもなかった。ただ、ピンクダークの少年の魅力はね、と声を弾ませる花京院の解説に、耳を傾ける。俺に祝福もさせてくれない、という事だろうか。それほどまでに、俺たちの仲は離れてしまっていたのか。確かにあの旅の最中、心を通わせたと思っていたのに。
     結局、岸辺露伴は話をまとめた後、存分に俺の記憶を読んだ。最初の頃は真剣な面持ちだったが、段々と、頬をこわばらせていった。
    「いや、母親のため、血統の決着のため、悪に立ち向かうというのは王道でいいんですけど、これ、途中から勝手にラブロマンスになってやしませんか。相手の瞳の輝きについて二十行以上語られると、さすがに砂通り越して砂糖を吐く気分に。花京院さんとやらに会うのが、若干怖くなりました」
     とかなんとか言っていたが、電話で明日行く、と伝えた際には、「ちょうどなんの締め切りも無いんで。いやあ、楽しみだなあ、生花京院さん」と楽しげだった。つくづく偏屈な男である。その男に大事な花京院を任せてもいいものか、と一瞬よぎったが、手段はこれしかないのだと、自分に言い聞かせた。
     花京院を、今日から俺のものにする。婚約相手になんか構ってないで、俺の腕の中にいてくれ。それは切なる願いだった。十年、思い続けた。どんな卑怯な手を使ってでも、俺は花京院が欲しい。知っているのは俺と当該のスタンドを駆使する人間のみ。完全犯罪、というワードが浮かんで、知らず口角が上がる。そう、これは許されない、しかし俺にとっては生死を分ける重大機密なのだ。岸辺露伴が口が堅そうなことも、俺の決心を前に進めた。あの男は自分の作品のためなら、犯罪に手を染めることも厭わない。もし誰かに口を割りそうになっても、その時は俺の持ち得る最大の権力と暴力をあげて抹殺してみせる。それくらいの覚悟を決める俺の横で、なあ、聞いてるかい、と花京院が不満を漏らすので。
    「聞いている。お前が嬉しいなら、俺も嬉しい」
     いつもの態度を崩さないように言った一言に、しかし花京院は頬を膨らませた。
    「それ、君の事を誤魔化す常套手段だろう。僕が君に甘い事を知っていて。全く嫌になる。やっぱり、コミックスを持ってくるべきだったかなって話だよ。ご本人に会うのに色紙一枚って、逆に失礼だったりしないかな。つい失念していて、菓子折りの一つも持ってこなかったのだけれど」
     鞄の中から、正方形の白い紙を取り出して、唸っている。赤信号で止まった時、その手元に目をやって、やはり、と確かめた俺は、疑問に思う。その色紙を持つ左手には、指輪がなかった。
    「結婚の宣言をして随分経つのに、まだ、指輪をしていないのか」
     俺の質問に、花京院は右手でそれを隠すようにすると、口をもごもごさせた。どうして、言い淀むのか。
    「僕も相手も、あまり形式には拘らない主義なものだから。まだ、入籍が済んでなくて。ペアリングは、落ち着いたら、しようかな、と思っているんだ」
     どこの誰と、ペアリングだって?そこを最初に手に入れるのは俺だ、と左手薬指を睨む。そして永遠に、俺のものにする。たとえそれが道徳的に許されない罪でも。花京院が俺の視線をむず痒く感じたのかは知らない。ただ、
    「承太郎、信号、青」
     と言われて、俺は前を向いてアクセルを踏んだ。目指す町はもうすぐ。俺とお前の関係が終わって始まるのも、もうすぐ。

    「初めまして、岸辺露伴先生。お会いできて光栄です」
     岸辺邸の玄関で、出迎えた岸辺露伴に、花京院は丁寧にお辞儀をした。どうやら、憧れの作家というのは本当らしい。
    「こちらこそ。お噂は予々。お会いしたいと思っていましたよ」
    「う、噂とは…。承太郎、君、なんかおかしな事話してないかい」
     花京院が背後にいる俺を見上げてくる。その瞳が好奇心と喜びに輝いていて、ああくそ、可愛い、と思って目を逸らした。
    「ちょっと!承太郎!なあ、ほんとに、何を話したんだ!」
     話したというより、読まれたが正しい。憧れの先生にチェリーの食べ方まで知られているとは思い当たりもしないだろう。結局俺は隅から隅まで人生を読まれたのだ。なるほどこれが承太郎さんを夢中にさせる花京院さん、と、不躾にじろじろ眺めていた岸辺露伴が、ぱ、と人好きのする笑顔を浮かべて、俺たちを迎え入れた。
    「まあそれも、後々。どうぞ上がってください。アトリエを案内しますよ。お二人の旅の話を、色々聞きたいのです」
     白々しい。旅だけどころか、その後の十年に及ぶ俺の片思いを、吐き気がすると言いながらも読んだくせに。それとも、花京院視点での事実に興味があるのだろうか。だとすると俺は、それを恐怖しなければならなかった。花京院の思い出の中での俺。それは結婚相手を紹介するにも値しない、ただのかつての仲間であったと、宣言されたら俺は一回死ねる。勝手なことをしないで、約束通り花京院を俺に向かわせる事だけを遂行しろ。それが目で語っていたのか、花京院と話していた顔を一瞬だけ俺に合わせて、ぶふ、と吹き出していた。
    「先生?」
    「いや、ちょっと、思い出し笑いです。お構いなく」
     俺の恋心を笑うとは、いい度胸をしている。

     作業場を案内されて、花京院は童心に返ったようだった。普段クールに決め込んでいるのが嘘のように、声を弾ませて、「ここであの名作が生まれるんですね」としきりに感心していた。本当に好きなんだな。なんだか、当初の思惑から外れたところで、岸辺露伴に嫉妬心が生まれてくる。こんな幼い表情、俺には見せないくせに。どんどん気分を急降下させる俺を、興奮している花京院は頓着しない。岸辺露伴だけが、冷静に来客二人を捉えていて、
    「それじゃあ、そろそろ、応接室に。コーヒーでいいですか」
     と変人ぶりを全く表に出さない笑顔で誘導し始めたので、いよいよか、と俺は唾を一つ飲み込んだ。悪いな花京院。今から俺は、お前の築き上げた幸せを、崩し切ってしまうんだ。

     出された飲み物に、ありがとうございます、と礼を言って口をつけて、花京院が鞄に手を伸ばした。
    「不躾で申し訳ないんですが、その、サインをいただけますか」
     子供のように瞳を輝かせて、頬を紅潮させる花京院は、やはり幾分か幼く見える。これをさせる人間が心底羨ましい。色紙を受け取った岸辺露伴が、素早い手捌きでサインを記した。イラスト入りのそれを受け取って、花京院の笑みが深くなる。
    「ありがとうございます!」
     礼を言う花京院の顔に、ぺり、と切れ目が入った。身体がぐらりと傾いて、俺はそれを受け止める。厳しいスタンド使いとの戦いを潜り抜けてきた花京院のあまりの油断のしように、俺はため息をついた。完全なる気の抜け方だ。だがしかし、俺にとっては好都合だった。
     花京院を抱きしめる俺を見て、岸辺露伴が楽しそうに笑う。
    「本当に大事なんですね、まあ確かに、綺麗なひとですけど」
     その言葉に思わず眉がぴくりと動いた。花京院が美しいのは自明の理だが、それを他人に指摘されると落ち着かない。睨みつける俺を気にもせず、手を伸ばして、その顔の頁をめくっていく。花京院の記憶を読む岸辺露伴の手が、ふと止まった。ある頁を凝視している。それから俺を見て、にやりと笑った。
    「書き込む命令は、空条承太郎を好きになる、でいいんですね」
    「ああ」
     ペンを取って、サラサラと花京院の頁に書き込みをしていく。「ついでに僕にスタンドで攻撃されたことも、曖昧にしときましょう」とか犯罪慣れしている言葉も発してきた。花京院に害にならないのなら、好きにするといい。それを閉じて、岸辺露伴が花京院から離れると、ううん、と小さく唸って花京院が目を開けた。
    「あれ…?ぼく…」
    「突然居眠りするなんて、どうしたんだ、疲れが溜まっていたのか」
     俺の言葉に、正面で俺たちを見守っていた岸辺露伴がブフォッと吹き出した。肩を震わせて笑っている。おい、花京院に不審に思われるじゃないか、話を合わせてくれよ先生。
    「すみません、なんか前後の記憶が…」
    「あ、ああ、構いませんよ。忙しい中会いにきてくださって、お疲れだったんでしょう。僕も承太郎さんにはお世話になってますから、お返しができて嬉しかったですよ」
     白々しいにも程がある。だが棒読みではなかったので、根っからのクリエイターなのだな、とは感心した。
    「そろそろお暇しよう。お前は助手席で寝ているといい。では、先生、邪魔したな」
     用は済んだとばかりに早く二人きりになろうとする俺を、岸辺露伴が猫のように目を細めて見る。俺がそんなに面白いか。花京院の肩を撫でたら、その手を花京院がきゅ、と掴んだ。これは。さっきまで切れ目の入っていた頬を指でなぞると、それに頬擦りするように甘えてくる。
    「ん…。露伴先生、ありがとうございました」
     とろんとした目で俺を見てから、それでも岸辺露伴に向き直ってぺこりと頭を下げた。観察したい、と思っているんだろう、名残惜しげに花京院を見る目から、早くこいつを回収したくて、肩を抱いたまま足早に岸辺邸を後にする。見送り際、岸辺露伴の放った
    「真実というものは、案外わからないものですね。無粋な真似をしました。それを曲げられる僕は、罪人かもしれない」
     という言葉に、心臓を刺された。俺に肩を抱かれていても、何も言わず体重を預けてくれる花京院。あんたが罪人なのだとしたら、俺は死刑囚かもしれない。一人の人間の人生を壊そうとしている。刑が執行されるのは、きっと、花京院が自分の心が操作されたと知った時。ひた隠しにして、一生お前を愛する事を覚悟しているから、どうか、許してほしい。肩を掴む手に力を込めても、花京院は何も言わなかった。

     帰路の車内は静かだった。スタンドによって命令されて、花京院は今俺に恋心を抱いているはず。なのに、ぼうっとただシートに身体を預けて、前を見ている。気まずくて、俺はカーラジオをつけた。花京院を隣に乗せる時はいつも、あの柔らかい声が聞きたくて、他の雑音なんて遮っていたのに。すると花京院が手を伸ばして、ラジオの電源を切った。何を、と思っていると、俺が願うばかりの言葉が発せられた。
    「折角君と二人きりなのに、雑音はいらない。なにか、話してくれ。なんでもいいから、君の声が聞きたい」
     本来なら花京院が言うはずのない、可愛い我儘。
    「話すと言ってもな、俺がお喋りでないことを、お前が一番知っているだろう。俺は、お前の声を聞きたい」
     すると花京院は体を捩って、運転席の俺に向き直った。花京院を乗せている時はいつも以上に安全運転だ。前を注視しているから、その表情が見られない。しかし声は切なげで、きっとその瞳が潤んでいるのだと、想像することができた。
    「このまま、家に帰りたくない。一人になるのが嫌だ。君とずっと一緒にいたい」
     ああ、やっと。手に入れた、花京院の心を。喜びは痛みを伴って心臓を締め上げる。それを、俺は幸せだと呼ぶことにした。
    「なら、うちに来るといい。お前一人分くらいのスペースなら空いている。好きなだけ、いてくれて構わない」
     花京院を自分のものにすると決めたその時から、俺は共に暮らすつもりで少しずつ自分の家を整理していた。プライベートな部屋は別々にあるけれど、主寝室はひとつ。大きなベッドで、二人で寝よう。帰路のコースを、花京院のマンションではなく、俺のマンションに変更する。必要最低限のものは、後で取りに行けばいい。今は、ただ、二人になりたい。
    「ありがとう、承太郎」
     花京院が、ハンドルを握る俺の腕の裾を掴んだ。控えめに、しかし縋りたいとでもいうように。
    「こうしていて、いいだろうか」
     戸惑っているような声。頭と心が、命令と現実についていっていないのだろう。俺を好きになっても、それには歪みが付き纏っていて、花京院はきっと苦しんでいる。すまない、と思う。ただ、お前を愛するから。他に何もいらないと思わせるほど、俺だけを教えて、そして夢中にさせる事を約束するから。
    「なあ、そうだな、この間のフィールドワークで出会った海の生き物の話、してくれないか」
    「そんなものでいいのか。退屈だろう」
    「いいや、君が楽しそうに好きなものを語るのを、聞いていたい。行きは、君がそうしてくれただろう」
     花京院の甘い声。そうさせているのは、真実俺ではない。だがそれでもいい。真実に、してみせる。確かにそう思ったのに、それから数日経って、早くも俺は後悔していた。

     マンションに着くと、絡まり合うようにベッドに体を預けた。俺にしがみつく花京院が可愛くて、それこそ初めはこれが正しかったのだと、満足した。しかし、三日も経った頃だろうか。これはまずい事態だと、気がついたのだ。
     花京院は、常に俺と共に居たがった。片時も離れようとしなかった。仕事に行くことに互いに支障が出る。隙間も開けたくないと抱きつかれて、花京院は滅多に使わない有給休暇を消化し、俺は研究室のメンバーを困らせた。花京院は今まで頑なに、公私を分けて、己の我儘を通そうとなんてしなかったのに。
     そして毎日を怠惰に過ごす。キングサイズのベッドの上で、二人寝そべって、抱きしめ合いながら互いに愛を囁く。うっとりとした顔をして、花京院が愛の言葉を俺に渡してくれる。
    「好きだ、大好きだよ承太郎。君と、ずっと、こうしたかった」
     それを受け取って、最初の頃は感動さえ覚えて「ああ、俺もだ」と抱きしめたのに、次第にとろとろの花京院を前にして、どうしていいかもわからなくなった。俺はまだ肉体的には花京院を手に入れてはいなかった。口付けさえも。それは、二人が結婚を約束するその時まで、とっておこうと思っていたのだ。だが、花京院は俺の理性を試すことばかりする。絡みついて、ふわふわと髪のいい匂いを俺の胸元で発しながら、「承太郎、大好き」と囁く。爪先を俺の足に沿わせてきて、妖艶に微笑むから、俺の俺が反応しそうになるのを、必死に耐えなければならなかった。
     一日中寝ているなんて不健康だ。食事もちゃんとバランスよく摂っているかい、運動しないと、流石の君も鈍るだろう。そんな小言を、久しく聞いていない。それどころか、花京院は常に俺に張り付いているから、俺がキッチンでジャンキーな簡易食を用意している間も、腹に手を回して背後にくっついて歩く。何度か食べたことのある花京院の手料理。家庭的で素朴で、そして美味かった。しかし今の花京院は、そんな物は忘れたとでもいうようにただ俺の隣でカップ麺をすすっている。こんな生活、本来の花京院が許すはずがない。食事も最低限、運動なんてしない。ただ互いの体温を感じて、匂いを吸い込んで、幸せに浸るだけ。食事を終えた花京院は、嬉しそうに俺の手を引いて、また寝室に移動する。俺の体に腕を巻き付けて横たわる花京院を、どうにかせねばと、俺は焦っていた。
    「花京院、そろそろ、仕事に問題が出るだろう。顔を出すだけでもいいから、出社した方がいい。俺も、片付けなければならない案件があるから…」
    「嫌だ。君と離れたくない。常に半径1メートルに居てくれ。僕と離れるなんて、言葉だけでも許せない」
     きゅ、と胸にしがみつかれた。非常に可愛い。可愛いが、花京院なら、「そうだね、互いに仕事を片付けて、スッキリしたところで二人の時間をつくろうか」と、きっと言うはず。
     空条承太郎を好きになる。たったひとつその文言が、こうまで人格に影響するなんて。このままでは、花京院の社会性を奪いかねない。
    「花京院、離れていても、大丈夫だ。俺は何処に居たって何をしていたってお前を愛している。お前も同じだろう。俺たちは大人なんだから、したくないこともしなければならない。俺たちの想いは揺るがないんだ、心配せずに、仕事に行こう」
     まるで子供に言い聞かせるような言葉の羅列。しかしいやいやと花京院は首を振って俺の胸に顔を埋めた。
    「目を離した隙に、君が何処かの誰かを好きになってしまったら、僕は死んでしまう。お願いだから、何処にも行かないでくれ」
     それは先日まで俺が抱いていた花京院への願い。向けられて初めて、その重みを知った。俺を焦がしたあの想いが、今は花京院の胸に巣食って、花京院らしさを奪っている。
     ああ、駄目だったのか。そもそもの願いが。花京院の心が俺に向いた瞬間に、全てが狂っていった。花京院の本来の意思ではなく、俺を好きな花京院は、俺の好きな花京院ではいられなかった。無理矢理俺が捻じ曲げて、奪った。最初は僅かだと思っていた歪み。それは日に日に大きく感じられて、俺の後悔を刺激する。確かに俺は幸せだった。ただ、共にいたかった。手に入れたかった。なのに、透明感のある菫色の瞳が潤んで俺を見上げるのを、俺はもう正面から受け止められない。
    「僕が好きなのは君だけ、承太郎だけなんだ。あとはどうでもいい。何もいらない」
     確かに聞きたかった言葉だった。しかし本当に、後先考えずただ俺だけが欲しいと強請る花京院は、俺の思い描いていたものとは違っていた。俺は、なにものにも侵されないしゃんと伸ばされた背筋が好きだったのだ。
     俺は期限を決めた。あと、一日。花京院の職場である財団と俺の職場の研究室に謝罪の電話を入れて、一日だけ、こうしてただ抱き合っていよう。もうそれで満足だ。きっと俺が手に入れられる最大限のものを、花京院がくれたから。そうして最後を過ごしたら、また杜王町に行って岸辺邸を訪れ、命令を消し去ってもらおう。本来の花京院に、戻って欲しい。そして俺に向けられる軽蔑の眼差しを受け取って、花京院から去ろう。許されるはずもない。花京院の誇り高さを、これだけ踏み荒らしたのだから。せめてもの罪滅ぼしに、結婚を祝福したい。相手の事は、今訊いても無駄だろうか、すっかり念頭から外していた俺の行動のそもそもの動機を、花京院に尋ねようとした。
    「花京院、お前の、結婚相手には、」
     もう暫く連絡が取れていないのではないか、そうしたら、お前の将来に不利に働くのではないか。そう危惧する俺の目を覗き込んで、花京院がとんでもない事を言った。
    「結婚なんて、あんなの、パフォーマンスだよ」
     そんなことよりキスが欲しい、と顔を近づけてくるので、俺はあまりの衝撃にそれを避ける事を忘れた。ちゅ、と可愛い音を立てて、俺の唇と花京院の唇が、初めて触れ合った。花京院は、何を言っている?
    「…ぱふぉー、まんす?」
    「彼女、同性愛者なんだ。カモフラージュの結婚に、ちょうどいいって、お互いに」
     互いに他に愛している人間がいたから、ちょうどよかった。そんな事を言う。
    「君が好きで好きで、友人の顔するのに苦しくなった頃にさ、たまたまバーで知り合って。お酒も入っていたから、暴露して、意気投合。その流れで、いつか、お互いを利用しないかって、話になったんだ」
     俺が、好きで好きで?今確かに、花京院は過去の話をしている。俺が手を汚して、岸辺露伴を利用して、花京院の心を書き換える、その前の話。
    「彼女と気が合うのは本当。似通った趣味を持っていて、話が弾むんだ。でも、やっぱり違うんだよ。承太郎の専門的すぎる話を、承太郎の声で聞いている方が、軽くサブカルな会話をできる人間といるより、ずっと楽しい。そして彼女も僕と同じ悩みを持っていた。撃沈したら、骨は拾ってやるなんて言いながら、親友になったよ。そして遂に、彼女は想い人の心を掴んだんだ。だけれどさ、今の日本で、未婚の女性に対する風当たりって、強いだろ。だから言ったんだよ。君たちを祝福する。お祝いに、僕の戸籍を好きに使っていいよ、って」
     花京院が水面化でそんな動きをしていたなんて、一番の理解者を自負していた自分が気がつかなかったのは、花京院が秘密を作るのが上手いのか、俺が単に鈍くて馬鹿な木偶の坊だったのか。
    「ちょうど、僕は君を諦めようとしていたから、もう、どうでも良かったのも事実なんだ。どんなに一緒に誕生日やクリスマスを過ごしても、君は僕に好きのすの字も言ってくれなかった。つまりは脈がないんだろうと、そう思うのに、時々君は僕を熱く見つめるから、正直、逃げたかったんだ」
     ごめんなさい、君の目を欺こうとした。そう付け加えて、花京院は微笑む。するすると俺の頬を撫でて、更に口づけようとしてくるので、俺はがしりとその小さな顔を掴んだ。花京院は、キスで誤魔化そうとしている。それに乗ってやれるほど、俺は冷静ではいられなかった。
    「お前は、ずっと、俺を好いていたのか」
     思い返す。出会ってからずっと今に至るまで、互いに恋人も作らずに、花京院の言う通り大事な日は二人で過ごした。俺はそれに満足していた。気持ちが通じ合っていると思い込んでいた。好きのすの字も。確かに、告白なんてした事がない。知っていると思っていた。俺がお前を愛していることくらい、言葉にしなくとも。馬鹿か。花京院は不安だったのだ。それで、他の人間のものになるなんて嘘をついて、俺から離れようとしていた。そうさせたのが俺だと、花京院は苦しさも見せずに語る。更にその上で俺は、花京院の心を俺に向かせようと卑怯な手を使った。花京院が素直に過去を話すのも、今、俺が好きだと、操作されているからだろうか。妙な違和感に、俺はまじまじと固定した花京院の顔を覗き込んだ。
    「もしかしたら、君も、僕を好きでいてくれているんじゃないか、そんな風に考えたこともあったよ。だけれど、きっとそれはジョースター家とか、空条家とか、おそらく問題が色々ある。いい歳して聖夜を共にするのが昔ながらの友人なんて、君の恋愛を、僕が邪魔してしまっているんじゃないかって。友達と過ごす方が気楽だと思っているのなら、いい加減、僕から君を離さなければと、必死で」
     花京院は笑っているのに、瞳だけはゆらゆらと不安げに揺れていた。こんなに素直に自分の気持ちを話す花京院なんて、初めてかもしれない。
    「本当は、ちょっとだけ、期待していたんだけど。でも君の将来を潰す事は、僕自身が許せなかった。君が、血迷ったことを言い出す前に、なんとかしないと、って、嘘、ついた」
     揺れていた瞳は潤んでいって、今にも決壊してこぼれ落ちそうな雫が目尻に溜まる。俺の知らなかった、過去の花京院の思い。それは、心底俺を愛してくれていた証だった。何故、気がつかなかったのか。それともこれこそ、ただ、あの男の能力が、言わせているだけなのか。判断つきかねて、俺は一旦落ち着こうと、今にも泣きそうな花京院を抱きしめた。花京院がふ、と息を漏らして、遂に涙をこぼす。落ち着けるようにぽんぽんと背や後頭部を撫でていたら、体重を預けてしがみついてきた。
    「でも今は、こうして、ただ、承太郎も僕を好きだと言ってくれる。まるで、誰にも邪魔されないハネムーンを過ごしているようだ。それだけでいい。それだけで、幸せだ」
     予期しなかった展開。俺は、確かめなければならない。
    「花京院、すまない、少し、いいか」
     嫌だと首を振ってしがみつく力を強くする花京院を無理矢理引き離して、俺は枕元にあった携帯電話を引っ掴んだ。ベッドから降りる。名残惜しそうにすんすんと泣く花京院を無視できず、片手で涙を拭った。それに頬を擦り寄せてくるからたまらない。
     コール音五つ、自由業の相手が、通話に応じた。俺は急く心を落ち着かせるように大きく息をして、先ほどから感じている違和感を、男に確かめようとした。
    「露伴、先生」
    「おや、承太郎さん。その後どうですか。蜜月は過ごせてます?」
     相手はどこまでも呑気だ。食ってかかりたい気持ちを抑えて、努めて静かな声で問うた。
    「花京院に書き込んだ命令は、空条承太郎を好きになる、で合っているか」
     目の前の花京院が、瞳を大きく開いて驚いている。そこから溢れる新たな雫を拭いながら答えを待った。
    「あ、やっと気が付きましたか。お察しの通り、僕はそんなこと書いてませんよ。僕、言いましたよね。真実というものは、案外わからないもの。無粋な真似をしました、って」
     そんな、今更。この数日、俺は確かにおかしくなった花京院を愛そうと必死だったというのに。
    「本当は、なんと、書いたんだ」
    「花京院さんの心を読ませてもらった時にですね、まあ、びっしりと、空条承太郎に対する愛の言葉で埋まっていたんですよ。いやあ、面白いことに出くわしたなあと」
    「だから、」
    「落ち着いてくださいよ。僕が書き込んだのは、『空条承太郎を好きになる』ではなく、『自分の気持ちに正直になる』です」
     俺は唖然とした。俺に甘えて、俺を好きだと、離れたくないと我儘を言い、好きを諦めようとしたんだと、告白した花京院。それらは全て、花京院が心のままにしたこと。軽い眩暈がして、怒鳴ることもできない俺に、楽しそうに被せてくる。
    「あ、安心してください。ネタなんかにはしませんよ。恋愛ものは僕、門外漢なので。ただ、編集が可愛いヒロインを出せってうるさいんでね、そこだけ少し、参考にはさせてもらおうかなあと」
    「参考」
     参った声で思わず復唱すると、電話口で全てはお見通しだと、さも愉快気に笑った。
    「一見御しやすようなのに、まるで思う通りにならない。控えめな態度で相手を立てるくせ、プライドの高い跳ねっ返りで、気がついたら一人で闘っている、誇り高いヒロインだったら、漫画に出してやってもいいかな、なんてね。構想中です」
     花京院を漫画にするのか、そうか、さぞかしそのヒロインは可愛いのだろう。
    「じゃあ、僕まだ仕事が残っているので」
     一方的に通話が切れた。俺は花京院の顔が見られない。全て、全てが俺の勘違い。花京院の婚約がきっかけだなんて思っていたけれど、そのずっと前から、話は決まっていた。

    「承太郎、今の電話」
    「…岸辺露伴だ」
    「彼の資料は見たよ。凄いスタンドだ。敵じゃなくて良かったって心底思った。今、書き込む、とか、聞こえたけれど」
    「花京院、少し、落ち着いてくれ」
    「落ち着いてないのは君だろう。先生の家に行った時、僕、前後の記憶が曖昧なところがあった。空条承太郎を、好きになる?命令?もしかして、君」
     花京院がベッドを降りて、近づいてくる。息が触れ合いそうな近くまで詰め寄って、核心をつかれた。
    「僕を、操ろうとしたのか」
    「すまん」
     反射で謝った。さっきまで濡れていた瞳が、怒気を放っている。今の花京院は、自分の感情を押さえつけない。とろとろになって俺を好きだと囁いて、離れたくないと駄々をこねて見せた姿から一変、怒りに燃えて、憤死しそうな形相をしていた。
    「理由は」
    「お前が、他の誰かのものになる前に、俺のものにしたかった」
     言った瞬間、バシィッと音がするように、花京院が俺の頭を叩いた。正直、理性を手放した花京院にエメラルドスプラッシュを喰らわされても、文句は言えないと思っていたので、少々驚く。あいつ、クールぶってるくせに、怒るとすぐに手が出るんだぜ、容赦なくな、と昔ポルナレフが言っていたことを、ぼんやりと思い出した。
    「だったら、言えよ!どうして言えないんだよ!君に好きだって言われたら、僕は舞い上がって、なんでも差し出したのに!」
     その口から出るのは、紛れもない本心。自分の気持ちに正直になる。ここ数日の甘い甘い花京院との時間は、花京院が真に欲したことだった。ちと暴走気味だった気がするが、確かに願ったものだったのだろう。ただ、俺と共に。それが嬉しすぎて、怒り心頭の花京院を、構わずぎゅうと抱きしめる。
    「誤魔化すな!」
     キー!と怒って、俺の腕の中で花京院が暴れる。背中にバリバリと爪を立てられて、ちょっと思い描いていたものではないな、と残るであろう痕を考えた。
    「誤魔化してなどいない。お前が愛おしい。すまなかった。ずっと、何も言わずとも、通じていると思っていたんだ。慢心して、お前を苦しめていたことを謝ろう。これからはずっと、もっと、言葉にする。お前を愛している」
     俺の告白に、花京院が抵抗をやめた。見上げる菫色が、少し不安そうに揺らめいた。
    「本当に?君は、僕が好きなのか?僕と、同じ好きなのか?」
     その声が震えていたので、安心させるように体を包み込む。
    「好きだ、愛している。結婚をいつ申し込もうかと、悩んでいたところだった。俺以外の人間のものになってくれるなと、先生に共謀を依頼したんだ」
    「…本当は、どんな命令を書かれていたんだい」
     知ってしまったら、もしかして後々恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。それでもまだ命令が効いているなら、素直な感想が聞けるだろうと、打ち明けた。
    「お前は今、自分の気持ちに正直になるよう言動が制限されている」
    「僕の、気持ち」
     少し呆けたような顔をして、暫し考え込む花京院の反応を、おとなしく待つ。するとくりんとした瞳で俺を見上げて、花京院が笑った。
    「じゃあ僕は、この数日、自分でも気がつかなかった願望を、満足させていたんだな。君とベッドでごろごろする毎日が、たまらなく嬉しかった」
     そう笑うので、愛おしさが天辺を突き破って、思わず口に吸い付いた。くそ、せっかく我慢していたのに。触れるだけのキスしか知らない花京院が、少し驚いていたけれど、次第に体の力を抜いて、俺の啄むような口付けを受け止めてくれた。
    「ん、でも、不満が一つ。君は一向に僕に手を出さなかった。今やっと、恋人らしいキスひとつ。僕じゃ、興奮できなかったのか?」
    「馬鹿言え。お前が正気でないと思っているのに、簡単に奪えると思うか。むしゃぶりつきたいのを耐えに耐えた数日間だ。俺にだって、後ろめたさや罪悪感は人並みにある」
    「そんなこと言うけど君、ヘブンズ・ドアーに頼ってる段階で、詰んでいないかい」
    「…思いついた時点では、あまり深く考えなかった」
     俺の言葉に、花京院が思わずといったように吹き出す。
    「君は落ち着いているように見えて、案外おっちょこちょいなところがあるからな。考える前に手が出たのは若い頃だけだと思っていたけれど、人間、そう変わらないものだね」
     笑っている花京院は、もう、怒ってはいないようだ。大変わかりやすい。泣いたり怒ったり笑ったり、ころころ変わる表情を、見ることができるのは今だけかもしれないので。
    「そうだ、変わらないぜ。ガキの頃からずっと、お前が好きだった。時間が経つにつれ、どんどん膨れ上がって、愛してるでも、まだ足りねぇ」
     わざと若い頃の口調で言ったら、花京院の頬が朱に染まった。ずるい、とか呟いている。
    「明日にでも、露伴先生のところへ行って、命令を取り消してもらう」
    「そんなに急ぐことか?」
    「君と今後渡り合っていくのに、ハンデが大きすぎる」
     ということは、つまり、この先も、俺と共にいてくれるということなんだろう。喜びで脳が痺れて、花京院を抱きしめたまま再びベッドにダイブした。
    「ちょっと、承太郎」
     困惑の声が下から上がったが、それを無視して顔中に吸い付く。
    「手を、出されたかったんだろう」
     するとみるみるうちに顔が赤くなって、「正直な僕なんて、僕じゃない」、とこぼした。
    「素直なお前を、今のうちに愛したい」
    「このむっつり助平」
    「そう言ってくれるな。必死なんだ」
    「素直じゃなくなったって、僕は君を愛しているよ」
     嬉しい言葉に、首筋を吸う。もう、とため息一つで花京院は抵抗らしい抵抗をしなかった。つまりは、そういうこと。
    「ハネムーンみたい、なんだろう?本物はまあ、楽しみにとっておくとして。互いに貴重な体験だ。楽しもうぜ」
    「はいはい」
     花京院の腕が、俺の首裏に回ってくる。しがみつかれて、それが心情を正確に表しているのだというのだから、今夜は楽しいことになると、俺は喉を鳴らした。
    「愛してる。結婚してくれ、花京院」
     嘆願のように囁いたら、まわっていた腕に力を込められて、俺は花京院の顔を覗き込む体勢になる。花京院は、穏やかに笑っていた。
    「大好きだよ、承太郎。ずっと、言えなくて、君を惑わせてごめん。もう離れたくない。彼女に、僕もうまくいったよ、って、報告して、婚約は解消だ。やっぱり、好きな人と結婚したい」
     花京院はやはり、俺の喜ばせ方を心得ている。十年来の付き合い。誰よりも理解していると思っていたから、すれ違ってしまった。これからはちゃんと、こいつを悲しませないように、態度だけでなく言葉で伝えていきたい。
    「「愛してる」」
     声が重なって、思わず額をくっつけて笑った。花京院が頭を持ち上げて俺にくれたリップ音のするキスを受け止めて、今夜は忘れられない夜になると、胸を高鳴らせた。




    「お、露伴センセじゃねーっスか。ニュースニュース、実はよ、承太郎さんが、」
    「結婚したんだろう」
    「なんだ、知ってたんスか。つまんねえ。ならよ、相手が誰だか、聞いて驚けよ」
    「花京院さんだろう」
    「っー!なんだよ!それも知ってんのかよ!どっから仕入れたんスか。親戚の俺でも手に入れたばかりのホットニュースなのに」
    「大人には色々あるんだよ。いいから、向こうに行け。僕は仕事中なんだ」
    「へいへい、お邪魔しました。カフェで茶しばいて、呑気なお仕事っスね」
     最後の負け惜しみが気に食わなかったが、僕はそのホットニュースとやらの渦中に存在した人間だったので、全く面白いものが見れて機嫌が良かったから、くそったれの仗助を適当にいなす事ができた。
     二人が最初に僕の家に訪れた時のことを思い出す。あの二人、あれでまだ結ばれてないなんて、冗談だろうと思った。そしてやはり冗談だった。好きすぎておかしくなることって、本当にあるんだな。あんなに互いを見る視線に熱を持つことができるなんて、康一くんと山岸由花子以外に、観察出来たのは稀有な体験だった。
     再度僕の家にやってきた際、花京院さんは共謀者の僕をジト目で見つめた後、言ったのだ。
    「露伴先生のおかげで、承太郎と結ばれることができました。ありがとうございます」
     と。なるほど素直な一言。しかし非難を色濃く示す視線は痛かったので、つい面白くなって、「怪我の功名ですね」とうっかり言った僕は彼のスタンドに締め上げられた。
    「わかっていますよね」
     凄まれて、渋々僕は彼の中から命令を消し去った。彼の後ろにただ黙って佇んでいた空条承太郎は、頬に引っ掻き傷を作っていた。ああ、その後何があったのか、聞きたい。読みたい。好奇心が刺激される。が、まだ僕は描きたいことがたくさんあったので、命を惜しんで黙って花京院さんを自由にしたのだった。
     いい作品を生み出すには、たくさんの経験をしなければならない。まあ、恋愛物を描く気は無いが、あの二人はそれを超えて、戦友で親友で、かけがえのない半身なのだ。なかなか無い関係性。僕の認識の肥やしになる。空条承太郎を欺くという悪戯もできて、僕は大変満足していた。後で殴りかかってこられても困るが、その時は花京院さんに告げ口をしてやろう。あの完璧然とした男にとんだ弱点があったものだ。出せとうるさいヒロインの、いいアイデアがある。そう伝えようと、編集が来るまで、カフェのテラス席でお馴染みの紅茶を飲んだ。


    end

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    きのした

    PASTpixivより再掲

    グッパオンで恋に落ちてる承花を目指した結果。
    ただ、花京院が好きな承太郎の話。
    だって空条氏は、出会った時から花京院に、惚れてましたよね?(曇りなきまなこ)
    承太郎の様子がだいぶおかしいです。頭がお花畑です。花京院も若干ふわふわしてます。
    承花にポルナレフを添えるのが好きです。
    恋する二人とお兄ちゃん おまけつき きっとそれは、一目惚れというやつだった。

     初めて見た時、天女かと思った。羽衣をヒラヒラさせて、怪我をした俺を気にかける。ハンカチを渡されて、胸が高鳴った。細い身体をしならせて去っていくその姿に、このハンカチを返す時、関係を迫ろうと思った。
     運命だと思ったのに、DIOの刺客だった。少々がっかりしたが、これから俺のものにすればいいと、お持ち帰りをする。敵意のこもった鋭い視線も美しかったが、操られていたのだと、洗脳をといた瞬間、その潤む菫色が優しい色をしていて、俺は再び落ちることになる。
     少々プライドが高くて、扱いにくいのだろうか。そう思っていたが、共に過ごすうち、それは奴の背伸びであったのだと気がついた。本来の花京院は、穏やかで優しく、頭が良い分色々なことによく気がついて、相手の先に回って気遣いの態度をとっていた。俺の理想とする大和撫子。
    10843

    きのした

    PASTpixivより再掲

    花京院が心配な病的過保護太郎と、承太郎の愛が欲しい蘇り院の話。
    私はすぐ承太郎を病気にしたがるから困る。
    誤解とすれ違いが大好物です。
    当然のようにアメリカで同棲。
    何年後かは、それぞれの胸の中でお好きな感じに当てはめて下さい。
    ※ほのかに承←モブ表現あり。
    だからお願いそばにおいてね おまけつき 僕は承太郎と、たった一度だけ、抱き合ったことがある。

     あれは、あの旅で、まだ僕が目を負傷して途中離脱する前。その日は敵襲に遭って、スタープラチナを思う様暴れさせた承太郎は、古ぼけた宿に泊まるとなっても、興奮がおさまらないようだった。僕らはキスを交わした。二人部屋で、夜が染み入ってくれば、何も邪魔するものはない。彼は僕を好きだと言った。息継ぎの度、何度も。僕を貪る彼を、僕は愛しいと思っていた。だから僕も好きだと返した。いつもだったら、思う存分キスをした後、疲れた身体を休ませるために手を繋いで眠りについた。けれどその日は違った。
     承太郎が僕を軋む固いベッドに押し倒す。そのまま僕の服を剥ごうとした。僕は打ち震えた。承太郎に恋していた僕は、いつからかその瞬間を待ち望んでいたのだ。承太郎に欲望を向けられていることが、たまらなく嬉しかった。彼の、望むように。僕は積極的に動いて、承太郎と愛し合った。大切な思い出。これから先何があっても、この瞬間の幸せを覚えていれば大丈夫。僕は何にでも立ち向かえる。そう思って最終決戦に挑んだ僕は、DIOに敗北した。だけど、それはきっと、僕の役目だった。メッセージに、どうか気づいて欲しい、そう願いながら、水に沈んでいった。感覚の無くなっていく指先が、勝手に温もりを探す。承太郎。最期に、君とキスが、したかったなぁ。
    18029

    きのした

    DONEすぐに康一くんを頼る駄目太郎の図。
    仗助くんは別に承太郎にも花京院にも特別な感情は持ってないです。ただ、年上の甥について、シビれる〜カッチョイ〜!とは思ってます。
    途中ちょっと不穏ですが、コメディととってもらって間違い無いです。
    コミュニケーション・ロマンス 付き合い始めてから、もう十年を超える。空条承太郎は僕の初めての恋人だった。男同士だけれど、僕らはキスをするし、セックスだってする。愛を囁き合って、互いの気持ちを確かめる。ゴールの無い関係。それを分かっていたから。同居して、伴侶のように振る舞っていても、確約されるものは何もない。僕らは互いの気持ちだけで、繋がっていた。それに不安が無いわけじゃない。でも僕は信じていた。承太郎の愛情を。だから承太郎が僕を愛するが故に吐く嘘や作る秘密を、見て見ない振りをしていた。それでうまくいくはず。そう考えていたけれど、とある事件で承太郎が恐ろしい殺人鬼と闘ったということを後から知らされて、僕は思い知った。
     承太郎の嘘は優しい。でも、残酷だ。僕はいつだって、君を知りたくて、君を守りたくて、君を愛したい。そしてきっと承太郎も同じ想いなのだ。だから噛み合わない。最近ちょっと、承太郎が余所余所しい。どう動けばいいだろうかと、思案していた僕は、とある人物を頼って、ある町に来ていた。承太郎に憧れていて、僕の知らない彼を知っているその子なら、少しヒントをくれるかな、と思ったのだ。単純に、恋愛相談に乗ってくれそうな人物が他にいないという切実な事情もある。電話でポルナレフに話を持ちかけたら、何馬鹿なこと言ってるんだ、と言われそうな気がしてそれだけで腹が立ったので、ダイヤルしかけた指を止めた。
    9622

    recommended works