ホタルビ潜入調査小話。 基本はそこまで忙しくない寮だ。
だから白羽の矢が立っても致し方が無いとは言え
「夫婦、ですか…??」
色っぽい泣きぼくろが
くっと引きつる
理事長曰く
現場は
婚姻関係の男女で無いと入れない
会員制のクラブなのだが
手配ミスで調査部隊の女性隊員が足りず
このままでは怪異調査が出来なくなってしまう、との事だ。
「ですので、加賀見君の技能を見込んでお願いしたいのです」
すみません、と上目遣いの理事長に
気が進まないとは言え
断れる立場でも無い。
「そんで?どうして俺まで呼ばれたんです」
草薙は
きゅっと立ち居を崩さぬ加賀見とは対照的に
だらっと足を開いて立っていて
めんどくさい、という雰囲気が
ちょっと滲んでいる
「いくらその道を踏襲している加賀見君とはいえ
知らない相手と夫婦役はさぞ心細いでしょう?」
そりゃまあ、と
ちらりと加賀見を見れば
加賀見もちらりと
二人揃ってため息を吐くように
分かりましたと返事をした。
「明日だなんてまた急な話だねえ」
草薙は寮長室で
潜入先の情報をぺらぺらと捲りながら
茶を啜る
最初は無理に加賀見に女装をさせずとも
特待生に頼めばいいのでは、と思ったのだが
どうもちょいと如何わしい場所のようで
こりゃ特待生に頼む訳にはいかんわな、と
ほっとしたような
勿体ないような気持ちになっているのは
まあ加賀見には黙っておく。
「うーん、平服かあ…どんな服装にしよう」
分厚い服飾のカタログを引っ張り出して
加賀見は愁眉を寄せる
「そんなに悩みなさんな、
昴流さんなら何着ても似合うでしょ」
さらっと褒められて
ぽやっと一瞬愁眉を開くが
違う違うと首を振る
「伯玖さんのそういう所、どうかと思うんだけど…」
殊玉と違う方向で
人を褒めるのに照れの無い男なのだ
しかも質が悪い事に
人の心を引っ掛けて
たたらを踏ませるような所がある
言った本人は
思う所があるのか無いのか
とぼけた顔で
ん?と小首を傾げているので
これはもう言っても詮無い事だと諦める。
「顔は化粧で誤魔化せても、身体は無理だからね
あまり露出はしたくないんだ」
「そんなもんかねえ」
加賀見は無意識のうちに
自分の肩を摩る
いくら顔立ちを整えて
振る舞いを設えても
骨の型や筋肉の張りは如何ともしがたい
それ故に肩回りや
膝より下は出来るだけ隠したいのだ
「喉元はハイネックかスカーフで何とかして、
やっぱりロングのワンピースかなあ」
はあ、と片頬を手で押さえながら
花も濡れるようなため息を吐く
中々どうして
梨園で育つと
ため息一つも色っぽいものかと
草薙は加賀見が悩む姿を
面白げに眺めている
「ぼくより、伯玖さんは何を着るか決まったの?」
さっきから
人を面白がって見ているばかりで
ちっとも悩んでいない草薙に
ほんの少しだけ抗議の意を込めて
唇を尖らせてみるが
「男の装いなんて
女を引き立てる為にあるもんですからねえ」
昴流さんが決まるまで
俺はのんびりしてますよ
と、本当にくつろいでいる草薙に
猛然とカタログをめくる加賀見だった。
びっちりとしたスーツを纏っているドアマンに
招待状代わりのコインを見せる。
恭しく重厚なドアが開かれ
薄暗いエントランスへと案内される。
「こりゃ鬼が出るか蛇が出るかってな」
如何にも怪しげな内装に
草薙は半分呆れながら呟く
「何か感じる?」
ひそ、と加賀見は
草薙の肘に腕を絡ませながら問う
んー…、と
不自然にならない程度に
視線を右、左と動かすが
特には、と端的に答える
取り合えず
ホールに向かえば
平服がドレスコードと言えども
中々に社会的地位の高そうな
紳士淑女が一堂に会している
やはり夫婦というだけあって
年齢層がやや高めだ。
中には合法か疑いたくなる程
年の差がありそうな夫婦もいるが
果たして
自分達はどう見えるだろう
加賀見は
ヘアクリップでシニヨン風に髪を作り
耳元は白薩摩のイヤリング
ハイネック、爪先まで覆う藤色のロングドレスは
長袖のパフスリーブでレース仕立てになっている
帯仕立てに鼈甲の口金の
大島紬のクラッチバッグを左手に抱え
その薬指には細い銀の指輪
あまり目立たぬようにと
化粧も装いも控えめのにしたつもりだが
歩けばドレスの裾が
ふわりと花びらを零すごと
匂うような
加賀見に何を見たのか
ちらちらと好色混じりの
視線を寄越される
「あらら、闇はあやなしなんとやらってやつだな」
「止めてよ、伯玖さんっ…!」
面白そうに加賀見を揶揄う草薙に
ほのかに顔を赤くして抗議をするが
そういう草薙はというと
ダークスーツに
ネクタイは白緑に淡い山景が織られた大島紬
ネクタイピンは黒の薩摩切子で
TVフォールドに差した
胸のチーフも揃いの紬
靴は鏡面仕立てのストレートチップ
普段制服を緩く着こなしているせいで
本人は
散々肩がこるだの
首が回らないだのぼやいていたが
きっちりと着こなせば
中々の美丈夫なのだ。
肩肘張らずに緩やかに
加賀見をリードしながら
時折、
ミステリアスな三白眼で
ちらりと流し目を送れば
妙齢のご婦人方が
そそくさと目を逸らしながらも
もう一度見てもらえないかと
派手に瞬きを繰り返している
目立つつもりが無くても
お互い誰彼の目を引いてしまうようだ。
さて、
潜入調査なので
ある程度は情報を拾わないといけない
どこから手を付けようかと
草薙はボーイが持ってきたグラスを2つ取って
口を付けるが
「あー…こいつは、」
ぺ、と舌先を出してグラスを眺める
ちょっと渋い顔をしている草薙に
訝し気に
渡されたグラスに口を付けるが
「かなり、強めのお酒だね…あと何か後味が」
味蕾がささくれるような
渋みを感じて
加賀見も口元を押さえる。
「ま、毒じゃねえならあっち系の薬でしょうよ」
「そうだよね…」
アルコールと相まって
どの程度効いてしまうか
周囲の反応を見る限り
そこまであからさまな様子は見えないので
まあこれぐらいなら
常人と違う代謝能力があるので
すぐにでも無毒化できるだろう
演技に関しては徹底して
叩き込まれたので
加賀見は気を取り直して
表情を繕うが
草薙はどうだろうと
ちらりと見上げれば
特に顔色も変えず
まとめてグラスをさらっと返し
加賀見に肘を預けながら
ゆったりと人の波の間を縫う。
寮服を着て任務に行った時は
人からどう見られるかで
そぞろになっていたというのに、
こういう場所は全然平気なのかと
草薙の基準が今一つよく分からない
時々、何組かの夫婦から
揶揄うように声を掛けられる
どうも加賀見の落ち着きを
年上の妻と見たようで
その度に草薙がのらりくらりと
返事をしてくれる。
「ダメですよ、拝み倒してもらった恋女房なんで」
「そりゃもう金の草鞋をいくつ潰したかって話ですよ」
「こう見えて敷いてくれるんで。どっちの意味かは、ねえ?」
段々会話の内容がどぎつくなってきて
加賀見が堪り兼ねて草薙の腕を引く
「あんまり目立っちゃダメだよ」
「悪い悪い、あんまりにも昴流さんばっかりモテるからさ」
俺もモテたいんだけどねえ、
と、何処までホントか分からない事を言うが
「女として囃されても嬉しくないよ…」
もう、と困ったようにため息を吐くので
河岸を変えようと
酔い覚ましの振りをしてホールを出る
実はもう一人、
非合法で入れる人物を連れてきている
さて奴さんは、と
草薙がきょろきょろと見回すと
エントランス正面の大きな階段から
飛び降りるように派手な声が降ってきた
「二人とも!!ここはとんでもない場所だよ!!」
殊玉の顔と言ったら
それはもう青ざめたり赤らんだりと忙しい
いくら他の人間に殊玉の姿が見えないとはいえ
立ったままじっくり話を聞くには
あまりにも大仰なので
酔い覚まし用なのか
エントランスの端にあるカウチに
二人で腰掛けて
殊玉の話を聞く
「いやはや、エログロナンセンスなパンモデニウム、
カリギュラもネロも真っ青な
破廉恥極まりないソドムの館だよ!!」
成程、
勢いだけは伝わるが
何一つ具体的な情報が見えてこない。
「えっと…、つまり?」
「アレ!!?まさか君たち
ボクに語らせるつもりではないだろうね!!?
あんな、あんな…爛れた男女のもつれを!!」
「ぁっ…、」
「ぉぅ…、」
十分、伝わった。
まるで嫁入り前の娘が
顔を覆って
振袖を跳ね散らかして
悶えるがごとの殊玉を
二人で宥め透かして落ち着かせようとするが
「大乱歩ならいざ知らず、
ボクのような未熟な文士が語る口などあろうはずもないだろう!!」
「まさに痴人の宴、淫靡な地獄変とはこの事!!」
「嗚呼、ボクの記憶から一刻も早く消さないと、
耽美派を名乗るにはボクはあまりにも清純なのだよ!!」
と、
言いながらも
目をぎらぎらさせながら
鼻息荒く語る殊玉は
清純というより
好奇心が押さえ切れなくて
指の隙間からこっそり覗いてきゃーきゃー騒ぐ
年頃の娘のようだ。
「…善治さん、実はちょっと楽しんでるでしょ」
思わず呟いた草薙は
殊玉の特大なアレ!!を喰らう事になった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「はー…全くの骨折り損ですよ…」
結局のところ、
今回の任務は全く怪異に関わりなく。
肩凝っただけだ、と
草薙はぼやきながら
自分の肩をとんとん叩く。
あれから
殊玉を宥めた後は
腹を括ってその、如何わしい部屋へ
潜入しようとしたところ
いきなり
国家権力がドアを蹴破って
令状を印籠のように掲げながらの
ド派手な大捕り物が始まってしまい
こりゃ不味い、と
巻き込まれない内に
這う這うの体で伏魔殿から逃げ出して
どういう事だと着替えもせずに
理事長室に理事長を呼び出し
直に文句をぶつけたら
『調査部隊の手違いで~』
と、ナイトガウン姿のコーネリアスが
うるん、とした瞳で謝ってきて
なんだそりゃと
抗議をする元気も無く
三人で寮に戻ったのは
日付が変わってからだった。
茶室にて、
昨日の任務の後始末をするべく
朝一で集まったはいいが
手違いだらけで
引っ掻き回され謝罪一つで済まされて
どうにも納得のいかない草薙だ。
「逆に怪異じゃなくて良かったよ」
「そうとも。あんな如何わしい事件を
白日の下、天下の桜田門が
お白洲できっちり裁いてくれるのだからね」
そんな気の好い二人のようにはなれず
くさくさした気持ちで
桜田門は裁かんわ…、と
ごろん、と畳の上で引っ繰り返るので
殊玉はびっくりしてアレ!!と叫ぶ
「昨日はあれだけの業平ぶりを見せていたというのに
なんというだらしのなさだい!?」
「業平結構、俺は女にはだらしなくないですよ」
そんな話はしてないよ!と
ぷんすこ叱られても
腕を枕にはいはい、と
聞き流すぐらいにはだらけている草薙だ
加賀見と言えば
あれだけ動きにくそうな女物の服を着て
草薙よりも右往左往していたように見えたが
特に疲れた色も見せず
今も着ていた服を返却すべく
丁寧に片付けている
「やっぱり、昴流さんには敵いませんねえ…」
どこか満足そうに
わふ、と一頻り大きな欠伸をして
唇をむにゃむにゃさせる。
随分と気の置けない草薙の体たらくに
殊玉も怒る気がそがれて苦笑いだ
「伯玖さんの服も一緒に返しておこうか?」
「ありがたい、甘えますよ」
昨日あれだけ余裕そうに見えた草薙は
今日はもう看板だと
半分うつらとしている。
そんな子どもっぽい草薙に
加賀見はふふ、と笑う
「全く、伯玖クンはしょうがないねえ」
「だけどそういう所を見せてくれると、ぼくはほっとするよ」
何時も助けられてばかりだから、と
抜け殻のように
くしゃくしゃになったスーツに手を伸ばし
やわらかく目を細める加賀見に
殊玉は
キミは本当に優しい人だね、と
ころりと畳に落ちているネクタイピンを
そっと加賀見の手元に置いた。
そんな穏やかな茶室の外で
ホタルビの副寮長が
とんでもない美人を寮に連れ込んだとか
ホタルビの副寮長が
夜中に人妻と腕組んで歩いてただとか
全くとんでもない噂が
真淑やかに流れ始めているとは
露とも知らない三人だった。
おわりん。