ふたり晩酌 美しく繊細な細工が施された硝子の器(デキャンタと呼ばれる容器だったが、ギャメルはその名称を知らない)に入れられた酒を、同様の細工が施されたグラスに手酌で注ぎ、ちびちびと舐める。ややとろみがあり、芳醇な香りのする瑞々しい酒だ。
ギャメルは酒を好むが、決して造詣が深い訳ではない。これが何らかの果実酒で、恐らく、素晴らしく高価な酒であろうことは分かる。だが、どんなに良い酒であろうが、必ずしも万人の口に合う訳ではない。
(甘すぎる。苦手な味だ)
ギャメルがげんなりとして空を見上げていると、石畳の廊下から、一人分の足音が聞こえてきた。踊るようなとまでは言わないものの、機嫌良く弾んだ足取りだ。体重は重く、歩幅はやや狭くがに股だ。やや年のいった男性だろう。
(多分、モルドンのおっさんだな。こんな時間にご機嫌なことで)
ほとんど言葉を交わしたことも無い。誰かと話すような気分でも無く、ギャメルは無視を決め込むことにした。しかし、そういう時に限って面倒ごとはやってくるものである。
「酒の気配がするな」
どすどすと足音が近付いてきて、モルドンがぬっと顔を出す。予想通りの顔だ。ギャメルはげんなりした顔を隠しもせず、大きく溜息を吐いた。
「よう、石工のおっさんじゃねえか」
「おうよ。お前は、元盗賊のあんちゃんだな。しけた面して飲んでるじゃねえか。やめろやめろ。酒がまずくなる」
そう言いながら、モルドンが目の前の椅子に腰掛けるので、ギャメルは手元の酒をモルドンの方へ押しやった。
「良い酒なんだろうが、口に合わねえんだ。飲むっていうならあんたにやるよ」
「もったいねえな~。どれ、俺が酒の飲み方ってやつをご教授してやるよ」
モルドンは嬉々として、グラスの酒をぐいっと飲み干した。
「か~っ!こいつは良い酒じゃねえか。こんな良い酒、どこで手に入れたんだ?」
「別に盗んできた訳じゃねえよ。厨房に、寝酒にしたいから酒をくれって声をかけたら、こいつが出てきたんだ」
「う~む。いっちょ、行ってみるか」
「おっさん、飲み過ぎんなよ」
そう言ってギャメルが立ち去ろうとすると、その襟首をむんずと掴まれ、椅子に押し戻された。
「まあそう急ぐな。俺が酒の飲み方を教えてやる」
「いいか。俺が戻ってくるまで待ってろよ」
「勝手に帰ったら、明日から毎日でも探してやるからな!」
(めんどくせ~~)
何度も振り返りながら厨房の方へ歩いていくモルドンを見送って、ギャメルは溜息を吐いた。しかし部屋に戻ったところでどうせ眠れる訳でもなく、ここを離れたところで、どこに行く当てがある訳でも無いのである。どこまで本気なのか分からないが、明日からモルドンに付け回される可能性を残しておくというのも、ぞっとしない話だ。ギャメルは消極的な選択の結果として、ここでモルドンを待つことにした。