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    conatan111

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    conatan111

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    ギャメルとマンドランの過去捏造。
    一緒に過ごした幼少期の時間が、実は短かったら、という妄想。

    Side.M


    「見てたぜ。そいつが犯人じゃないだろ」
     少年特有の甲高い声がそう言った。自身を殴りつける男の拳が勢いを弱めたので、マンドランは腫れた瞼を恐々と持ち上げて、うろうろと視線をさまよわせた。声の主を探す。
     それは小柄な黒髪の少年だった。道の脇に積み重ねられた木箱の上に腰掛けて、リンゴを片手でもてあそんでいる。この辺りの子供たちがおしなべてそうであるように、彼も粗末な身なりではあったが、マンドランとは違い、最低限の手入れがなされた小綺麗な格好をしていた。
    「お前も仲間か」
     いきり立つ男がマンドランの胸倉から急に手を離したので、マンドランはひどく尻もちをついて地面に落ちた。屈強な男が少年の前に立ち塞がる。少年は人を小馬鹿にしたような薄笑いのまま、ひらひらと手を振った。
    「だから違うって。そいつは、空の財布を押し付けられただけ。犯人なら金だけ抜いて、あっちの方に逃げて行ったぜ」
    「ちっ!」
     少年の言うことが事実であった。腹を空かせてとぼとぼと道を歩いていたマンドランは、後ろから走って来た少年らに追い越しざま突然財布を押し付けられ、何がなんだか良く分からないままに、彼らを追いかけて来たと思しき男に捕らえられて殴りつけられていたのだ。
     男は大仰な舌打ちをすると、今にも町角に姿を消そうとしている少年たちを追いかけて、猛然と走り出した。男が追いつけるものかは分からないし、追いつかれた方がどんな目に合うかも分からないが、そんなことは知ったことでは無かった。
    「お前も馬鹿だな。ぼんやり歩いてるからそんな目に合うんだぜ」
     木箱からひょいと飛び降りて来た少年が、マンドランの手を引っ張って立ち上がらせる。それがギャメルとマンドランの出会いだった。

    マンドランに向けられる周囲からの目線は、概ね三種類に分けられた。すなわち、侮蔑、哀れみ、無関心のいずれかである。しかしギャメルは違った。マンドランが変なことをすれば馬鹿だなと笑い、ギャメルの知らない知識を披露して見せれば素直に感心した態度を見せ、ちょっとした小遣い稼ぎの情報があれば互いに教えあい、くくり罠で仕留めた獲物は平等に分け合った。
    そうして初めて、マンドランは自分が人間として生まれたような気がした。
    ギャメルを通じて友人と呼べる仲間もでき、長じるにつれて日銭を得る手段も増え、飢えて死ぬような思いをすることは徐々に少なくなっていった。そう、マンドランは毎日が楽しかった。ギャメルと二人なら、何にでもなれるような気さえした。
     しかし、楽しい日々というのは、得てして長くは続かないのである。病弱な妹の療養の為、ギャメルの家族が遠くの村へ転居すると聞かされた時、マンドランは呆然として立ち尽くした。嫌だ、行かないでくれ!と、泣きわめいて引き止めたい気持ちが爆発しそうだったが、それをしてはいけないと判断するだけの理性があった。妹さん早く良くなるといいなと、応援する言葉をかけるべきだという心遣いはあったが、舌が凍り付いてそれを伝えることはできなかった。
    「そうか」
    「じゃあな、達者でやれよ」
    と、言葉少なに別れてしまったことを、マンドランは今でも後悔している。

    Side.M


     ギャメルと出会い、そして別れてから数年が経ち、マンドランはすっかり青年と呼んで差し支えない歳になった。ゼノイラの侵攻等もあり、世間は荒れるばかりであったが、元々が底辺層の生まれであるマンドランの生活に大した変化は生じなかった。ひ弱な見た目の子供だった頃とは違い、いたずらに暴力を振るわれることも無くなり、いつか始めた弓の腕も上達して賃金を手に入れる手段も増えた今、むしろ生活はしやすくなったとさえ言える。
     日雇いの仕事を探したり、短期の傭兵稼業等をこなして日々の口をしのぎながら、マンドランはコルニア中の町から町へ、村から村へ、特段の目的意識もなくふらふらと旅を続けていた。幼い頃に憧れた旅人の姿を追いかけているのかもしれなかったし、旅の途中、どこかでふとギャメルと再会することがあるのではないか、と夢見る気持ちもあったのかもしれない。別れの際に、ギャメル達家族が転居していった町の名前を聞きそびれてしまったことが、いつまでも悔やまれた。
     マンドランのまだ長いとは言えない人生の内で、ギャメルと出会う前と後では明確に彩りが違う。その鮮やかさに反して共に過ごした時間があまりにも短かった為、マンドランはたまに、あの時間は孤独が見せた自分に都合の良い白昼夢だったのではないかと考える時があった。
     露店や宿屋で食事を求めればいつでもギャメルの好みそうな料理が目を惹いたし、それが美味ければ、いつか一緒に食べたいと思った。仕事を請ける時もギャメルの顔がちらついた。給金が高くても、ギャメルが「クソみてえな仕事だな」と顔をしかめそうな倫理の無い仕事は、大抵の場合断った。そうすることで、ギャメルと過ごした時間が夢ではなく、確かな手触りとして持っていることができるような気がしていた。

    黒爪盗賊団の噂を初めて耳にした時、マンドランには特に何の感慨も無かった。このご時世、盗賊団やら、盗賊と大差無い傭兵団やらがあぶくのようにできては消えていく。どうせこれもその内の一つに過ぎないと思っていたのだ。
     次に黒爪盗賊団の噂を聞いた時、盗賊団は徐々にその規模を拡大しているようだった。その頭領の名前が「ギャメル」だと知り、僅かに心がざわめいた。ギャメルという名前は、ありふれたとまでは言わないまでも、決してひどく珍しい名前という訳ではない。同名の他人だろう、と当然のように考えた。幼少期のきらめく記憶と、盗賊の頭領とは、何をどうひっくり返しても繋がりそうにない。
     しかし、その日からマンドランは黒爪盗賊団の噂話を聞きつける度に耳をそばだてるようになった。
    どうやら、その「ギャメル」とやらは、曰く――痩せて人相の悪い、黒髪の小男らしい。曰く――狡猾で抜け目がなく、町や村を襲っては根こそぎ金目の物を奪って行くらしい。曰く――ひどく残虐な男で、逆らうとむごたらしく殺されるらしい。
     マンドランは憤りを感じた。黒爪盗賊団のギャメルとやらが、マンドランの知る少年である訳はなかったが、そういった悪い噂を聞く度に、マンドランの中で大切にしている思い出が侮辱されているような気がした。
    (一目顔を見てやらねえことには、気が済まねえ)
     顔を見てどうするかは考えていなかった。マンドランは、露店で買い求めた縮尺の怪しい地図を広げ、知る限りの黒爪盗賊団による被害を被った町や村に印を付けていった。地図の中に、黒爪盗賊団の規模や動向がぼんやりと浮かび上がってくる。黒爪盗賊団は、植物を食いつくした蝗の群れが移動するように、略奪を繰り返し、少しずつ規模を拡大しながら、ゆっくりとコルニアを移動しているようであった。
    マンドランは黒爪盗賊団の次の行き先に目星を付けると、先回りをすることにした。一つ目、二つ目の予想は外れ、マンドランの待ち伏せは空振りに終わった。マンドランは、印を付けた地図を眺める。自分の読みが、そう大きく外れているとは思えなかった。襲われた町と、そうでなかった町とを、旅人の顔をしてそれとなく歩き回る。
    途中で路銀が尽きたので、傭兵として一つ仕事を請けた。それは怪我人の出た自警団の穴を埋める依頼で、マンドランの他にも幾人か雇われた人間がいるようであった。
    黒爪盗賊団が、その町を避けるように針路を取ったことで気付く。彼らはきっと、守りの固い町や村には手を出さないのだ。もちろん、略奪による実入りと、盗賊団への被害とを天秤にかけてのことであろう。彼らは手当たり次第に町を襲う訳では無く、かなり綿密に下調べをしている。欠けた自警団の人員補充までもを把握しているとすれば、流動的な人の動きまで念入りに調べているということだ。少なくとも黒爪盗賊団の重要な立場に、相当に目端の利く人間がいることは確かなようであった。
     この近辺に黒爪盗賊団がいることは間違いない。マンドランは少し腰を据えて、周辺の町や村を調べることにした。今までの傾向を見るに、いかに守りが薄くても、奪う物も無いような寒村には来ないだろう。たとえ豊かな町であっても、城壁を備えるような規模の街を襲うことは無いようだ。そして彼は一つの村に目星を付けると、その村を一望できる、打ち捨てられた物見台に拠点を据えることにした。
     マンドランがそうこうしている間に、近隣の町がまた一つ襲われた。そういった町を見過ごすことも、今から襲われるのであろう村に、一言警備を増やせと忠告しないことも、僅かにマンドランの良心を咎めた。しかし親切からマンドランが忠告したとして、どの道よそ者の言葉など聞かれはしないことも分かっていた。何の報酬も無く、時によっては疎まれてまで、見ず知らずの町を守ってやるほどの義侠心は持ち合わせていない。なんなら、自分がこの物見台に腰を据える用意が整った今、眼下の村が襲われるのを待ち望む気持ちさえ無いとは言い切れなかった。
     それから数日後、マンドランの読み通り黒爪盗賊団は現れた。悲鳴と怒号、物の壊れる音が、マンドランの元にまでかすかに届く。想像していた以上に統率の取れた動きだった。マンドランは物見台の上に身を伏せたまま、盗賊達の動きに目を走らせる。
    (ボスはどこだ……?)
     ほどなくして、一人の男がマンドランの目を惹いた。小柄な黒髪の男である。その体格故に、武装したいかつい男たちの間に埋もれがちに見えたが、遠目から見れば盗賊達が彼の指示で動いているのが一目瞭然であった。
    (ああ)
    マンドランは絶望のような溜息を吐いた。
    (あれは、ギャメルだ)
     自分が少年から青年に変化したように、ギャメルもマンドランの記憶からは姿を変えていた。言葉を交わした訳でも無く、声も聞こえないような遠くから一方的に見つけただけである。それでもマンドランは、垣間見えた黒爪盗賊団の頭領が、あの日マンドランを暗闇から救い上げた友人であることを確信していた。
    マンドランは自分の視力に一定の自信があった。そもそも彼が弓を扱い始めたのも、「お前、目がいいんだな」とギャメルに感心したように言われたことが、心のどこかに残っていたからである。あらかたの略奪を終えた盗賊団が、潮が引くように村を去っていくのを視界に収めながら、この日ばかりは自慢でもあった自身の視力を恨めしく思った。

    マンドランがくよくよと悩んでいたのは、ほんの数日間のことである。
    (とにかく、会って話を聞こう)
     ギャメルは進んでこんなことをやる奴じゃない。絶対に何か理由がある筈だ。一体何が起こったら、あのギャメルが盗賊に身をやつすような事になり得るのかマンドランには想像も付かなかったが、きっとひどい困難が彼の上に降りかかっていることは間違いないように思われた。あの日彼に助けて貰ったように、今度は自分が彼の力になる番が来たのだと思った。
     マンドランはまず、正面から黒爪盗賊団を訪ねることにした。先日の略奪から彼らが去っていた方角を辿ると、たやすく盗賊団の居場所を突き止めることができた。
     
    「俺はギャメルの古い友人なんだけどよ、あいつに会わせてくれねーか?」
     黒爪盗賊団が根城にしている寒村を訪ねると、村の出入りを見張っている男たちに声をかける。当然男たちは武器を片手に不審さを露わにしたが、マンドランが自分の名前を告げ、一人であること、そして丸腰であることを伝えると、見張りのうちの一人が村の中へ走っていった。ギャメルに取り次いでくれるのだろう。そう思ってホッとしたのも束の間、険しい顔をした男が戻ってくる。
    「お頭は、お前なんざ知らねえとよ。殺されたくなきゃ、とっとと失せな!」
    見張りの男たちの間に緊張が走り、目が剣呑な光を帯びる。丸腰のマンドランは逃げ出す外なかった。
    マンドランはしばらくの間未練がましく村の周囲をうろうろとしていたが、武器を持った男たちが増えるばかりなのを見て一旦引くことにした。ギャメルに会う前に自分が殺されてしまっては意味が無い。
    次にマンドランは、「入団希望者なんだが」とうそぶいて盗賊団に接触を図った。これは見張りの男に名前を告げるなり、門前払いされてしまった。それは、これこれこういう男が訪ねてきても追い払え、と事前に通達されている風であった。マンドランは、ギャメルが自分のことを忘れてしまった訳ではなく、どうやら自分に会いたくないらしい、ということを薄々察した。
     自分から訪ねて駄目ならと、次にマンドランは、黒爪盗賊団が狙いそうな町に目星を付けては旅人として滞在することにした。略奪の最中にのんびり昔話ができるとは思えなかったが、少なくとも近くで顔を見ることはできるだろうと考えての事だった。なんとしても、二言三言交わすくらいの時間を捻出してやるつもりだった。
     しかしこれも当てが外れる。黒爪盗賊団が、マンドランの滞在する町や村をことごとく避けていくのである。皮肉なことに、マンドラン自身が魔物除けの鈴になったようなものであった。
    マンドランは逸る気持ちを抑えて十分と思われるだけ盗賊団から距離を取ると、弓を手放し、目立つ髪の色を隠し、更には念のため偽名を使うことにして、しばらくの間「マンドラン」の気配を消すことに専念した。そうする間に、更に二、三の町が襲撃を受けたことを知ったが、もはや良心は痛まなかった。

    マンドランは、旅人というよりも、もはや浮浪者といった風体でその町に滞在していた。町の人々に白い目で見られながら、町の路地裏でうずくまるように過ごすこと数週間。マンドランにとっては幸運で、町の人々にとっては不運なことに、黒爪盗賊団はこの町に狙いを定めたのだった。
    逃げ惑う人々の悲鳴と盗賊達の怒号、扉や窓が破壊される轟音、その合間を縫うように聞こえる、鈍い打撃音や、耳障りな苦痛のうめき声。町は蜂の巣をつついたような喧騒に満ちていた。
    「抵抗する奴は殺せ。金目の物を見逃すんじゃねえぞ!」
    武器を抜きもせず脇に差したまま、町の大通りを大股で歩くギャメルの声は、決して大声を出している訳では無いにも関わらず良く通った。町並みを睥睨する横顔には、肉食獣が獲物を品定めするような獰猛さと冷酷さが漂っており、どちらかと言えば痩せて貧相な体躯が一回り膨らんで見える。
    そのいかにも悪党然とした立ち居振る舞いの裏側に、追い詰められた獣のような痛々しさが滲んでいるようにマンドランには感じられた。
    「ギャメル!」
     ようやく近くで姿を見ることができた。けたたましい略奪の騒音を貫いて、マンドランが叫ぶ。ぎくり、とギャメルが肩を強張らせた。勢いよく振り返ったギャメルと、路地裏から半身を覗かせたマンドランの視線がぶつかる。
    マンドランが一目見て黒爪盗賊団の頭領がギャメルであると理解したように、ギャメルも浮浪者然としたマンドランを見て、正しくマンドランだと認識したようであった。ほんの一瞬、ギャメルの目に懐郷と安堵の色がひらめく。それは陽炎のように揺らいで刹那に消えてしまったが、マンドランの胸にむしろ焼け付くような印象を残した。
     「お頭!殺しやすか?」
     「いい、行くぞ」
     ギャメルのすぐ近くに立つ槍を持った男が唸るように言って、ギャメルとマンドランの間を遮るように武器を向ける。それを短く諌めると、ギャメルはマンドランに背を向けて再び歩き出した。その背にはっきりと刻まれた拒絶の色と、周囲から熱風のように吹き付けて肌を刺す殺意に、マンドランは一瞬棒を飲んだように立ち尽くした。
     そして、ギャメルに追い縋る、ほんの一瞬の好機を逃したことを悟る。
     ギャメルとマンドランの間には武器を携えた男たちが警戒心も露わにこちらを睨みつけていたし、マンドランは防具の一つも身に着けていない丸腰で、そしてなにより当のギャメルに、マンドランと話す気が一切無いのが見て取れたからだ。
     追いかけようとして一歩踏み出した足が、それ以上進まない。マンドランはよろめくように後退りをすると、元々隠れていた裏路地に背中を丸めて座り込んだ。茫然自失としているうちに盗賊団は略奪を終えて引き上げたらしく、気付けば町は静まり返っていた。人々のすすり泣く声や、瓦礫を動かす音、低い声の悪態等が、耳障りなざわめきとなってマンドランの耳を通り過ぎていく。この町にもう用は無い。マンドランは立ち上がると、誰に見咎められることもなくひっそりと町を後にした。

    マンドランはしばらくの間めそめそしたり、また反対にギャメルに腹を立てて八つ当たりの奇行に走ったり、その次には腹を立てる自分自身に嫌気がさして落ち込んだりと、忙しない感情の動きに翻弄されていた。「助けたい」とそう思った友人に手ひどく撥ねつけられて、彼は自分で思うより落ち込んでいるようだった。それでいて、ひっそりと黒爪盗賊団の動向を追うことは止められないのであった。
     時間が経つにつれ、マンドランの胸にあの一瞬で焼け付いた、ギャメルの眼差しが思い出された。自分の願望がそのように見せているだけなのかもしれない。それでも、マンドランはギャメルが助けを求めているように思えてならなかった。
    (やっぱり、もう一回会いに行こう)
     しかし会いに行こうと思って会ってくれる相手なら、今頃こんな苦労はしていないのである。
    正攻法で会えないなら、どうしたらいい?マンドランは考えた。そして考えに考え抜いた挙句、遂に悪魔的なひらめきを得たのだった。
    (俺も盗賊になっちまえば、あいつだって会わざるを得ないだろ)

     マンドランは、黒爪盗賊団とわざとかち合うように町を襲う計画を立てることにした。むろん一人で町を襲える訳がない。一から盗賊団を作り上げるのには時間も労力もかかり過ぎる。そもそも自分に盗賊団を組織できる程の才覚があるとも思えなかった。だから作るのは即席の盗賊団だ。ギャメルに会う為に、一度限り機能すればそれで良い。仕事のえり好みをしない荒くれの傭兵どもを雇って、盗賊団の形にするつもりだった。
     その為には、まず金がいる。一度は手放した弓を新調する必要もあった。マンドランは、今までどんなに飢えても手を出したことのなかった、「クソみてえな仕事」を積極的に請け負うことにした。
     このご時世である。今まで雇われの自警団として、また賞金首狩りをする中で、人を殺したことが無い訳ではない。だが殺すか殺されるかという状況で結果的に人を殺すことになるのと、無抵抗に逃げ惑う、戦う力の無い人間の背中を殺すつもりで射抜くのとでは、気持ちの上で雲泥の差があった。みるみる心がすり減っていく心地がして、自分の覚悟の甘さを知る。けれど怒号が飛び交う中で垣間見た、ギャメルのよるべない表情を思うと、それは些末なことであった。
     なるほど、金はある所にはあるものである。えり好みをせず依頼を請け負うようになると、面白いように金が集まった。そんなに金を集めてどうするのかと揶揄する人間もいたが、マンドランは少しも取り合わなかった。
     そしてマンドランは、ごくごく小さな盗賊団を結成する。団の名前など無い。たった一晩仕事をする為だけに作られた、仕事を終えれば生死さえどうでも良い、そういう寄せ集めの集団だった。もはや執念である。何が自分をここまで駆り立てるのか、マンドラン自身にさえ分からなかったが、ただギャメルに会いたい、会って話がしたいという気持ちだけが確かだった。
     黒爪盗賊団が近々動きそうなことは把握していた。彼らが狙いそうな町にも、二つ三つ目星は付けていた。黒爪盗賊団は規模の大きな集団であるだけに、咄嗟の動きが鈍い。マンドランは彼らが町を侵略すべく動き出したのを見計らって、先回りしてその町を襲ったのだった。

    (意味が分からない)
     ギャメルは襲撃に先駆けて出していた斥候班が持ち帰って来た情報を聞き、狐につままれたような顔をした。情報を持ってきた当の本人らも似たような顔をしている。
     いくら悪党と言えども、悪党にも不文律はあった。普通、今にもこちらが襲おうとしている獲物を、他の盗賊団が横取りすることはしない。黒爪盗賊団のような大きな集団の襲撃の際に、矮小な盗賊団(というより、窃盗団とでも呼んだ方が適当であろう)がそのおこぼれに預かるようなことは無いでは無かったし、実際ギャメルはそういった輩を多くの場合目こぼししてきた。しかし今回は、それとは様子が異なるようであった。
     ギャメルたちが今まさに襲わんとしている町を、ほんの一足早く荒らして回っている一団があるというのだ。喧嘩を売っているとしか思えない。しかもその集団は、黒爪盗賊団とは比ぶべくも無い小集団らしい。自殺行為である。現にギャメルの隣で斥候班の話を聞いていた男は、「ぶっ殺してやる!」と息巻いている。
     意味は分からないが、いずれにせよ、慈悲などかけてやる謂れも無い。ギャメル達は抵抗する町人もろとも彼らを殺してしまうつもりで、予定通りその町を襲撃した。
     町では既に聞き慣れた悲鳴と怒号が飛び交っていた。逃げ惑う女子供を素通りし、道に転がる死人とも怪我人ともつかない人間を蹴飛ばして、ギャメルは喧騒の中心部に向かって走る。そこでは武装した数人の男が揉み合っていた。劣勢なのはむしろ、黒爪盗賊団に先んじて町を襲った、小さな盗賊団の方だった。町の自警団の方が人数も多く練度も高い。その両方を殺さんと短剣を抜いたギャメルを牽制するように、足元に矢が突き刺さった。ハッとして飛びのいたギャメルは素早く物陰に身を隠すと、矢の飛んできた方向を探る。喧騒から少し離れた木の影から、立て続けに矢が飛んできた。それはギャメル達では無く自警団の男たちを狙ったもので、射られた男がもんどり打って倒れる。木陰から飛んでくる矢も、見知らぬ盗賊団の男たちも、ギャメルら黒爪盗賊団と事を構えるつもりは無いようだった。
    「とりあえず、先に自警団の連中を片付けるぞ」
     ギャメルは近くの配下に低い声でそう告げると、ひらりと木箱の影から飛び出した。小さな盗賊団とは何とか渡り合っていた自警団も、更に黒爪盗賊団の一団が来てしまったとあっては、片付くのは一瞬のことだった。
     ギャメルは血に濡れた短剣を片手に、用心深く見知らぬ盗賊団の男たちと対峙する。がさがさと茂みを踏み分ける音がして、木陰に隠れていた射手が姿を現した。その男は軽く片手を上げると、ギャメルに向かって真っ直ぐに歩いてくる。
    「よう、やっと会えたな、ギャメル。お前が団に入れてくれないって言うから、こっちから入りに来てやったぜ!」
     呆然と立ち尽くすギャメルに向かって、マンドランはあっけらかんと笑ってみせたのである。


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