Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    higuyogu

    @higuyogu

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 76

    higuyogu

    ☆quiet follow

    自ギルド。BL。プリとシノが一緒に歩き、プリはショとできている。
    前回の続き。
    https://poipiku.com/1066758/10102609.html

    世界木3 自ギルド プリとポニシノとショ 休日2 南の島の街には1本の巨木が生えている。街のどこからでも見える山のような木だ。夕暮れ時、赤く照らされたその木を眺めながら歩く2人がいた。
     1人は金髪を長く伸ばした目麗しい青年、もう1人は金髪を高く結った少年だ。シャツ姿の青年はゆっくり歩き、それをTシャツ短パンゴム草履の少年が追い抜かしたり側へ戻ったりしている。金の髪が風にそよぐ。
     図書館から宿までの帰り道である。青年は本を読むのが趣味なので、休みの日は決まって図書館へいく。少年は今日たまたま付いて行ったのだ。
     人はほとんどいない通りには時おり、料理の匂いが漂う。もうじき夕飯時なのだろう。2人には馴染みのない、話に聞くだけのどこかの世間の話だった。
     会話はなく、青年は景色の一部に溶け込んでいる木の肌を見上げている。少年もつられて眺め、興味を引くものを見つけられず、次は青年の顔を見る。青年はまだ木を見ていた。
    「オウミさん、何か見えますか」
     青年がさっきからずっと何を見ているのか不思議に思った少年が声をかける。青年はわずかに目を丸くさせ、少年を見た。すぐに視線を上に戻す。
    「あれは本当の世界樹ではないにしても巨大だ。百年ぽっちであそこまでデカくなるのだろうか?南国の気象がそうさせるのだろうか」
    「どっちも分からないです」
     天までそびえるこの巨木は世界樹と呼ばれていた。その根本には地底に続く大穴の遺跡があり、眠る神秘を求めて冒険者共が挑みに行く。
     この2人も数多あるギルドの1つに所属する冒険者であった。だから世界樹と遺跡にまつわる話は踏み込んだところまで知っている。
     件の大穴は百年前に開いたものらしいので、青年は樹齢も百歳と考えていた。そしてこの巨木の他にあるという本物の世界樹は、大穴の先の海底に沈んでいる。
     少年はまた声をかける。
    「オウミさんは、みつうろこさんのこと好きですか」
    「なんだ、急に」
    「そうですよね、急ですよね。その、オレはあの人のこと尊敬してます。オウミさんはどうなのかなと」
    「普通だな」
     オウミと呼ばれた青年はこともなさげに答えた。少年は何かを返そうと口を開くものの、何を言うべきか分からず、結局発声はされずに終わる。
     『みつうろこ』という人物は同じギルドの仲間だ。彼は紺色のまっすぐな髪を一本に結んだ刀使いである。人のために気を揉んだりしない性格の割に面倒見が良く、ギルドの人間関係を積極的に繋いでいるのは彼であった。この男のことを実質的なリーダーだと思っている者は多い。
     『みつうろこ』はオウミのことを深く愛していると少年は思っている。『みつうろこ』が青年を眺める時の目を思い出すと、うんざりしたり、しかしそれでもきまりが悪くなったりする。
     この男の愛情は基本的に猫可愛がりであり、その中にちょっかいが多分に含まれている。オウミが淡白な反応をするのは、男自身の自業自得なところが6割ほどある。
     しかしその隠されもしない身勝手さのどこか一部に、痛々しいほど切実な想いがある。男のことを師として仰ぎ慕っている少年は痛みを垣間見たことがあり、また本人からも湾曲した形でほんの少し明かされた。男が少年に心の内を見させたのは、自身が万が一果てた時、彼に想いを継がせるためである。
     少年は男の言葉を何度も思い返していた。あの大きい背中に僅かな綻びを見てしまったような、ショッキングな感情だ。ただし実際の男を前にするとどこにも隙は無いし、むしろこちらの不安を看破されて叱られるほどである。
     では青年の方はどうだろうか。少年には青年の心がわからない。男の方は分かりやすく示してくれるが、青年にはそれが無い。天空に掲げられだ木肌と同じで、空気を何枚か挟んだ目の色をしている。
     途絶えた会話を少年が再開させる。
    「みつうろこさん、なんか買ってきてるでしょうか」
    「いつも通りならそうだろう」
    「大通りに揚げドーナツの残りとか売ってないですかね」
    「菓子が食べたいのか」
    「お土産に買ったら喜ばれるんじゃないかなと」
    「お前は気が利くのだな」
     少年はもどかしい気分になる。青年は木は見飽きたのか、道の先を見ていた。建物の影に入ればいくらか涼しいが、日の当たるところはこの時間でも暑苦しい。
    「オウミさんはみつうろこさんの好物とか知ってますか?」
    「蛇」
    「蛇?」
    「野生のを捕まえて捌くということをしばらく続けていたな」
    「なんかそれは、参考にするにはしづらいですね」
     あの男が蛇を捕まえて捌くのは、オウミという青年を怖がらせるためだったのではないか?と少年は思った。その予想は間違っておらず、正解である。
     ちなみに男は魚を捌くのも上手かった。鱗が生えた生き物が好きなのだろうか。しかしここで生魚を買っていっても土産にはならない。乾物ならまた話は変わってくるのだろう。そういえば男は味醂干しやスルメを炙って食べるのがいっとう好きだ。
    「蛇以外、なんか売ってそうなものでお願いします」
    「肉とか食べてそうだ」
    「何肉ですか」
    「船の上で亀を捌いていた」
    「今から捌くの手間ですよ」
    「ならやはりお前が見繕ってやれ。それが一番早い」
     青年には他意などはなさそうだ。面倒くさがっているだけにも思えるが、実際少年が決めてしまうのが一番早い。だが少年もあまりそんなことはしたくない気分である。
    「じゃあオウミさんは今何が食べたいですか。それ買っていきましょう」
    「お前はさっきから何にこだわっているのだ?」
     不可解だと睨む目に少年はすくみそうになった。だがそこは何も感じなかったふりをする。
     しかし、少年に憤りは残る。青年に物事を円滑に進めるという気概はないのだろうか。話の主旨に気づいていないので仕方がないのだ。気づかれていたらそもそも会話はやめられるので仕方のないことではある。
     気を取り直して少年は会話を続ける。
    「みつうろこさんは、オウミさんの好物でも喜ぶと思うんですよね」
    「どんな世迷言だ」
    「でも猫が持ってきたヤモリに喜ぶ飼い主もいるでしょ?いるんですよ」
    「ああ、そういうことか」
     ようやく青年は頷き、真剣に考えだした。黙ってわずかに上を向く横顔は、夕陽に照らされ、金髪が煌めいて神秘的でもあった。紺髪の男はこの美しさに一目惚れしたのだという。
    「故郷では、雪が降った。ちょうど泥が混じらなかった溶けかけの氷は半透明で、あの冷たさを口にできたら、さぞ心地良かろう」
     少年はやや詩的な言い回しに首を捻りそうになったが堪える。捻らないために何度か反芻しているうちに、氷で満たされたグラスに注がれた水を思い浮かべ、唾を飲んだ。
     青年は一人手に熱っぽくなって、さらに続けた。
    「空から降ったという白亜の供物は雪だったのではないだろうか?または菩提樹は香りの濃い白い花を咲かせるという。その花は薬効が高く、薬として重宝されるそうだ」
     青年はたびたび何かしらの考察に夢中になる。
    「ああー。まあ、どちらもみつうろこさんなら喜びそうですね。オウミさんが持ったてきたものですから」
     少年の返しに、また青年は静かになった。自身の妄想に熱くなっている時の青年はなかなか止まらないのだが、突然黙り込んだ彼に少年は不思議に思う。横に立って歩いている相手を見ると、また顔から表情が抜け落ちている。
    「オウミさん?」
    「やはり喜ぶわけがない。お前もあんまり調子の良いことばかり言うな。持ち上げられていることは分かる」
    「ええ⁈なんでぇ!そうなるんですかぁ」
    少年は落胆のあまりしゃがみ込む。ネガティヴも過ぎると腹が立ってくるものである。
     しばし地面の石の板の目を見ていたが、前方を見上げると距離が離れていく後姿があった。自由気まま具合は紺髪の男と変わらない。
     ため息を大きく荒く吐き、怠いかけ声を出してやっと立つ。走って追いつき、青年の左腕を掴んだ。グッ、と引っ張って歩みを止めさせる。
     引っ張られた青年は少年に振り返った。少年は腕を抱え込み、じっと睨んでいた。
    「どうした」
    「オウミさんはみつうろこさんのこと、頼りにしていますよね。だったらみつうろこさんのこと、もっと信用してくださいよ!過去に何があったか知りませんけど」
    「何も知らないくせに、よくそんな口がきけたな」
     少年は掴んでいる袖の布を握りしめる。腕は振り解かれないにしても、目でははっきりと軽蔑されていた。
    「知ってます。見聞きしてきました。その上で言ってます」
    「あいつから聞いた話だろう。奴にとって都合の良い話なのだから味方したくなるのも分かるぞ。それともアレの言葉が全て嘘ではないという確証ははあるのか?」
    「確証は……ですが、嘘はありません」
     言ったことに嘘は混じっていない。男の話も特段同情を引くものでもなかった。だが言葉が詰まる。
     少年が師事する男にまとわりついていることは、ギルド外の人間でも顔馴染みなら知っている。この2人の間でしか取り交わされていないことは恐らくそこそこある。
     取り交わしのうち、男がついこの間見せてきた綻びが頭から消えてくれない。少し高い店に連れて行かれて、蕎麦を食べながら打ち明けられた。あの時の話が嘘であれば何も問題はない。だが本当のことならば、青年がこの態度を続けるならいつか確実に来る未来だ。
     少年は青年から目だけは外さない。見限られて一切の話を聞き流されるのは困る。
    「くだらん。離せ」
     青年は目を細める。それでも少年が離れないので腕を引くが、聞き分け悪く引っ付いたままだ。見上げてくる懇願とも憐れみとも取れる瞳が馬鹿らしく、気に障る。青年は空いている右腕で思いっきり少年の頭部を殴った。
     左側頭部に衝撃を食らった少年はよろけ、腕の拘束が解ける。しかし倒れる間際に手だけは掴み直し、接触は保った。青年は左手を握られたことに面食らったものの、それ以降はただ地面から離れようとしている少年を見下ろしているだけだった。
     少年はよたよたと立ち上がる。頭が痛むたびに何をされたのか思い出し、息が上がっていく。手を強く握ってみるが、相手から握り返されることはない。少年は俯いた。
     その一連を青年は特に声をかけるわけでもなく眺めていた。先に口を開いたのは少年だった。
    「申し訳ございませんでした」
     大きく息を吸って、また言葉を続ける。
    「出過ぎた言葉にございました。これから、お土産を選んでまいりますから、オウミさんは先に、戻っていてください」
     そう言いながら両手で相手の左手にしがみついた。力を込めて、爪も若干食い込んだかもしれない。
     青年は再び腕を振り解こうとするが、またも引いた程度では解けない。
    「帰っていいと言うなら手を離せ。それとも金が無いか。いくらいる」
    「オウミさんのバーカ。みつうろこさんが、死んでから後悔すればいいです。一生後悔してください」
    「なぜあいつが死ぬんだ」
    「あの大穴に挑んでおいて何言ってんすか」
     純粋な疑問に青年は首を捻る。左手は放り投げるように解放され、今まで人の手を掴んでいた本人は道を歩き出した。頭を垂れさせ、左側を手で抑えて、いかにも落ち込んでいる体である。
     男が死ぬ。己にとってあの男が居なくなることはどれほどのことなのだろうか。言い放たれた言葉に衝撃を受けていることにも驚く。不思議であった。少年に続きながら青年は考え始めた。
     とある時期、紺髪の男が死ぬ夢を見ることがあった。故郷に帰ったときのことだった。
     この街に来る前、さらに故郷に帰る前に一度、男とは1年と少しの期間に他の地を旅していた。出会った時から彼は頻繁にかまってくる人だった。旅の目的を達成した後も、青年の里帰りにわざわざ付いてきたのだった。
     しかし身分の違いにより青年の国では共に過ごすことは無かった。滞在中の男は港で働き暮らしていたという。
     高貴な生まれの青年は、それ相応の使命も課されていた。その使命は国家存続のためには一応おそらく必要なものであったが、青年は1年と少しの旅の間に成し得ることができなかった。それで1年弱ほどかけて叱られていたのだった。
     この時によく男が死ぬ夢を見ていた。叱る人々は似た髪色の男をどこからか連れてきて、青年にいろんなものを見せつける。悪夢としか言いようのない光景に精神をすり潰され、夢現に境がなくなった。どれが本物の男かも分からなくなっていた。
     当時のことを思い返してみれば、単純に疲労と痛みで意識が混濁していたのだ。男とは再会し、この島で再び探索をしている。
     あの男は優しい人間ではない。嗜虐的で自分勝手であり、何度泣かされたか覚えていない。それでも再会できた時はひどく安心したのは覚えている。何度でも蘇る男が死ぬとは思えなかった。
     気づけば少年はだいぶ先を歩いている。青年は特に自身の歩みの速さは変えない。
     やがて道は大通りに差し掛かる。日も落ちる頃なのに人通りは多い。この街には冒険者が集まっているからだろう。少年は往来に消えていった。
     ここから人の流れにしばらく身を任せ、また閑静な道に出れば宿が見えてくるはずだ。青年は何も考えないようにしながら、人に当たらないように帰路を進んだ。


     宿の前までたどり着くと、2階の窓から手を振る和服姿の男がいた。あそこは泊まっている部屋だったはずだ。青年も片手を上げて応える。
     建物の入り口を経て部屋に入ると、男はベッドに腰掛けていた。紺色の髪の毛を高く結った彼は、嬉しそうに笑みを浮かべている。ベッドは窓際にあり、風が良く入るのでソファとしても非常に優れている。
     男の横には他に寝そべる者もいた。大通りに入る前に別れた少年だ。彼は起き上がって青年を一瞥すると、当て付けがましくポン、と音を立てて消えた。
    「分身を使っていたのか」
    「私にまとわりついていたのは分身だったみたいですね。おかえりなさい」
     青年は軽く返事をした。それから机に向かおうとすると、天板の上に3つの包みが置いてある。食欲をそそる香りのこの包み紙はそれなりの頻度で見ている。
     見慣れた光景だが少したじろぐ青年に、男は背後から優しく抱きつく。同じ背丈なのだが、腕の逞しさか袂のせいか、包み込まれる心地である。暑苦しい。
     頬擦りを無抵抗に受ける。そこに手や唇が加わり、戯れは深くなる。
     2人が睦み合っていると扉が開いた。男がそちらに振り返れば、帰ってきた少年が立っていた。驚いた表情の少年は謝りながら扉を閉じ、部屋は再び2人きりの空間になる。男は手を再開した。
     それから少し経って、服越しに腹や胸板を触られている青年が寝落ちそうになっていると、廊下を走る音が聞こえてくる。音は大きくなっていき、気配が強くなったと同時に強めに扉が開いた。怒声のような帰宅の挨拶とともに少年が部屋に入った。
    「これ、お土産です。カチ割りのシロップです。氷とシロップは別になってるんで、飲みたいなら勝手に作って飲んでください」
     少年はチェストの上にバケツと液体入りの瓶を雑に置いて、グラスに自分の分だけのジュースをこしらえた。ベッドに座って窓から景色を眺めながら飲む。
     青年は窓際に座る少年の方に興味が湧いてきた。そよ風に吹かれて髪が翻っているのが可愛らしいと思う。
    「何を飲んでいる」
    「シロップです」
    「俺の分はあるのか」
    「オレは作りません」
     青年が少年の方へ行こうとするのを制したのは男だ。腕の中にいる彼を抱きしめて歩かせない。普段からも青年が少年に構うのが面白くないので邪魔したりするが、今日は非常に面倒くさいことが起きているらしいことを察知した。
    「オウミ様ー、俺とイチャイチャしてたでしょ」
    「暑い。離れろ」
    「あっち行くと噛まれますよ」
     少年はグラスの中身を飲み干す。まだ十分に薄まっていないシロップが喉を焼く。むせるのでチェストに戻り、バケツの中の解けた氷を空いたグラスに注ぐ。シロップも少し足す。一口飲んで舌をすすいだ。
     青年はしばらくもがいていたが、拘束が緩む気配がないので諦めて身を預けた。だが意識は少年に向けられたままだ。
     男はため息を吐いて少年の方に向く。普段通りの声で呼びかける。
    「ラブネさん」
     少年はバツが悪そうに振り返った。グラスには結露がたまり、指をつたって肘まで流れた。
    「だって、濃さに好みとかあるじゃないですか。氷も解けた方が使いやすいですし」
    「なんで拗ねてるのかという話です。八つ当たりみたいなことをするなら帰ってきてくれなくてもよかったんでんすよ」
    「じゃあ痛み止めください。そしたら許してあげます」
    「ちょうどその箪笥の中に入ってます。知ってますよね」
     少年は顔を伏せた。しばらく同じ姿勢でかたまり、ゆっくりとチェストに向かう。グラスを置き、引き出しを引いて中を漁る。常備薬の場所は言われた通り知っているので、その中から適当だと思われるのを見繕う。
     そんな少年を眺めていた青年が声をかける。
    「頭はまだ痛むのか?」
    「……多少です。念の為」
    「打ったのだろ。中身の問題もあるから診てもらったほうがいいんじゃないか」
    「はい」
     少年は項垂れて完全に動かなくなる。
     男に、もしかしたら青年が少年の頭でも殴ったのではないか、という考えがよぎる。それが当たっているなら腕の中の彼の言動はなかなか心が無い。そうでなくとも頭を打っているらしいので、対処は必要だ。青年を解放し、彼より先に少年のもとに向かう。
    「頭、どうしたんですか」
    「転びました。その時ちょっとだけぶつけました」
    「いや、俺が殴った。転んだ程度の衝撃よりは強かったはずだ」
     背後からの悪びれもしない告白に、男の顔は引き攣る。
     まずは曲がった小さい背に手を置いて、怪我した箇所を聞き出す。示された左側頭部は確かに腫れており、熱を持っていた。ベッドに座らせ、バケツの中の氷を1つ布に包む。透明な氷である。隣に座って慎重に患部に当てる。少年は大人しく頭を掴まれたまま、目を合わせない。
     青年もふらふらと寄ってきたが、今は無視するしかない。
    「こんなことにこの氷使って悪いとは思ってます。どんな状況だったんですか」
    「オレが、あおりました。だから悪いのはオレです」
    「どう殴られて、どの程度の衝撃だったかを聞いてるんです」
    「もうしわけありません」
    「それで?」
    「オウミさんにしがみついていたところを殴られました。結構痛かったです。しばらく痛かったですし、今も少しいたいです」
     少年はここで顔を上げて、男に向かって笑みを浮かべる。目から涙がこぼれた。
    「なんですか」
    「嫉妬しますか」
    「は?」
    「オレ、オウミさんに触って、それで殴られて、どうですか」
    「なぜ泣くのだ」
    「オウミ様黙ってて。正直どうでもいいと思ってますけど、何が言いたいんですか?」
    「要らないと思いませんか。こんな部下なんて」
     男は天を仰いだ。面倒臭い。なぜこんなことになっているのか。今の少年に優しい言葉をかけたところで機嫌は直らないのは目に見えている。かといって頭の傷も放置できない。青年との仲直りもさせなければならない。
     折角の休みが他人の下らないいさかいで消えていくのがあんまりに悲しい。いや、明日も休みにしてしまえば良いのだ。こうなった責任は、ギルドの一応のリーダーである青年にあるのだから。
    「ラブネさん、いる要らないはともかく、リュウスイさんに頭の傷を診てもらいましょう。彼女なら今からでも対応してくれるはずです。万が一ということもありますから負ぶります」
    「なぐられただけです」
    「明日になって倒れる、なんてこともあるんです。冒険者やってるならそのくらい知っておいてくださいね」
     それから立ったままの青年に振り返る。
    「オウミ様、そういうわけでラブネさんを連れて行きますから、この子の機嫌を取り直したいならそこの氷を上手いこと保管してください」
    「分かった」
     男は氷入りの布を少年に持たせ、背中にしがみ付かせた。それから颯爽と部屋を出ていった。空は朱色が弱くなり、半分が藍色に覆われている。


     リュウスイは気功師であり、ギルドの治療役の女性だ。夕飯の片付けをしている時、突然の来客にみまわれたが、顔触れと物々しい雰囲気を見て家に上げた。片付けの続きは同居してる弩使いの女が引き受けた。
     彼女の見立てでは、少年の傷は一刻を争うような状態ではなかった。それでも明日も休みにすることには大いに賛成した。少年はずっと不服そうな態度をとっていた。
     男と少年が宿に着いた頃はすっかり暗くなっていた。帰り道も少年は背負われていた。繁華街は明るいが、一本裏道に入ると闇に包まれる。ばらけて歩くよりは断然逸れにくい。
     宿の部屋の扉を開けると、灯りはついていなかった。部屋に残っていたはずの青年は窓際に座っていた。星空を眺めているようだ。男達に振り返り、短い謝罪をした。
     男は少年を下ろして灯りをつけた。少年には夕飯の配膳を頼んで、チェストに置かれているバケツの様子を見る。霜が生えており、中にはナイフが突き刺さっていた。ひんやりしているのが分かる。
     バケツを叩いて幾らかの氷を割取る。3つのグラスに取れた氷を分け、シロップを注ぎ、さらに部屋に置いてある飲み水を注ぐ。解けだした氷が水の中で転がり、カラと涼しい音がする。青年を呼んで2つのグラスを運ばせる。
     食事は机とテーブル、またはテーブルだけを使う。今日は無理矢理3人詰めて、同じ卓で食事をする。丸い卓にはすでに紙に包まれたサンドイッチとランタンが置かれていた。男は氷入りのバケツとシロップの瓶、自分の分のグラスを置く。青年もグラスを配置して、天板はかなり充実したものになった。
     3人で席に着いて、食前の挨拶をした。皆思い思いに食べ始める。
     男と青年はジュースで喉を潤した。水滴を纏ったグラスを持ち上げると氷が泳ぐ。キリリと冷たい甘い露は爽やかな柑橘の果物の味であった。花のような香りは蜜からくるものだろうか。だがよく熟れた丸いリモネは花の香りが残るとも聞いたことがある。どちらにせよ真昼の暖かな日差しを思い出す。乱反射のような淡い白は、何か特別な美しいものに思えるのだ。
     手のひら大の包みを開くと、2枚の食パンを使ったサンドイッチが出てきた。パンの表面は焼き目があり、中からは柔らかい葉がはみ出ている。紙で包み直して両手でしっかり掴んでからかぶりつく。パンとやや酸味のあるソース、葉っぱと香味野菜の他に、揚げた衣もある。何の揚げ物なのか期待しつつ、飲み込んだらまた先を齧る。ザクリとする衣の中にあったのは魚だ。柔らかい魚の身と食材がよく馴染む。魚のしっかりとした旨みにサッパリしたソースがよく合い、香味がさらに補強して逃れられなくなる。パンの程よい硬さが心地よく、また葉っぱも食感を軽くするのか、噛むのが楽しい。
     ここいらで小休憩としてジュースをあおる。爽やかな果実の味は気持ちよく流れていく。この味にしてよかった。手の中にはまだサンドイッチがたっぷり残っており、こんなに幸せなことはないだろう。
    「何でまた氷とこれとか買ってきたんですか」
     男がジュースについて尋ねる。
    「氷水を飲みたかったんです。でもそれだと味気ないんでシロップも買いました」
    「豪遊しましたねえ」
    「お土産なんですよ。嬉しいですよね」
     男はほどほどにしなさいね、と言ってパンを齧った。U字の歯形が残る。
    「俺が雪の話をしたからか?」
     青年はずっとグラスを見ていた。ランタンの灯りに照らされた煌めきは飽きることはない。
    「そうでした。オウミさんが雪解け水の話をしたからです」
    「あの時のお前はしきりに人の好物を聞いてたよな」
    「喜ばれるものじゃないと買うカイがないじゃないですか」
     少年はせっせとサンドイッチを口に詰め込む。染み付いた早食いの癖はなかなか直らない。
     それから男もこの話題に入ってきた。青年と男の他愛無い会話はオウミ様の好物から始まり、不味い野菜と蛇の話を経て、土を近いいつか食べてみる話で終わった。土は別に砂糖の一種ではないのだ。少年はそう思ったが、そんなことを言うよりは魚のフライを楽しむ方を優先した。青身の魚は美味い。
     またそれぞれは食べ進め、少年はあと一口、男も片手に残るほどになった頃。男がまた話題を出した。
    「ラブネさんはなんでオウミ様の好物を聞いてたんですか」
    「えー、いや、本当は部屋に残ってる人のためのお土産を考えていたので、なんか成り行きで」
    「お前の好物の話から、俺の好物の話になったのだ」
     少年は気まずいのか、最後の一欠片を手に持ったままだ。
    「へえ健気。あなたもそんなふうにコネ作りしようとしたりするようになったんですね」
    「成長ってやつです」
    「そもそもの発端は、俺がこいつのことを好きかどうかだったよな。あれはなんだったんだ」
    「やめてください」
     男の目が鋭くなったのを、見ずとも察したらしい。少年はいよいよ欠片を紙に包んでかかえ込む。
     下手な答えを言えば、最悪首が飛ぶ。かと言って嘘は一切通用しないことも体験済みであった。呑気な青年が恨めしくなる。
    「だ、だって、お二人の仲が良い方が、絶対居心地良いじゃないですかあ。オレこれでも喧嘩してるとこ見るの嫌いですし、楽しい話の方が好きなんですよ」
    「傍目からは仲が悪く見えるんですかね?」
     男は人にしゃべらせるつもりはあるのだろうか。他意のないことも、思っているそのままの意味で伝えられるのか緊張してしまう。
    「仲良しって感じはないですけど、これで仲悪かったら何も信じられなくなりますね。まあ現実的な面で言えば、ギルドの生存率にも貢献します」
     少年はグラスの中身を飲もうとしたが、わずかな水しか垂れなかった。男はパンを持ったまま、片手を組ませた。青年はパンを千切って口に入れた。
    「生存に貢献ですか。それは考えたことがありませんでしたが、どんな考えから?」
     ゆったりと興味深そうに男が聞いた。
    「まず、仲が悪ければ協力しないかもしれないですし、仲がいいなら、みつうろこさんはいろいろ考えるでしょう。それこそ意地汚いやり方も平気でしそうです。オウミさんは……分かりません。誰が相手でも仕事はちゃんとこなしてそうだと思います」
    「なるほど、私をもっと頑張らせるために」
    「いやいや、違います!というよりは、みつうろこさんはギルドを回してくださっていますので」
    「俺がこいつのことを労えばいいのか」
    「ああ、そ、その、そうとも違くて」
     男は少年に腹芸というものを教え込む必要があると感じた。青年はまたパンを千切って食べた。
    「だから、ええと、双璧のお二人が仲良くなれば、もっと……生き延びやすく……」
     少年は自分がなにを言おうとしているのか分からなくなっていた。2人の顔を交互に見て、相手の出方を伺う。できればもうこの話は終わりにしたい。
     男は呆れきったのか、サンドイッチを大口で齧りゆっくり咀嚼する。青年はまだ少年をじっと見ていたが、ふっと観察をやめてパンの中から葉を引き摺り出し、千切る。そして食べた。葉を食べ終えたら口を開いた。
    「言い訳するにしてももっと堂々としたらどうだ」
    「言葉が、見つからず」
    「まあまあ。ここまで下手くそなら逆に説得力あるじゃないですか。仲良しでいてほしいって。いやしかしこんなに見苦しいのは久しぶりに見ましたが」
    「すみません」
    「あとオウミ様は堂々としてりゃいいってわけでもないんですよ。食べ方もみっともない」
    「噛みちぎる方がみっともないと教わったぞ」
     男は首を横に振った。青年は少し不服そうに顔を歪ませる。少年はそれを見てようやく手の中の一欠片を口に入れることができた。あっという間に口の中からなくなり、仄かな喪失感が湧き上がった。


     バケツの中の氷を再分配し、冷たい水を楽しむ。少年は早々に飲み干し氷も噛み砕いて、道具を少し手入れしてから寝た。
     青年は机の椅子に座り、男も椅子を持ってきて座った。開いた手帳はランタンに照らされているので読むことができる。持ち歩いたせいで端が擦れた紙を捲る青年を、男は頬杖をついて見ている。とあるページで手が止まった。世界樹の大いなる技術の一つである、機械兵について調べた時の書きつけだ。
     この機械兵はとあるツテから一体貰い、ギルドの一員としていろいろなことを学習させている。どのように運用させるのかは青年も決めかねている。だが今このページを開いているということは、手元にやってきた超越的技術について何かしら考えることがあるのだろう。
     男は青年の右手を握る。青年が顔を上げると、男は少し眠たげな、穏やかな表情だ。
    「他にどんなことを聞かれていたんですか?あの子に」
     低く柔らかい声色だ。節くれ立った指が、手の甲から骨の窪み、指の股までを丹念になぞる。くすぐったいくらいの触れ方は心地よい。爪が揺れる火を反射している。
    「他に?他にとはなんだ」
    「オウミ様は抱きつかれた程度で殴ったりしないでしょう。本当は何があったんですか」
     男は頬杖をやめて両手で右手を包む。ゆっくりと身を乗り出し、顔を寄せて真剣な顔で囁く。寝ている少年を気づかいつつ、話しづらい悩みを打ち明けて欲しがっているような様子だった。固く温かい手は、凝った恐怖を解かしてくれるのかもしれない。
     青年は微笑む。そして、それだけでは止まない。肩を揺らして笑い声を殺した。腹を抱えてしまったので、男の表情がどう変わったか見れないのが残念である。
     やっと笑いおさまった青年が応える。
    「なんにも無かった。ふふっ」
    「オウミ様ー。失礼じゃないすかあ」
    「日頃の行いが悪過ぎるのだぞ」
     男も嬉しそうに笑っている。右手は解放せずに、手のひらを親指で押し撫でている。もし自分の利き手が左だったなら、男はどっちの手を今みたいに弄んたのか。青年は口角を上げたまま考えた。
    「ではオウミ様、あなたが口を割らなければあの忍者を殺すと言ったらどうですか」
    「俺がお前に対し、二度と笑わなくなるぞ」
    「どうしても教えてくれないんですか?」
    「お前達もこそこそとやっているんだろ」
     男は拗ねたように口を下唇を突き出し、掴んでいる右手を指で力を込めて押し潰した。青年は痛みに顔をしかめたが、反射的に腕を引くのみで抵抗はしない。
     その代わり、空いている左手を男の腕に添えた。伝いながら肘に辿り着き、内側の柔らかい肌を親指で撫でる。男は青年の動きに手を止め、目を細めて眺めた。
     拘束が緩んだ右手も動かせば不意をつけるのではないか。彼の手首の浮いている筋を軽く撫でると、掴まれている指が若干握り込まれた。男の銀色の瞳が真っ直ぐに向く。
    「オウミ様、これはどこで」
    「こんなことを俺にするのはお前だけだ」
     男の声は打って変わって掠れていた。答えている最中にも顔は近づき、額を付けられる。鼻の背を交わらせ、目を瞑る。顔の角度が変わり、口と口がくっついた。
     男は顔を離して腰を浮かせ、椅子に座ったままの青年に組みつく。椅子の脚が床を引っ掻き不快な音が鳴る。青年は腹を向けて男を受け入ると、熱い体を押し付けられた。熱く、よく知った匂いだ。浸る間も無く、強く腰を引かれて椅子から落ちそうになったので、急いでもう必要ない灯を消す。相手の背に腕を回し、同意の返事をした。
     星明かりに導かれるまま2人してベッドに倒れ込み、蛇のように絡み合ってゆく。
     少年があの時に放った男の死の仄めかしは、青年の胸の中に収められる。幾重に重ねた生の暗喩で、粗雑に隠された。


                      終わり!!
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works

    C7lE1o

    MOURNING推し作家さんのマシュマロに投げ込んだら素敵に仕上げて頂いて成仏した妄想

    成仏先↓
    【番外編】心の壁を壊すには、茨の本心を知るべきです | 琉 #pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17307253
    Edenの3人になにかに誘われても断る茨(一緒に帰りませんか、これ一緒に見ない?、ご飯食べにいこうetc)、それは自分が嫌われていると思っているからで、それを偶然会った弓弦に零すと歩み寄るのも大切、みたいな感じに諭され、ちょっとずつお誘いを受けるようになり、こういうのも悪くないかもな、と思っていたある日レッスンか何かで日和を怒らせてしまって、キツめのことを言われてしまい、やっぱり自分が好かれることなんてありえない、ちょっとでも好かれているかもなんて思った自分が馬鹿だった、と心の中に分厚い壁を築いてしまう、やっぱり駄目だった、俺なんかが好かれるわけないんだと弓弦に吐き出すと、少なくともここに一人おりますが、と言われてこのときばかりは素直に弓弦にお礼を言う茨(ここでくっつく?)、そして表向きはそれまでとは何も変わらないけどお誘いを再び断るようになり、Edenの3人もあれ、なんか距離遠くね?と気づき始めたころ、いつものように食事の誘いを断った茨が弓弦と一緒にご飯を食べているところを目撃、その二人の表情はとても穏やかで、言い合いをしている二人しか知らなかったEdenの3人は複雑な感情を持ち、Edenの3人が見ていることに気づいた弓弦(茨は気づいていない)がこれみよがしにイチャイチャ()するのでめちゃくちゃ嫉妬する、
    614