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    higuyogu

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    higuyogu

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    世界木3。自ギルド。BL自ギルドの人々が大体出てくる。未来を見据えている🌟話
    前々話→
    https://poipiku.com/1066758/10102609.html
    前話→
    https://poipiku.com/1066758/10160132.html

    世界木3 自ギルド パン粥③ 黒い窓ガラスを雨が叩く。街明かりも消えた真夜中、雨のせいで少し肌寒い。海底にいるのではないかと錯覚し、部屋の内装を見て地上にいることを思い出す。
     座っているベッドには男と少年が寝ている。少年の方はやっと寝付けたようだ。無理やり寝て休むように言いつけてからも、しばらくはもだもだと起きていた。窓を閉めて雨音を弱めた甲斐があった。
     男の方はまだ起き上がれないだろう。胴に巻かれた包帯は手術の跡だ。今回は胴を強く打たれて血を吐いていた。いや、吐血は別の日だ。腹が痛くなったのだったか。内臓が破けたとかそのような話だったはずだ。調子がいい時はとことん波に乗るくせに、一度撃たれればすぐにへばる。

     青年は溜息を吐いた。ベッドに座り込んで窓を眺めていた。部屋の中よりは外の方がやや明るい。雨はまだ止む気配はない。
     青年が窓を少し開けると、風が彼の長い金髪をなびかせる。冷たい空気に頭が冴えるようだ。寝ている2人を起こしてしまったか不安になり、もう一度様子を見る。静かに寝息を立てているだけである。
     2人とも昼は高く結っている髪の毛を解いて寝台に投げ出している。今日は珍しくどちらも掛け布団に包まっていた。異常事態だからではなく、単純に寒いから布に潜り込んでいるのだ。横寝で縮こまり、布団から金髪だけを覗かせているのが少年。仰向けに寝かされて顔がよく見える方が男だ。
     男は真っ直ぐな紺髪の刀使いである。この特徴を言えば、この島の冒険者なら誰のことを指すのか理解する者もそれなりにいる。彼はギルドの仕切り役だ。
     常夏の島には各地から冒険者がやってくる。この島には世界樹と呼ばれる巨木が生えており、その根本には大穴状の遺跡がある。冒険者らはその底にあるという沈んだ王国を目指すのである。
     そして海底には実際に王と本物の世界樹があった。地上の街に取り残された元老院が、このかつての身内に再び相まみえるために、冒険者を募って踏破を目指していたのだ。
     青年達のギルドも世界樹の御伽噺を当てにして探索をしていた冒険者の集まりだ。最近はもう遺跡内に目新しいものもなくなってきた。冒険者らしく素材集めに精を出したり、海底に今もおわす王から貰った機械兵を育てることに注力したりしていた。
     男みたいに探索中に怪我をして寝込むことはよくある。自然の力の前に人はあまりにも無力である。慎重に進んでも死ぬ時には死ぬ場所だ。
     男が倒れたのは地上に着いてからだった。イカと戦った時に太い脚で体を潰されたのがまずかったのか。戦闘中は持ち直して二刀を振っていたので特に誰も気に留めなかった。とてもよくあることだからだ。
     イカを捌き、数時間周辺を探索してから帰還した。地上に出て、遺跡から街までの道を今回の探索陣全員で歩いていた時のこと。男が立ち止まった。すぐ隣を歩いていた青年が気づき男を見ると、普段よりも顔が白い。そして腹が痛くて歩けない、と言って崩れ落ちた。
     青年は咄嗟に支えて共に座り込む。男の腹を触ると、不自然な膨らみのようなものは無い。彼が着ている南蛮胴もひしゃげているわけでは無い。しかし呼吸は浅く、かなり脱力している。
     駆け寄ってきた忍装束の少年に、先に宿の者に男の症状を伝えるように言う。少年は2人に分裂して片方が走り去った。
     この場には他に男と同じ刀使いの少女と機械兵の新人がいた。少女は男よりも頭3つ分背が低く、新人は力はあるが生き物のような繊細なものを運ばせるにはまだ不安があった。ここは青年が運ぶしか選択肢はない。
     青年は男の鎧を脱がせ、荷物を新人に持たせる。少年は少女を保護者の元に帰させる役と、男を運ぶ青年の先導を引き受けた。そして無事宿にたどり着き、速やかに治療してもらうことができた。
     世界樹は人智を超えたテクノロジーをもたらすという。その恩恵は地上の街にも及んでいるのかもしれない。男の内臓を縫い合わせてもらえたのもその一端だとすれば、治療が滞りなく済んだのも納得できる。よくぞ腕の良い治療師がいたものである。
     男を部屋に寝かせたあと、少年は街に待機していた他のメンバーからの言伝を青年につたえる。明日、気功師の女性と占星術師の男が見舞いに来るらしい。そうなると弩使いの女と刀使いの少女も付いてくるだろう。なかなか賑やかになりそうだ。
     2人は普段通り諸々の作業を済ませ、服装も寛げるものに着替えた。日が落ちた頃から雨が降り始め、空の黒と共に激しくなっていた。ランタンの灯りのもとで少年が買ってきた馴染みのサンドイッチを食べる。雷が落ちるのか、凍傷はないのか、脚の腫れの程度など、他愛無い話はそれなりに弾んだ。
     食後は夜中の男の容態をどちらが見るかで揉める。少年が押し負けて寝ることになった。ことあるごとに男を心配そうに見ていた彼が、まだ元気だ、と言ったところで青年を説得できるわけがない。
     青年は監視のためにベッドに座ろうとすると、窓から雨粒が入り込み、シーツに濡れジワができている。窓を閉めて布で水分を取るが、今晩は乾かないだろう。床も水溜りができているので拭いた。
     自身の赤いマントを持ってきて畳んでシーツに敷く。座る場所を改めて確保した青年は、手帳を読もうかとランタンを持ったが、油が勿体無いのでやめた。手帳だけ持ってベッドに座ろうと前に立ち、ちょうど目の前に男の足があることに気づく。掴んでみれば冷たいが柔らかい。寝ている体の方は腹は上下に動いている。その動きは目を凝らしてようやく分かるほど、ゆっくりと小さい。隣の少年の身じろぎにかき消されそうだ。
     壁にもたれると肩から上は窓ガラスに当たる。部屋の中は暗いがいつも通りである。男達は左側にいる。やることもなく、遊ばせていた左手に当たった足をもう一度掴む。指を揉んだり付け根に指を押し込んでみたりする。手に臭いが移るかもしれないと思いながらも、しばらく続けた。足の指が握り返してくることはなかった。よほど熟睡しているらしい。
     青年はふと、先日の少年を殴った日のことを思い出した。あの日はこの左手を少年に掴まれていたのだった。
     殴られた少年は、男が死んでから後悔すればいいと言った。今日思い出すにはうってつけの言葉だ。もし男があのままあっけなく死んでいたらどうしていたのか。ギルドを続けるか解散させるかの話にはなっていたかもしれない。
     青年は左手はそのままに手帳を捲る。紙があることが分かるくらいで文字は読めない。だが最近更新した内容は覚えている。世界樹がもたらした技術で作られた機械兵である、例の新人の成長記録だ。
     日記程度にしか綴っていないが、彼の実力が着実に伸びていることは書き残せているだろう。青年は探索を通して、生まれたての新人に体の使い方を学ばせ、さらに戦闘経験も積ませることをしている。最近は機械兵の特性もなんとなく分かってきた。うまく戦法を整えられれば、あの新人はどんなものでも一瞬で屠れる力を出せるはずだ。ただしこの話をすると、少年が少し不機嫌になる。
     さて青年には、祖国の兵力強化のための超技術を持ち帰る、という役目が課されていた。あのとてつもない破壊力を秘めた、オーバーテクノロジーの子はまさに求めた超技術のど真ん中だ。
     青年はもうこの島を離れ、祖国で彼を鍛え上げてもよかった。なのにまだこの島にいるのは、世界樹を離れた時の機械兵のメンテナンス方法が不明だからだ。これを解決すれば故郷に連れ帰るとこができるだろう。しかし解決の手立てはない。
     それに機械兵一体を国に持ち込んだところで、あの国が発展を遂げるとは思っていなかった。結局、手元の機械兵に拘るのは、与えられた役目をサボるための言い訳にしたいからだった。
     昔は周りに認められたくて、奇妙な噂があればすぐにおもむき、役に立ちそうなモノを持ち帰っていた。例えば最新の兵器であったり、国にはなかった研磨の技術、時に農法なども持ち帰ってみたりした。だが何度繰り返しても城の中の者は誰1人感心することはなかった。この島の前にも他の世界樹の遺跡に挑んでいたが、その時の成果も何かしらの検討に組み込まれることはなかった。
     いつも見当違いなモノばかり持ち帰っていたのに、ある意味見限られなかったことは温情なのであろう。しかし何が悪かったのかも分からないまま十年も行動していると流石に疲れてくる。
     この間の折檻は特に長かった。この島に来る前のことで、その後に男と再会した時にも一悶着起こしてしまった。あの時のことを思い出し、祖国に足りないのは娯楽なのかもしれないと思うこともある。
     だんだんと青年は、自分が国を良くしたいのか、己を認めてほしいのか、どちらなのか悩むことが増えた。家族達のことを疑うことができるようになったのは男のおかげだった。心の隙間に入り込んで肥大した男は、青年の支えとなっているはずだ。
     それなのに青年は男の死に対し、不安になりきれない。
     もしも掴んでいるこの足が死体だとする。今まさに息絶えてしまい、まだ温かいだけなのだ。そんな妄想をすればいくらかの不安は湧いてきた。ただ、その不安は明日の見舞いの客や少年に責められたときの対処がうまくいくかどうかに依るものだった。思わずため息が出た。
     青年は座りながら暗い部屋を眺め、たまに男を見る。窓を開けるのは疲れるので早々に閉じた。
     やがて空が白んできた。雨も止んでいた。日差しの気配に憂鬱になる。少年が起きたら少し仮眠をしようと思った。



     怪我をした男はよく寝る。早朝に来てもらっていた診察の時はほとんど寝ており、その後昼まで青年が仮眠をとっている間もまだ眠りこけていた。たまに寝返りを打とうとして、痛みに阻害されるのか動きを鈍らせ、またそのまま寝息を立てる。
     来客準備は全て少年が行う。診察時の対応をしたのも少年だ。Tシャツ短パン姿の少年がおつかいに出るのはありふれたことだった。一応少年は、徹夜で使い物にならなくなっている青年と、本日の日程の打ち合わせは済ませている。
     とにかくまずは部屋の掃除だ。3人が泊まっているこの部屋は、私物の数は少ないものの嵩張る物が目立ち、あまり人を招くには適していない。出しっぱなしの鎧や武器道具、バックパックは整えるか隅に追いやる必要があった。普段より空間が空くだけで雰囲気は明るくなった。
     それから少年の機転により香が焚かれた。この部屋にはギルド中おそらく最も汗臭い者達が集っている。この部屋も臭くなっているに違いなかった。新陳代謝が旺盛なので仕方がないのだ。
     今日の食べ物とお茶請けも買いに行く。男はまだ食事はできないので2人分のサンドイッチ。お菓子は贅沢な甘い香りの焼き菓子にした。これで今日来る面子の、特にしっかりしている気功師と占星術師の機嫌を取るかなだめたい。
     日が高くなり、青年が起きた頃にはすっかり部屋の中は綺麗になっていた。開け放たれた窓からも清々しい風が入ってくる。椅子の数も増えている。ついでに少年も増えている。
     少年は湯を張ったタライを青年にすすめ、身を清めさせる。着替えた青年は部屋の外の洗面所で身なりを整えにいった。
     少年は寝ていた男も起こそうとした。いくら声をかけて突き叩いても男は顔を顰めるだけなので、そのまま体を拭いてしまう。男は横たわったまま体を拭かれ、たまにまだくっついていない傷に響くのか、痛い痛い、と呻く。
     ここに青年が戻ってくる。男が分裂した少年3人に囲まれてもがいている光景はなんとも微笑ましい。だが別に今男が起きる必要はないので、ほどほどに、と制止の声かけをした。男は解放され、弱々しく青年の名を呼ぶ。寄ってきた青年に撫での要求をしたが、元気そうだな、の一言で片付けられてしまった。
     青年と少年が昼食をとり終えた後、見舞いの客が来た。予想通りの4人であった。気功師の女性とくっついてきた弩使いの女、占星術師の男と刀使いの少女である。
     飲み水を振る舞いながら当時の状況を伝え、気功師が改めて男の様子を診てくれることになった。結果、薬を飲ませて寝かせておけばよいとのことである。男ははたき起こされ、見舞いの品の薬を飲まされ、酷い目に遭わされたとばかりにしょぼしょぼと寝た。
     男を除き、彼らは今後しばらくの予定を話し合う。主に話し込むであろう青年と気功師、占星術師が、丸い卓につけた椅子に座る。少年が温かいお茶を淹れて3つ置いた。
    「彼が動けるようになるまでの1週間、君たちは探索を続けるのかな」
     最初に話題を切り出したのはギルドの最年長である占星術師だ。少年が買ってきた菓子の紙を剥きながら青年に問いかける。彼は体力の衰えを気にしており、甘いものも控えるようにしているが、あまり我慢しないのも大切である。焼き菓子は型で焼いてから切り分けたもので、薄黄色の断面には混ぜ込まれた干しベリーが散らばっている。甘い香りに喉が鳴る。
     その横で気功師が「あんなのが3日で治るのはやっぱり異常だよ」とこぼす。
    「そのつもりだ。主な攻撃役はエガスミに頼みたい。それから治療師としてどちらかにも来て欲しい」
    「じゃあ私が行くよ」
     青年の問いかけに了承の返事をしたのは気功師だ。小柄な彼女の首の動きに合わせて、流れ落ちる黒髪も揺れる。エガスミと呼ばれた弩使いも「オッケー」と返した。
     弩使いと刀使いは卓の後ろの机で、菓子を食べながらカードゲームをしている。刀使いは部屋に来てから誰も構ってくれないので暇そうにしていたところ、その相手を買って出たのが弩使いだった。弩使いの彼女はガサツと言われがちで、今も椅子の上に胡座をかき、剥き出しの腹を人目も憚らず掻いている。しかし人の機微には聡く、姉御肌なところもある。
     ただ、もしかしたら自分も話し合いに混ざりたくないのでゲームに興じているだけかもしれないのではあったが。
     ついでに少年は男が寝ているベッドの側の壁と同化していた。姿勢よく立ち、腕を後ろに組む様は護衛のようであるが、女性陣に緊張しているだけだ。初心なのである。
     場を丸卓に戻す。青年は彼女達の言葉に頷き、言葉を続けた。
    「あとはタカラブネも組み込みたいが、あいつはこの部屋の見張りにも適していると思う。しばらくの探索には機敏に動ける者を連れていきたい。そうなると候補は花筏になるのだが」
    「なら僕が彼の面倒を見よう。万が一があっても多少なら対応できると思うよ。ただ花筏も一緒になるから、他のお客さんの迷惑にはなるかも」
     今度は占星術師が応える。花筏は刀使いの少女のことだ。占星術師は落ち着きのないこの少女の父親代わりをしている。最近は腰痛ひどくなったらしく、たまに仲間から『花筏痛』と賞賛されることもある。全く喜べない。
    「日中は宿泊客は皆、探索か街に出ているはずだ。こちらも早めに戻るようにする」
    「昼に寝てる人もいると思うけどね。まあ早めに戻ってくれるのはありがたいな」
     占星術師が少し呆れていると、ワアと甲高い声が上がった。すかさず占星術師が注意をする。どうやらカードゲーム組が1セット終えたらしい。2人は七並べをしており、無事カードが揃っていたことに刀使いが歓声を上げたのだ。
     他にも人がいるから静かになさい、という注意を受けて、弩使いが囁き声で次のゲームをすることを提案する。刀使いはすぐに乗り、カードをかき混ぜ始めた。そんな様子を気功師は優しげな目で見ていた。
     青年は気功師に声をかけてみる。
    「2人での暮らしはどうなんだ」
    「あ、ごめんね。恥ずかしい。楽しいよ。家も良いところ借りれたし」
     気功師と弩使いは数ヶ月前から島に家を借りて暮らしていた。弩使いは元から島民だったが、身寄りのない子供達の巣で育っているので家らしい家には住んでいなかった。旅行でこの島に来ていた気功師が島民となり、弩使いを口説き落として同棲に漕ぎ着けたという。
    「よく使う薬草を植えてみたり。エガスミちゃんは魚釣ってくるの上手だから、それを晩御飯にするのもまだ飽きないな」
    「探索に駆り出して悪いとは思っている」
    「死ぬ時はどこでも死んじゃうから、あんまり関係ないよ。もちろんもっと長く一緒にいたいけど。できたら一緒に連れて行ってほしいかもね」
     気功師は苦い顔をし、すぐに明るく笑った。青年は「できればそうしよう」と答える。占星術師はそんな青年を白い目で見たが、本人は気づかない。
     青年が話が逸れたことを詫び、今後の話し合いは続いた。この1週間も新人を鍛えたい、という話に反対するものはいなかった。このギルドは実は大きめな討伐依頼を請け負っており、戦力を強化したいのである。また、どこか1日を使い薬品の材料の補充もしたい、という意見も出た。遺跡内の植物や鉱石の採取を生業にしている者もギルドに在籍している。ただこの採取家は他ギルドでも仕事をしているので、空いている日がないか掛け合ってみることになった。
     ギルドに所属している者は今日部屋に集った7人に、新人と採取専門家を加えた9人である。助っ人である採取家は置いといたとしても、新人も来ればギルドの者が出揃ったはずであった。だが世界樹の子である彼は海底にある都で休む。生まれた場所が落ち着くのだろうと、特に気にする者はいなかった。
     集まって1時間もすれば目的は達成され、解散となる。ゲーム組は主に刀使いが遊び足りなさそうにしていたが、弩使いとこの後また遊んでもらえることになったらしく、喜んでいた。占星術師も非常に助かると何度も頭を下げていた。
     女性3人が先に部屋を出て、少年は片づけをしている。残った占星術師が青年に耳打ちする。
    「君さ、さっきリュウスイさんに2人暮らしのこと訊いてたけどさ。どうしてそんなこときいたんだ」
     占星術師の目は赤く見えるブラウンだ。その赤目が青年を見下ろす。
    「訊いてはまずいことだったのか」
    「そうではないけど、あの質問をした時の心境に興味があるんだ」
     青年は首を傾げ、明後日の方を見る。やや顰めたツラに、占星術師は考えようとしている意思は汲み取ったのか、同情的にため息をつく。
    「すまない。答えづらい話だった。話題を振った割に雑な受け答えが気になったもので、注意してやりたくなったんだ。でももう一つ、オウミ君が街での暮らしに興味を持っているなら良かったとも思ったんだ。ここ最近もずっと機械兵君にかかりきりだったろう」
    「あいつにはセイガイハという名前がある。それで呼んでやってくれ」
    「君の名前にあやかっているのか」
     青年は何のことか見当がつかなかったが、しばし考えて何となく察した。青年の名前は『オウミナミ』であり、機械兵にセイガイハと名付けたのは男だった。青年の腹の中に黒い記憶が湧いて渦巻く。
    「あそこで眠りこけている奴が付けた名だ。アイツは何を考えているのか、いつも分からぬ。何か知らないか?お前はアレとよく話していただろう」
     青年の口調に棘が生えたことに術師は意外な気分になった。内弁慶な青年が目下の者以外に怒りをあらわにしているのは珍しい。どこに棘の種子があったのだろうか。はたまた目下と認識されたのだろうか。
    「いやあ、君のことを大事にしたいんだろうなあとは思うよ。嗜好を優先してしまうだけで。僕らの主な話題はラブネ君と花筏のことだったから、そちらの方はあまり分からない」
    「皆口を揃えて俺はアレに大切にされていると言うな。そうだ、長くなるが俺が一層薄情になったきっかけでも聞いていかないか。聞きたかった話であろう」
     術師は驚きを隠さず頷いた。そこへ掃除途中の少年が近づく。ゴミは捨てられているが、グラスはこれから洗いに行くようである。
    「オウミさん、オレ買い出しに出掛けてきます」
    「いや、よい。続けていろ。ただリュウスイ達にはズイウンともう少し話し込むことを伝えてくれ」
    「承知しました」
     少年は卓に置かれていたグラスを急いで回収し、台拭きで拭いてから青年達を誘導した。たまたま残っていた新しいグラス2つに茶の残りを注いで2人に渡す。術師に礼を言われ、それから自分の作業に戻った。
     青年は茶を一口飲む。少しの逡巡の後、男との出会いから話すことにした。


     今の島に1年滞在しているのだとすれば、3年前に遡る。当時、別の世界樹の地に挑むために目当ての飛空艇の便を待っていた青年は、ここで男と出会った。
     この時に青年が目指していた世界樹は人の住まない孤島にあり、挑むためには街ひとつを乗せた飛空船に乗り込む必要があった。何処ぞの国が孤島の謎を明かすためにわざわざ船を用意し、冒険者を集っていたのだ。
     その船が出航する港町までたどり着いた青年は、傭兵を探していた。青年は自国から護衛を誰一人連れてきていなかった。
     波止場、と呼んでいいのか、おそらく違う呼び名がある飛空艇の船着場を歩く。空を飛ぶという船を見に来ていたのだが、金属製の靴が石畳にひかかって煩わしい。休みの日の船着場は人がいない。遠くの水平線を横目に、石畳を睨みながら歩き続けていた。
     ふと顔を上げると人影がある。衣服はシャツにズボンの簡素なものだが、腰には他文化圏の剣を下げていた。それも2本だ。ぼんやりと船を見上げているようだ。さらに近づいてみると、その人は男性であることが分かった。あまり見かけない顔立ちなので歳は量りにくいが若者であることは違いない。相手はいっこうに振り返る様子はなく、腕を組んで船を見続けている。こちらの鎧の音に気づかないのか、または無視しているのか。
     青年は冒険者の紹介場や酒場などで用心棒探しをしていたが、ことごとく断られ続けていた。なので武の心得がありそうな者を見かけたらひとまず声をかけることを繰り返していた。目の前の若者は背丈は同じくらいで他の連中よりは小柄な方だろう。かえってその方が扱いやすそうで都合が良い。青年は胸を張って声を出す。
    「蛮人とは珍しい。島流にでもあったのか?どんな罪を犯したか言ってみろ」
     これが青年がかけた言葉だった。当時の彼はこんな調子だったので仲間が見つからなかったのである。
     船を見上げていた男は怠そうに青年の方を見遣り、しかし突然目を開いて固まった。そして硬直が解けるや否や、興奮した様子で青年に詰め寄り、同じ言葉を繰り返せと言った。青年が呆然として同じ言葉をそらんじようとすると、その男は服を漁り紙幣を取り出し、指を噛みちぎって血文字を綴りだす。唐突に始まった呪術的行為に青年は泣きそうになった。頭の隅が呪術師も魅力的かもしれないと逃避をする。
     男は文字を書き留めると、満面の笑みで読み返し、立ち去ろうとした。これでは怯えた甲斐がない。青年は急いで肩を掴んで引き留める。男は振り返り、ようやく青年がこの世のものであると認識したらしい。青年を周り、いろんな角度から眺めはじめた。青年はやりにくいながらも、用心棒を探していることと、都合が合うなら是非雇いたい旨を伝える。青年の言葉はまたも無礼で心を逆撫でするものであったが、男は気にしていないように笑顔で二つ返事の承諾した。こうして青年と男は共に旅をすることになった。
     男は腕が立ち、文字が書け、さらには大抵の人間とは打ち解けられる才の持ち主だった。青年に足りないところまでも補ってくれる。おかげで青年達は追加で3人のメンバーを集めることができ、5人組の隊で世界樹に挑むことができた。
     しかし男はかなり強いキュートアグレッションを抱くようで、お気に入りである青年をことあるごとにいじめる。青年の傲慢な言葉遣いを褒めるように貶すのは常のことで、時に泥団子を投げつけてみたり、青年が動物が好きなのを承知で目の前で蛇を捌いてみたり、青年の頭部を思い切り殴ってみたりするのであった。
     それでも青年にとってこの旅は、人生で初めて人として扱われた、とても類稀で喜びに満ちたものだった。3人のメンバーは青年のことを見下さず、一人の人として接してくる。こんなことは今までに無かったのだった。
     男も青年のことを好きだと言った。一番近くに立ち、共に過ごす時間は多かった。熱量に押され青年は絆されてゆく。そしていとも簡単に陥落し、青年にとっての唯一が男になる。
     青年が浮かれている一方、男は本当に自由奔放なので、飽きたら青年を突き放した。依存されていることは知っていたようだが、彼の非効率な性質に嫌気がさしたらしい。青年はそのくらい非効率に生きているのである。もちろん青年はひどく腹を立てた。
     とは言ってもよくあることだ。探索にもそこまで支障はないので大した問題ではなかった。探索が目的に手が届きそうな頃には男と青年は和解できており、やはり大したことではなかったのだった。2人の関係は変わらず、青年は男のことが好きで男は青年のことを気に入っている。
     さてそんな痴情もあったこの世界樹の旅だが、青年は本願を達成できなかった。それでも国に帰らなければならないのが苦しかった。
     隊は解散して、役立たずの青年は一人に戻る。しかしなぜか、祖国への旅路に男がついてきた。この男が何を考えているのか、青年は全く理解できない。
     それから自国で1年弱を過ごし、その間に青年が必死に探し当てた次の世界樹の話がある地に向かうことになる。この期間中、2人は別々に過ごしていたので、青年には男を連れて行くという発想はなかった。男はすでにのたれ死んでいるだろうとすら思っていた。
     折檻で弱りきった体を鎧と化粧で隠す。手配した船に乗りこむと何故か見覚えのある顔があった。男だ。男は港で働いていたらしく、青年が乗る船をわざわざ調べて乗りこんだのだと言った。
     青年は男と再会できたこと、彼が自分に再び会うために行動していてくれたことを嬉しく思った。航海の記録を取ろうと向かった机でニタリと笑顔を作っては突っ伏して、時間を無駄にするようなことばかりしていた。
     とある晩、青年は強い吐き気がなかなか止まないのを紛らわせるために自室から出た。凪いだ夜の風はおそらく心地の良いもので、心が少し軽くなったような気がしていた。月明かりも目に眩しく、陰になっている壁にもたれながら黒い海を眺めていた。
     ぼんやりしている青年に声がかけられる。また男であった。青年はあまり男とは会わないようにしていたので久しぶりに顔を見たような感触であった。それと同時に吐き気が強くなり、部屋に戻るために踵を返す。体調の悪さを悟られたくもなかった。だが気が急いだあまり、靴が甲板の一枚に引っかかり転んでしまった。起きあがろうともがいている間に男が駆けつけてきた。
     先程の男の声は弾んでいたと思う。しかし目の前に立つ彼には動く気配がない。青年が不思議に思いながら立ちあがろうと踏ん張っていると、どつ、と衝撃が走った。
     何かが激しく不快である。首が苦しく、壁に押し付けられている頭が痛いのだ。遅れて打ちつけられたことに気づく。
     恐る恐る目を開けて状況を確かめてみれば、凝視する瞳があった。驚くほどに感情の無い目が見開かれ、青年から何かを探し出そうとしていた。男の目がこんなに無機質に思えたのは初めてだった。彼は碌な人間ではないが、青年に向ける目は愛しさでも軽蔑でも、感情はあったのだ。
     青年は怯える。色のない目が見定めてしまうであろう瞬間が来ないことを祈った。それでも無情に突きつけられてしまう。
    「誰だ」
    男が敵意を剥き出しにした。この時の男の顔は非常に恐ろしいもので、青年は逃げるために暴れ、急いで立ち上がる。それから一歩進もうとしたが、また足が引っかかったのかうまく歩けず転ぶ。
     また男の声がする。今度はなぜか焦っており、駆け寄って青年を支えようとしていた。青年は気力が削げてしまい、男を頼る気にはなれない。己の無能さに失望されることは全く珍しくないのだと思い出していたが、男にまで同じことをされたのは堪えた。彼が必死になって心配しているのは理解しつつも、海に身を投げるのが最善の行為だと思う。投身ができなかったのは羞恥に耐えられたからではなく、体が動かなかったからである。
     青年はそれから男の名前を呼ぶことは憚られるようになった。体の傷は男の献身があって癒すことができたのだが、わだかまっている。拒絶する色の無い眼が恐ろしいのでいまだに許すことができず、今日までダラダラと引きずっている。


     術師は時折顎下を指でさすりつつ、質問をしながら聞いていた。長い話がようやく途切れてからは、触っていた顎を曲げた指の背で持ち上げ、どこかを鋭く眺めている。花筏が喜びそうだと思いながら青年は茶を飲んだ。少年は片付けを済ませており、話し込んでいる2人からよく見える位置に立って気配を消していた。
     術師は上げている腕を反対の腕で支え、青年に視線を戻して口を開く。
    「みつうろこ君は、やっぱり碌でも無いね」
    「仕方のないことでもある」
    「けどこんな話を僕にしてくれてよかったのか?」
    「他人が俺の口からこの話を聞いた時、何を感じるのか知りたかった。お前なら公平なことを言ってくれると思っている」
     青年は卓の上で緩く手を組んで、雑談を楽しむように笑みを作っていた。術師は自分の言葉はあまり届かなさそうな予感を覚えるが、かえって思ったままのことをいってもよさそうな気楽さも湧く。
    「そうだねえ。まずは話をしてくれたことに感謝しているよ。質問にも全部答えてくれて、本当にありがとう」
     青年は軽く頷き、黙ったままでいる。失礼な態度である。まるで叱られるのを待ってるみたいだ、と術師は思った。
    「なら、これはいつも思ってることだけど、君らの倫理観は他人に適用しちゃダメだよ。今回に限ってはこのくらいかな。それで、オウミ君はみつうろこ君に素直に甘えられなくなった原因はすでに自覚している。その上で話しているのが僕には自虐に見えた。そういえば話す前も怒っていたね」
     話を聞いていた青年は無表情になっていた。そんな程度のメンタルならば余裕な素振りなどしなければよかったのに。術師は感想を続けるか迷い、つい先程の青年の偉そうな態度を思い出したので言ってしまうことにした。
    「幸福になるのが怖いから踏ん切りがつかないのか?そんな風に思った」
     術師は茶で喉を湿らせた。青年は黙ったままで、組んだ手の指先を擦り合わせている。
     それからどんなに待っても指先の遊びに夢中だ。視界の端に見える少年はその間も身じろぎを一切しないので、立派なものである。やがて茶がなくなると別の少年が注ぎに来た。あまりに便利な使い方を目の当たりにすると、吹き出すのを堪えられなかった。とてつもない芸当に笑ってしまった、と謝罪する。それでも青年は動かしている指を見ている。
     長い沈黙は術師に退室の要求だと誤解させたが、椅子を引いた途端に引き止められた。青年はただ黙っていただけだったらしい。
    「もしそうであるなら、どうすればいい」
     青年は卓から頭を逸らして床の方を見ており、手は白くなるほど握られている。術師は椅子に座り直して、また顎に手を当てた。
    「そうなった原因を探してみるとか、そういう方法は聞いたことがある。起こったことに君自身が何を感じたのか、さらにそう思った原因も探す。探し当てた上でまたさらに大元の原因を消化する必要がある。でもそこまでするのは大変だろうから、自分を見つめ直して全てを認めて肯定する訓練をするという手もある。自分自身に労りの言葉をかけてあげたりね」
    「絶望的だ」
    「苦痛か。だがそれだけの大きな傷なんだ」
     青年は手を解き、また結ぶ。それから上半身をぐったりと曲げて、天板に身を預けてしまった。情けない、と呟いて手を頭に当て、長い金髪を毟るように強く握る。向こうのほうで見ていた少年が焦り始め、駆けつけるか迷っている。術師は静観を続けた。
     青年はもう片手を引きずり出し、天板を強く叩いた。それなりの音が出て、蚊のような声が青年の名前を呼ぶ。それに構わず、拳は次は自身の頭を叩き、さらに一発、間をおいて一発続いた。
     やがて青年は脱力して両手が重力に落ちる。暴れたせいで髪の毛は乱れて垂れ、枯れ草のようだ。
    「こんなことを言われるとは思わなかった。失望している」
    押し出したような潰れた声だ。術師は得意そうに笑った。
    「僕は優しいからね。君もなかなか良い相談相手を選んだな」
    「相変わらずの、さも真理をついたと言わんばかりの、いかにも浅い説教であった。」
    青年もそう言い放ってから、うつ伏せたまま体を揺らして笑った。ひとしきり笑い、ザンバラの髪を引っ提げて体を起こすと、「帰ってよいぞ」と言って動かなくなった。
     術師が席を立つと、少年がすぐに側に寄ってきて非礼を詫びた。術師は微笑み、ならば少しの間買い物に付き合ってほしいと頼む。赤い目は笑っていないことに気づいた少年は誘いに乗ることになり、部屋に無防備な2人が残った。
     外はよく晴れて、立体的な雲が浮かんでいる。



     男の腹の傷は完璧に塞がった。皆がお見舞いに来た日から1週間経つ前に起き上がれるようになり、飯まで食べていた。
     今日も青年たちは男を置いて探索に行っている。曇り空もあってあまりいい気分ではない。彼は判断が遅いところがあるから、つまらないことで死にそうになっていないだろうか。少年はきちんと青年を助けられているだろうか。あの金髪2人はコンビになるとポンコツ具合に拍車がかかる。他のメンバーを当てにするしかない。
     毎日様子を見に来ていた術師たちが置いていったパンを、一応湯でふやかして口に運ぶ。体に良さそうな味である。
     青年ならこの雑なパン粥は好まないだろうが、鍋でミルクと共に煮込みスープに仕立てれば逆によく食べるだろう。この島に来る前の旅では、柔らかい粥や芋がよく解けたポタージュを好んでいた。皿から離乳食をもらう子猫のようでいじらしかった。
     だが再会した後の弱り切った彼は、勇んで作った柔らかいパン粥も、水に濡れただけのパンも、同じように食べていた。食の好みが削られてしまったのだった。
     粥の椀が空になった。汁気を切って窓辺に置く。消化のために横になり、天井の板の模様を眺める。
     見舞いの時に占星術師は、青年から過去の話を聞き出したと告白した。軽い謝罪も付け加えていたが、なぜ謝られているのか分からないくらいに男は怒る気分にはならなかった。青年が男との馴れ初め話を他人にした理由のほうがよほど聞きたい。
     術師によれば、その日の青年は怒りを滲ませ、人前で派手な自傷行為までしたという。珍しい。青年は祖国に帰って心がへし折られて以来無感情な態度ばかりだったが、時間を経て笑うようになったり我の強さを取り戻したりはしていた。それからさらにようやく、自身の現状に疑問を持ち、負った傷への感情を露わにできるようにまでなった、ということなのか。
     話を聞いた時、愉快さのあまり男は自覚なく笑顔になった。術師に指摘されて自身が浮かべた表情に気づき、無意識に笑っていたことに驚く。やはりそれほどまでに男にとって青年はかけがえのないものになっている。己の一部が着実に脆弱になり進んでいることに背筋が冷えた。
     そんな男を見ていた術師は、青年から聞いた話は本人にとって有利なように捏造されたものなのではないかと心配してきた。男はそれだけはないと即座に否定した。青年が嘘を交えながら同情を引くような話ができるほど要領がいいわけがない。また男も同情をされるような見た目はしていないはずだ。ますます不安になり不快だった。
     怖がりで甘えたがりな少年に自殺未遂計画の話をしたことがある。あの話は生存率を上げるために共有したものだが、青年にも漏れることも想定している。今のままの楽しい暮らしを続けるために、何か良いきっかけになってくれてはいないだろうか。
     男は無理やり目をつむり、深く息を吐く。希望的観測をするなら策を練る方が良い。かといってこのまま何かを考えたとしても、良い案はとても出てこない。しょうもなことを想像するべきだ。例えば今日の夕飯のこととかだ。
     青年達は何を買ってくるだろうか?少年あたりは気が利くので、むすび飯や卵を買ってくるかもしれない。卵は台所を借りてふっくらと焼けはいいおかずになるし、米と一緒に煮ておじやにするのも美味い。
     そんなことも考えていれば気分も上向いてくるものである。


     空の紺色が深まってきた頃、男がベッドで寝ていると少年と青年が探索から帰ってきた。彼らは夕食を買ってこなかった。こういうところにポンコツさがよく現れていると男は思う。
     この街には深夜に帰ってくる冒険者のために営業している店もあるので、今からでも買いに行くことはできる。なんでも素早くこなす少年が着替えてすぐに部屋を飛び出していった。
     そして彼が買ってきたものはチーズとやたら固いパン、ミルクだった。それに引っこ抜かれた雑草、もう少し興味を持った言い方で香りを持った野草がそえられていた。
     男はあまり乳に親しまない暮らしをしていたので、乳製品は食べるのに若干の勇気を要するものだった。固いパンを栄養豊富なミルクでふやかして食べようという少年の心遣いなのだろうが、もう少し癖のないものが欲しいと思った。だがこのことを誰かに明かしたことはないので、文句を言うのは筋違いである。
     男がそんなふうに考えている前で、少年は丸卓に並べた食材からパンを取り、ナイフで側面から半分に割る。上下で分かれて晒された丸い断面に、薄切りにしたチーズを乗せて、再び断面同士を被せ合わせた。こうして固いパンのチーズサンドが3つ出来上がった。雑草は茎がついたまま皿に盛られ、野趣に富むサラダになった。ミルクは本日のお飲み物のようである。
     男は腰掛けていたベッドから立ち上がり、少年の横に立って彼の顔を覗いてみる。男の行動に驚いて戸惑っている相手からは悪意は感じられない。この固い分厚いサンドイッチと生雑草は善意で作られたもののようだ。男からため息が出た。
    「あの、何か問題でも……」
    「今回破けた内臓は消化管の一部だったそうなんです。腹が弱っている時はもうちょっと消化しやすいものが良いですね。汁物に浸すとか」
    「水浸しにしたパン嫌いなんです」
    「ではなぜ固いパンを買ってきたんですか」
    「安かったからです」
     悪びれもしない少年は軽く殴られた。ただしこれも悪いのは少年ではなく、彼がまともな看病も受けずに育ったせいなのである。全て環境が悪い。
     男は自分のものだけはパンをふやかせばいいだろう、と思い直したところに青年がやってきた。
    「これ粥にするのはどうなんだ。乳でのばしてチーズも入れれば食べられるものにはなるのではないか」
    「これ、食べられないですか」
    「俺は粥がいい」
     少年は不貞腐れた。当然だ。だが青年は頑固であり、言った我儘を変えさせるのはそこそこ骨が折れる。男としては献立変更に関しては青年に賛成だったので、少年に粥の作り方を教えるという名目で、材料と道具を持って給湯室に向かった。男にものを教われることになった少年は機嫌を直してついていった。
     少量の水でパンを煮てよく崩し、ミルクを注いで一煮立ちさせる。ふつふつと気泡に粘度が蘇ったら、鍋の端の方に草も入れて火を通す。火を止めてからチーズを乗せた。温まった食材はよく香りを立たせて腹が減る。消化もしやすそうで、食べてもすぐに腹が減りそうな料理だ。
     煮ている途中の鍋の横でサンドイッチも食べやすく作り直した。2枚切りで終わっていたパンをさらに薄く切り、食感の重さを軽減させる。日頃から4枚切りなどと優雅なことはしなくてもよいが、今日は大怪我から癒えたばかりの人間がいるので工夫も必要になるのである。サンドイッチは3つから6つに分裂した。
     部屋に戻ると卓の上に灯りと取り皿が出されていた。匂いを嗅ぎつけた青年は机の椅子から立ち上がり、夕食にありつきたいと急かした。男が鍋から皿に取り分けると、その様子をじっと見る。公平さを気にしているのかと思えば、早くしろの意だったらしい。鍋の中身が空になったのを見届けて、やっと分け終わったかなどと機嫌が悪そうにのたまっていた。
     食事の挨拶をして食べ始める。青年は粥を掬い、慎重に口に運んで熱がる。それでも冷ましながら挑んでいる。少年も解けたチーズの香りにそそられるのか、まずは粥に手をつけていた。こちらも口を火傷して水を飲み、また粥に向かう。
     猫が人からもらった飯をおっかなびっくり食べているのを連想してしまった男は微妙な気分になり、一切れサンドイッチを掴んで齧る。パンはみっちり詰まって嚙みごたえがあり、意外にもチーズとよく馴染んでいた。チーズは臭いが気にならないこともないが、許容範囲内だ。よく噛み砕いていけばパンの味を堪能でき、意外と美味いことに気付かされる。店で買うサンドイッチもパン自体の味に支えられているのだろう。きっとチーズとも相性が良いのだ。質素な見た目をしている割に、実に豊かな旨みである。しかし忍者がチーズやミルクを選んでくるのはいかがなものだろうか。草は臭い消しのためにあるのだろうか。
     食べかけのサンドイッチを脇に置いて、粥を匙でかき混ぜる。チーズが緩く混ざり、持ち上げると伸びた。湯気が飛んでいくのを少し見送って口に運ぶ。もったりした粥は確かに熱く、舌を避けないとと火傷するだろう。それでもコクは感じ取れる。次は少量を掬い、よく冷まして食べる。パンは米ほど糊状にならず、比べるとさっぱりしている。舌の上でスープが染み出す。昼の時とは違いミルクとチーズで煮込まれているので、食感も香りもかなり良くなっている。チーズにがっしりと支えられた味は何も考えなくても美味しい。これはよく味わって食べたいものだ。
     3人は黙々と食べ進める。余裕がある時はのんびり食事をする青年も、今晩は積極的に食べていた。彼がこの島でこんなに食べ物に夢中になることはなかった。珍しく思った男が眺める。視線に気づいたように青年が顔を上げたので、言葉を投げかけてみる。
    「オウミ様はこういう料理が好きですよね」
    「まあ、そうなのかもしれん。これは美味しい」
    「また作りますよ」
    「結構だが、あんまり無駄なことばかりするなよ」
     あえて煽り文句を考えずとも、勝手に悪口になるのは青年の美徳なのかもしれない。その可愛らしさに男は顔が綻んでしまう。隣の少年は青年に非難の目を向けた。
    「オウミさんが食べたいって言ってくれないとオレもこれ食べらんないですけど」
    「作り方は教わったんだろ」
    「オウミさん、馬鹿」
     少年は男からのゲンコツも恐れずに言い放ち、粥を掬って食べる。その目が煌めいていくのを青年はじっと観察したが、鼻は啜られず、水が頬を伝うこともなかった。料理の優しい味に涙腺が緩んでいるらしい。
     青年も粥を口に含む。まだ温かく、柔らかい舌触りと乳のコクが心地よい。ゆっくりと味わううちに口内から消えていく。懐かしい気分が湧いてくる。改めて味わってみれば、なぜこんなに染み入る味がするのか不思議であった。しかし少年も美味しいと言っているので、ただこの料理が美味しいから感情が揺れ動くのだろう。
     青年がそんなことを考えていると、少年は涙声で男に話しかけていた。
    「みつうろこさん、長生きしてください」
    「なぜ」
    「長生きしてくれないと、これ食べらんないからです。あと、刺身とか」
    「自分で作ってください」
     まだ半泣きの少年を男はあしらう。のどかな光景に青年は笑みが溢れる。こんな時はただひたすら穏やかでいられるのだ。噛み締めるように粥を頬張る。
     嚥下すると、やはり昔にも体験したような気がする。そして何気なく目線を少し上げると、ランタンの向こうに匙を持ったまま動いてない男の手がある。青年の中で何かが噛み合っていく。
     男と出会って、しばらくした頃の記憶だ。
     とある日に、青年は男に誘われてレストランに行くことになった。以前滞在していた街は国が豊かだったのか人が多かったのか、今いる島とはまた違う豪華な料理を提供する店が多かった。食べることが好きな男は探索帰りや休みの日にいろんな店を開拓したりしていた。
     連れてこられた店で青年はホワイトソースのシチューというものを食べ、初めての味に感動する。食事のマナーもそこそこに、手が進むままに頬張った。
     ふと視界に男の皿が目に入る。彼は手を動かしておらず、料理があまり減っていない。不思議に思って顔を上げると、優しげな笑みを浮かべた男がこちらを見つめていた。目があった彼は、さらに笑顔を深めて吹き出す。嬉しそうな顔で穏やかな声色で、もう少しゆっくり食べればいい、と言った。
     誰も取らないですよと付け加えられて青年は少し腹が立ち、そっちの食事は全く進んでないことを指摘した。すると男はまた嬉しそうに笑って、子供を宥めるように返事をした。こんな時に年上風を吹かせるのはどうなのだろうか。
     2人での食事が再開すると、青年は何やら気恥ずかしくなる。男もゆっくりと茶色のシチューを味わっている。たったそれだけのことで、この場所が安全だと分かってしまうのだ。他人に守られながら温かく美味しいものを食べていることが、とてもくすぐったかった。
     青年は思い出した記憶に愕然とした。男に守られる幸せを感じた自分がいたのだ。
     様々な思いが駆け巡る。それらを全てぶち撒けてはいけないとも感じる。隣の少年がゆっくりと食事をしているのを妨げてはならない。普段ならば絶対にこんなに他人に気が回らないのに、強く守りたいという気持ちが湧いてくるのがとても奇妙だった。常時とは何か違う己に寒気がする。
    「オウミ様」
     男が青年に声をかけた。真顔で一点を見ている彼が気になった。少年も声に反応して顔を上げる。2人の視線を受け止める青年は口角を上げ、目を伏せた。また瞳を動かして男を見て口を開く。
    「思い出したことがある」
    「そうですか」
     興味なさげな返事に青年は頷き、食事に戻る。少年はそのやりとりを見てしばし考え込むが、問題は何も起きてないと判断し、同じく食事に戻った。


     真夜中。青年は寝付けずにいた。少年が眠っているのを入念に確認し、ベッドから起き上がる。雨音が聞こえる。
     開け放たれている窓辺に寄り、水粒を浴びる。小さい雨粒は心地が良い。まとわりつく湿気は誰かの愛情によく似ていると思った。
     男は青年を守ってきた。それはいつからだったのだろうか。この島に来る時からと言えるかもしれないが、もしかしたら出会った時から守られていたのかもしれない。
     しかし男は何度も青年から興味を無くして、果てには存在すら認識しなかったこともある。今後いつまた青年に愛想を尽かすのか分からないのである。
     いや、それでも男は自身の時間を青年に費やしてきたのだ。最期には裏切られるだけかもしれなくとも、あの人物は興味もないものに時間を浪費するような無駄なことはしない。男は青年に何かしらの価値を見出している。
     男の献身を申し訳ないと思うならば、ありがたく受け取って感謝を示すべきだった。それが正しい行いだ。
     ベッドの方から衣擦れが聞こえた。男がシーツから抜け出そうとしている。青年の起きる気配に目が覚めたのか、または元から起きていたのか。彼は寝台から降りて青年のま隣までやってきた。
     寝ていたせいで捻くれた彼の髪の毛が気になる青年は、腕を伸ばして手櫛で整える。男は照れ笑いをし、相手の額に強めの頭突きをした。そこそこ痛い。
    「オウミ様」
    「痛いぞ。なんだ」
    「何を思い出していたんですか」
     甘える声で男は囁くので、睦言のようだ。彼は食事の際に青年が言った「思い出した」の意味を、正しく理解し行動しているのであった。長い付き合いの賜物に収まらない、これもまた彼の甲斐甲斐しさだ。
     青年は顔に顔を擦り付けられながらも、両手で男の髪を撫でる。押し付けられる力は強くなった。やはりこの人は湿気と似ている。
    「前の街、マギニアで食べたシチューが、美味しかったことだ。それを思い出していた。お前に連れて行ってもらって、嬉しいと思っていたらしい。多分お前も、笑っていただろう」
     男は話を聞いて、過去を少し振り返り、青年の体に腕を絡める。腰と背中をしっかりと引きつけて包容し、相槌をうつ。青年も背中に抱きついた。
    「俺はあの時からお前に、守られ、お前を頼っていた。今もそうなんだな」
    「オウミ様」
     男はまた名前を呼んだ。目の前の首元に顔を埋める。青年の顎は押し上げられて上向き、話すのをやめる。そしてされるがままに空を眺める。夜の曇り空は快晴の空よりも均一である。
     話が止まりすることが無くなると、青年はふと今度は今日の探索で思ったことを話したくなった。
    「なあ。セイガイハもだいぶ育ってきた。今度1人で狩にいかせてみようと思う。あいつは下手に人数がいる場より、少ない方が暴れられるはずだ」
     男は青年の声帯の震えを頬で感じる。確か機械兵を育てていたのは、とある討伐対象を打ち滅ぼすために、ギルドの戦力強化をしたかったからだ。よほど単独で大きな力を放てるのか。浮かんだ疑問は一旦は飲み込み、代わりに曖昧な返事が口をついた。
    「それはそれは」
    「ゆくゆくはこの島に残し、残党の片付けを任せる。あいつにとってもその方が良いだろう。あんなに故郷が好きな子なんだ」
    「討伐の目標も彼に任せるのですか」
    「いや、それは俺たちでやる。なんでも1人に背負わせるのは、いくら血肉がないとはいえかわいそうだ」
     思い切って質問してみれば、ここ最近の新人育成の意義について考え直さなければならないような答えが返ってきた。
     今の青年の話を聞いたら皆が徒労に対して憤るだろうか。恐らくそれよりも、やっぱりそうだったのか、と人間臭さに安心するだろう。新人の機械兵に構い続けていたのは島に滞在するための言い訳だったことに、ギルドの何人かは気づいているはずだ。そして機械兵を連れて行かない選択にも皆は賛同するのだろう。男はそんなふうに思った。
    「いずれはこの街を出るつもりでいるのですね」
    「ああ」
    「次はどこまで行きますか」
     青年は答えない。しがみつかせていた腕をだらりと落とした。割と想定内の行動だった。男は言葉を促すように包容をきつくする。
    「オウミ」
    「俺は大罪人ではない普通の人間だ。それでもお前に頼り切っていたことを見ぬふりをし、被害者でい続けようとした。こんな己を許すことができない。許せないこと自体が甘えなのだがな。だが許しがほしい。俺は悪かった」
    「そんなふうにアレコレ思うのはまだ完治してないからです」
    「違う。傷つくのが恐ろしいだけだ。結局俺は卑怯だ。お前と居ても俺はこのまま変われもしない。ならアイツらの遊び道具で居た方がまだ生きる意味がある」
    「帰ったら余計に傷を抉られるだけだ」
     男の腕はますます力む。言葉も静かな唸り声となっていた。逆に青年の体からは力が抜け切る。深い息が出ていくと体はさらに萎んでしまった。
     男の腕の中で青年が小さく呼吸をする。縮んだ体が脱力して少し膨らみを取り戻し、さらに息をゆっくりと吸う。
    「苦しい。緩めろ」
     青年の言葉で拘束が緩められた。ゆっくりとした肺の動きが分かる。そして男の胸板に手が当てられて、また距離が自然に開いた。2人は見つめあった。
     お互いが瞳の色を覗き、青年は構える。そして勢いよく男を突き飛ばした。
    「お前に捨てられるのも、もううんざりなのだ」
     男の身は受けた衝撃にされるがままに離れ、よろりよろりと数歩後方に下がった。呆然とした様子でいる。
     先ほどの思いやる言葉といい、今の無様な姿といい、弱った男を見ることも増えたものだ。青年の怒りは強くなる。いまさら慰められても不快なだけだ。こんなに小さい人間が他人を操ろうとしていたなど、高慢が過ぎる。この男の全てが憎い。なのに相手はこちらの気も知らずに口角を上げている。
     男が笑っている。笑っている?とても違和感がある光景だった。彼の見開かれた目が輝きだす。曇天の白さだけでこうも瞳は光るだろうか。
    「分かりました」
     男は今にも吹き出しそうな楽しげな声を出すと、身を屈め腕で顔を押さえ、何かしらの衝動を堪えている。青年は自分の行動に後悔をした。冷たい汗が滲み出る。毎日バケモノを切り捨てているような男が、頓馬と評判の青年の動きを捉えられないはずがない。
    「オウミ様は、やっぱり良いですねえ」
     泣きそうな声なのは笑っているからだ。
    「久しぶりに曇りが晴れた心地です」
    「わらうな」
     青年は込み上げる恐怖に懐かしさを感じている。感傷ではなく逃避だ。男が顔を上げて再び目が合う。それだけでもこの部屋を飛び出したくなるが、少年がまだ寝ている。
     無意識に後退りをしていた青年の脚がベッドについて、跳ねて驚く様をまた笑われる。距離もあっけなく詰められて、男の両手に頬から耳までをしっかり包み込まれる。彼の瞳孔の奥に狭く暗い暗がりがあるような錯覚をする。
    「俺もあなたのことを手放したくありません。いつまでも一緒にいましょうね」
    「俺は、帰るぞ。お、俺は帰らなければならないんだ」
     青年も負けじと応じるが、どうしても声が震えてしまう。
    「なぜ?」
    「俺はやはりそうしなければならない。国に帰って曽祖父の国を続かせなければ。それが正しい道だ」
    「でも愛されたいんですよね?」
    「だから、それはもう無理だから帰るのだ。もういいだろ。はなしてくれ。はなせ」
    「守られていたのに愛されないですか。言ってることめちゃくちゃですよ」
     男は顔いっぱいの笑顔を浮かべる。口角は最大限引き延ばされ、目は周りに皺がよるほどに細められ、己がどれほど不気味な表情をしているのか分かっているのだろうか。そもそも彼は本当に同じ人間なのだろうか。
    「本当に。オウミ様。俺だけのものです」
    「うそを」
    「大元凶の討伐、頑張りましょう。生き延びましょうね。楽しみですね。大丈夫ですよ。一緒にいられる方法はちゃんとあります」
    「おまえ」
     男が額と鼻を付けてきた時、丁度空が光る。遅れて轟きが響き渡り、雨足が強くなる。
    「オウミ様。あなたが素直にならないのは俺の悪行のせいです。先ほどの言葉でようやく痛感しました」
     男の表情が見えないので、急にしおらしくなった真意が量れない。激しい雨音に張り詰めた空気は続く。
    「なのであなたにこの身を捧げる程度は容易いのです。そのかわり心は貰っていきます」
    「意味が、わからぬ」
     普段なら笑い飛ばした男の言葉は、今は妙な説得力を帯びているように青年は感じてしまった。男の術中にはまっただけかもしれない。しかしいつか碌でもない形で実現されそうな予感があった。それは何度も見てきた、男にまとわりつく死のイメージのせいなのだろうか。
     男は青年に抱きつき、ベッドに誘導する。隣り合って横になるためにど真ん中で寝ていた少年をよかすと、寝ぼけまなこを瞬かせている。青年は壁際に寝かされて男と向き合った。この場所はさっき男が寝ていた場所だ。
     空は鳴り止まない。男はすでに満足そうな顔で青年を見つめ、頭部を抱き寄せるように撫でている。何に満足しているのか青年はには不思議でならない。
    「もし全滅したらどうする」
    「一緒に死ねるなら、それも悪くないじゃないですか」
     あっさりと答えられ、彼の本心なのだと思わせられる。青年は己の中にまた別の恐怖があることに気づいた。男の言葉に感じた説得力は、男の死に対する強い不安だったらしい。
     自覚してしまうと感情は一気に膨れ上がる。男の懐に潜り、心の音を聴く。そんなことをしても、今まで感じ取れずにいた感情は収まることはなかった。激しい雨音と雷鳴は世界を遮断する。このままこの男に抱かれていたかった。絆されたいつかの日から、願い続けていたことであった。
     震える青年を男はいつまでも慈しみ撫でた。この光だけは地の底まで攫う。攫えないのであれば己の存在を深く刻みつけよう。
     遠からず、青年は泣くことになる。男は独りよがりな贖罪を行う。しかしそのような日は来ず、2人揃って脅威の前に散るかもしれない。
     ただ、もう青年が国に帰ることはない。
     



                    終わり!
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