バレンタインその1カップケーキ
世界樹という未踏破の地は冒険者を惹きつけてやまない。そのすぐそばにあるエトリアの街は、そんな冒険者達をもてなすために栄えた憩いと休息の場であった。
その街のとある宿の一室、甲高い声で盛り上がる3人の冒険者がいた。数多あるギルドの1つに所属する彼らは、時折こうして集まり、ガールズトークなるものをしていた。
話題は様々である。戦闘での役割の悩みから、肌や髪の手入れ方法に、気になる人の気になるところなど。
大抵は主催者であるパラディンの少女が話題を振る。今日もそうであった。まっすぐ伸びた金髪の彼女は、スケイルという名前だ。
「あの、人に手作りの料理を渡すのって、どうだと思いますか?」
「渡す人にもよると思うけど、千鳥ならちゃんとスケイルが作った物だと分かれば食べると思うよ」
「究極の茶番だ、ってお兄ちゃんなら言う」
当たり障りのない返答をしたのは、セという名のバードだ。明るい金茶の髪をさらりとなびかせる、涼しげな顔の美人である。
冷や水を浴びせたのは、真っ黒いローブを羽織った少女で、名はタカラという。カースメーカーの彼女は少し陰りがあるが、年相応に背伸びをしたがるところもある。今の冷や水も、可愛らしい悪態なのだ。
「気をつかわせてしまいますかね、やっぱり」
「何か渡すつもりなの?」
今日のスケイルは元気がない。言葉もどこか歯切れが悪く、普段ハキハキと話す彼女らしくない。
「えと、バレンタインの日に、お世話になっている方に、お菓子を贈るらしいとお店の方から聞きまして、やってみたいなと」
「そういう商法」
「タカラ黙って。バレンタインね。もうそろそろだっけ」
どうやらスケイルは悩んでいるようだ。
好きな人に贈り物をしてみたい。それも自分が手作りした物を。たが手作りの料理を他人に渡すのは、一歩間違えれば非常識とも取られかねない危ない行為でもある。
やってみたい欲と、それは自己満足だと引き留める冷静さで彼女は揺れている。
「実はもうレシピ本は買っていて…。お二人は渡したりしますか?」
だが思い立ったら即行動するスケイルは、すでに本は買っていた。
スケイルの問いに、2人は返事をそっちのけて、それぞれの大切な人に思いを馳せる。
「オレは…カンゼかぁ、そうか、渡すのカンゼになんだ。え、どうしよ、カンゼに?ウソ」
「そういうの、お兄ちゃん…嫌がらないかもしれないけど」
セのお相手はカンゼという名前のメディックの青年だ。
普段は明るいムードメーカーだが真面目な面もあり、それでいて少し冷めたところもある。さらにアクセサリーをたくさん身につけたがる悪趣味さや、少し間の抜けたところも可愛らしい。
と、セは酔っ払うたびに垂れ流すのだが、それを流せる程度にカンゼはセに甘い人物である。
タカラの兄はアルケミストのホカケといった。彼女は2人きりの家族である兄のことをとても慕っている。兄も妹のことを何よりも大切に思っているようであった。
ついでにスケイルの好きな人は、先程名前が出ていた千鳥という名のレンジャーである。ギルドのリーダーで、良き統率者として皆から慕われている。
スケイルは同じ金髪ロングの千鳥のことを兄のようだと思っていたが、最近は自分の中にもっと違う感情があることに気づいていた。甘酸っぱいのである。
このギルドの良いところは、各々の想い人が被らず見事にカップルと恋人未満が成立したり、1組の兄妹は非常に強い絆で結ばれていたりするところである。予定調和なくらい三角関係など存在しないのだ。
「そ、そしたら3人で作ってみませんか?成功したら渡す!ダメだったら…各自別途で用意して…というかんじで」
「それは、夢みたい…」
「考えもしなかった」
セとタカラは夢見ごこちになっていた。あまり余裕のある行事に縁がなかった2人である。夢のまた夢の世界の話だ。
先に目が覚めたのはセだった。現実問題と向き合わなければ生きてこれなかった経験が生きた。
「そしたら練習しないと!一回じゃどんな感じかも掴めない!材料買って調理場も借りるよ。スケイル、レシピ本ある?」
「へ?本ならここに」
贈り物をするからには、必ず喜んでもらえるものか、それなりの質のものでなければならない。体を売って生計を立てていたセは、それを骨身に染みて知っている。いくら優しい相手だとしても、がっかりさせれば契約は打ち切られてしまうかもしれないのだ!
スケイルから手渡されたレシピ本を奪うように受け取ったセは、本のページを捲る。そして自分が買って贈ったことがある菓子の名前を探して開く。
開かれたページの項目は「フィナンシェ」だった。このレシピでは特段難しい作り方ではないが、手順や事前に揃えるものがやや面倒くさい。
「材料は…えっと、何これ、分からないのばっか…ウス、ハクカコナ?」
「スナトウ?」
「薄力粉は小麦を粉末にした物で、砂糖は甘い粒で…」
スケイルは己と2人の常識の乖離具合に戦慄した。
別に、おかしいことではない。冒険者とは実にいろんな者がおり、社会の裏で生きていた者も少なくはない。天真爛漫で冒険者として経験が浅いスケイルも、さすがにその辺りは学んでいる。
目の前の2人が並々ならぬ暮らしをしていたことも知っている。本人達から直に聞いたから。ガールズトークで得られる知識は多い。
いやしかし、だからといって割と基本的な食材まで知らぬとは。
スケイルはさりげなく本をセの手から取り、他のページを開く。そのページは「カップケーキ」の作り方が載っていた。こちらは材料も作り方もシンプルだが、カップを選べばそれなりの見栄えになる焼き菓子だ。
スケイルは家で母親からケーキの焼き方を教わっており、1人で作れるほどの腕前と知識は持っていた。
「材料は、私知っているので後日買いに行きましょう!もう市場もお店も閉まっているので。あと作るものはこっちにしませんか?ボリュームもあって、アレンジもしたらかわいいですよ!」
「そうか、食べ物売ってるところはもう閉まってるんだ。じゃあ仕方ない」
「でもこれでいいの?」
「我々は初心者ですから。最初は簡単なものでも美味しく作れるのが大事なんです!ね、セさん!」
「うん。テクニックよりも満足させられないと意味はないし、むしろマイナスだから。的確に良い所を刺激しないとね」
その日はレシピの材料の確認を行い、解散となった。
料理とは食材を火で炙ることだと思っていたセとタカラは、スケイルの料理の知識に感心し通しだった。
スケイルも、事前に食材とその扱いをこの2人に共有できたことに、冷や汗を拭った。このまま2人に料理をさせたら、料理どころではなかっただろう。
そして後日の休日。3人は朝から街で食材をそろえ、宿の調理場を借りて菓子作りの練習に挑む。
フレーバーのアレンジには結局手を出さないことになった。初めて料理をする2人がいるのだ。まずは美味しく食べられる物を完成させることが大切である。
途中、タカラがなかなか柔らかくならないバターに軟身の呪言を浴びせようとしたり、セが滋養強壮のために虫や拾った木の実を生地に入れようとしたりしたが、スケイルがなんとかガードをしてことなきを得た。
その問題行動さえ除けば、意外にもセとタカラは手際がよかった。多少の覚束なさはあれど、レシピとスケイルの手本通りに手を動かした。
食べる相手が自分の大切な人ともなると、樹海探索並みに、いやそれ以上に真剣になるセとタカラなのだ。
出来上がったカップケーキも見栄えはまあまあ、味はそれなりのものだった。これならなんとかなりそうである。
スケイルは料理スキルによる応用により、甘さを控えたものも作った。千鳥はそこまで甘いものは好きではなかったはずだ。
3人は結果をもとに反省会を行い、当日はより良いものを作れるように誓う。ケーキはこの時のお茶受けに全て消えたので、甘い香りに少し期待していた男性陣を密かにガッカリさせることとなった。
それから後日。バレンタインの前日たるその日。ギルドが探索から帰って、後処理も明日の準備も済ませた後、3人は再び調理場に立つ。
そしてつつがなく、前回よりも見栄えの良いカップケーキを作ることに成功した。
ところでバターをふんだんに使った焼き菓子というのは、焼きたてよりも冷ましてからの方が味が落ちつき、より美味しくかんじられるものとされる。なのでケーキはしっかり保管し、翌朝再び三人は集うこととなった。
「おはようございます。昨晩はお疲れ様でした。あとは包むだけですね」
「窯の使い方も覚えられた」
「カンゼがこれを食べるんだ…」
それぞれがそれぞれの思いを抱く。カップケーキも、それぞれの裁量によって味や見た目に差異がある。
味見と朝食を兼ねて、余分に作ったものを食べてみる。しっとりとして少し重みのある生地は、バターの香りが次のもう一口を誘う。きっとこれは、とても美味しいという感覚だ。
「良かった、美味しい…。美味しい、ですよね?」
「美味しいんだと思う」
「うん…」
お互いのを分け合っても、甘さに違いはあれど、もう一口したくなる感覚に違いはなかった。見た目だけでなく、味も問題なさそうだ!
3人は渡すと決めた分を紙袋に詰める。そしてこれをついに贈るのだ。
「ダメでも…砕けるしかありません!砕けても別の方法で何度でもやり直せるんですから!皆様、ご健闘を!」
「カンゼなら食べるよ」
「お兄ちゃんも普通に食べると思う」
「ち、千鳥さん…!多分平気なはず…」
そして3人はそれぞれ戻る場所に散っていった。
スケイルは泊まっていた部屋の扉の前に立ち、深呼吸をする。そして意を決したように、扉を開けた。
「千鳥さん。も、戻りました」
「ああ。なんだ、そんなに焦らなくても、探索に出るまでにはまだ時間はあるぞ」
「は、はい!」
やや挙動不審のスケイルに、千鳥という男性は笑いかける。スケイルは緊張と恥ずかしさで顔が熱くなった。
千鳥は椅子に腰掛け、手帳と睨めっこをしていた。最近、樹海の先の道への攻略に手こずっており、その打開策を練っているのだろう。どこか鋭さもあるその顔は、スケイルに罪悪感を抱かせた。
千鳥さん、あんなに真剣に世界樹に挑んでいるのに、私は自分のやりたいことに興じてしまった。しかもそのために探索の時間を少し割いてもらっているのだ。こんなことに浮かれている場合ではなかったかもしれない。
しかしやってしまったものは仕方ない。もう腹を括ってやり切るしかないのだ。鎧もまだ着込むには十分に時間がある。さあスケイル、進め!
「あ、あの、千鳥さん。朝食って、もう食べられましたか?」
「ん?そういえばまだ食べてないな」
「そ、そうですか!そしたら、もしよければ、お菓子なんですけど、…コレ、た、食べませんか?わ、私が、作ったやつなんですが!それでもよければ!」
「いいのか?ありがたくいただこう」
千鳥は手帳を近くの机に置き、スケイルから包みを受け取った。
中身を確認して、つい思わずといったように笑う。拳ほどのまんまるいカップケーキが4つ詰まっていた。心がくすぐったくて、笑顔を抑えられないのだ。
千鳥はケーキ入りの袋を抱えたまま、部屋を出て行った。何も言わぬままの彼の行動にスケイルは途端に不安になり、部屋を右往左往する。
スケイルが30往復したくらいに千鳥は戻ってきた。水筒にお湯を入れていたらしい。
泣き顔のスケイルに千鳥はさすがに謝る。このケーキをそのまま単品で食べるのは勿体無い気がした、と慰めながら2人分のお茶を作る。熱湯にティーパックを浸す簡易的なものだが、その香りは場の空気を温めた。さらに生姜を加えると、とても体が温まる飲み物になる。
机を移動させて、1人は椅子、もう1人はベッドに座る。寝泊まりするだけの宿の部屋は、それほど調度品が揃っていないのだ。だがそうしてまで2人で飲食を共にするのは、とても楽しい。
スケイルは差し出されたお茶を一口して、少しホッとしたのを感じていた。千鳥もようやくカップケーキを手に取り眺める。
「なかなかのものじゃないか。これを作ってたのか」
「ありがとうございますっ。お店のものには、敵いませんが」
「料理できるなんて意外だなあ。あ、いや、見たことがなかったから…。た、食べてもいいかな?」
「実は、家で手伝いとかしてまして!ど、どうぞ!」
千鳥はいよいよケーキを口にする。カップを剥いて齧ると、乳製品の芳しさが鼻腔を抜ける。甘味も抑えられてとても食べやすい。滅多に食べるものではないが、気取らない素朴な味ゆえか、懐かしさすらあった。
「美味いな」
「そうですか⁈よかったです…!」
千鳥は大きな口で平らげていく。そんな彼の所作に、スケイルの鼓動は速くなる。
背の高い彼は、食べる量も比例して多いことをスケイルは知っている。だからケーキも大きめに作ったのだ。
もう一つ目のカップを剥き始めた千鳥の手に収まるケーキは、なぜかそこまで大きく感じられない。それもまたスケイルを赤くさせた。
「でも、千鳥さん。昨日は探索の早帰りしていただいて、すみませんでした」
「たまにはいいと思う。最近行き詰まっていたのもあるし、いい気分転換にもなった」
「はい」
「それにしても本当に美味しいな」
重たい生地を温かい紅茶で流し込むのも、また風味がよく溶けて美味しい。せっかく4つあったケーキを全て食べてしまうのも勿体ない気がする。悩ましいところだ。
「材料はどこで?」
「朝の市場と、少量しか使わないものは小売店で。足りないものはタカラちゃんに買い足してもらいました。この時期は食べ物の保存がきくからありがたいですね。夏だったらバターも卵も、都度買わないとでした」
「市場か。面白そうだな。俺は食品の買い物とかはさっぱりだが、スケイルはそこで買い物ができるのか」
「おか、母が使っていたのもを揃えるくらいしかできませんよ。野菜と穀物くらい。値切りも、相場も、いまいち把握していませんし。それに、今は冒険者ですから、あまり縁のないところです」
「素養はあるんだな。そういうやり取りができれば暮らしは楽になる。いいお嫁さんになるんだろうな」
「およ⁉︎⁉︎」
「は⁈す、すまないっ、失言だった!」
スケイルは千鳥から溢れた単語に意識せざるを得ない。千鳥もまた、礼を欠いた言葉だったと慌てて謝る。
千鳥はたびたび失言や毒舌を無自覚に吐いて、ギルドのメンバーの心を抉ることがある。今回の「お嫁さん」もその1つにすぎない。
なにより別に”千鳥の伴侶”という意味ではない。スケイルは何度も心の中で唱えて、なんとか心を落ち着ける。千鳥も申し訳なさそうにはしているが、スケイルのように照れて赤くなっているわけではないのだ。
それに自分達は冒険者だ。互いに想いあい結ばれたとして、いつ片方を失うか分からない。今日だって、もしかしたらこれが最後の食事になるかもしれない。
冒険者の中には、大切なものを一切作らないと決めた者もいる。大切なものを失うと辛いから、失っても痒くないもので身を固める。とても合理的だ。
だがスケイルは合理的な人間ではない。目の前の男を好きになり、お菓子を手作りして渡してしまった。
おそらくそれは、冒険者として良いことではない。スケイルはパラディンとして活動してから半年は経っているが、1年は経っていない。いまだに覚悟ができていない己の未熟さにため息が出る。
「誰かと家族になるのも素敵なことでしょうけど、私たちは冒険者ですからね。家庭はきっと重たいです」
「うむ、そういう考え方の者もいるな。俺も誰かと添い遂げる未来は思い描けない。だからスケイルには、できたら冒険者稼業から足を洗ってほしいと思うこともある。お前ならそれ以外の暮らしもできそうだからな。まあ俺が口を出すことではないが」
「そうですか」
「あとこれは日頃から言っているが、もし自分だけが生き残ったら、ちゃんと逃げるんだ。振り返らずに地上までな。俺たちを助けようとか一切考えるな」
「…はい」
暗に向いていない、と言われているのだろうか。そうかもしれない。パラディンの役割は皆の盾になることだというのに。
スケイルが冒険者になったのは、世界樹の謎に惹かれたからである。それは彼女の中の、在りし日の父の姿でもあった。
スケイルの父親は、かつて世界樹に挑んだ冒険者だった。幼い頃に聞いた冒険譚の数々は、スケイルに強い憧れを抱かせた。
話の中で次々と強敵を仕留めていく父。習って矢をつがえてみるも、幼い彼女の腕力では、弓の弦を十分に引くことができなかった。そこで代わりとして、剣と盾を模した木の棒と板を渡されたのだ。
彼女が育った山には、熊や猪などの、人より強い動物も棲んでいた。彼女を育てた親は「狩られるなら狩れ」という思考の持ち主で、子供たちに防衛手段として戦闘訓練をさせた。兄弟の中でも一番大らかで注意散漫なスケイルは、弓矢よりも剣よりも盾の扱いが上手くなっていた。
武器を扱うごとに増していく世界樹への憧れ。もしかしたら私も父のように世界樹に挑めるかもしれない。
階層ごとに大きく姿を変えるという樹海。そこにいるモンスターや植物は、一体どんな風貌をしているのだろう。
そしてそれらは、一体どんな味がするのだろう。
……スケイルの父は、名うての狩人であり、冒険譚は必ず食事シーンが出てくる。
ちなみに父親は今なお現役で、今も実家がある山を駆けて獲物を仕留めている。だからスケイルは市場での肉の相場をいまいち知らない。
さらについでに言うならば、世界樹の動植物は話のとおり見事に多種多様で、見応えはあったのだが、あまりスケイルの食欲をそそらなかった。鹿や猪ならいいのだが、カマキリや蜘蛛はできれば食べたくない。
さてなんの話をしていたのだったか。そう、スケイルは今落ち込んでいる。憧れのギルドの先輩に、冒険者を辞めてほしいと思っている、と言われたからだ。
しかし彼女は、己が冒険者に向いてないから落ち込んでいるわけではない。彼女はその程度のことは気にしない。
彼女は今、冒険者として諦めなければならないものに対して落ち込んでいる。誰かと深い関係を築くこと。探索と恋の両立はできないのか?
無言のスケイル。一方の千鳥は、残り2つのケーキをじっと見つめ、食べるか悩んでいた。
先程の話題が湿っぽかったことを全く気にしないのは、おそらく千鳥の美徳である。鈍感で冷徹なのではない。非常に理性的なのだ。
「…ふむ。やり残して後悔しないように、やりたいことはすぐにやってしまうのは大事だな。してほしいことがあれば、多少わがままでも強請ってみるとか」
そう言って、千鳥は3つめのケーキを食べはじめた。
「その意味で、このケーキは嬉しかった」
「ええ、楽しかったです」
千鳥さんは優しい。スケイルは思う。この人は、自分のわがままを気にさせないようにしてくれているのだろう。でも、かえって申し訳なくなってしまう。
「いやそうではなくてだな、俺はスケイルに手料理を振る舞ってもらったことが嬉しいという意味で言ったのだが…」
スケイルは思わず千鳥の顔を見た。千鳥はただの困り顔だ。自分の言葉の意味を履き違えられたから訂正しただけで、そこにそれ以上のものはない。
それでも顔が熱くなったスケイルは、早合点だからと、今言われた言葉の意味を必死に理解しようとした。
何度も言葉を反芻してありきたりな点をさがす。なのに胸の高鳴りは強くなる一方だ。
なにしろわざわざ訂正してまで、「あなたに作ってもらえて嬉しい」と言われているのだ。しかも「してほしいことがあるなら、我儘でもねだってみるのも手だ」という言葉の後に。お世辞だろうか?いや、千鳥がこんなに上手いお世辞を言えるわけがない。
よくよく思い返してみれば、先の千鳥の言葉も、少し期待できなくはないものだったかもしれない。「生きろ」や「危険な仕事を辞めろ」というのは、別に仲間内でも普通にありえるやり取りだ。だがそれらの言葉の前に「誰かと添い遂げる未来は思い描けないから」と付くのはどういうことなのだろうか?
流石にそこまでは考えすぎだと思う。だがスケイルは、千鳥の言葉に彼からの好感度の高さを感じてしまう。
口角が上がるのを抑えられない。スケイルは感情を抑えるは得意ではないから、幸せな気持ちは素直に溢れてしまう。
「千鳥さん、私もすごく嬉しいです。千鳥さんに喜んでもらえたので!」
スケイルは満面の笑みを浮かべた。そんな彼女に、千鳥は体温が上がるのを感じた。生半可ではない熱は心を騒がしくさせる。耐えきれず千鳥は、僅かながらにそっぽを向くのだった。
千鳥26歳、スケイル17歳。だから千鳥はギルドのメンバーからロリコンだとか誹られるのである。
それから千鳥は全てのカップケーキを腹に収め、今日の探索に向けて準備を開始した。スケイルも急いで身支度を済ませて、準備に加わった。
チェックアウトを済ませ、2人でメンバーの集合場所に向かうがまだ誰も来ていない。時間が経つと、タカラとその兄のホカケ、刻限ギリギリにセとメディックのカンゼが走ってきた。皆思い思いに過ごせたようである。
今日はタカラが留守番をする。特別なことはなにも無いと言わんばかりに、タカラに素っ気なく見送られて出発する。
もちろん皆生きて帰るつもりである。でもそうならないかもしれない。それならば思い切り毎日を楽しむしかない。
楽しい思い出が心を裂く日が来るかもしれなくとも、それでも虚空で満たすよりは性に合っている。と、スケイルはそう思っている。だって千鳥が肯定してくれたのだから。
スケイルは単純で明るい少女なのだ。
終わり