ウィンホリの帰路 大変な経験を共に乗り越えた相手とは特有の絆が生まれるという。ミドルスクール時代、どこかの運動部のジャージを着た集団が話しているのをすれ違いざまに聞いた。大変な経験とは、彼らの所属する部活の厳しい練習だったり僅差で逃した勝利だったりを指すのだろうか。
当時は他人事だと思って聞き流していたそれが、ナイトレイブンカレッジ入学以降少しだけわかるようになった気がする。例えば入学初日のドワーフ鉱山、死にそうな思いでどうにか魔法石を手に入れられた時、絶対に仲良くなれないと思っていた同級生とハイタッチしてしまったこととか。
今回の状況も、それに当てはまるのだろうか。
現在はウィンターホリデーの真っ只中だ。学園に残ると言っていた監督生から、僕やエースのマジカメに「スカラビアに監禁されている」というメッセージが来て、それを最後に連絡が途絶えてしまったときは本当に肝が冷えた。急いでエースと共に飛行機、電車、バス、船を乗り継いで賢者の島まで戻ってきたが移動の間じゅう生きた心地がしなかった。
ほうほうの体でスカラビア寮までたどり着いたと思ったら何故だか宴の最中で、監督生もグリムも楽しそうに踊っていて、僕たちはすっかり気が抜けてしまった。何事もないなら本当に良かったんだが。
豪勢な料理もほどほどに、アジーム先輩の「せっかく友達になったんだからもっとゆっくりしていけよ!」という言葉も気持ちだけありがたく頂戴して、僕とエースはお暇することにした。オクタヴィネルの奴らがいるところに長居は無用だし、早めに帰らないと地元までの移動中に年越しを迎える羽目になる。エースと二人きりで船に揺られているときに「あ、年明けたわ。オメデトー」と言われるなんて絶対に嫌だ。
帰路についてエースと話し合った。行きはとにかく早く着くようにと必死だったが、他のことを考える余裕ができた帰りは考慮しなければいけないことがある。
「飛行機に乗るから、かなり財布が厳しいんだよな……」
「ほんとにな。一番安い飛行機を選ぶとすると……早朝の4時出発で、8時間の待ちが発生しそう。カプセルホテルにでも入る?」
「いや、勿体ないだろ。僕は空港で待てる」
「オレも大丈夫」
お金はないが体力はあるという二人の意見が一致し、空港で一晩を明かすことになった。
とはいえ、移動続きだったのに加えて監督生と連絡がつかない心労が思ったより体に堪えていたようで、エースは搭乗口付近の椅子に座るなりすぐに寝息を立てはじめた。夜の空港は人もまばらで、静寂が辺りを支配していた。そういえば移動手段の決定はほとんどこいつに任せきりで、頭を使っていた分疲労も大きいのだろう。僕も眠くなってきたが荷物を見張っていなければいけない。
上半身をぐらぐらと揺らしながら寝ている姿が危なっかしくて、肩を引き寄せて僕にもたれ掛からせた。僕の肩に頭をのせて気持ちよさそうに眠るエースの繊細な睫毛を眺めながら思いを巡らせる。
大変な経験をした、というのであれば、これまではエース、監督生、グリムの3人と1匹で共通だった。だが今回は、監督生とグリムの身の安全を心配するという点において同じ気持ちを共有したのは僕とエースの二人きりだ。
家族ではない誰かとこんなに長い距離を移動するなんて経験は初めてだった。その間、ずっと二人きりで過ごすなんてのも。公共交通機関だから他の客がいるのは別として。
ベタベタ触られるのは好きじゃない。なのに、肩に感じるエースの頭の重みが、そこから伝わってくる規則正しい呼吸がこんなにも心地いいと思えるのは、いったいどうしてなのだろう。今この瞬間、エースと体温を共有している、そう自覚するとなんだかむず痒い気持ちになってくる。
「ん……」
エースが頭を動かすたび、僕の鼓動はどきどきと跳ねて、柔らかい猫っ毛に直接心臓をくすぐられているみたいだ。
世の中の人はこの気持ちを絆と呼ぶのだろうか。今エースに抱いているこの感情は……上手く言い表せないけど、監督生やグリムに感じる気持ちと違う気がする。
吸い寄せられるようにエースの頭に手を伸ばした。手のひらで自分の髪とは違うわしゃわしゃとした感触を確かめる。ああ、これで心臓を撫でられたら心がざわめくのも仕方ないな。瞼は印象的なチェリーレッドをすっかり覆ってしまっていて、今まで意識して見てこなかった彼の頬がピンク色なことに気付く。
しばらく無心で頭を撫でていると、こちらへ向けられた視線があるのを感じた。それは少し離れた席に座っている老婦人だった。見られていたことが恥ずかしくて手を降ろしたが、その人はにこにこと微笑んでいる。
あなたなら、この気持ちが何か知っていますか。これって本当に世間の人が言うような絆なんですか。
エースに触れているときの温かいような、少しだけ居心地が悪いような、もっと触れていたいような感情がそうだというなら、僕はきっと皆のようには絆とやらを語れない。
肩口で眠るエースを起こすのがしのびなくて、老婦人に話しかけることは叶わなかった。ただ、その人はすべてわかっているとでも言うように黙って微笑んでいる。
エースは僕にすっかり体重を預けて、相変わらずの寝息を立てていた。
初めて知った感情を持て余すデュースを一人置いて夜が更けていく。