ひまわり「あ。せや、ギャタ兄! 八坂の姐さんが最近ギャタ兄が会いに来てくれへんて、寂しがっとったで」
非番の日、ちょっと散歩にでも出かけようとしたボウは、門の付近で留吉の声が聞こえて立ち止まった。
少し悩んだが、おそらく話が長引くことはないだろうと思い、離れたところで待つことにした。久し振りに会うであろう二人の邪魔をするのは憚られたのだ。
「あー……オイラ、姐さんたちには会いにいけねぇなぁ」
「えっ、なんで? 新選組、そんな忙しいん?」
「いや、そういう訳じゃなくてよぉ……なんてぇか、姐さんたちに会うことで、悲しませたくねぇやつができたってぇか……」
「え!? なになになに!? そういうことなん!? ギャタ兄、ついに身ぃ固めるん!?」
「おい! 声がでけぇ!」
身を固める、という言葉に、ボウは大きな体を縮こませて屯所の影に身を潜めた。
もしかして、聞いてはいけない話なのではないかと思ったが、どうしても、その場を離れられなかった。
「そんなんじゃねぇよ……おい、これ言いふらすんじゃねぇぞ」
「そんなんちゃう言うても、いずれはそういうこと考えとるから、そない言うんやろ? なぁなぁ、どんな人? あの遊び人のギャタ兄を射止めた人、めっちゃ気になるわ〜。なぁ、誰にも言わへんから教えてぇな」
「あーもう、口滑らすんじゃなかったぜ……ほら、遅くならねぇ内にとっととけぇりな!」
「まだ明るいからええやんかぁ。なぁ、やっぱり新選組の組長はんともなると、ええ出会いがあったってことなん?」
「あー! もうこの話は終わりでい! ぜってぇ誰にも言うなよ!」
「ちぇー、ギャタ兄のけち!」
留吉をしっしと追い払ったギャタロウは、やれやれと肩を竦めると、屯所の中へと戻っていった。
それを影で見送りながら、ボウは初めての感情に、ぎゅうっとこぶしを握りしめた。
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「ボウ! おいこら! どこ行きやがった!」
ギャタロウの声が聞こえてきて、ボウは慌ててその場から逃げ出した。
そこにいた他の替え玉の仲間たちは、そんなボウを止めることもなく、見逃してくれる。
「あっ、あいつまた逃げやがったな!?」
「ちょっとギャタロウちゃん〜、ボウちゃんに何したの〜?」
「なんもしてねぇよ! あいつが勝手に逃げ回ってやがんだ」
「何もしてないのに逃げる訳なくない?」
スズランとギャタロウが話すのを背中で聞きながら、ボウはなるべく早く足を動かした。
あの、留吉とギャタロウの会話を聞いてしまってから、もう三日、ボウはギャタロウと顔を合わせられずに逃げ回っていた。
あの時から、ボウはギャタロウの顔を見ると、ぎゅうっと心臓が苦しくなって、いてもたってもいられなくなってしまうのだ。
ボウとギャタロウは一緒に行動することも多かった為、それはすぐに新選組内に知れ渡り、昨日も平助から隊の実務に差し障るから仲直りするようにと言い渡されていた。
ボウも、このままでいいとは思っていない。新選組に入ってから、ギャタロウの側にいられるのは幸せだった。新選組には辛い勤めもあったが、ギャタロウから与えられるのは嬉しさと喜びばかりだったのに。
考え事をしながら歩いていたからか、気付いた時にはボウは行き止まりにいた。
慌てて引き返そうと振り返ると、そこには息を切らしたギャタロウが、ボウを睨みつけていた。
「やーーーーっと捕まえたぞ、ボウ!」
「マ!?」
「さぁて、なんでオイラから逃げてんのか、洗いざらい、話してもらおうか!」
「マ……」
絶対逃さないという気迫のギャタロウに、ボウは観念してその場に俯いて座り込んだ。
そんなボウを見て呆れたのか、ギャタロウの大きく溜め息を吐くのが聞こえてきた。
「……オイラ、おめぇさんに嫌われたのかい」
珍しく、弱々しく放たれた声に、ボウはぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
「あぁ、そうかい。それなら、まぁ……」
衣擦れの音と気配で、ギャタロウがボウの前に座ったのが分かった。
「なぁ、ボウ。なんでおめぇさんがオイラから逃げ回ってんのか、とんと見当がつかねぇんだが……その訳を、ちょいと聞かしてもらう訳にゃいかねぇか? その……おめぇに避けられるのは、かなり」
つれぇ、と消え入るような声で呟かれて、ボウは思わず顔を上げた。
ギャタロウはあぐらをかいていて、俯いていたので表情は見えなかった。
その体はいつもより小さく見えて、ボウは身につまされる思いだった。
「ギャタロウ、オデ……ゴメン」
「お……? 話してくれる気になったのかい?」
そう言って顔を上げたギャタロウは、いつもよりずっと弱々しく笑っていた。
謝ったものの、その言い出しづらさに、ボウはもじもじと自分の手指を絡ませて遊ばせる。
「…………ギャタロウ、お嫁さん、貰う?」
やっと声に出せたその言葉に、ギャタロウはぽかんと口を開けた。
「は? なんでい、その、突拍子もねぇ話は」
「この前、留吉と話してるの、オデ、聞いちゃった」
「留吉……? あ!? あれ、おめぇ……いや、ありゃ違ぇって……オイラ、そん時もそう言ってたろ!?」
ギャタロウの言葉に、ボウは素直に頷いた。
「うん、言ってた。でも……いつかは、貰う?」
「……おめぇ、それでオイラのこと避けてたのかよ」
また頷くと、ギャタロウの手が伸びてきて、わしゃわしゃとボウの頭を撫でた。
「あん時の話ちゃんと聞いてたか? オイラ、悲しませたくねぇやつがいるって言ったろ?」
「うん」
「それが、おめぇだよ、ボウ」
「……オデ?」
「おうよ。オイラな、おめぇを悲しませたくねぇ。だから、ボウが悲しむようなことはしねぇよ」
ボウは、ギャタロウが好きだ。ギャタロウにずっと笑顔でいてほしいと思った。
「マ……お嫁さん、貰うと、幸せ……オデ、ギャタロウに、幸せ、なってほしい」
「おう。ありがとな。でも……ボウは、オイラと離れて嫁さん貰うかい?」
ギャタロウの問いに、ボウはぶるぶると首を横に振った。
「もらわない……! オデ、ギャタロウ、好き! ずっとギャタロウと、いたい!」
「それだよ」
「? それ?」
「オイラも、おんなしさ。ずーっとボウと一緒にいる。ボウが一番、好きだからな」
「……オデ、一番……?」
「お? 言ってなかったか?」
ふるふると、ボウは首を振った。
「マ、初めて。……オデ、ギャタロウの、一番……」
「そういうこって。もうオイラ、とっくに腹ぁ決めてんのさ」
「?」
ギャタロウの言葉の意味が分からず、ボウは首を傾げる。
そんなボウを見て、ギャタロウはにへらっと笑うと、両手でボウの頬を包み込んだ。
「おめぇさんはオイラの宝物だ。一生、添い遂げてやっからな」
その言葉が嬉しくて、ボウは手を回してぎゅっとギャタロウを抱きしめた。
「マ! オデもー!」