いつか花火の下で窓の向こうで、低く響く音が夜空を震わせた。
どーん。
少し遅れて、淡い火薬の匂いがかすかに漂ってくるような気がする。
「…近くで花火大会、やってるんですよね」
シーツの中で、風見の足が降谷の足に絡みついている。わずかに低い体温が心地よく、すべすべとした太ももが動くたびに、熱がゆるやかに伝わってくる。
その感触をたどるように視線を上げれば、背中に回された腕が、離すまいとするように強く抱き寄せていた。
降谷はその胸に額を預け、耳の奥で響く鼓動と花火の音を重ねる。
「そうだな」
「来年は行ってみたいです。ここの花火大会」
耳にかかる声が、夏の夜よりも甘い。
「長岡とか大曲はすごいらしいぞ」
軽く言いながら、指先で風見の背中をなぞる。
その指の軌跡を追うように、風見の肌がわずかに粟立つ。
「テレビで見たことあるけど、空が全部埋まるんだ」
「…全部…それは圧巻でしょうね」
想像しているのか、息がふっと熱くなる。
「じゃあ、いつか行こう。長岡も大曲も。しっかり休みを取って」
「…はい」
短く答える声は、胸の奥まで沁みるほどやわらかい。
“いつか”
それがすぐに来ないことを、二人とも知っている。
今はほんの数時間の逢瀬しかない。
今日だって、ほんの数時間前に突然予定が空いて、やっとこうして会えたのだ。
花火も、浴衣も、屋台も、夏の風物詩に触れる余裕はない。
どーん。
また一つ、遠くで花火が開く。
けれど降谷の視線は、外ではなく、目の前の長いまつ毛と、ゆるく色づいた唇に落ちる。
熱がまだ肌に残っていて、何げない言葉の切れ間に指先が頬をなぞる。小さく瞬くまつ毛の動きに合わせて、指が一度だけ止まった。
「普通の恋人みたいだな」
「こんなに会えなくてもですか?」
「……君が『いつか』を約束してくれるから」
そう言いながら、降谷は風見の唇に短く口づける。
花火の光はここまで届かないが、触れた場所だけがじんわりと灯る。
風見はそのまま降谷の頬に手を添え、今度は自分から唇を重ねた。
「じゃあ…その『いつか』は必ず叶えます」
「花火大会と、お泊りと…旅行がセットで」
「…はい。普通の恋人がやるみたいに」
風見は小さく笑いながら目を細めた。
二人の間に、まだ花火の音が鳴っている。
夜空の下でなくても、今はこの腕の中だけが、世界でいちばん華やかで温かい場所だった。
未来を夢見ながら、もう一度、深く抱き合う。
肌の温度も、花火の残響も、離したくなかった。
(おわり)