にょにょ
公安部に籍を置き続けて二カ月。
後天的な女体化という異常事態に巻き込まれた風見は、それでも職務を全うするために懸命に振る舞ってきた。だが体格の変化は想像以上に大きく、現場での動きにも制約が出た。上層部は判断を下した――降谷零の連絡役から外す、と。
「黒田管理官、お願いします。まだやれます、自分は……!」
面談の席で風見は食い下がった。
「風見。君の能力を否定しているわけではない」
管理官は静かに言葉を置いた。
「だが、適材適所だ」
淡々とした一言が、鋭利な刃のように胸を貫いた。
その日の夕方、降谷から連絡が入った。
《今日は僕が作る。うちに来ないか》
声は努めて平静だったが、どこか気遣う響きがあった。
食卓には降谷の手料理が並んでいた。焼き魚の香ばしさと、出汁の利いた味噌汁の湯気。箸を取ると、どれも整っていて美味しい。
――美味しいはずなのに。
「……降谷さんは、本当に料理が上手ですね」
自分でも驚くほど声が掠れていた。
普段なら笑顔で称えるべきところを、言葉は重く沈む。
降谷が首を傾げる。
「どうした」
「なんでも、ありません」
それ以上は言えなかった。
食事が進むにつれて、喉が詰まっていく。
任務から外された悔しさ。
料理一つ取っても、自分より降谷の方が上手いという現実。
――自分は、なんの役にも立てない。
次の瞬間、ぽたりと涙がこぼれた。箸が手から滑り落ち、味噌汁の椀がかすかに揺れる。
「……ごめんなさい」
唇が震えて、声が漏れた。
「情緒すら整えられないで……あなたのそばにいる資格なんか、もう……」
俯いた肩が小刻みに震える。普段は冷静で真面目な風見が、こんなふうに感情をむき出しにするのを、降谷は初めて見た。
椅子を引く音。
次の瞬間には、降谷の腕が風見の背を包み込んでいた。
「……資格なんてものは、いらない」
囁くような声が耳元に落ちる。
「僕は今はじめて気づいたんだ。君には、笑っていてほしい。そばにいてほしいんだって」
温もりに包まれて、風見は嗚咽を堪えきれなかった。
降谷の手が頬をそっと拭う。涙で濡れた肌を指がなぞる。
「こんなこと言われたくないかもしれないんだが、僕に風見、君を守らせてくれないか」
気がつけば、唇が重なっていた。
優しく、ぎこちなく、確かめるようなキス。
慰めでも義務でもなく、ただ「君だから」与えられる温度。
風見は泣きながら笑った。
自分にはまだ、ここにいる理由があるのだと。
(おわり)