飢え最初にあいつを見たときは、なんとも思わなかった。上っ面だけの笑顔、たまに見せる暗く、淀み、誰も信じていない目、よくあることだ。そいつは、スラム育ちだという。制服を買う金がないのかいつもシャツを一枚着ているだけだった。周りにいるやつは笑うか、哀れみの目を向けるだけだった。同じだ。誰も信じられず、相手の顔色をうかがいながら会話をする。昔の俺と同じだった。周りを見ながら、王の弟として振る舞わなければいけないあの時と。ある日、あいつが他の寮の奴らに絡まれていた。なんで、スラム出身の奴がいるんだ、ゴミ溜めに帰れ。そんな内容だったと思う。だが、俺はそんな内容より、あいつのほうが気になった。まるで勝ちを確信したような目。薄っすらと笑っている口元。本来ならば危機的状況のはずだが、あいつはそれを楽しんでいた。少し目を離しただけだった。しかし、あいつにはそれで十分だった。次に見たときには、全員が地面でのたうち回っていた。もう、あいつはいなかった。ただ単に、興味が湧いた。これからあいつがどんな動きをするのか、と。次の日、あいつを俺の部屋に呼んだ。うわべだけはにこにこしているが、内心怯えているのがわかった。名前はラギーというらしい。使えなさそうだったたら捨てよう。そう思ってた。そう思っていた…はずだった。あいつは、優秀だった。勉強は苦手だが、家事はすべてあいつが…ラギーがこなしていた。ラギーはいつも、笑顔でこちらの様子を伺いながら生活していた。俺に対して本気で怒ったことはなかった。あの時までは。俺がオーバーブロットしたとき、あいつが初めて本気で怒ったのを見た。その姿を見た瞬間、できないことを夢見て本気になろうとするあいつにむかついた。必死になっているラギーにむかついた。小さい頃、努力すれば王になれる。兄貴を超えられると勘違いしてた俺に似ていたから。だから…。
俺は、あいつを殺そうとした。
ラギーと一緒にあのときの俺の記憶を消そうとした。消したかった。だが、消せなかった。あの日から、砂になりながら、恨み言を言うラギーが夢に出てくる。何度も止めようとした。だが、止められなかった。どんなに頑張っても、最後にラギーは砂になる。怖かった。あいつが、何度も何度も死んでいく夢を見て。俺の魔法で砂になっていく姿を見るのが怖かった。ラギーの首、腕に残ったあの日ふの傷跡。それを見るたびに眼の前で砂になってしまうのではないかと、怖くなった。だから、あいつとはもう会わないようにしようと思った。
『もう、俺のところで働かなくていい。』
そう言ったとき、あいつは呆気にとられていた。それもそうだ。1年間働いてきた雇い主に明日から来なくていいと言われたのだから。しばらく立ち尽くしたあとラギーは何も言わずに俺の部屋を去っていった。部活にも来なくなった。ずいぶんとあっけないものだった。それからというもの、ラギーがいない生活はなんとも味気なかった。もとの、生活に戻るだけだと思っていたが、それだけではなかった。あいつが残していった傷跡はあまりにも深すぎた。ラギーがいなくなって2ヶ月がたった。ある日、部活が終わり部屋に戻ると、何食わぬ顔であいつがいた。何もなかったような顔をして。あいつは、こっちに気がつくと笑ってこう言った。
「おかえりなさい。レオナさん。」
俺はすぐさまあいつを追い出そうとした。なぜ戻ってきたと、聞いた。だが、あいつは静かな声でこう語った。
「俺2ヶ月間、実家に戻ってたんです。ばあちゃんが倒れちゃって…。近所の医者も治るかわかんないって…でも、大きい病院行く金もないし…だから、学園長に頼んで2ヶ月休んでました。」
そんなことどうでも良かった。なぜ戻ってきた?なんでここにいる?なんで…俺を楽にさせてくれないんだ…
「レオナさん。なんでレオナさんが俺に来るなって言ったかは大体想像がつきます。でも、俺…この2ヶ月間ずっと怖かったんです。ばあちゃんが、死ぬかもしれないって聞いた瞬間、ひとりぼっちになるんじゃないかって怖くって…。」
あいつは泣いてた。静かに涙を流しながら淡々と話していた。一人の寂しさは俺が一番わかっている。今まで信頼してた奴、話していた奴が一瞬にして消える恐怖。あのときもそうだった。俺のユニーク魔法が初めて発動したときも、周りから人が消えた。
「レオナさん…俺を…一人にしないでください…」
あいつにつけた深い傷。俺は今からでも治せるだろうか。このまま、遠ざけて本当に俺はあいつのことを忘れられるのか?
「ラギー。俺はお前を殺そうとした。それがわかったうえで俺のそばにいたいって言ってるのか?」
「はい…だって、レオナさん俺がいないと何にもできないでしょ?」
そう言ってあいつは笑ってた。
なにが正解だったのだろうか。今考えてもわからない。