乾き誰かに本気で怒ったのはあれが初めてだった。
スラムにいたときでさえも、あんなに怒ったことはなかった。
サバナクローの寮長が夕焼け草原の第二王子だと初めて知ったとき、できるだけ関わらないようにしようと思った。
忌み嫌われ者の第二王子。まだ小さかった頃近所の噂で聞いた。第二王子は全てを砂に変える魔法を持っている。そして、気に入らない者は全て砂に変えてしまう、と。
とにかく問題を起こさないように、穏便に学園生活を過ごしたかった。ばあちゃんへの仕送りをしながら、普通に過ごせればそれでよかった。
あの日から俺の中の何かが変わった。
部活が終わった後、寮長が
「あとで俺の部屋に来い」
と言ってきた。
もしかして昨日、他寮のやつを殴ったところをみられてたのかそんな考えが頭の中を渦巻いていた。、
だが、そんな考えは一瞬で消えた。
「俺の駒として働け」
そう言われた。特に断る理由もないし、相応の対価も貰える。
「わかりました」
そう答えるしかなかった。
相手は第二王子。反抗すれば俺の首など一発で飛ぶ。それですむならまだいいほうだ。それよりも機嫌を損ねてスラムの皆に迷惑がかかるのだけは絶対に避けたかった。
それから俺は第二王子、レオナさんの身の周りのしたくや面倒ごとの片付けなど全て押し付けられるようになった。
レオナさんは俺に衣食住全てをくれた。のは良かったけど…
「あぁぁぁぁもう!!!!なんで、服が脱ぎっぱなしなんですか!ちゃんと、まとめて洗濯かごに入れてくださいって言いましたよね?!!今日の晩ごはん野菜たーっぷりにしてほしいんスか??!!」
「あぁ?うるせえなラギー。俺は今昼寝してんだ。邪魔すんな。」
「もう、夕方っスよ!」
いつもこんな感じ。レオナさんはなーんもしてくれないし、寮長会議にもでないし、ぐうたらしてるし。
俺がいなくなったらどうするつもりなんでしょうね?
でも、こんなに楽しく仕事をできてたのは短い間だった。
あのときレオナさんを止められなかったら、俺が砂になっていたら、どうなっていただろう。
今でも腕にヒビの跡がうっすらと残っている。
そんなの俺にはどうでも良かった。
今まで通りレオナさんの手伝いして、金がもらえてれば。
それで良かったのに。
「もう俺のところで働かなくていい。」
そう言われたとき、言葉が出なかった。
頭の中が一瞬真っ白になった。
あぁ…俺もう用済みなんだ。真っ白な頭の中で唯一考えられたのがこれだった。
レオナさんの手伝いができるのは俺以外にもたくさんいる。結局、俺は捨て駒だったんだな。
俺は勘違いしてたんだ。
心の何処かで、期待してくれているんじゃないかって勘違いしてたんだ。
少しでも期待した自分が馬鹿だった。
なのに、なんでこんなに苦しいんだろう。
結局何も言わずに部屋をでていってしまった。
そのすぐあとだった。ばあちゃんが倒れたと聞いたのは。
すぐにスラムに戻った。
スラムは謎の流行り病で死んだ奴らの死体がそこら辺に転がってた。
幸いにもばあちゃんは生きていた。
すぐに近くの病院に連れて行ったが、医者にも治るかわからないと言われた。
それから2ヶ月間ばあちゃんの治療費を貯めるために働いていた。でも、いくら経っても目標の金額には届かなかった。それも当たり前だ。スラムの人間は通常の倍の治療費がする。
最下層の奴らから金を搾り取る。
そうして、儲けた金を貴族たちは私利私欲のために使っている。
血反吐が出るような思いをして稼いだ金も半分は税を納めるために消える。
しかも、貴族の連中は王宮の奴らにはバレないようにやっている。
それを知らずに、国王のせいだと信じ込み暴動を起こした奴らをたくさん見てきた。
王宮の奴らにとったら王に対して狂言を言う無礼者だろう。
そのせいで死んだやつもいる。
だから誰も逆らえない。
学園長から認められた休みは約2ヶ月間。
間に合うわけがなかった。
最後にばあちゃんに挨拶をしてから学校に戻ろうと思った。
ばあちゃんは家のベッドで静かに横たわっていた。
「ばあちゃん。俺、学校に戻るね。治療費溜まったらまた戻って来るから…すぐに戻ってくるから…。」
涙が出た。悔しくて、悲しくて。
「ラギー、早く学校に戻ったほうがいいんじゃないの?」
急にばあちゃんは言った。
「前に手紙で尊敬できる人がいる。その人についていきたいって言ってたじゃない。今はその人のもとで働いてるって言ってたじゃない。」
「ううん。もういいんだよ。お前はもう来ないでいいって言われちゃったし…」
「ラギーはそれでいいと思っているのかい?」
「…」
「もしそうじゃないなら、ちゃんと相手に自分の思いを伝えなさい。自分はどうしたいのか。何をしたいのか。」
ばあちゃんは静かにゆっくりと話した。
自分が今何をしたいのか。
「ばあちゃんありがとう。俺、学校に戻るね。」
学校に戻り真っ先にレオナさんの部屋に向かった。
レオナさんに一刻でも早く会いたかった。
「レオナさんっ……え?」
レオナさんの部屋につくとそこは魔窟と化していた。
散らばったアクセサリー。脱ぎっぱなしの服。そこら辺に転がっているマジフトディスク。
静かな怒りが込み上げてきた。
いくらレオナさんでも洗濯くらいはできると思っていた自分がバカだった。
あの人は洗濯ができないんじゃない。
面倒くさくてしたくないだけだ!
「はぁ…。とりあえず、洗濯物の仕分けしてその後…」
カタン
その時何かが落ちる音がした。
そして、入口の方を見るとレオナさんがいた。
「おかえりなさい。レオナさん。」
「てめぇ、なんで戻ってきた。なんで、2ヶ月も学校を休んでた。なんでそんな顔でここにいられるんだ。」
レオナさんは俺のことを追い出そうとした。
今ならやっとわかる。
レオナさんの気持ち。
あのとき、なんで俺に来るなと言ったのか。
怖かったのだろう。
自分のユニーク魔法で俺が砂になってしまうのではないか、と。
今思えば、オーバーブロットした後のレオナさんはやけに優しかった。
言われずとも寮長会議で出たり、なぜかドーナツを買ってくれたり。
その時は気まぐれだと思っていたけど、今考えるとレオナさんなりの罪滅ぼしだったのだろう。
レオナさんは変なとこで口下手だ。
「俺…」
全部話した。
ばあちゃんが倒れたことも。
そのせいで学校を休んでいたことも。
レオナさんとこれからも一緒にいたい、ということも。
レオナさんは、驚きながらも最後まで聞いてくれた。
「ラギー。俺はお前を殺そうとした。それがわかったうえで俺のそばにいたいって言ってるのか?」
怖くないって言えば嘘になる。けど、
それを上回るような安心感がある。
「はい…だって、レオナさん俺がいないとなんにもできないでしょ?」
何が正解だったのか。今でもわからない。