未定静かな部屋でホールハンズの通知音が鳴った。まだ帰ってきていない風早先輩からの連絡か?確認してみると朔間先輩からの連絡だった。
今日は薫くんと夜ご飯を食べて帰る。
当たり障りない返信をして、スマートフォンを手放した。
UNDEADの仕事は増えたけどメンバー全員が呼ばれるよりも、二枚看板と呼ばれる二人と後輩組と呼ばれる俺様とアドニスの二人でそれぞれ呼ばれることが多い。そのせいか、最近朔間先輩と顔を合わせる機会が減った。
「…羽風先輩と二人で夕飯か……」
無意識に呟いた自分に驚いてしまった。
気分転換のためにテレビをつけてみると、偶然、先輩が出演している恋愛ドラマが流れた。
「君のことがずっと好きだったんだ」
「う、嬉しい…!」
「俺と付き合ってほしい」
タイミングが悪いというかなんというか。そもそも気分が沈むきっかけはこの人だってのに。
「好きだ。ずっとそばにいてほしい」
こんなこと言われたことあったっけ。
昔は言ってくれてたかもな。
俺様と朔間先輩は付き合っている。
いや、付き合って、いた?
朔間先輩を知って、UNDEADを結成して、普通のユニットメンバーとして過ごしている中で、手を繋いだりキスをしたり、肌で触れあって夜を超えたことだって何度もある。
恋人だった期間は確かに存在していた、と思う。そういう行為をする二人のことをそう呼ぶなら。
そんなようなことを昔は言ってくれていたし。
だけど、ソロの仕事やユニットの仕事が増え始めてから二人の時間はほとんどなくなった。
俺様も朔間先輩もわざわざ言わないけど、自然消滅ってこういうことなのだろうと思っている。
恋人同士だった二人が別れる別れないを言葉にしないで自然消滅することなんてあんのかよ、と様々な恋愛ドラマやバラエティの仕事で見聞きして疑問に思っていた。それを、この数か月で実際に体験して、どこか納得している。
これからのことを考えると、自然消滅が一番後腐れなく終えられる。
いつの間にか終わっていました、あの頃のことはなかったことにしましょう、二人の思い違い、若気の至りってやつでした。
それが一番他人に戻りやすい。
「君のことをずっと大事にする」
「はいっ…」
遠くにいる朔間先輩の甘い言葉は、自然消滅を受け入れようとしている俺様の中をグサグサ傷つける。
「…先輩」
俺様はまだまだあの人のことが好きだ。
物思いにふけて、その名前を呟いてしまうくらいには。
告白をしたあの日から好きだっていう気持ちは大きくなるばかりで、恋人としての時間が取れなかった期間も、その気持ちが冷めることはなかった。
「羽風先輩と馬が合うのはわかるけどよ…なんだよ」
薄汚い嫉妬は、そんな言葉になってどこに届くこともない。
ぶちんとテレビの電源を切った。このくらい簡単に、自分の中からあの人を消せたらいいのに。
あの人が俺様と付き合ったのなんて多分気の迷い。もしくは、血を吸うためや人肌恋しいときに手っ取り早かったとかそういう理由だ。
昔から今もなお女の人に絶大な人気を誇っていて、友人知人もたくさんいて、その中から俺様を選んだのが奇跡みたいなもんだ。
「具合が悪いからわんこの血が飲みたい」
昼間のライブを終えた後に真っ青な顔してそんなことを言われたら、悪態をついても拒否することなんて絶対できない。
首筋に先輩の唇が触れたら、ただの先輩と後輩の境界線を越えたような気になって、他のことはもっとやりやすかった。手を繋ぐとか抱きしめるとか、なんかそういうことは簡単にするようになって、目が合ってぼけっと数秒見つめていたらキスされて、あとは流れに身を任せて、だ。
触れ合うことで尊敬や憧れの念は愛情のようなものに変わっていったし、不自然な男同士のボディタッチは毒みたいに日常に滲んでいった。
それがなくなって満たされないのは俺だけだった。そういうことだ。
「うおっ」
渦巻く思考に小石を投げ入れたのはスマートフォンの着信音だった。
「風早先輩か…?」
画面を確認すると最近ドラマで共演したばかりの年上の女優の名前が表示されていた。普段なら連絡先を交換することはないけど、打ち上げの場でみんなで交換することになりその場の空気を壊さないようにした結果だった。
「もしもし」
「も、もしもし、大神さんですか?」
「えっと…そうです」
「すみません、夜分遅くに」
「部屋にいただけなんで…大丈夫です」
用件に心当たりがなくて頭の片隅に浮かぶ疑問のせいで会話が頭に入ってこない。
「先日の打ち上げのときに連絡先をお聞きしてから、いつか連絡したいと思っていて…その…連絡してしまいました」
「あっ、え…」
「急にすみません…」
「いやそんなことは…全然、大丈夫です」
十分くらい当たり障りない会話をして電話を終えた。緊張か、非日常による高揚か、心臓が痛かった。