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    Shiori_pow

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    Shiori_pow

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    !注意! 離別エンドのヒス晶♀です。
    1行目で無理だと思ったら逃げてください!!

    【ヒス晶♀】好きだと思ったひと 好きなひとの部屋で、一夜を過ごした。
     そんな言い方をすれば、様々な事実が暗黙の了解のうちに組み立てられて、私たちは言い訳しようもなく恋人同士として扱われる。だけど、薄いカーテンを透かして眩さが睫毛の先をくすぐった朝、好きなひとの温度の隣で目覚めても、私たちはまだ恋人同士にはなれていなかった。緩く瞼を持ち上げれば、少しだけ見慣れたワンルーム。
    「おはよう」
     と、言った好きなひと、の面差しは淡い逆光に染まっていて、どこか不明瞭だったけれど、微笑んでいるのだと思った。
    「おはようございます」
     ほんの少し決まりが悪いような照れ笑いで、私は挨拶を返した。ぱちり、と瞼を瞬いて身じろげば、肩からブランケットが柔らかに落ちて、世界がだんだん明瞭になる。好きなひとの温度、昨日のままのブラウス、ローテーブルの上の不揃いのマグカップ、テレビのリモコン。私たちは静かな夜にソファで隣り合って、お気に入りの映画を観ているうちに、いつのまにか眠りに落ちた。
     そんなつもりじゃなかったのにな、と反省するくらいには、あなたのことが好きだった。だけどこういうときに、どんな言い方をすれば適切なのかがわからなかった。口ごもっているうちに、好きなひとは私の頭を撫でて、ゆっくりとソファから立ち上がった。何でもない朝みたいに、それとも、もしかしたら恋人たちが過ごす朝みたいに、コーヒーを淹れてくれた。柔らかに立ち上る香りを吸い込みながら、フィルターのふちで泡が膨らんで、ふつりと消えてゆくのを眺めた。マグカップを持つ繊細な手元が懐かしいと思った——懐かしい? どうして?
    「——晶」
     名前を呼ばれて、はっと目を瞬く。数秒、ぼうっと物思いに耽っていたみたいだ。
     好きなひとは、コトリ、とコーヒーを私の前に置いた。
    「ありがとうございます」
     微笑んで、私はマグカップに口をつける。大人びた苦味と、華やかな酸味が口内にひろがる。好きなひとは、スティックシュガーの袋を破って、さらさらとコーヒーへと溶かしてゆく。そういえば、私も昔はコーヒーに砂糖を入れていたのだけれど。いつから、入れなくなったんだっけ。

     好きなひとの部屋で、一夜を過ごした。
     結果を端的に告げたなら、友人たちは私たちが恋人同士になったのだと信じて喜んだ。でも、を言い挟む猶予はもうなくて、私の指先を離れて膨らみ始めた事実を、もう訂正することはできなかった。
     本当なら、この後も引き続き友人たちと過ごす予定だったのだけれど、「今がいちばん幸せな時期なんだから」と気のいい彼女たちに唆されて、私は好きなひとと会う約束を取り付けた。いつも通り、カジュアルなレストランで食事をした。和やかに笑って、お喋りをして、お会計をしてお店を出た。その後、は。
     好きなひとは、いつも紳士的に私を尊重してくれる。瞳にほんの少しの後ろめたさを宿して、サブスクで配信中の映画に誘われたのは、あの夜だけ。
     私と同じ歩幅で響く、好きなひとの靴音を聞きながら、ああ今夜は、もうあの瞳で私を見てくれないのだなと悟った。かつん。かつん。夜と溶け合って消えてゆく音を聞きながら、どうしようもなく切なくなった。
     だから、
    「私、」
     好きなひとの上着の袖を掴んで、あなたを引き留めた。きゅ、と布地を掴む指先に力を込めて、好きなひとの瞳を見つめた。
     好きなひとだ。
     穏やかで、ほんの少し気が弱くて、だけど優しくて、本当は揺るぎない強さを持ったひと。
     あなたのことが、好きだから。
    「……今夜も、一緒に映画が観たいです」
     ぎこちなくひらいたくちびるで、あなたの誠実さに抗った。今夜こそ、ちゃんと事実に追いついて、恋人同士になろうと思った。
     だけど、とくとくと心音が逸る沈黙ののち、好きなひとは悲しく微笑んだ。
    「晶は多分、俺のことが好きじゃないよ」
     その言葉を聞いた途端、すうっと指先から温度が失われてゆく。
    「そんなこと、」
     ——ありません、と言おうとしたのに、何故だか声にならなかった。
     晶様、と私を呼ぶ誰かの声が耳の奥で聞こえた気がした。月のひかりに秒針の響きが沈む夜、私を呼んだあなたは、誰。
    「晶。駅まで送っていくよ」
     呆然と立ち尽くす私に決して触れないようにして、好きだと思っていたひとが私を促す。一歩、靴先を進めれば、足元から地面が遠かった。

     ——晶様。今だけはどうか、あなたを俺の恋人にすることを許して。

     目を覚ましたら、見慣れたワンルームだった。昨日のままのブラウス、肩から落ちた掛布団、ベッドの足元に丁寧に置かれたバッグ。しばらく呆然としたあとに、ひとりきりの温度のベッドから出て、玄関の郵便受けを見た。そこには、猫のキーホルダーがついた私の鍵が入っていた。
     金属のつめたさを握りしめて、私はぎゅっと目を瞑った。
     穏やかで、ほんの少し気が弱くて、だけど優しくて、本当は揺るぎない強さを持ったあなたのことが、
     好きだと思ったのに。
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