声にならない甘え方西の国で起こった騒動に、シャイロック、ムルと共に何故か駆り出されたのがこの度のネロの騒動の始まりである。西の国のとある街の広場にある、カップルがならすと幸せになるといういかにも胡散臭い誓いの鐘に厄災が取り憑いてしまったのである。その鐘を一緒についたカップルは幸せになるどころか大喧嘩に発展し、もれなくみんな破局して、ついには鐘の打ち壊し計画が立ちそうになったところで街の観光資源がなくなるのを危惧した街人たちから賢者の元へ依頼が入ったのだ。依頼の難易度自体はよくあるもので、鐘についた厄災を倒したことで事態は収束した。しかし、それまで破局状態にあったカップルが一斉によりを戻したものだから、あたりは幸せ一色のピンク色の雰囲気が漂って、消極的で孤独を好む東の国の者にとってはだいぶ居心地の悪い空間になってしまっていた。
そんな空間から少しでも逃げようと路地に身を寄せたネロは、足元に擦り寄る一匹の猫に気付いた。
「なんだ、お前。随分人懐っこいのな。」
少し屈んで手を差し出すと、猫は少しの間鼻を寄せて、すぐにネロの手に擦り寄った。普段はそれほど猫と戯れるわけではないネロもこの仕草には心を掴まれてしまって、甘えられるままに猫を甘やかしていた。
「おまえ、本当にかわいいなあ」
目を細めた猫がにゃあんと鳴いて、ネロの腰にかかるエプロンに戯れ付く。
「俺もおまえみたいに素直に甘えられたら…」
ただの独り言だった。ふと溢れた本音に自分でもびっくりして、数百年思い続けて、今だに素直になれない、あいつの前で漏らすわけにはいかないと頭を振った時だった。
「ネロは猫が羨ましいの?」
後ろから急に声がして、咄嗟に振り向くと、先ほどまで広場の中央で楽しそうにカップルの周りをうろうろして観察に勤しんでいたムルがニコニコとこちらをのぞいていた。
「ああ、いや、そんなんじゃ…」
「じゃあ、猫になっちゃえばいい!エアニュー・ランブル!!」
人の話も聞かずに紋章のついた手をひらりと振ったムルが呪文を唱えたと思ったら、ポンっという音と共に、ネロの体は地面へと近づき、先程まで屈むほどだった猫が自分と同じ大きさになっていた。
「にゃあ?!」
「ムル!どうしたんですか?!…って、ネ、ネロ?!」
音と悲鳴でこちらに気づいた賢者とシャイロックが駆けつける頃には、ネロはすっかり、青みがかった黄色の瞳と水のような青い毛並みの細身の猫に変身してしまっていた。
「申し訳ありません、ネロ」
賢者の腕の中で丸くなるネロに、何故かムルの代わりに眉を下げて謝罪するシャイロックはその割に口角が上がっている。
シャイロックの話では、魔法は半日ほどで解けるが、その間ネロは魔法と言葉が使えなくなるという。賢者がムルに魔法を解くように頼んだが、ムルは気分じゃない!もしかしたら解けないかも!などとまた楽しそうに笑った。これだから西の奴らは得意じゃないのだ。
みんなに報告するという賢者に、ネロは冗談じゃないと全力で首を振って内緒にしてもらうことにした。
こんなのがバレたら、誰に何をされるかわかったものではない。特に北の連中にはバレたくなかった。まあ半日だけならカナリアに任せればネロは必要ないだろうと、とりあえず自室に隠れていることにしたのがちょうど昼間の出来事である。
その夜、ちゃっかり半日休みを満喫したネロは、自室のベッドを広々と使い、体の力を抜いて微睡んでいた。すると、突然、ドンドン、という音とともにウイスキーとグラスを抱えたブラッドリーが部屋に押し入ってきた。
ネロは手が離せないので明日まで休みだとみんなには伝えられているはずなのだ。しかし普段からネロのいない時にもまるで自室であるかのようにこの部屋でくつろぐこの男にとっては、部屋の主のいるいないなど関係ないようだった。
「よおネロ…って、いねえのか。」
ガチャガチャと雑な音を立てて持ってきたものを机に置く男の隙を見て、ネロは咄嗟にキッチンスペースの隅に隠れる。
「ったく、用事っていうから部屋でなんか作り置きでもしてるかと思ったが……お、鍋の中何か入ってるじゃねえか」
ブラッドリーは、手慣れたようにキッチンに近づき、少し視線を彷徨わせた後コンロに載せてある鍋に手をかける。
(おい!それ明日の子供達のおやつだバカ!!)
フシャーッという音が自分の喉から聞こえて、驚いたネロと同時に、ブラッドリーも予想外の音に首をすくめた。
赤い視線がキョロキョロと動いて、キッチンスペースの隅でうずくまるネロを認めると、ものの2.3歩で距離を縮められて、ネロは首根っこを掴まれて宙に浮かされた。
「さっきの音はてめえか……?ネロのやつ、隠れて猫飼ってたのかよ…」
聞いてねえぞ、などとブツクサ言いながら、ネロは宙につられたまま色々な角度からロゼにじっと見つめられた。ネロにとってはだいぶ羞恥である。
「んー?おまえなんかネロに似てるな…?」
適当なようで意外と鋭いこの男は、ネロを見てそう言った。ネロはギクリとして冷や汗が垂れる感覚がし、咄嗟に目を逸らした。その様子を見て、まあいいか。とネロの首根っこを掴んだままキッチンを物色するブラッドリーに、つまみ食いを阻止すべく暴れながら抵抗すると、キッチンの上でブラブラと暴れるネロに流石に危険を感じたのか、わかったわかったと大人しく机に戻った。
「おまえあいつにめちゃくちゃ躾けられてるじゃねえか。」
「にゃ!(せめて魔法が使えたら胡椒で追い出してやるのに!)」
「んで、ネロはいねえのか……仕方ねえ、今日はてめえと一杯やるか」
すっかり定位置と化した椅子ににどっかりと座って、ブラッドリーは徐にネロを膝に乗せた。
ブラッドリーの膝の上など、拾われたばかりのまだ小さなガキの頃に数回ふざけて乗せられたほどの記憶しかなく、ましてや今の状況は、もっと小さな猫になっている。恥ずかしさに耐えられなくなったネロは膝から降りようともがいたが、ブラッドリーのゴツゴツした手にガッチリとホールドされ、顎をくすぐられてしまえばゴロゴロと喉を鳴らして力を抜くしかなくなってしまうのだ。
ブラッドリーの持つウイスキーグラスの氷がカランと音を立てるのが響く部屋で、気づけばネロはブラッドリーの体に顔を擦り付けてゴロゴロと喉を鳴らしてリラックスしていた。
言い訳をすると、これは猫の本能であり、ブラッドリーがこんなに優しい触り方をするなんて、想像もしていなかったネロは見事に骨抜きにされてしまったのである。
「ははっ、おまえ、すっかり甘え倒して、警戒心のかけらもねえな」
大きな手が何度も体を往復して、時折筋張った指でこしょこしょと良いところをくすぐられる。
「普段のあいつもこんだけ甘えてくればいいのにな」
その言葉に、あいつとは誰か。なんて考える余裕もないほどに、ネロはブラッドリーに甘えることに夢中になっていた。誰かに甘えたのは、盗賊団でまだ下っ端のガキだった頃以来である。ましてや、ブラッドリーへの想いを自覚して、避けて、逃げた過去を持つネロにとって、この男に全てを預けて甘えられる機会がもう一度訪れるというのは、奇跡にも近いことだった。
後日、変身が完全に解けてからも、ネロは時間が空いた夜に自分で猫化魔法を使ってブラッドリーの部屋へと足を運ぶようになった。まるで中毒症状のように、猫の姿でブラッドリーに甘えることが何よりの快感になっていた。
ネロが部屋の扉を尻尾で叩く度に、ブラッドリーはネロを自分のソファに座らせてウイスキー片手に昔語りをする。盗賊団にいた頃の武勇伝や笑い話、仲間の話。そんなこともあったと返事をする度に気分が良くなったブラッドリーにぐしゃぐしゃに撫でられて、満足したら部屋に戻るというルーティンがあった。
触り方にも日によって差があって、こしょこしよとくすぐられる日や力強く撫でられる日、まるで恋人のように敏感なところを優しくいじられてトロトロにされる日もあった。
ネロはそんな快楽の日々から抜け出せなくなっていた。
それと同時に、そんな夜を過ごした次の日はブラッドリーへの対応がよそよそしくなっていることに、ネロは気づいていた。
案の定、翌朝元に戻ったネロは昨日の夜ブラッドリーに撫でられた感触が抜けなくなっていた。
朝一番で毎度のようにつまみ食いをしにキッチンへと入ってきたブラッドリーに、すぐさま胡椒を振って追い出してしまった。最近、ブラッドリーを認めると顔が赤く染まるのを感じる。ブラッドリーからしたら、ネロの部屋でたまたま懐かれたネコを構っている感覚しかないが、ネロにとってしてみれば、想いを寄せる男が、まるで恋人のように、伴侶のように自分の体を弄んで快楽の海へ突き落としてくるのだ。これで平静を保てなんて、いくら冷静な東の国の魔法使いでも限界がある。
ただ、この状況をどうにかして抜け出さなければいけないと思っていた。これ以上抜け出せなくなる前に終わらせなければいけない。最近のネロの頭はそのことでいっぱいだった。
お昼も過ぎたあたり、新しく仕込んだレモンジャムを使って作ったマドレーヌを子供達のおやつに出して、片付けも済んだ束の間の休憩時間。
自分用に取っておいた分でお茶でも入れるかと思った矢先、カリカリという音が扉から聞こえてきた。
得体の知れない音に恐る恐る扉を開けると、黒毛に灰色の毛の混じった毛の長い、赤い目をした体の大きなネコが扉の隙間からするりと入り込んできて、なあんと低い声で一度鳴いた。
「何だおまえ、どこから入ってきた?」
魔法舎で猫といえば東の国のファウストだが、流石に魔法舎の中で放し飼いにはしていない。北の連中に何をされるかわからないからである。
ムルの仕業かとも思ったが、先日の件でシャイロックにこっぴどく叱られていたのでしばらくはおとなしいはずだ。
結局、ネロは考えることを放棄して、どこからか迷い込んだネコと結論づけた。
ネロが赤目の猫を観察しているうちに、猫は大きな体の割に軽い身のこなしで調理台に飛び乗り、余ったジャムにすんすんと顔を近づける。
「あ、こらっ、それはおまえのじゃない」
今にも体ごとボウルに突っ込みそうな勢いの赤目を持ち上げて、戸棚に置いておいたファウスト用の猫用クッキーをあげると、一口恐る恐る食べて、すぐに満足げな顔で平らげた。
それをブラッドリーの定位置に座って眺めていたネロは、食べ終わって満足げに喉を鳴らした赤目と目が合うと、猫は徐に腰を上げてひらりとネロの膝に飛び乗った。
ネロの太ももを大きな肉球でふみふみと踏みしめて、数回膝の上を行ったり来たりした後、お気に入りの場所を見つけたのか、フスッと鼻を鳴らしてどかりと寝そべった。撫でろと言いたげに耳を動かしてこちらを見上げる赤目に、ネロがおずおずと手を差し出すと、猫はその手に顔を擦り付けて目を細めた。
「おまえ、甘えてんの」
「なあん」
「可愛いとこあんのな」
「俺も最近、こうやって甘やかしてもらってんだ。何百年ぶりに。」
昼下がりのぽかぽかと暖かな空気に飲まれたのか、どこか落ち着く気配のする赤目のせいか、普段なら言わないようなこともポロポロと口から溢れる。
「そいつもおまえと同じように赤い目をしてて、態度はでかいし、命知らずで危ねえことしかしねえやつなんだけどさ。」
「そいつに拾ってもらって、訳あって離れて、また一緒になって、何百年経ってもあいつは変わらなくて、一緒にいたら心臓もたねえってわかってるのに」
猫は背中を撫でるネロに身を任せ、自分の腕の中に埋めた顔から片目だけ覗かせてゆらゆらと尻尾を揺らしている。
「どうしようもなく好きで、一緒にいたいって、思っちまうんだよなあ…」
そういいながらレモンジャムの溶け切った紅茶を一口啜った。
「でも、俺じゃダメなんだ。多分。俺じゃあいつの隣には立てない。せいぜい背中側に立って付き従うのが精一杯で、隣に立って愛だの恋だのっていうのは、おこがましい。
変な勘違いとかしちまわないうちに、諦めなきゃいけないってわかってるんだけどさあ…」
そういって猫の額をするりと撫でた途端、赤目の倒れた耳がぴくりと立ち、なあんと一言鳴いたかとおもえば、ネロの胸に前足をかけてネロの顔をぺろぺろと舐め始めた。
「おい、やめろって、くすぐってえ」
ほっぺから始まり、目、鼻、最後は唇まで舐め回して満足げに目を細めた赤目は、そんなにレモンジャムがいいのかと猫クッキーにジャムを乗せようとするネロの脇をするりと抜け出して、扉の前でなあんとまた一度鳴いてするりと部屋から抜け出した。
また別の日。ネロはまた猫化の魔法を自分にかけてブラッドリーの部屋の扉を叩いた。あれからあの赤目とは対面していないが、あの時なんとなく赤目に慰められたような気がしていて、少しだけ心が軽くなっていた。
「またきたのか、入れよ」
扉を開けたブラッドリーの脇をするりと抜けて、黒塗りの少し硬いソファに寝そべってにゃあとひとつ鳴けば、隣に座ったブラッドリーに撫でられながら話を聞く。そのはずだった。
いつも通りソファにどさりと座ったブラッドリーは、いつになく上機嫌で、黒皮の上で寝そべるネロを自分の膝の上へと引き上げた。
「今日はてめえに聞かせたい話があんだよ。」
「にゃあん」
「俺にはずっと手に入れたい奴がいた。若かった頃に一度手に入れたと思ったが、どさくさに紛れて俺の手から逃げやがった。」
ネロは自分が今猫になっていて良かったと心底思った。こんな話、ブラッドリーの口から聞きたくなかった。ネロがこの男に焦がれている間、こいつは別の奴の尻尾を追いかけていた。
ブラッドリーは相当機嫌がいいのか、ネロの尻尾の付け根をふわふわと擦りながらもう片方の手で喉元を撫でている。
普段ならゴロゴロとだらしない音を立てて快楽に呑まれるネロだが、数百年の片思いが崩れようとする時にはそんな余裕はなかった。自分の心を守るのに必死だった。
「その逃げた奴とは奇跡的に再開して、今度こそ自分のものにして逃げられねえようにしてやるって、俺なりに甘やかして、キスまでして、わからせてやったと思ったんだが、どうにもそいつはそれに気づいてねえみたいなんだ。」
誰だ。たまにあいつが出かけていくところに匿っているのか
「俺に甘やかされて嬉しくて幸せだけど、俺からの愛は望めないんだと。変な勘違いしないうちに諦めたいんだと。そんなのごめんだね。」
もうやめてくれ。馬鹿げた方法だけどやっと夢見心地を味わうことができたのに、これ以上惨めな気持ちにさせるな。
「なぁ、俺はこれ以上どうしたらいい…?どうして欲しい。言えよ………ネロ。」
突然、呼ばれることのない自分の名前が出て、びくりと体が反応する。頭上から眩しい魔法陣と共に聞き慣れた呪文が聞こえて、目を開けた頃にはネロはブラッドリーの膝にまたがる形で魔法を解かれていた。急な変身にバランスを崩して、咄嗟にブラッドリーの肩にしがみつくと、ロゼ色の瞳に見上げられて、顔が赤くなるのも構わず目を背けた。
「なっ…、てめえ、いつから気づいてた!!」
咄嗟にネロの腰を支えて受け止めたブラッドリーは、赤目を細めて不敵に笑った。
「はっ、さぁな。それより、俺はどうしたらいいんだよ」
「知らねえよ、そこまでの相手なら、てめえお得意のキスでもして、はっきり好きだって言わねえと伝わらないんじゃねえの。」
もはやヤケクソだった。この魔法がバレた時点でネロの心はバレたものだと思っているし、なんならその恋愛相談とやらで、自分の心をごまかして仕舞えばいいとさえ思った。
とにかくまずはこの体制をどうにかしようと、ブラッドリーの肩に力をかけたところで、後頭部に強い力を感じて咄嗟に目を閉じると、ちゅ、という小さな音と共に唇に柔らかな感触が乗って、息がし辛くなってやっと、ブラッドリーにキスされていると気づいた。
「んっ…んんーっっ!!」
いつのまにかネロの腰を抱えていた腕はネロを離さないとばかりに後頭部と肩をガッチリと抱かれ、優しく扉をこじ開けられてしまえばもうネロになす術はなかった。背中がくすぐられるようにふるふると震え、必死についていこうとするほどに、ブラッドリーの肩に爪が食い込む。
ブラッドリーの舌が猫が口の中でおやつを探すように、ネロの口内をくまなく蹂躙する。逃げる舌を絡め取られて吸われて、酸欠と快楽でふらふらになる頃には、流石のネロでもこの行為の答え合わせは終わっていた。
「はっ…はー、てめえ、激しすぎ…」
ビクビクと不規則に跳ねる体を落ち着けようと深呼吸を繰り返すと、ゴツゴツとした骨ばった手で両頬を挟まれて、無理やりブラッドリーと目を合わされる。
「いいかよく聞けよ。…てめえが好きだ。ネロ。」
勝利を確信して不敵な笑みを浮かべる支配者の目に真正面から見つめられて、ネロは耐えられるはずがなかった。
じわりと目頭が熱くなって、心臓がドクドクと聞こえてきそうなほど鼓動する。
「あ…ぅ…」
「お望み通りにしてやったが、まだ気づかねえか?」
ネロの目尻をすりすりと撫でながら困ったようにブラッドリーは笑った。
「あほ…やりすぎだっつーの…」
そのヘタれた声にフハッと笑ったブラッドリーに誘われるままに鍛え上げられた胸に飛び込んで、すり、と顔を擦り付けると、頭の上から、その仕草、猫といえど耐えるの大変だったんだぞ、という文句が降ってくる。
それからひとしきりくっついて、朝まで熱を交わした。
ブラッドリーには、ブラッドリーの隣にいられるのは自分だけだとわからせてやると言われ、次の日ブラッドリーの部屋どころかソファから動けないほどにドロドロに甘やかされて溶かされてしまったのである。
今日の予定が台無しだとお小言の一つでもいってやろうかと目の前で自分の頭を抱えて気持ちよさそうに眠る男を見上げると、ネロが動いたのに気づいたのか、眠りながらもすりすりと頭を寄せてくるのがかわいくて、自分がこの男に甘すぎるのを自覚した。
そういえば、あの赤目はどこへ行ったのか。あれから会うことは一度もないが、もし次に会えたときには少しの礼も兼ねて特別にレモンジャムのおやつでも作ってやっても良いかもしれない。
ただあいつは我慢かきかないところがあるようなので、いつ来ても良いように猫用のおやつを増やしておくか。
ネロは、どことなく恋人と似た赤目の猫が目を輝かせておやつにかぶりつくのを想像して、控えめに笑って、恋人の腕の中でまた眠りにつくのだった。