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    仮の作品を置くところ!

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    なろう系ぽいやつ

    (仮)異世界転生しても人類最強だったけどパーティから追い出されたのでいっそ二人で森で暮らすことにした どこだ、ここは。

     自宅のベッドで眠りについたはずだった。だが今、石造りの礼拝堂のような場所に立ち尽くしている。天井は高く、ひんやりとした空気が肌を撫でた。現実感があまりに希薄だった。

    「召喚に、成功しました」
     目の前にいる白いローブの女がそう言った。リヴァイは、その言葉の意味を理解する前に、周囲を無言で見回した。

     女の他には、司祭のような格好をした人間が礼儀正しく等間隔に並び、足元には大きな円形の紋様がある。その中には、リヴァイを含め五人の人間が立ち尽くしていた。

    「ここはどこだ。説明しろ!」
     円の中の一人が荒々しい声で問いただす。女は微笑を崩さず、静かに口を開いた。
     「驚かれるのも無理はありません。ここは、あなた方の世界とは異なる次元――別の世界にある王国です」

     声が空間によく反響する。
     リヴァイはまだ、自分が現実の中にいるとは信じられずにいた。
     
     動かないはずの足は軽く、潰れた右目も視界がはっきりしている。年老いた身体はかつてのように軽く、なめらかに動いた。

     これは夢か。それとも、死の間際に脳が見せる幻覚か。

     『異世界』の話は聞いたことがある。
     物理学だったか、哲学だったか……確か、そんな小難しい話を嬉々としてしていたのはハンジだった。あいつが死んだのは、もう何十年も前のこと。仲間を見送り、戦後を生き抜き、静かに老いていくことを受け入れていた。なのに、なぜ今さらこんな――
     もういいだろう。どうせ幻覚を見ているのなら、なぜ昔の仲間を出してはくれない。自分のちっぽけな想像力に落胆した。
     投げやりな気分で、ぼうっと見知らぬ女の声を耳に入れる。

    「この世界には、"魔王"と呼ばれる、人類と敵対する存在がいます。魔王は世界を支配し、人間たちを隷属させようとしているのです。私たちはそれに対抗するため、異世界で命を落とした魂を勇者として召喚することにしました」
     ローブの女は淡々と続ける。

     「召喚された方々には、かつての全盛期の肉体と、特別なギフトが与えられます。皆さまはその力で、世界を救っていただきたいのです」



    「俺が死んでるだと……? ふざけんなよ、意味がわからねえ!」
     怒声が響き、男が地面を蹴りつける。別の一人の少女は泣き崩れ、場の空気が重たくなる。
    「第二の人生を送るとでもお考えください。この世界も、そう悪くないですよ」
     ローブの女は悲しげな笑みを浮かべて、静かに諭す。その慰めに、リヴァイの内心は冷えきっていた。

     冗談じゃねえ。

     戦争が終わったあと、やっと掴んだ平穏な暮らしがあった。ガキ共の成長を見届け、復興に手を貸し、暴力を使うことはない穏やかな余生。あれこそが第二の人生だった。これ以上、何をしろというんだ。

    「ではまず、みなさまの能力値を確認してみましょう。【ステータス・オープン】」
     女の言葉に応じて、空中に光のウィンドウが浮かび上がる。そこには、数値と肩書きらしき文字が並んでいた。

    「デイビッド様! 攻撃力92、体力85! 素晴らしく鍛え上げられた肉体ですね」
     先ほどから声を荒げていた男に対し、ローブの女は大げさな歓声を上げる。どうやら、勇者としては高水準のステータスらしい。男も得意げに鼻を鳴らし、「当たり前だ、俺は格闘家だからな」と胸を張る。
     
     次に、泣き崩れていた少女。
     「アリス様はMP87。魔術師として極めて優秀です!」
     少女は戸惑いながらも、少しずつ顔を上げる。
    「MPとはなんでしょうか……」
    「MPは、魔術に関連しています。難しい魔術を使うには、相応のMPレベルが必要になるのです。回復、強化、探索……と汎用性の高い魔術師の存在は、魔王討伐に欠かせません」
    「私の世界にも……魔術と似たような力がありました。兄にかけられた呪いを解くために頑張ったけれど、おそらく私は失敗して死んだ……。そんな出来損ないの私の力が、少しでも役に立てるなら……」
    「もちろんですよ」
     少女は、女の言葉にほんの少し救われたような表情を見せた。

     一人、また一人と女は勇者たちの卓越した能力を褒め称える。そして、召喚者たちは新たな人生に期待を抱き始めている。

     なんだ、このクソな茶番は。
     聞いていれば、召喚されたのは志半ばで死んだ若者ばかりのようだ。老衰した俺とは違う。経験値がないのか、それとも自分に経験値がありすぎるのか、女の貼り付けたような笑顔に誰も気付いていない。この、ルーティンのようになめらかな挙動に。

     そして、ついに自分の番が回ってくる。

    「リヴァイ様は……」
     女がステータス画面を覗くと、途端に表情を消した。

     リヴァイは散々説明されて、もう気がついていた。自分の目の前に表示されている数字が、どれも著しく低いことに。

    【リヴァイ・アッカーマン】
    体力  26
    攻撃力 28
    防御力 12
    回避力 15
    MP 0

    「まあ、こんなに低いステータスを見たのは初めてです。一体どういった世界からいらっしゃったのか……」
     女は気まずそうに口ごもった。
    「知るか。勇者なんかやる気はねえ。とっとと帰せ」

     投げやりに吐き捨てると、女は深々と頭を下げた。
    「大変失礼いたしました。ギフトを得てもなお、これでは……。リヴァイ様の世界はきっと力は必要ない、平和な世界だったのでしょうね……。それは良いことです。こんな過酷な世界にお呼び立てしてしまい、心からお詫び申し上げます」

     平和だと? あれが?
     巨人と戦って散った仲間たち。巨人の力に翻弄された者たち。巨人に踏み潰された大勢の無念。
     みんな精一杯だった。自由を信じて命を懸けた。それを、何も知らねえ奴らに愚弄される。それとも、この世界はあれ以上の地獄だとでも言うのか?
    「申し訳ありません。こちらで魂が定着してしまった以上、お戻りいただくには……再び死ぬしかありません」
    「……は?」
    「いえ、いえ、もちろんそんな非道なことはいたしません。特別に勇者を免除し、あなたがこの世界で暮らすことを許可いたします。お詫びとして、居住地も家もこちらでご用意します!」

     女が杖を振ると、リヴァイの足元に小さな光る円が出来た。

    「どうぞ、転移魔法でお送りいたします。そのまましばらくじっとしているだけです。すぐにあなたの新しい家に到着いたします」

     抵抗せずにいると、魔法陣が強く光を放ち始める。召喚された者たちも、その様子をじっと見ていた。

    「それでは、第二の余生を、どうかお楽しみください」

     最後に女が浮かべた笑みは、どこまでも無機質で、不気味だった。



    ------------


     転移魔法とやらで飛ばされた先は、真っ暗で何も見えなかった。吹き抜ける冷気と鼻をつく腐臭が気持ち悪い。
     ここに住めというのか? 冗談だろう。

     足音と獣の匂いがした。嫌な予感が背筋を這い上がる。
    「──ッ!」
     咄嗟に身を引くと、何かが地面に激突。振動が足元を突き抜け、質量のある何かが耳元をかすめて風を巻き起こした。

     すぐそこにいる!
     巨人ほどじゃないが、それなりにでかい、化け物が。
     視界は相変わらず真っ暗だ。音と臭い、気配だけで状況を把握するしかない。
     辺りを探りながら後退する。通路は幅三メートルほど。謎の化け物の攻撃を躱しつつ走っていると、遠くに光源を発見した。

     光る植物のようなものが、通路の先に群生している。
     一か八か、そこに飛び込むと、ようやく敵の姿を視認することができた。

     牛のようなツノを持つ、二足歩行の怪物。全高は2メートルほど。濁った眼球が光を反射して鈍く光り、剥き出しの牙が唇から飛び出している。殺気を垂れ流し、よだれを垂らしてこちらを睨んでいた。涎が石の床に落ち、粘り気を帯びた不快な音を立てる。

    「チッ……汚ねえな」

     臨戦体勢に入る。装備確認。戦うしかない。武器はないが、足元は馴染みのブーツ。充分だ。
     何年、俺があの地獄で兵士やってきたと思ってやがる。

     壁を蹴って飛び上がり、化け物の顔面に渾身の一撃を叩き込む。

     ギュイイイイイ────ッ!!

     化け物は断末魔と共に通路を吹っ飛び、姿を消した。

     ──やったのか?

     蹴りを繰り出した足に異常はない。まさかあの程度の力加減であそこまで吹っ飛ぶとは。静寂が戻り、怪物の気配も消えた。
     体が若返っている。まるでつい先日、立体機動装置で訓練をしたかのように身軽だ。改めて、顔に手をやると肌の水分量の多さを感じる。縫合の痕跡がない。手はシワも傷跡もなく滑らかだ。この感覚はおそらく、20代かそこら。

     周囲を照らすため、光る植物をクラバットで掴みむしり取る。光は消えない。松明代わりにはなるが、毒性があるかもしれない。素手はやめておく。

     あの胡散臭いローブの女――わざとこんなジメジメした場所に俺を送り込みやがったな。
     この世界で、俺は弱い、らしい。さっきの化け物には勝てたが、次はどうかわからない。
     死んだって本来行くべき場所に行くだけだ。だが、言いなりになってまんまと死ぬ気はない。
     調査兵団ならどうする。
     ここで諦める奴は、一人もいないだろう。

     とにかく、外への出口を探すことにした。
     歩いていると、分岐に出くわす。その先は行き止まりになっていたり、別の種類の化け物がいることもあった。そいつらは同じように一発蹴りを入れて倒した。会敵には毎回身構えたが、やはり拍子抜けするほど簡単だった。一度通った分岐点には印をつけて進む。
     小部屋の中に、ポツンと箱が置いてあることもあった。その中には、道具があったり、金貨が入っていた。使えそうな物は全部回収する。
     やがて、試行錯誤するうち自身のステータス画面内で『アイテムボックス』なる機能を見つけた。ここに物を出し入れできると気づく。手が塞がらず重さも感じない。便利な能力だ。
     そして、箱の中から見つけた『双剣』で蹴り一辺倒の戦いから脱する。これを杖として使って、未知のものを探ることもできた。さらに、『ランタン』も見つかった。使い勝手の悪い光る植物とはお別れだ。火ではなく、中に強く光る鉱石のようなものが入っている。
     気になるのは、なぜこんなところに人工物が置いてあるのかということだ。途中、人骨もいくつか発見した。人間が来たことがあるのは間違いない。誰かが意図的に設置したのか……?
     

    「また下るのか……」
     道の終点には必ず階段があった。それは、必ず“下り”だ。上りの階段はどこにもない。これでは、出口から遠ざかり深層に降りていっているのではないか?
     下ってきたのだから上りがあるはずだ、と探すも、やはり見つからない。降りてきた階段も、一定以上先に進んで戻ってみると壁になっていた。この建物は不可思議な作りをしている。

    『──って知ってるかい? 迷路の解法の一つなんだけど』
     
     こんな時にさえ、あいつの声が浮かぶ。好きなことになると早口で喋り倒すクソメガネの知識だ。
     右手を壁に沿わせる……だったか? 今更だが、真剣に聞いておけばよかった。とはいえ、奴の話はギアが入ると脱線を繰り返し、途端によくわからなくなる。

     一体、何十回階段を降りただろうか。

     喉が渇いた。腹も減っている。これがどこまで続くのかわからないという精神的疲労も溜まってきた。無心で化け物を屠り、進み続ける。深く進むにつれて、人骨は見つからなくなった。空気が薄い気がする。

     グアアアアアアア──!!

     一際大きな化け物を一刀両断する。

     落ちてきたのは、『魔導書全集』だ。アイテム表示画面にそう書いてある。それを手にするのと同時に、壁が裂けるように大扉が現れた。隙間から光が漏れている。
     導かれるままに外に出た。

     地上だ……。

     中ではひたすら下に降りていたはずなのに、不思議なことだ。背後を振り返ると、真っ黒な闇が口を開けている。もう二度と戻りたくはない。扉を閉じ、その場に腰を下ろす。
     ここはどこだ。あまりにも眩しい。目を細め、視界を慣らしていると――

    「……迷子?」

     光の中から現れたのは、ハンジだった。

     慣れてきた目でその姿を捉えた瞬間、心臓が跳ねる。
     いや、ハンジのはずはない。この世界に彼女がいるわけがない。幻覚を見ているのだ。俺はまだ暗闇の奥底に閉じ込められ、精神に異常をきたして死に、彼女が迎えにきてくれた。そういうことか。

    「きみ、どうしたの? お母さんは?」

     ハスキーな優しい声が鼓膜を震わせ、混乱する思考を止めた。忘れるわけがない。何百回も聞いた。何千回も、耳に残っている。ハンジの声だ。
     
    「そこ危ないよ。君がもたれかかっている扉。ダンジョンの入口で、中には……そう、すごく危険な魔物がたくさんいる。こっちにおいで。立てる? 怪我はない?」

     そう言って手を差し伸べてきた。
     高い位置でまとめられた茶髪、眼鏡越しの大きな瞳、ひときわ高い鼻梁、大げさな身振りと言葉遣い。どこをどう切り取っても、ハンジだった。瓜二つというより、もう、本人そのものとしか言いようがない。
     これは作られた幻じゃない。本物だ。

     なかなか手を取らないから警戒されていると思ったのか、彼女はパッと両手をあげて攻撃の意思はないということを示してみせた。
    「大丈夫、君を傷つけたりなんかしない。私はハンジ。この森に住んでいる魔術師さ。よかったら森の出口まで案内しようか?」

     名前まで同じだ。何らかの方法でこちらに転生し、記憶をなくしたハンジなのではないか。俺が召喚されたのだから、先にこいつが来ていてもおかしくない。
     リヴァイは覚悟を決めた。この奇跡を二度と手離すわけにはいかない。

     立ち上がり、ハンジの顔をまじまじと見る。彼女は驚く様子もなく、ほんの少しだけ目を見開いて口元をゆるめた。
    「……?」
     その視線は合わない。近づいても、焦点はどこにも定まらない。瞳孔がわずかに開ききっている。そして、気づいた。
    「目……見えてねえのか」
    「ああ! そうだよ。私は両目とも視力を失っていてね。でも、この『魔素感知鏡』があるから不自由はあまりないんだ」
     彼女は眼鏡のフレームを指で弾いた。そのレンズはわずかに淡い紫に光っている。
    「魔素……感知?」
     首を傾げていると、簡単に説明してくれた。

     全ての物質や生物には『魔素』が含まれており、その配列や密度によって形状や構造がわかる。『魔素感知鏡』は、レンズを通して魔素を感知することができる道具だ。もっとも、魔素だけでは顔貌も模様も色も光もわからない。その代わり、隠されたものを見つけたり、暗いところで自由に動けるという。

    「……その状態で一人で知らねえ奴に話しかけるんじゃねえよ。野盗だったらどうする。眼鏡剥ぎ取られたら終わりだぞ」
    「心配してくれたんだね。ありがとう」

     同じだ。地下街からの仲間を亡くした自分に寄り添ってくれたあの頃のハンジと。
     当時はまだ兵団全体に不信感を持っていた。周りも出生から違うゴロツキを遠巻きにして、近づこうとしなかった。ハンジだけが、たった一人で臆することなく手を差し伸べてきた。その時、インクで汚れた手は弾いたけれど。

     今なら、手に入れられるのか。

    『いっそ二人でここで暮らそうか』

     森の中。
     死に損なった俺を助け、つぶやいた言葉。弱音には違いなかったが、二人で暮らしてもいいと言えるくらい心を許していた。
     この世界では、ちょうど戦力外を言い渡されたところだ。晴れて一般人。
     俺はこの世界で、俺の私情を通してやる。

     ハンジがぽつりと呟くように言った。
    「君のことを見ていると、なんだか、懐かしいような……。初めて会ったのに、そんな感じがするんだ。不思議だね」

     その声に、胸がひりつく。
     彼女は俺を知らない。だが、なぜかまるで“何か”を思い出しそうな輝く表情でこちらを見ている。彼女の何かが、俺を覚えているのだ。

    「……」

     同じだ。この感覚も、声も、優しさも、全部。
     手に入れられるのか――今度こそ。

    「俺は、リヴァイだ。ここに捨てられた。行く宛がねぇ……」
    「困ったなぁ……。日も暮れてきたら魔物も出るし。とりあえず、うちに来るかい?」
    「助かる」

     

    「さあ、着いたよ。入って!」
     案内されたのは、森の奥にひっそりと佇む小さな家だった。木々に囲まれたこの場所は、まるで外界から切り離されたような静謐さを纏っている。
    「邪魔する」
    「どうぞー。ちょこっと散らかってるけど!」
     そう言いながらハンジが扉を開けると、リヴァイは思わず目を見張った。
     部屋の中は……あまりにも、懐かしかった。

     完璧だ。
     綺麗、という意味ではない。むしろ、正反対だ。
     そこに漂う空気は、かつての分隊長室と寸分違わなかった。本が山のように積まれ、机の上には紙や小物が散乱している。埃っぽく、けれどどこか安心感があった。棚からは植物の根やら乾いた標本やらが覗き、そのどれもが、かつて自分が見慣れていた“ハンジの城”と似通っていた。

    「お腹空いてない? 今朝作り置いたシチューがあるんだ」
    「ああ。……いいのか」
    「もちろんさ! 口に合うといいけれど」
     鼻歌まじりにハンジが鍋を温め始める。スプーンで何度も底をなぞるようにかき混ぜながら、鍋の中身を丁寧に確かめるその仕草。
     
     器に注がれる。暖かい湯気の立つ色の濃いシチュー。
     終末の夜、森の中で敵味方関係なく火を囲んだ。座長はハンジだった。一人で淡々と食材を切り入れ振る舞ってくれたのも、このシチューだった。顔面に深手を負っていた自分には、ジャガイモをつぶしてとろみをつけたスープを流し込んでくれた。当時は砂埃と血と痛みでまともに味を感じられず、ただ彼女の優しさだけを掬い上げた。

    「どうぞ。召し上がれ」
     コトリと器が目の前に置かれる。リヴァイは黙ってスプーンを取り、口に運んだ。

    「……美味い」
     熱さも、塩気も、具のとろみも、全部がちょうどいい。
     味だけで泣くような性分ではなかったが、何十年越しで、ようやく味わえた気がした。
    「ほんと! よかった。おかわりもあるよ」
     ハンジはほっと笑顔を浮かべた。リヴァイもつい、心がほどける。
     もう一杯ねだると、彼女は嬉々として鍋に手を伸ばした。
     


    「今日は疲れただろう。一緒にお風呂入ろうか。疲労に効く入浴剤があるんだよ」
    「一緒に……?」
    「うん。嫌かな?」
    「嫌じゃねえ」
     反射でそう答えたが、はっきり言ってまずい。ハンジの表情を窺うも、なんの懸念も羞恥もない、あるのは親切心だけだ。先ほどから、妙にガキ扱いされているような気もしていた。というか、よくよく思い出してみれば、こいつの邂逅第一声は「迷子?」だった。
     この体はおそらく二十代半ば、身長は160強、筋肉質の大人の男だ。ハンジは全盲ではあるが、先ほどの話によれば魔素で形状や体格は把握できているはずだ。自分を完全に幼子扱いする彼女の口ぶりには疑問が残る。

    「リヴァイー? 早くおいでー! お湯が冷めちゃうよ!」
     颯爽と脱衣所に向かったハンジが俺を呼ぶ。ガキに接する時のような甘さの含んだ話し方だ。律儀に俺を待っているのだろう。
     プライドがどこかへ弾け飛んだ。もう、なんだっていいか。再会に浮かれている自覚があるが、止められなかった。

     脱衣所に行くと、ハンジが「早く脱いで脱いで!」と急かしながら自身も服を脱いでいた。凝視しないよう気をつけながら全裸になり、二人仲良く浴室に入る。ハンジは中でも眼鏡をかけていた。曇っていてもあまり関係ないらしい。
     そこは意外なほど広かった。実験器具の洗浄にも使うためだという。ハンジが調合したという入浴剤は花と薬草の香りが混ざっていて、不思議と落ち着く。
    「はぁー気持ちいいね。リヴァイはどう?」
    「ああ……」
     言葉少なに隣を見やると、無防備に目を細めて肩まで湯に浸かるハンジの姿がある。すべすべとした肩には傷ひとつなく、細い鎖骨が湯に浮かんでいる。
     
     ああ、本当に、よかった。
     リヴァイはそう思った。過去の戦場で彼女の身体に刻まれた無数の傷。それが今の彼女にはない。平和な場所に、ようやく辿り着いていた。
     ハンジからの、身体を洗ってあげようか、との申し出はさすがに断った。しかし、心の中では「惜しい」とも思ってしまったあたり、やはり再会の興奮は収まっていないらしい。


     風呂から上がると、夜も深くなっていた。
     ハンジは、リヴァイのために寝巻きを用意し、就寝の準備を整えた。寝巻きは幸いゆったりしたサイズで、なんとか着ることができた。
    「うーん、客用の簡易マットはあるけど……ベッドでいっしょに寝るかい?」
    「ああ」
     もう一度言おう。プライドなんかない。それよりも、この奇跡の時間を逃したくなかった。




    「リヴァイ、おいで」

     眼鏡を外したハンジはベッドに入り、視線を違う方向へ向けながら俺を呼んだ。
     本当に見えていないのだ。その状態でベッドに男を呼ぶ危険性をこいつは理解していない。俺が本性を隠していたらどうする。
     警戒心よりも好奇心、善意が勝ってしまう愚かさ、いや、強さとも言えるその在り方は、昔から変わらなかった。

     ベッドの隣に滑り込み、正面から抱きしめる。こんなことをしても怒られない確信があった。胸元に顔を埋めると、ほんのりとした温もりと、かすかに花のような香りがした。細くて柔らかい身体がそこにある。ハンジが武装せずにいられる環境に、感謝しなければならない。そしてこの感触、下着をつけていない……。余計なことを考えそうになって、煩悩を追い払う。

     そしてリヴァイの胸に生まれたのは、欲よりも恐怖だった。また失うかもしれないという恐怖。もう二度と、あんな思いはしたくなかった。
     身体が強張ったのを察したのか、ハンジが背中をとんとんと叩いてくれる。
    「あ……リヴァイってさ……。意外と、おっきいんだね」
     ハンジがそう囁いたので、密かに動揺する。
     
     まさか、いや、反応はしてねぇはず……。

     下半身をさりげなく探ると、一応大丈夫だった。ホッとした次の瞬間、疑問が浮かぶ。

     じゃあ何が大きいって言ったんだ?

     問いただそうとする前に、入浴剤の爽やかな香りと体温がまぶたを重くした。気づけば、夢のような温もりに包まれて、眠りへと落ちていた。




     書類仕事の最中、ハンジが自分の頭に手を添え目を閉じて動かなくなる。
     共に団長室で仕事をしていた俺は異変を察し、彼女の顔色を窺う。真っ青で、息が浅くなっていた。

     俺はハンジをソファーに連れて行き、横にした。
    「医師を呼ぶ」
     そう言って部屋を出ようとすると、ハンジは俺の兵団服の裾に縋った。
    「必要ない。鎮痛剤を取ってくれないか」
     俺は机の引き出しから錠剤を取り出し、グラスに水を汲んで渡した。ハンジはそれを目を閉じたまま飲み干した。

    「焦るな。効率を考えるなら休め」
    「すまない。10分くれ」
    「10分じゃ薬は効かねえ。1時間で起こす」
    「……了解だ」

     彼女が静かに目を閉じていると、まるで人形のようだ。呼吸で上下する胸元を確認する。

     静かに仕事を進めていると、横になったままハンジがつぶやいた。
    「私の残ってる方の目。このままだとほとんど見えなくなるってさ」

     元々目が悪かったのに加え、見えない方を補うように視神経を酷使している現状。マーレから文明が運ばれてきて、夜でも安価で十分な灯りを確保できるようになった。真夜中になると燃料節約のため仕方なく眠る、という選択肢は潰える。働けるから、働く。その上、立体機動の訓練も欠かさなかった。さすがにあのスピードで動くには視覚での判断が不可欠だ。見えない角度も予測し、目算を立てる。
     こうやって積み重なった疲労は、寿命を縮めていた。

    「その前に……平和な世界を一目見られたら、満足だ」

     そんなわけがない。
     なんだかんだ言って、こいつは平和になったあとも世界中を駆け回るだろう。そういう性分だ。失明しようと、四肢が欠けようと、絶対に止まらない。

     その時は、隣で。

     なんて不確かなことは気休めでも言えなかった。たとえ未来が途切れていても、精一杯、歯を食いしばって前へ進むしかない。

     静かな寝息が聞こえ始める。今はただ、痛みを忘れてほしい。




     窓から朝の光が差し込む。
     リヴァイがゆっくりと目を開けると、目の前に愛しい女がぐっすりと眠っていた。リヴァイは、ベッドの中で彼女の無防備な寝顔を眺めていた。

     トントントン。

     突然ドアがノックされる音がした。ハンジを守るように上半身を起こし、外の様子に耳を澄ませる。

     トントントン。
    『ハンジさーん。寝てるんですか?』

     非常に聞き覚えのある特徴的な声だ。
     「モブリット……?」
     つい声に出すと、ハンジがみじろぎして、リヴァイに抱きついたまま眠たげな声でうなる。

    「んー……」
     目は閉じたまま、ゆるやかな呼吸とともにリヴァイの胸に頭を預け、また深く意識を沈めたようだ。
     
     来訪者は、元の世界では彼女の副官をしていたモブリットだ。間違いない。ハンジの奇行対策でよく結託した仲だ。彼もいるということは、もしかすると、元の世界の奴らの一部はこの世界で幸せに暮らしている可能性がある。

     放っておくわけにもいかないので、まだぐっすりと眠っているハンジの肩をやさしく叩く。しかし、まだ起きない。

     そうこうしている間に、外からの声が続く。
    『ハンジさーん。……アンタまさか死んでませんよね。開けますよ? いいですねッ……!?』
     開けますよ、と言った時点でもう扉は開かれていた。

    「……よぉ」
     目が合ったので、ベッドの上で上体を起こしたまま挨拶をする。ハンジはそのまま、リヴァイの腰に抱きついたままの姿勢で眠っている。
     その光景を目の当たりにして、扉の男――モブリットは、みるみるうちに顔を紅潮させた。

    「失礼しましたッッ!!!」
     大きな音を立てて扉が閉まる。
     その音で、ハンジがびくりと肩を跳ねさせ、ようやく飛び起きた。

    「あーっ! 忘れてたっ! 今日は人が来るんだ……!!」
    「もう来てるぞ」




    「私は商人のモブリットといいます。ハンジさんから商品を委託され、街で販売しています」
    「リヴァイだ」
     リヴァイとモブリットは、テーブルで向かい合っていた。どちらも表情は冷静だが、言葉の端々に火花が飛び散る。
    「リヴァイさん。さっそくですが、ハンジさんとはどういったご関係で?」
    「あいつは俺の女(にする予定)だ」
    「そうですか。あの人には近づかないでいただきたい」

     穏やかに口論していると、ハンジがたくさんの小瓶を抱えて割って入った。
    「はいはい、喧嘩しない! モブリット、今回の分もお願いね」
    「了解です。で、ハンジさん、この人誰なんですか!?」
    「リヴァイだよ。昨日森で拾ったんだ。行く宛がないんだって。可哀想じゃないか。まだこんなに幼いのに……」
    「え?」
     モブリットが怪訝な顔をした。
    「幼い……?」
    「うん。体は大きいし声も低いけど……。リヴァイの魔素って真新しいんだよ。大きく見積もっても5才未満ってところかなぁ。仮にオーク族の子だったら、このくらいの成長でもおかしくないと……」
    「ハンジさん、絶対違いますって、どう見ても人間ですよこの人」
    「え? でも魔素が……え?」
    「人間の、大人の男ですよ! ハンジさん! しっかりしてください!」
     ハンジが戸惑いながらリヴァイの方に顔を向ける。

    「リヴァイ……大人、なの……?」
    「ああ、そうだ。悪かった、黙ってて」
     ハンジは静かに問いただした。
    「昨日、一緒にお風呂入ったよね。一緒にベッドで寝たよね。君、抱き着いてきたよね。もしかして胸触ってた? ね、どういうことかな?」
    「悪かった……」
     口元は笑顔だが、目が笑っていない。怒らせると一番怖いのはハンジだ。俺には、誤解を解きつつ平謝りをする道しか残されていなかった。
     



    「先入観から子供扱いをして、私も悪かったよ。君のことを聞いてもいいかい?」
     気を取り直して三人で朝食を終えると、ハンジが尋ねた。
     リヴァイはこれまでの経緯を話した。
     魔王を打倒する勇者として異世界から一方的に召喚されたが、あまりにステータスが低く、「使い物にならない」と判断されて、森のダンジョンに置き去りにされた――。まとめればそれだけの、つまらない話だ。

     ハンジは「ふむ」と顎に手を当てて考え込む。
    「魔素を見ると、生物の大まかな年齢がわかったりするんだ。物なら、いつ作られたかもね。きっと君はこの世界に来て間もなかったから、魔素がとても新しく見えたんだろうね。第一印象は……生まれたての赤ん坊が森に捨てられてるみたいだった」
    「まったく、得体のしれないモノを拾うなっていつも言ってるでしょう、ハンジさん」
     とうとう“モノ扱い”されたリヴァイだったが、頭を抱えるモブリットの苦労を思えば文句は言えない。そもそも、ハンジに拾われなければ途方に暮れていただろう。
     
    「それで、リヴァイはこれからどうするの?」
    「元は勇者候補でしょう。冒険者としてギルドに登録してみるのはどうですか」
    「俺は"ステータスが低すぎる"って追放されてるんだぞ。クエストなんてまともに受けられるのか?」
    「リヴァイのステータスってそんな低いの? 君の魔素からは迸る生命力が感じられるんだけどな」
    「見た方が早い。【ステータス・オープン】」
     ウィンドウが展開され、数値が浮かび上がる。召喚直後からまったく変化のない、驚くほど貧弱なパラメータ。二人はしばらくその数値を見つめたまま黙り込んだ。

    「……たしかに、これは低すぎる。いや、むしろおかしいくらいです」
    「じゃあ、これ握ってみて」
     ハンジが棚から取り出したのは、握力計のような形の器具だった。見覚えがある。元の世界でも使っていたようなものだ。
    「ステータス表示上のレベルっていうのはおおまかな目安なんだ。レベルが同じ人間でも、実力にはかなりの幅がある。これはそれを見抜くための、精密測定機器ってやつさ。さあ、遠慮なく、思いっきり力を入れて握ってみて」

     言われるがままに器具の取手を握る。

     ――メキメキィッ!!
     握った瞬間、メーターが悲鳴を上げて針が振り切れ、本体が盛大に壊れた。
    「……悪い。壊しちまった」
     気まずそうに言うリヴァイを前に、モブリットとハンジは口を開けたまま固まっていた。
     先に正気に戻ったのは、ハンジだ。
    「すごい……! これ、レベル99までしか測れないのに……!!」
     ハンジはまくし立てるように言葉を続ける
    「君、もしかしたら……99の上、つまり三桁以上のレベルが出ているんじゃないか? ステータス表示は三桁の数値を表示できないから……! そんな強い人なんていなかったから、今まで誰も気づかなかったんだよ!! 大発見じゃないか!」
     モブリットも頷いている。
    「これだけの力があれば、勇者パーティに戻って魔王を倒すことだって夢じゃない!」
    「そうですね。魔王を倒した勇者となれば、人類の英雄です」
     
    「英雄、だと……?」
     かつて味わった"人類の希望"という立場の重さ。仲間の命を積み上げた果てにある「英雄」という肩書きに、何の憧憬もない。
     リヴァイは英雄扱いは金輪際、二度と、真平ごめんだった。
     目の前の無邪気な笑顔を、曇らせたくない。
     ふと、ひとつの妙案が浮かんだ。ずっとハンジのそばにいる方法だ。
     リヴァイは、思い切ってそれを口に出す。
     
    「ハンジ、好きだ。結婚してくれ」
    「――へっ?」
     突然の言葉にハンジはきょとんと目を瞬き、数秒の間が空いた。
    「……何言ってるの……?」
    「勇者なんかやらねぇ。ここで、お前と暮らす」

    「――えええええええ!!??」

     森中に、盛大なハンジの悲鳴が響き渡った。


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