ホイホイ部屋に上げて襲われる永×空気で襲い掛かった斎「草履は」
途端に布一枚を隔てて瓦の固く冷たい質感を足裏から感じた。呆れた話だが、それまでは全く意識していなかった。
「あー……脱いだ」
永倉は額の鉢金にこつりと手の甲を押し当てる。
本当に邪魔臭くなって脱ぎ捨ててしまったのかは覚えていなかった。甍の上を傍若無人に飛び跳ね、滑るように駆け回るエネミーを追い回し斬り付けているうち、瓦の一枚に引っ掛けてしまったのかもしれない。
「いいだろ、残らねぇんだし」
なにせ魔力は消耗品。
サーヴァントは消耗品から成る結晶体。振るう武器も身に纏う衣服も然り。常に摩耗し続けているのだから、結晶から砕け落ちた欠片が消えて無くなるのも時間の問題だろう。
「明け方までには、なくなっちまってるさ」
わざわざ探して回収する必要もない。そういう意図であったが、斎藤には満足するところがあったらしい。
「偶に清々しいくらいバッサリと行くね」
「なんだよ、偶にって」
斎藤は答える代わりにふんふんと鼻歌紛いを口ずさんだ。それは束の間で、永倉が真意を掴み切る前に途絶えた。
「雑だね、おまえは」
小馬鹿にするような声は、遠くから近付いてくる二人分の足音と重なる。
足音のひとつは重厚な、もうひとつはそれと比べればとても軽いものだった。見れば予想していた通りの二人組、身の丈ほどもある盾を手にマシュが先行し、マスターがその背中に続いている。永倉と目が合うと、マスターは人懐っこい笑顔を浮かべて大きく片手を振った。それを無視してまで斎藤の相手をするのは違う気がして、先ずはマスターに手を振り返す。
(あんな警戒心のない子犬みてぇな顔見たら、売られた喧嘩を買う気にもならねぇな)
それで斎藤が折を見て仕掛けたことに気が付いた。マスターへと向いた視線はそのままで、斎藤へ言い返す。
「俺にはテメェが几帳面過ぎるだけに見えるがな」
「まさか! 一緒に戦ってた奴が気付いたら裸足同然になってたら誰でも驚くって」
大袈裟に肩を竦めて見せたが、その足元は草履を固定するための紐が複雑に交差し、幾つもの結び目を作っている。今となっては履くのも脱ぐのも魔力の扱いひとつでどうとでもなるが、生前はそのようには行かない。
「詐欺師は履物を見るってのは本当なんだな」
曰く、人となりは履物に現れる。それで付け入る余地がある者を探すのだと。
「あぁ、ね。僕も結構見る、だから余計に反応しちまったのかな」
「取り締まる側の言葉としちゃあ胡乱な発言だなぁ」
マスターたちが傍まで来たことを確認しながら、永倉たちも甍を飛び降りた。背の低い平屋であったし、下は土の地面であったから、着地は極めて静かなものだった。
「マスターちゃんもマシュちゃんもおつかれさん、こっちも終わったとこだよ」
斎藤はこの年若いマスターを随分と気に入っている。彼等の軌跡を知らぬ永倉には、マスターのなにが斎藤の琴線に触れたのかはわからない。ただひとつ言えるのは、永倉と斎藤は水と油の関係だが、概ね同じ人間に惹かれる。
「ふたりとも仲悪いって聞いてたけど、そんな風に見えないね」
マスターが永倉の方へと身を寄せて言った。
「そうかい、さっきまで言い合いになってたんだがな。斎藤の方から吹っ掛けて来やがって」
「見てた! はじめちゃんからだったんだ、でも口喧嘩っていうより」
「じゃれ合いみたいってか?」
気を悪くしちゃったらごめんね、とはにかみながら両手を合わせて謝ってくる。それがまた毒気を抜くような表情と仕草で、永倉は構わないと答えるしかなくなってしまうのだ。
(いつ斬り合いになってもおかしくねぇ時期もあったが……マスターにはあんまり悟らせたくねぇな。今後もそういうのを見せるようなことが起きなけりゃあ良いんだが……)
カルデアへ一頻りの報告を終え、またあちらでも煩雑な作業を完了し、ようやく帰還となった。真夜中の景色から一転、白を基調とした管制室の眩しさが永倉の目を刺す。
此度のレイシフトでは和装の方が違和感ないと聞き、それで永倉は老爺から青年の霊基へ、それも京を走り回っていた頃の装いへと変えたのだ。帰還後はその必要もなくなり、一番楽な老爺の霊基へ戻そうとしていたところを、斎藤がまだ浅葱の羽織も纏ったままの肩を叩いた。
「仕事上がりと言えば呑むしかないだろ、酒は持っていくからさ」
端から人の部屋に上がり込む気しかない口振りだ。それでも自分の縄張りに他人を連れ込もうとしないのは斎藤らしくて、そのあまりの自然さに釣られるように永倉は頷いていた。
「それなら南京豆があったか……ソイツがツマミでいいか?」
「あぁ、頼む」
そのような会話をして、永倉は斎藤と別れた。
(……それにしても、サーヴァントは召喚者の影響を受ける、か)
一時は小さな衝突ですら、互いに刀を抜きかねないほど余裕がなかった。それすら越えてしまうと、斎藤は遂に拒絶を顕にして永倉を遠ざけた。
(奴が本音を仄めかすのは土方の前でくらいだから、アイツ等が揃っているときはさっさと離れるようにしていたっけな……)
召喚者の影響か、はまたまたカルデアでの生活の中で心境の変化があったのか、斎藤は確かに永倉へ歩み寄ろうとしている。先のレイシフトではそれがより顕著であった。見てるだけで毒気を抜かれるマスターの到着を待ってから軽口を言ったのだから……そもそも喧嘩に発展するようなことを言わなければ良いということは一先ず置いて、軽口の応酬で収まるよう気を使ったのは間違いない。
(気軽に口喧嘩をして、それがじゃれ合いの延長で済んでいたのはいつまでだったっけか)
組織化に伴い細かな序列を割り振られる以前、同じ道場に集い志を語り合っていた頃だったろうか。
ならば──
半刻もせず、斎藤は予想していた通りの姿で壜を手に永倉の部屋へと現れた。浅葱の羽織も鉢金もない、かといってスーツ姿でもない。黒い着物と袴のみの軽装だ。永倉も似たような格好で斎藤を迎えた。
ツマミには管制室で伝えた通り南京豆を出したが、それよりも酒の肴となるのは他愛もない話だ。生前から繋がりがあり、カルデアでも纏まって行動をすることの多い新撰組の面々に関する話題が主で、それ以外だと斎藤はマスターについてよく喋りたがった。一方で他のサーヴァントについては広く浅く、当たり障りないことを大袈裟に語ってみせるが、踏み込んだことは口にしない。
永倉はと言えばその逆で、蛍の商いを手伝ったこと、武田と呑んでいたところ何故か川中島が始まっていたことなど、極めて限られた人々のことを細かに話した。
話題が尽きる頃には皿も空になり、互いに程よく酔いが回っていた。
斎藤はいつの間にか人のベッドに乗り上げており、心地良さそうに枕に顔を埋めている。酒精により頬には色が乗り、目の下の隈も幾分か目立たなくなっていた。浅葱の羽織に袖を通していた齢となればまだ若造で、そこに実年齢より老けて見える原因であった諸々が拭いさられてしまえば随分と印象が変わるものだ。
「希望したら和室に変えてもらえるんでしょ?」
その口振りでは、斎藤の部屋も与えられたままなのだろう。
「そこまで世話を焼かせるのはなぁ」
足袋はどこに放ったのか、剥き出しの素足が無防備に晒されていた。元々の血の巡りの悪さが影響してか、頬や首筋とは違い袴から覗く足は褪めたままの色をしている。
青白い甲には、いくつもの赤い線が引かれていた。
「なに?」
視線に気づいたらしい。斎藤は寝転がったまま首を傾げた。癖毛が枕に擦れる音がする。
「これ、鬱血してんじゃねぇか?」
紫味のある赤い痕に触れると、斎藤は擽ったそうにみじろぎをした。
「固定するためだから」
「それにしたって強く結び過ぎだろ」
斎藤がのそりと起き上がる。
途端に魔力の粒子が立ち上り、斎藤の手元に草履が現れた。
「新八は結べないの?」
「あ?」
「僕が手本、見せてあげよっか」
酔ってはいても身に染み付いた所作なのか。草履を足に合わせると、赤い痕を上からなぞるようにして器用に紐を交差させていく。
「できねぇことはねぇよ、面倒なだけだ」
「そう? じゃあ、やってみてよ」
斎藤が草履から手を離した。半端に作られた結び目を頼りに、草履がぶらりと揺れている。永倉はどうしてか促されるままにベッドのすぐ傍へと腰を下ろしていた。
しばらくはどちらも声を発さず、紐同士の交差する音のみが静寂の中に響く。
半ばまで紐を交差させたところで、ようやく永倉から沈黙を終わらせた。
「足の指、長いんだな」
「そうだよ、一ちゃんは脚長いよ」
「足の指だって言ってんだろ」
「言われてもね、そんなのじっくり見ないし見比べねぇよ」
それから、もう一度。
「でも一ちゃんの脚は長いよ、なんと股下六畳分」
「化け物かよ」
酔っ払いめと胸の内で罵ってみたが、永倉も酒精のせいか指の動きは鈍い。それでもなんとか最後の結び目を作ったところ、斎藤は意味ありげに息を吐いた。
「……なんだよ」
「いや? これなら確かに固定するよりも脱いだ方がいいね」
斎藤が足をぶらつかせると、草履も浮き上がり揺れる。
「聞いてた? 固定させるために結ぶんだけど」
草履は粒子に戻り、残された白い足が永倉の手をぺしりと蹴る。
「もっと強く締めてよ」
何気なく放られた言葉
その一言がやけに艶かしい響きを持って聞こえた。
酒精以外の要因からカーッと頬が熱を持つ。たちまちのうちに汗がぽつぽつと浮かんでくるのがわかった。
「今度は僕がやってあげる」
ベッドの上で同じように肌を火照らせ汗を滲ませる斎藤に心臓が激しく脈打つ。
特に笑い方が良くないと思ったのは、それが隠微な思考など一切持ち合わせてないというように屈託のないものであったからだろう。
(今度は自分がやるって、さっき俺がそうしたみたいに、コイツが俺の足元に座り込むのか。それで俺の足を手に取って草履を履かせるって?)
土方や山南相手ならばともかく、沖田やマスター相手ならばまだしも、他でもない永倉相手にこの男が従者の真似事なんてしてみせるとは思えない。更に言うならば、後ろめたい熱を持った身体を斎藤に触れさせることに抵抗があった。それでまごついているうち、焦れたのか斎藤は永倉の手を引いた。
「あっ、おい」
こと力較べとなれば軍配は永倉にあり、素面であれば踏ん張りも効いたであろうが、酔いが回り動揺もしている状態で不意打ちのように引っ張られては平時のようには行かない。
「っぶねぇ……」
「ん〜?」
大きく体勢を崩した永倉であるが、間一髪でベッドに両手を突っ張った。おかげで押し潰されることを回避した斎藤であるが、果たしてそのことに気づいているのかどうか。彼は自身が引っ張り倒した永倉を訝しむようにまじまじと見つめた。
「…………斎藤、そこ弄らんでくれねぇか」
酷く気まずい。
なにかを確かめるように膝をもぞもぞと動かしていた斎藤は、永倉の言葉をどう思ったのだろう。幾らかの時間を置いて問いかけた。
「実は縛るのがお好き?」
「そんな趣味あるかよ!」
更に時間をかけ、蚊の鳴くような声で「ねぇ筈だ」と付け足した永倉を、声を上げて斎藤は笑った。それがまた密着した体制では響いてつらい。甘く追い詰められていく永倉を、酒精に溶けた目が見上げている。
「じゃあ足? フェティシズムってやつ?」
「っ……本当にやめてくれ、この手の揶揄いは……苦手なんだ」
動き回ったわけでもないのに、永倉は息も絶え絶えに懇願を口にした。返事はなかったが、伸びてきた両の手が永倉の後頭部へと回る。そのままなにをされるのかと身構えているうち、不意に後ろ髪が首に纏わり付いて結紐が解かれたことがわかった。
「なにを」
意識を持っていかれた刹那、斎藤が体制を変えた。とはいっても大きな動きはない。彼はただ、ほんの少し身を起こしただけだ。それすら上体を完全に起き上がらせた訳ではない。そもそも殆ど同じ体格で、筋肉量ならば斎藤を上回る永倉が覆い被さっているのだから、そう簡単に起き上がることはできまい。だから斎藤は自由が効く範囲で僅かに上体を持ち上げただけ、そして顔の角度を変えただけなのだ。
「っ!」
鮮やかな浅葱と枯れ切れぬ朽葉の視線が交差した。
埋火を隠した雪原と沈み淀んだ浅葱の髪が触れ合った。
互いの熱を孕み酒精を帯びた吐息同士が混じりあった。
──唇が重なった。
動揺から口を開けてしまった永倉へ、それを僥倖とばかりに斎藤の舌がぬるりと入り込む。最初から唾液の搦んだ舌は、それ自体がそういう生き物であるようにぐねぐねと動いた。やたら縦に長い印象がある男だが、こういうところまで長いのかと驚愕する。なんとか引き剥がそうとしたが、それは斎藤の癖毛を乱暴に掻き回しただけだった。
「んむっ……ぐぅ…………ふっ」
漏れ出る声はどちらのものか。
永倉の淑やかな抵抗を意に介すこともなく、大胆に咥内へ押し入り蹂躙する舌は燃えるように熱い。淫猥な水音を立て、奥で縮こまった永倉の舌に熱を移すように纏わりつく。
「っ……!」
音を上げた永倉が誨淫な舌へと遂に歯を立てるまで、そう時間は掛からなかった。
「……ぁ」
薄い唇からだらりと赤く垂れる唾液。
染みるように広がる、己のものではない鉄の味。
乱れた前髪の合間から、永倉を見上げる陶然と酔い痴れた瞳。
「見て、興奮してるほど粘つくんだって」
なにがとは聞くまでもなかった。
斎藤の唇から零れ落ちる赤い糸は、未だ永倉の口元へと繋がっている。照明の明かりを受け耿耿と光るのを見ていると、胸がざわめいた。妙に喉が渇いて、永倉は酒が呑みたかった。溺れるくらいに杯を煽り、理性を飛ばしたくて堪らない。
ところが斎藤は、ふしだらな雰囲気に相応しくないことを問いかけた。
「おまえが此処に来て、そろそろ一年かい」
「あ?」
ベッドに身を預け、未だ斎藤の上から引けずにいる永倉へと笑いかける。
「新しい環境に慣れてきたら、次は人肌が恋しくなって来た頃だろ」
「……は?」
「なぁ、新八──恋人なんて如何?」
戸惑いながら「そんな良い雰囲気の相手もいねぇしよ」と返せば「ここにおまえに押し倒されてる奴がいるだろ」と告げられてしまって、それで永倉は文字通り口を大きく開けて固まった。
「新八も気付いてるだろ、一ちゃんがおまえに大変心を砕き、親切に且つ親しみを以て、寛容に寛大に接していることに」
「おまえの寛容とか寛大って茶碗一杯分くらいなのな」
「遺憾の意なんだが、この酒樽くらいある心の広さが目に入らないかね」
「心を目で見れるわけねぇんだよなぁ」
ああ言えばこう言うんだから、やれやれと溜息を吐く男には一寸前までの色香はない。然れど、恋人という言葉からして先程の出来事を引き摺っているには違いなく、それのせいで永倉はまだ落ち着くことができずにいる。
「わかってただろ」
念押され、永倉は渋々という体で頷いた。
「まぁ……サーヴァントになる前と後とじゃ、随分と柔らかさが違ぇなって」
「意識してやってんだから、そうと思っててくれなきゃ困る」
だが、その変化が意味するところを永倉は知らない。
核心をはぐらかすのが得意の斎藤は、この日ばかりは素直だった。奇術師が意気揚々と自ら手品のタネを明かす様子を見ているようで不自然さを覚えながら、好奇心に負けて耳を傾ける。
「俺も若造の姿をしちゃいるが、一度は老いて死んだ身だ。そうまでしてみると、おまえともっと話していても良かったのかもと思ってな」
「それだけか。なんだ、俺はてっきり……マスターが理由かと……」
自分たちの殺伐としたやり取りをマスターに見せたくない。そういうところもあるだろうと踏んでいたが、驚くことに斎藤はマスターの名を一度も出しはしなかった。
「そりゃまぁ負担は掛けたくないけどね……でも多少の不仲芸だの喧嘩漫才だのは慣れたもんだよ、あの子は」
そういうものだろうか。いや、新参の永倉でも喧嘩が絶えないサーヴァント同士を容易に思い浮かべられるのだから、そういうものなのだろう。
「……なぁ、おまえだって考えたことないかい。もっと話し合っていたら、俺たちはもう少し違う関係を築けたんじゃないかって」
寝惚けたことを抜かすなと一蹴してやりたい衝動に駆られた。というのも永倉にとっては、いつだって斎藤の方がこちらを拒み遠ざけていたからだ。けれど、その考えを否定する自分もいた。
(本当にそうだったか? 俺はただの一度も斎藤を拒絶しなかったのか?)
刻一刻と変わる情勢、追い込まれていく新選組。切迫した状況の中で斎藤は硬くなっていくようであったが、永倉はそうはなれなかった。
頑丈な縄か鉄鎖に際限なく締め付けられていくような圧迫感、窒息しそうな息苦しさ。己というものが日毎に罅入り脆くなっていくのがわかってしまった。
両者の間にいつからか横たわり始めた硬度の違い。気安い軽口も偶然の衝突も、罅割れた永倉にはすべてが致命傷になり得た。そのような状態で斎藤と正面からぶつかり合うなんて到底……。
(距離を置くようになっていたのは、お互い様か)
襖の向こう。あの人のための新撰組を愛した男へ、それは当に失われてしまっているのではないかと仄めかす。鬼の副長と渾名される男を誰より敬愛しながら、その逆鱗に程近い場所まで近寄り語り掛ける声を、永倉は本当に聞いていなかったのか。
(試衛館にいた頃なら……いいや、京に出たばかりの頃であっても、斎藤が突き放して来るなら正面から叩き伏せてやれたんだ。アイツがひとりでなにかを抱え込んでいるなら、俺にも一枚噛ませろと言えたろうに)
突き放されたと感じたの同じくらいに、突き放していた。
そうとなれば確かに、あのとき忌避感に押し流されずに斎藤へと踏み出していたら、変えられたものがあったかもしれない。時代なんて大層なものではないが、同じ組織にいるだけの他人なんて冷たく渇いた関係で別れずに済んだかもしれない。
「もっと湿っぽく別れを言えたのかもな」
「そうそう、夕日に照らされて泣きながら握手したり」
「時間の指定までする必要あったか?」
「雰囲気」
「雰囲気か……」
本当にそのような別離であれば、もう二度と顔を合わせられないほど照れくさくて、けれど苦くも掛け替えのない思い出になっていたのだろうか。
「だがな、結局それがなんだって恋人なんて話に繋がってくるんだ」
「そこはサーヴァントってのになってみて……新八も爺さんの姿になると爺臭いことばかり言っちまうってぼやいてたろ」
その目が永倉の顔に刻まれた傷跡をなぞる。
老いた肌に残る傷跡は蒼古の秘密を匂わせる一方で、それが却って激しい戦いの残滓をどこか遠いものとした。今や若くしなやかな肉の上で、傷跡も嘗ての生々しさを取り戻している。
「表に現れる側面が違うたって、若くても老いてもおまえはおまえだろうに、姿が違うだけでこうも変わる。なら、前よりもっと上手くやろうと思うなら、関係性を変えてみるのが良いんじゃないかと」
そうして唐突に忘れていた感覚を与えられて、永倉は背中を丸めて呻き声を上げた。
「お、おまっ……俺は今、真面目に話聞いてたってのにっ」
「真面目に聞いてても萎えないもんだ。それくらい興奮してくれてると来たら………………僕も人のことは言えないし、そうなったら……ね?」
噛み付かれ、殊更赤く染まった舌でこれみよがしに舌舐りをする表情のなんと凶悪なことか。
これがまた解けにくいよう十文字に結んでいた袴を、斎藤は勿体ぶることもなく霊体化させて白い肌を晒した。
「はっ、自分からそっち側になるって?」
「言ったろ、寛大に接してやってんだよ」
鉄の塊を二刀同時に構えて振り回されない体幹なのだから、細長く見えて布一枚下は随分と鍛え上げられたものだ。
「草履の結び方を教えてやるって話から飛躍しちまったもんだな」
「そっちはまた今度、あんな嘗めた結び方できないようにしてやるよ」
結べないわけではないのだと述べながら、永倉はさりげなく次は斎藤の部屋でどうかと誘いを掛けた。それなり勇気を持って口にしたのだが、斎藤はにべもなく無理だと告げた。
「僕の部屋はないから」
「ない?」
「欲しいって言えば用意してもらえるみたいだけど。でもまぁ、僕って基本的には屯所にいるし、酒なら食堂の宴会に入れて貰えれば良いもん呑めるからさ、サーヴァントって寝る必要もないんだし」
ノーチラス号は空き部屋が限られているって聞いたし……あくまでオマケのようにして付け加えられた言葉が真意だろう。
(頼めば和室に改装してもらえんだったか……工房作成持ちのキャスターか……いいや、艦内のことは艦長に伝えるべきだな)
段取りを考えつつ、太腿をなぞり着物の裾に潜り込もうとしては引き下がることを繰り返す不埒な手を斎藤は嗤った。
「なんだ、やっぱり脚が好きなんだ」
「馬鹿言え、股下六畳の脚がどんなもんか確認したかっただけだ」
「何それ、化け物じゃん」