無題【彰絵名】 どかりと隣に腰を下ろすものだから、私の身体も揺れた。大きく吐き出される息は充足感に満ち溢れている。
「おつかれ」
「おー」
ソファーに沈む彰人は、どことなく心ここに在らず。余韻に浸ってぼんやりしているようだ。
大きくはない箱にこれでもかとお客さんが集まっていて、みんな、彰人たちの歌に夢中だった。プロのミュージシャンとして活動をするVivid BAD SQUADが、数年ぶりにビビッドストリートで開いたイベント。彰人や杏ちゃんがまだ小学生だった頃から見守ってくれていた人から、プロになってから知ってくれた人まで、全員が彰人たちの音楽に夢中だった。
あの熱狂の真ん中にいた1人が、今隣にいる。こうして並んでいるとライブハウスでの姿は想像もつかない。大勢の人の向こうで歌う彰人はたしかにかっこよかったのに、今は溶けてるみたいにソファーに身体を預けてだらしない姿を曝している。スマホを取り出して、カメラを彰人に向けて、シャッターを押す。パシャ、と音が鳴って、彰人がこちらへ目を向けた。
「なんだよ」
「ふふ、なんでもない」
歌ってるときとのギャップが面白かったとか、なんとなくかわいいと思ってしまったとか、まあ、理由は色々。一発で撮ったにしてはなかなか上手に撮れている。
「1枚1000円な」
「は? お金取るの?」
「当たり前だろ。ほら1000円」
「そんなのありませーん」
私も彰人もちょっとテンションが高くて、じゃれ合うように軽口を叩き合う。
「持ってんだろ」
「画材買って金欠だもん」
「んじゃあ写真消すんだな」
「いやですー」
「消せよ」
「絶対いや」
「スマホ寄越せ」
「いやー!」
スマホに伸びてくる手を避けるように反対側へ手を伸ばす。それを追いかけるように彰人も腕を伸ばすから、2人してソファーに倒れ込んだ。だけど攻防は止まらない。彰人の方が腕が長いから、すぐに取り上げられそうになる。だから今度は身体を丸めて、アルマジロが身を守るみたいにしてスマホを持った。
「あ、こらスマホ出せ」
「いーやー!」
「ふーん? じゃあ無理やり取るしかねえな」
「ひゃっ! ちょ、あははっ!」
こちょこちょと脇腹を擽られる。避けようにも元の体勢が彰人に覆い被さられていたからまともに動けない。それをいいことに彰人は私の弱いところを擽り続けた。
「ほら、スマホ貸せよ」
「あっはは! っ、やだ! ふひゃあっ!」
脇腹から上に登って脇、背中、肩、首。全部私が擽ったがるってわかってやってる。ニヤニヤした顔に手を伸ばせばその手は捕まってソファーに押し付けられた。擽ってくる手は片方になったけど、ずっと擽られていた私にはそれだけでも十分効いて、きゃいきゃいと声を上げるのを止められない。じたばたと足を動かしても避けられて逃げ場がどんどん無くなって、好き勝手動く彰人の手に翻弄される。声を出すのも疲れて来た頃に、彰人の手が動きを変えた。こちょこちょと擽る動きに、手のひらで撫でる動きが加わる。彰人を見れば、いつの間にやらその目には熱が溶けていて。あ、これ、そういう流れか。そう思った瞬間、私の頭も切り替わってしまう。この後のことに期待して、お腹の奥が疼きだす。
「ふ、あはっ! ぁ♡」
笑う声に甘さが混ざる。それを聞いた彰人が獲物をいたぶるみたいに笑うから、これから酷いことをされちゃうんだ、なんて思ってさらに感じてしまう。
「どうした、エロい声出して」
わかってるくせにこういうことを言う。
「ん、っ♡ 触り方、やらしー。ヘンタイ」
私も、あくまでも嫌がってますよって顔をして答える。
「は? さっきまでと変えてねえだろ」
「あぁっ♡ それ、んんっ♡ だめ♡」
脇と胸の境目を擽られる。そこが気持ちいいところだと教え込まれている私は、触れられるだけで快感を拾った。
「擽るだけでこんなに感じて、ヘンタイはどっちだよ」
「ひゃ、あっ♡ あんたの、せい、っ♡」
「お前がエロいせいだろ」