誕生日に欲しい物 季節は春を過ぎて梅雨に入っている。カーテンを開けてみれば休日の今日も雨。仕方ないとは云え、敦はちょっと溜息をつきたくなった。それから気分を切り替えて朝食の支度を始める。
ふいに思い出す。そういえばもうすぐ、太宰との同棲開始から初めての太宰の誕生日が来る。
遡れば数ヶ月前。敦が太宰のアパートに通い詰めるものだから、「いっその事うちに住んでしまえば?」と訊かれて敦は一も二もなく頷いたのであった。
太宰が、台所に立つ敦の肩に手を置いて手元を覗き込む。洗面所で顔を洗ってきたらしく、洗顔料の爽やかな香りが敦の鼻先を擽る。
「あ、やっぱり味噌汁だ。敦君の作るのは具沢山だし味の素が入ってて美味しいんだよね~」
「ありがとうございます。っていうかホントに味の素好きですね、太宰さん」
「味の素を開発した人にはいくらお礼を云っても足りないよ」
そう云って太宰は卓袱台の方へと歩いていく。
味噌汁の鍋が沸騰する前に火を止めたら、お椀に二人分用意して卓袱台に向かう。そこでは太宰が炊飯器から茶碗に湯気の立つご飯をよそっている。箸も用意したら、二人揃って「いただきます」と手を合わせる。敦の作る味噌汁は冷蔵庫の余り物を活用しているので、わかめや豆腐の他に、蒲鉾や竹輪や卵、葱などがこれでもかと入っている。これ一杯あれば他におかずは要らない一品だ。
白米を一口食べて、敦は向かいの太宰にさり気なく訊ねてみる。
「そう云えば太宰さん。欲しい物とかあります?」
「ん?」
彼は味噌汁を一口啜ってからこう答えた。
「……ああ、そろそろ洗濯洗剤が無くなるから欲しいなあ」
それを聞いて敦は「そうじゃなくて」と突っ込んだ。
「太宰さんもうすぐ誕生日じゃないですか。
その、僕もお給料それなりに貰えるようになりましたし、何か欲しい物あれば云ってください」
味噌汁を啜る敦。太宰は顎に手をやって少し考え込むと、こう答える。
「――敦君が欲しいかな。こないだの敦君の誕生日には私をあげたし、おあいこって事で」
途端に味噌汁に噎せた敦の咳き込む声が、部屋に響いた。太宰は笑っている。