cuddleシャワールームから漏れ聞こえる楽し気な歌声は、三年前に同期の一人として挨拶を交わした瞬間から恋に落ちたサイボーグの青年のものだった。
今までオンラインで聞きなじんだ愛しい人の声が、跳ねる水音に交じって、少し調子の外れたメロディーを奏でている。
ああ、やばい。俺、ほんとにふーちゃんの家にいる。
昨晩、三年想い続けた彼にやっと会うことができて、言葉にできない感情が溢れてやまない浮奇を、ファルガーは何も言わずにそのあたたかい腕で優しく抱きしめてくれた。浮奇はその奇跡のような時間を思い出して、その腕の持ち主が今同じ屋根の下でシャワーを浴びているという事実に頭がおかしくなりそうだった。
一旦気持ちを落ち着けようと1階のソファを後にして自分の寝室に戻っても、一度意識してしまった彼の存在は消えるどころか浮奇の頭の中で膨らんでいく。
こんな気持ち、いつぶりだろう?知り合って一年目のころは彼に会えたらあれがしたい、これがしたいと想いを募らせてはもどかしい日々を過ごしていたが、色々な事情を理解するにつれて舞い上がるような恋心にはフタをしてしまっていた。
浮奇はすう、と深呼吸をして閉じていた目をゆっくり開いた。
いつもの癖でSNSを開くと、いつの間にかシャワーを終えた彼から返信が来ていた。
"待て!聞こえてたのか!?"
いつもの調子で笑いながら上ずる声が聞こえてくるようで、思わず顔がほころぶ。
先ほどから高鳴っておさまらない鼓動では、生来の美しい声は揺れ、いつもの余裕を見せることはできないだろう。
このドキドキを隠すには、いつものやり方で。
浮奇はかすかに震える指で返信を続けた。
"do you wanna cuddle"
―――――――――――
いつものように風呂上りに髪を乾かした後、ベッドに横たわって本を読むという習慣は、三年越しの対面を果たした"家族"が自分の家にいるという非現実的な状況においても、ファルガーの睡眠にとっては欠かせないものだった。
しかしどこか上の空でページを繰るファルガーの耳に、寝室のドアを静かにノックする音が届いた。
「どうした?入っていいぞ」
遠慮がちに開いたドアから顔を出した浮奇の目がまん丸になり、あんぐりと口を開ける様子を見て、ファルガーはやっと今の自分が上半身に何もまとっていないことに気が付いた。しまった、いつもの癖で…。
焦って体を起こし、すまない、いま服を着るからと言い終わるのも待たず、猫のような身のこなしでベッドに飛び乗った浮奇の腕は既にファルガーの背中に回されていた。
「Ukiki」
「…cuddle…」
吐息とともに胸元から小さく聞こえてきたその声は、今まで聞いたどんな言葉よりも甘く、幸せの色にきらめいていて、せめてシャツだけでも、という弱々しい抵抗の言葉を封じるのに十分すぎるほどの威力でファルガーの心を貫いた。
いつだってそうだ。言葉の限りを尽くして飾り立てる自分のやり方とは違って、この男はその声音ひとつに溢れる感情のすべてを込めて人の心をとらえてしまう。
「すまない、このままだと姿勢がつらいから横になってもいいか?」
それから何を話したかは覚えていないが、自分の胸の上で時折目を細め幸せそうに微笑む浮奇をサイネットの腕の重みをかけないよう優しく抱きながら、ほのかに香りつやめく髪を、透き通るようななめらかな頬を、上品なデザインのネイルに彩られたやわらかい手を撫でてはその美しさを何とか言葉で形容しようと試みていたのは確かだ。
完全に服を着るタイミングを逃してしまったせいで、自分より何倍も小柄な浮奇はファルガーの胸の毛に顔を寄せる格好になっており、さぞ居心地の悪いことだろうとも思ったが、当の浮奇はすっかり安心しきった様子で意にも介さないという風に、むしろその細い指で毛の流れをなぞって遊んでいるようだった。
どのくらい時間が経っただろうか。そうしてお互いの存在を、確かに目の前にある現実として心に焼き付けるように触れ合っているうちに、二人の体温が混ざり合っていく。もう余計な言葉は要らなかった。
交錯する視線は熱を帯びて、まっすぐにお互いの瞳だけを見つめている。
このまま浮奇とひとつになれたら…
このままふーちゃんとひとつになれたら…
次の瞬間、不意に隣のゲストルームの扉が閉まる音が聞こえてファルガーと浮奇は一気に体を硬直させた。
見ると、二人のいる寝室のドアは浮奇が入ってきたときのまま少し開いた状態で、暗い廊下へと明かりを伸ばしている。
「どうしよ、サニーかアルビーに見られちゃったかな」
「見られていたら、明日はあいつらも巻き込んでOrgyだな」
そんな冗談に浮奇は声を押し殺すように笑い、そろそろ戻るね、と言って体を起こした。
つられてファルガーも上体を起こし、ああ、おやすみ良い夢を、と返す。
「ふふちゃん、最後にひとつだけ」
浮奇はそういってファルガーの頬にキスをすると、とびきりの笑顔を残して自分の部屋へと帰っていった。
―――――――――――
だから、chat、性的なことは何もなかっただろ?笑