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    milouC1006

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    milouC1006

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    飛竜が孵化するのを見守ったり、一緒に名前を付けたりするレクの話。飛竜とフォの文化の捏造がいっぱい。

    「クロード、それ……妊娠したのか?」
    「は? え? 先生なんで部屋に勝手に入って」
    「もう少し早い段階から相談してほしかった……」

     いや誤解だ誤解! と寝そべりながら読んでいた本を閉じた彼の腹部は、毛布越しにしっかりと膨らんでいる。妊娠数節にはなる大きさだ。思わず落としてしまった課題の添削を拾っていると、彼は毛布をめくってその膨らみの正体を見せてくれた。

    「卵……か? かなり大きい」
    「そう、飛竜の卵だよ。飛竜の物にしちゃ小さめだがな」

     あぐらの中に卵を置いて撫でる彼の腹部は、相変わらず細くて安心だ。いや、もう少し栄養をつけて欲しいとは思うが。「食堂では見たことが無い」

    「模様が薄く……つぶつぶしている」
    「まあ、食用にされることはほとんど無いしな。俺の故郷なんかじゃ割と珍味として好まれるんだが、この辺りではまず食べないだろう」

     燻製っぽくて意外といけるんだぜ、と器用に片目を閉じて見せるクロード。人肌に温めてから何か調理するつもりだろうか。「料理をするなら誘って欲しい」

    「俺もその珍味を食べてみたい」
    「あー……先生の食欲を刺激した傍から悪いんだが、こいつは食べないよ。孵化させるんだ」
    「孵化? 親竜は?」
    「親竜が育てるのを止めちまったんでね。そこの厩舎にいた奴なんだが、ここ最近は騎士団も忙しそうだし俺が預かったんだ」

     クロード曰く、ここ最近「死神」の実態調査に奔走する騎士団の代わりに、よく竜舎番をしている彼が任されたらしい。飛竜は複数個卵を産んだ時、よくできた卵をいくつか選び、それ以外は捨てる習性があるのだそう。千年飼育されながら種を繋いだここの竜種は数を多く生むことがなくなったが、今回は珍しく三つも産んだらしい。

    「親竜も興味がないのか簡単に譲ってくれてな。俺も孵化させた経験もあるから、こうやって預かることになったんだ。先生は飛竜の卵とか、見たこと無かったのか?」
    「卵は、初めてだ」
    「その口ぶりだと幼体は見たことありそうだな」
    「ああ、幼体は見たことがある。上手く飛べないくらい小さいものも」
    「うんうん、飛竜は飛び始めが人生の中で一番の難関なんだ。普通の鳥より体が大きくて固いし、天馬のような前足も無いから均衡がとりにくい。親も上手く飛べたら、そこからは基本放置ってくらいでね」
    「……詳しいな。勉強になる」
    「飛竜にはちょっと縁があってな。それより先生、飛竜について学ぶのも大変結構なんだが……男の俺に妊娠を疑うなんて人間の性教育の方を直した方が良いんじゃないか? 俺がしっぽり教えてやろうか?」

     にまにまと三日月に口をゆがめる時は、大抵ろくなことを考えてない。しかし性教育は真面目に考えた方が良いかもしれない。何しろ昨晩はお互い張り切り過ぎたから彼は寝台の上からろくに動けないし、傭兵時代から気をつけろと言われていたが、今つい孕ませてしまったかと一瞬勘違いしてしまった。確かに学び直す必要もあるか。「機会があれば頼む」と軽く返事をすると、三日月をより深くゆがめて満足そうに頷いた。

    「ん、クロード、これ」
    「あ、来た! 孵化するぞ先生!」

     卵の尖った所の少し横。そこに小さくヒビが入り始める。口の尖った所で殻を割ろうとしているのだろうか、それとも足だろうか。ともかく中で、小さい生物が硬い殻にヒビを入れた。たったそれだけが酷く嬉しく、心臓を鷲掴みにされるような初めての感覚に襲われて目が丸くなる。

    「ほら、先生も応援してやってくれよ。頑張れって」
    「応援、えっと、それより、殻を割る手伝いを……」
    「いや、殻は自力で割らせてくれ。ここが生きるか死ぬかの最初の分かれ目だ。まずは自力で、手を加えるのはどうしようもなくなってから、な」
    「あ、あれはいらないか? 産湯とか、えっと、臍の緒を切るものとか、持ってこなくても――」
    「飛竜に臍の緒は……あ、用意するもんが、いや、口で説明するのも難しい。先生、とりあえずこいつを見ててくれ!」

     突然預けられた割れ始めの卵を焦って抑えると、返事を聞く間もなくクロードは部屋を駆けだした。
     一本ずつ、ヒビが増えていく。中で、小さい体を動かしながら、外に出ようと、生まれようともがいているのがわかる。こんなに小さな、まだ生まれてもいない生き物を始めて迎えた手は、今までにない緊張に震えて、気を抜けば押しつぶしてしまいそうになる。

    「……がんばれ」

     そっと声をかけると、呼応するように殻を押す力が強くなる。ほんとうに、聞こえているんだ。
     小さな破片が一枚割れた、そこからまた一枚、一枚と剥がれて、鼓動する子竜の体が見えて来た。必死に動いて、時折休む時にはたくさん息を吸って、まだ硬質でない体が動いている
     時間も忘れて応援していると、次第にひびが一つの方向に広がっていく。だいぶ多くの殻が割れてくると、今度は体を伸ばすようにして二つに大きく割るらしい。こうなると固い殻以上に、内側の少し伸縮性のある膜のようなものが難関だ。膜を切ろうと思わず伸びそうになる指先を押さえる。全身を使った大きな動きになるから、寝台から落ちないようにしっかり見張らなければ。

    「がんばれ。大丈夫、もうすこしだ」

     その時、パキっと乾いた音を立てて、殻が大きく二つに割れた。ぐったりと、それでもようやく窮屈な殻から抜け出せると、少しずつ縮こまっていた体を広げていく子竜。長い首を先に殻から出して、眩しそうにゆっくりと目を開いていく。

    「……はじめまして」

     そう挨拶をすると、その子はキュッと小さく鳴いて挨拶を返してくれる。もう孵ったから触れていいだろうと指を伸ばすと、まるで獲物でも見つけたように素早く思いきり噛みつかれた。生まれたばかりでも、結構頑丈な歯があるんだな。

    「お待たせ先生……って、もう孵ったのか⁉」
    「ああ、ついさっき。指、食べられてるんだが……離した方が良いだろうか」
    「いや、良いに決まってるだろ!」

     駆け寄ったクロードが、子竜の口の端を指で押して口を開けてくれる。そしてそのまま、食堂から持ってきたと思われる一切れの生肉を飛竜に見せびらかして、部屋の端の方へ投げた。「さ、頑張れ」

    「すぐ手元であげたらいいのでは?」
    「ああ、飛竜は生まれてすぐ自分で動いて獲物を探す生き物なんだ。あんたの指を食べたみたいにな。大抵は土の中の虫だとかそういうのを狙うんだが、生憎ここは二階の部屋。だからせめて、同じような柔らかさの疑似的な獲物をと思ってね」

     最初の食事にしては贅沢だな。そう笑って彼は、寝台から降りる手段がなくて足踏みをしている子竜を床へ降ろす。すると子竜もすぐ、まだ伸ばしたばかりの足をゆっくり動かしながら、獲物の方へ歩いていった。「しかし、随分早く孵ったなぁ」

    「こいつは体格もあまり良くないだろうし、どんなに元気でも数時間かかるはずなんだが……あんた、手助けしたか?」
    「いや、あの子が自力で頑張ったんだ。小さいのにとてもえらい」

     羽と尻尾をせわしなく動かすあの子が、いつかあの竜舎の飛竜たちのように大きくなるなんて、今の姿からはとても想像できない。寝台の上に散らばった殻を集めていると、ふとクロードがある質問を投げかけた。「先生は飛竜を育てたことがあるのか?」

    「幼体は見たことがあると言っていたが、実際飛べる様になる頃には一目で子供と分かるような大きさじゃない。だからある程度小さい時から育てたりしてたんじゃ、ってさ」
    「育てたことは無い、ただ、手にかけたことはある」

     その一言でまずい事を聞いたと言うように間延びした声を上げるクロード。まだ子竜も、言葉の意味は分からないだろうと続ける。

    「野生の飛竜は家畜や人間を空から襲う、一番恐ろしい害獣だ。村の猟師でもどうにもならない時に、傭兵団が呼ばれることもあるんだ」
    「でもフォドラに飛竜の生息できるような所は、そんなに多くないだろう? 被害ったって微々たるもんじゃないのか?」
    「意外と多い。喉元山脈もだが、オグマ山脈にも住み着いている。だから、よくファーガス地方には呼ばれた」
    「へぇ、わざわざそんな寒い所に行くとは考えにくいが……ファーガスは山脈沿いだし、家畜一頭でも痛手だからな。過敏になるのも頷ける」

     食事を終えた子竜がそろそろとこちらへ戻ってきて、寝台に腰かける俺の足元をうろつく。上がりたいのだろうかと鷲掴みにして抱きかかえると、クロードが子竜の尻尾を摘まみ上げて「男だな」と呟いた。

    「それにしても、随分あんたに懐いてるんじゃないか? 最初に見た物があんただろうから、多分親と勘違いてるんだろうな」
    「親か、俺が、この子の?」
    「ああそうさ。連日ずっと温めてたのは俺なのになぁ。本能ってのはままならないもんだね」

     せっかくなら名前を付けてやればいい、と子竜の頭を指先でつつきながら言われる。とはいえ、たまに自分の名前さえ忘れてしまうような俺だ。名前に頓着したことは無いし、もちろん人に命名したことなんかない。尻尾を振りながらこちらを見ている子竜を、持ち上げたりひっくり返したり、特徴的な所が無いかを探す。するとそれが気に障ったのか、思いきり前髪を噛まれて引っ張られてしまった。

    「っはは、こら、離してやれって。先生の髪の毛は草じゃないんだぜ」
    「草も食べるのか?」
    「時々な。たまに草を食べたくなる時があるらしいんだが……俺もほとんど見たことは無いね」

     相当俺の髪が気に入ったのか、口をパクパクと開けて首を伸ばす子竜。流石に痛かったので止めて欲しい、と思ったその時、ひとつ良い名前が思いついた。

    「この子の名前、ハンネマンでどうだろう」
    「……え、いや……それはー、ハンネマン先生の、ハンネマンか?」
    「ああ、二人とも髪が好きだ」
    「えー、と、いや、流石にハンネマン先生はそんなに思い切り掴んで持ってたりはしないだろ?」
    「結構取られる」
    「……大変だなぁ、あんたも」

     俺の大事で綺麗な恋人が薄毛になっちまったらなぁ……とクロードは寝台に寝そべる。一緒に横になって、髪が薄くなったら嫌いになるか? と尋ねると、まさかと頬を摘ままれた。卵を傷つけないようになかなか熟睡できない日々が続いてたのだろう。濃く刻まれた隈が痛ましくて口付けようとしたその時、膝の上で満足していたはずの彼が、二人の顔の間に堂々と寝ころんだ。

    「あーあ、ちゃんと見守ってろって、ハイネが怒ってるぜ、お父さん」
    「ハイネ……名前か。それにお父さんとは」
    「名前は親から送られる一生もので初めての贈り物だ。出来るだけ他の人と違う、良い名前が良いだろう? で、大抵名前を付けるのは父親って相場が決まってるしな」
    「ということは、毎晩卵を温めてくれていた君は、お母さんだな」
    「え、や……まあ、そうか? そうなのか……」

     あながち妊娠も間違いではなかったな。ハイネを追い越して彼の頬へ口付けると、顔を赤くして微笑む。その笑顔に動かない心臓がくすぐられている気分になって、ついついハイネごと彼を軽く抱き寄せた。
     その時、墓前で優しく母の事を教えてくれたジェラルトの気持ちが、少しだけわかった気がした。これはふたりとも、たまらなく愛おしい。
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