「旗、壊れたんだけど」
「そ、そっすね……」
　いつものファミレスにいつものお子様ランチ。のはずが、今日は突然、頂上の旗が剥がれ落ちてしまった。マイキー君が意気揚々とフォークを突き刺したその瞬間に。一体どんな設計してるんだよ！　と、恨み言は遥か遠くの旗工場に投げかけるしかなかった。

　ドラケン君から突然マイキー君の昼飯を任されたのは数時間前。そして、旗が突然壊れたのは数秒前。ドラケン君は滅多なことがなければ機嫌を損ねずにやれると言っていたが、滅多なことが起きてしまった。
　マイキー君は、それはもう闇落ちという物があるなら落ちる寸前というほどご機嫌斜めだが、あくまで物の不備。店員さんに怒るのは筋違いだろうと思っているのが、どこへ逃すことも出来ない腹立たしさをため込んでいた。
　とにかく、何でもいいから機嫌を直してもらわないと。もう一度メニュー立てを揺らす。ちょうど新しいパでがが出てると書いてあるから、これならきっと――
「ま、マイキー君！　先にパフェとか頼んじゃいましょ――」
「は？」
「え？」
「なぁタケミっち、オマエわかってんの？　パフェは食後のデザートだろ。頼むにしたって今じゃねーだろ」
　食後にお願いしますって言えばいいじゃん！　っていうかマイキー君の地雷全っ然分かんねぇ！　とにかくパフェ作戦は失敗、というより火に油を注ぐ結果に終わってしまった。ただでさえ見た事のないほど機嫌が悪かったマイキー君は、もう今にも立ち上がって店を出てしまいそうなほどに明らかにキレかけていた。
　これはやばい。本気でやばいよ。なんとかなるって言ってたけど、オレバカだから全っ然わっかんねぇよドラケン君！

　その時、電撃でも走ったようにある事を思いだす。それは数日前、学校帰りに突然ドラケン君に近くの公園に呼び出された時のこと。青い顔のアッ君が教えてくれた時と、心なしかいつもより渋い顔のドラケン君がブランコに座って待っていた時は二度死を覚悟した。
「そういやオマエさ、だいぶ前、俺の舎弟になりたいとか言ってたよな」
「はい！　もしかして……」
「まぁ、とりあえずこれ覚えとけよ」
　そう言って彼が取り出したのは、おしぼりサイズの小さめなタオル。それを器用に折り畳み、入れ込み、折り紙のように小さな動物を作ってくれた。これを、オレが覚える？「でもこれ、何の役に……」
「いいから覚えとけって。絶対役に立つからよ」

　あの時は一体、何の役に立つのか全く分からなかった。でも、それはこの日のためにあったんだ！　「マイキー君！」
「あ？」
「これ、見てください！　ペンギンです！」
　言われなければ分からない程、崩れそうで弱い謎の生命体。辛うじて羽があるからペンギンだと言い訳できるような出来。ついさっき届けられた鉄板の熱さだけでない汗が滝みたく流れ出て来る。おそるおそる顔を上げると、そこには……
「すっげー！　タケミっち、すげえ器用じゃん！」
「え、あ、あざっす！　マイキー君のも貸してくださいよ！　そしたら、これをこうして……こう、で、はいト〇ロです！」
「うわマジで小トト〇じゃん！　すげえなタケミっち！」
　マイキー君って、こんな風に笑うんだ。本当に目が輝くなんてあるんだと思うほど、面白そうにトトロを受け取るマイキー君。力加減が分からず崩してしまって、甘えた声でもう一回とおしぼりを差し出す。無敵のマイキーじゃない、佐野万次郎はきっとこういう人なのかもしれない。気張ること無い本心を見せてくれるのは、素直にめちゃくちゃ嬉しかった。
「やっぱタケミっちと一緒だと退屈しねえな！」
　その時、ヒナの好きとはちょっと違う。でもこの笑顔が好きだと、ずっとこうして笑っていて欲しいと思った。