こんなものは必要ない。ライトは都合のいいものが手元にあると思った。
本当に。自分の欲を解消できるいいものだと思う。
朝起きたら何故かあったスイッチのようなものは一緒に置かれていた紙の内容曰く
『機械人の記憶を消去できるボタン』らしかった。
1分間という縛りはあるものの自分にとってあまりにも都合のいいものが唐突に手元に降ってきたものだからかなり怪しんだ。
最初は記憶が消えようが消えまいが問題ない会話で数度試しに使ってみた。
結果としてそれは本当に無かったことにしてしまえた。
あまりの衝撃に最初適当に言い訳してすぐビリーの元を離れたほどだった。
「でな!この前のスターナイトライトでよー!」
ビリーが楽しそうに話している横でライトは頬杖をつきながら耳を傾ける。
生き生きと話す姿は自分なんかよりよっぽど生命力に溢れていると思う。
好きな物を話す姿はキラキラしていてライトはそんなビリーが大好きだった。
「パイセン、好きっすよ」
ぽつりとなんでもない様に放たれた言葉にビリーが言葉を止める。
「アンタのこと愛してます、だからずっとそのまんまでいてくださいね」
優しげに、でもどこか諦めた様に微笑まれたそれにビリーが声を発しようとした時カチリと小さな音が鳴った。
「……あれ、俺今何話してたっけ…?」
「今週のスターナイトライトの話でしょ、もうボケたんすか」
「ボケてねーよ!!」
むきー!と怒るビリーにケラケラと笑いながら話の続きを促せばそうだそうだと建て直したビリーが先程の話を続ける。
そんなビリーにサングラスで隠れた瞳を細めた。
ああ本当に、なんて都合がいいんだろうか。
長年押さえ込んできた想いを本人に伝えあまつさえそれを無かったことに出来るだなんて。
ライトはポケットの中のスイッチをつい、と優しく撫でる。
自分に不相応な感情に、けれど分かっていても捨てることも、抑えることも出来ない臆病者にはぴったりだ。
未だに楽しげに話すビリーを眺めながらマフラーで隠した口元を自傷気に歪めた。
ꕤ︎︎
機械人は夢を見ない。
厳密に言うと機械人にとって『寝る』という行為はデータの処理期間でありその間に記録されていないものを見ることはないのだ。
けれどビリーは最近何故か身に覚えのないデータを、所謂生物で言うところの夢のようなものを見るようになった。
そのどれもが後輩であるライトとのもので最初は何を食べただとか、こんなことがあっただとかたいした内容ではなかった。
しかし最近のものはビリーに対して好きだ、だとか愛してる、だとかまるでビリー自身の願望のようなものになっていた。
ただそれは毎度返事をする前に諦めた様に悲しげに笑う後輩で終わってしまうのだ。
そのせいでビリーは最近なんともスッキリしない気持ちを抱え続けていた。
「ビリー悩み事かい?」
店の手伝いをしてくれていたビリーにアキラが声をかけた。
「…店長にはそう見えるのか?」
思案したあとにビリーが問いかければアキラが首を縦に振る。
「ああ、なんだか最近物思いにふけっていることが多いと思ってね。相談になら乗るよ?」
ビリーの手元からビデオを取りつつアキラがにこりと笑う。
確かに1人で解決する必要は無い。もしかしたらアキラなら原因が分かるかもしれない。
ビリーはアキラに夢の内容はぼやかしつつ相談することにした。
「ふむ、なるほどな。それで俺のところに来たって訳か。」
エンゾウが顎髭に手を当てつつ頷く。
アキラに相談したところそれならばメカに詳しい人に聞くのが1番だとをカスタムショップの店長であるエンゾウを紹介された。
話を聞いたエンゾウは少しいいかとビリーに簡単なメンテナンスの伺いを立てビリーが了承すれば早速取り掛かってくれた。
「問題はどこにもないな。」
一通り調べた結果特に問題はなかったのと告げられたビリーは僅かに期待していた打開策が功をなさなかったことに落胆した。
「けど少し気になることがある。あんたの言う通り機械人はただデータを整理しているだけで架空の夢を見ることは無い。それに実際アンタはそんなもの見ちゃいない。」
「はあ?そりゃ一体どういうことだ??」
エンゾウの言葉に首を傾げるビリーにトントン、と自分の頭を叩いた。
「つまりはお前さんが見たって言う夢は実際に現実で起こったことだって事だよ。最近意図的に記憶の消去をした形跡があった。それだろうよ、お前さんが意図的に不必要だと考えて消したんじゃねぇのか?自分自身は忘れてるかもしれんがな。」
エンゾウの言葉にビリーのアイライトが見開かれる。
「はぁ!?そんなわけねぇ!」
忘れていいようなものじゃない。ビリーは思わず大声を出して否定してしまった。
その声に驚いたのか他所で作業をしていたボンプがビクッと飛び上がる。
「急に大声出すな、まぁ俺から言えるのはそれだけだからよ」
大声に迷惑そうな顔をしながらそう言うとポイ、と外に出されてしまった。
カスタムショップの前でビリーは立ち尽くす。
『実際に現実に起こった事』
つまり夢でライトが言ったことは全て本当にあったということになる。
問題は何故それが消されていたのかということだ。
「こんな所で突っ立って何してんですかパイセン」
棒立ちのまま考えていたビリーに声がかかる。ハッとして意識を戻すと目の前にはちょうど考えていたライトが立っていた。
「お…?ライトじゃねーか。お前こそなんでここに居るんだ?」
ビリーが首を傾げればひょい、と軽く腕を上げ手に持っているものを見せる。
「ビデオの返却に来たんすよ」
成程、と納得したところでビリーはふとあることを思い出した。
夢の最後必ずカチリと小さな音がした、
気にしなければどうということは無い程度の事だった。
しかし今となってみると少し引っかかる。
意図的に記憶が消えていて、自分ではやった記憶がない。
ならば第三者が何らかの方法で消した、という可能性があるのではないか。
もしそうだとしてそれが出来る者は
「なぁライト」
「なんすか?」
「この後時間あるか?」
「ありますけど…」
唐突な誘いに若干戸惑いを見せながらも応えるライトにビリーがにこりとアイライトで弧を描き笑う。
「じゃあちょっと付き合ってくれよ」
ꕤ︎︎
「で、何の用っすか」
ビデオを無事返却来たあとに人通りの少ない空き地に移動すると開口一番にライトから問われる。
「なんだよ急かすなよー」
そう言いつつライトの両手を掴む。
怪訝そうな顔をしているライトの指を己の指と絡める。
「ライトお前さ〜、好きなやつとかいるか?」
「……は?なんすかそれ」
ビリーの問にライトの右手がピクリと僅かに引くように動いた。
それに気付かないふりをして逃れられるようにわざと指の力を弱める。
「んー、何かさーそういうの?気になりだしてよ〜。ライトはどうなんだろうなってさ。俺の事好きだったりしねぇ?」
「……。」
ライトの目が見開かれたあとふい、と背けられる。
右手がビリーの手からゆっくり離れていく。
「…そうっすね、好きですよアンタのこと。」
こんな気休めの告白繰り返すくらい。
小さく耳を澄まさなければ聴こえない声で呟くと右手がポケットに向かう。
手を入れようとしたところでビリーがその手を掴む。
「な、」
「そりゃいいな、じゃあ付き合うか。」
明らかに動揺しているライトを余所にライトの右ポケットに手を突っ込むと小さなスイッチのようなものが出てくる。
「なんだこりゃ」
「あ!ちょっと!」
ばっと伸ばされた手を掴んでそのまま後ろのフェンスに縫い付ける。
ガシャン!と大きな音がなりライトの目がきゅ、と反射的に瞑られる。
「なぁライト、これで俺に何したよ?」
至近距離で細められるアイライトにライトがビクリと肩を震わせる。
サングラス越しでも分かるほど戸惑うように揺れるペリドットを無言で見つめていればきゅ、と口が結ばれる。
「なんだ、黙りか?」
「…俺が何したか言わなくてもアンタ分かってんでしょ」
ふ、とライトの唇が歪む。
「幻滅したんじゃないですか?」
ヘラりと笑いビリーのスイッチを持っている手を掴む。
「俺のどうしようもない気持なんて消して下さい。」
「お前って時々どうしようもないくらい後ろ向きだな。」
嘲笑うように祈るように吐かれた言葉を一蹴するとビリーは掴んだままのスイッチをべキリと握り潰す。ぱっ、と手を開けば潰れたスイッチが地面に落ち高い音を立てた。
ライトから僅かに息を飲む声が聞こえる。
「ライトよく聞け。俺はなライトのことが好きなんだよ」
「は、」
目を見開いて固まるライトにビリーが手を繋ぎフェイスシールドに寄せる。
「お前のそのどうしようもない気持ち全部俺によこせ」
ちゅ、と音を立ててライトの手の甲をフェイスシールドに当てる。
「は、な…」
みるみるうちにライトの肌に赤みが差していく。
その様子にビリーが嬉しそうにアイライトを細めた。