婚約しています。
天が二物も三物も与えたハンサムはうたた寝していてもハンサムらしい。
暖かく涼しい昼下がり。
急な呼び出しからの打ち合わせを終え、やっと帰って来た俺をリビングに抜ける風が迎えてくれた。
「ただいまー。ふぃー……ん?」
やれやれと、ジャケットを脱ごうとして目に飛び込んで来たものに手を止める。
ソファの向こう。
やや傾いた後頭部はその角度から微動だにしない。
「お? ん、ンン?」
ささっとソファの前側に回り顔を覗き込む。
切れ長の目は瞼を降ろし、むっすりと引き結ばれていることの多い唇は薄く開いて静かな呼吸を繰り返していた。
寝てる。
頬杖を付いたまま。
「ほーぅ……?」
これは、これはこれは、珍しい。
品行方正。勤勉生真面目。
歯に衣着せぬ物言いで相手を切り倒し、いっそ傲慢ささえ感じるほどの男がこんな無防備に昼寝をしている。
側には彼の愛剣が立てかけており、テーブルに並べられた道具から少し前まで手入れでもしていたと伺える。
今日みたいな天気に柔らかく風が入れば瞼だって重くもなるだろう。
とはいえ、なかなか隙の無い男がこうも無防備なのは貴重も貴重。
起こさないよう密かに膝を着き、可愛らしい寝顔を堪能させて貰うことにした。
青みがかかったサラサラの黒髪は今は整髪剤で固められておらず、撮影用のメンズメイクも無い素肌は白く健康的。事務所で女性陣の日焼けを気にする会話を聞いたことがあるが、彼女らがこの整ったすっぴんを見たらどう思うだろう。
うたた寝をしていてもハンサムはハンサム。強く、体格にも恵まれて、しかも顔が良い。全くこの世は不平等に尽きるな。
そんな完璧なふぃ、フィアンセを持てた俺も、本当に予想できない人生を歩んでいるものだ。
本当はもう少し寝かせてやりたいし、飽きることの無い美形を眺めていたい。が、寝るならちゃんと横になった方が良い。
そう区切りをつけて心地よさそうな夢から彼を引き上げることにした。
「ムールソーさん」
「……ン…………」
頬をつついて気持ち大きめに呼びかける。
マリーゴールドの陽気をほのかに透かせる深緑が夢うつつを漂い、俺を探していた。
「起きな。こんな所で寝てたら風邪引くぜ」
「ん……、ぐれ、ごーる?」
「ああ。あんたの、そう、婚約者様だぞぉ」
……んん、まだ口にするのはむずむずして慣れないな。慣れる日が来るかは分からないが。
うたた寝に気付いたらしいムルソーは上品なあくびと背伸びをして凝り固まった体を伸ばす。
まだ昼寝の余韻を残す頬は頬杖のせいでほんのり赤い。
それも可愛らしくて心のままに手を伸ばした。
俺の行動に驚いた風でも、すぐに素直に甘えて頬を擦り寄せて来た。見た目通りすべすべの肌が手に心地いい。
こんな無防備な姿も、深さを増す翡翠の瞳も、俺だけが見れる特権だ。
「眠いならベッド行こう、な? ほら」
「……貴方も?」
「お、何だ何だ、添い寝をご所望か?」
今日のムルソーは甘えたさんだな。と少しからかえば口元が不服のへの字に歪む。
気まぐれな意地悪を笑いながら謝り、彼の手を取って寝室へ向かった。
そういえば帰って来てジャケットだけ脱いだままだったから昼寝の寝間着は彼のを借りよう。
それから、起きたらデリバリーでも取ってのんびり過ごそう。
たまにはこんな休日の過ごし方も乙ってもんじゃあないか。
「夢の中でも貴方は護衛してくれるのか?」
「おいおい俺に働かせるじゃないか。でも、ま、センク協会三課様のご所望とあれば」
大切な男を護るためなら、喜んで。