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    udukihp

    進捗とか 進捗とか 進捗とかです
    時折完結したお話も載せます
    HL、もしくは夢の進捗を晒すことが多いです

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    らぎかん

    ##twstお話

     不意に、足下の床が消えるような感覚がした。階段を踏み外したような感覚と言えば良いのだろうか。飲み物を取りに、台所へ向かった瞬間のことである。
     落ちるな、と思った。どこへ、はわからない。ただ、反射的に体が硬直して、衝撃に備えて目をつぶる。けれど、私の体はどこかへ叩きつけられたりすることもなく、すとんとどこかに着地した。
    「え?」
     かすかな声が耳朶を打つ。なんだか聞き知ったような――そうでないような、よくわからない、なんとも言えない声だった。ぎゅうっとつぶったままの目を恐る恐る開く。
     目の前に、人が居た。
    「は? なんで」
     男性だ。頭上に柔らかそうな丸い耳が生えていて、それが非常時のように毛を逆立てながらかすかに震えている。見覚えのある耳だった。少し、いや、結構前に、ずっとずっと、眺めていた耳の形をしていた。
     すっと細い線で描いたような輪郭、鼻筋に、柔らかそうな唇。薄い灰色がかった青色の瞳は、まなじりがかすかに垂れがちで、なんだかなんとも言えない色気が滲んでいる。
    「――ユウくん」
     名前を呼ぶ声が、かすかに揺れて響く。何かを考えるより先に、私の口が勝手に開いた。
    「ラギー先輩?」
     男性――ラギー先輩は、私の言葉にかすかに顎を引いて、それから少しだけ力が抜けたような顔で笑った。
    「帰ってくるの、遅いんスよ」



    「はいこれ」
    「なんですかこれ」
     不意に差し出された紙をためつすがめつしながら、私はラギー先輩を見る。ラギー先輩は「転移魔法被害者のための戸籍取得用紙」とだけ早口に続けた。私は顎を引く。用紙は少しだけ黄ばんでいた。もしかしたらずっと持っていたのかもしれない。
    「ていうか、なんで戻ってきたわけ? あんなお涙ちょうだい~って感じの別れ方したのにさあ」
    「それが私にもなんとも。どうしてだと思います?」
    「オレが聞いてるんスけど!」
     だが、聞かれても答えようがない。飲み物を取るために立ち上がっただけなのに、どうしてかこの世界――ツイステッドワンダーランドに戻ってきてしまったのだ。首をかしげると、ラギー先輩は少しだけ眉根を寄せて、それから小さく首を振った。
     ――ツイステッドワンダーランド。私が高校生の頃、寝ている間に馬車に揺られてやってきた異世界だ。魔法もあれば獣人属という獣耳をはやした人たちや、人魚、ドワーフなど、様々な種族が存在し、私が暮らしていた場所とは何もかもが違った。そんな場所に突如として放り出され、右も左もわからないままの私を、エースやデュース、グリム、そして学園に属する人たちがあたたかく……、……あたたかくはなかったかもしれないが、とにかく迎え入れてくれたのである。
     学園で過ごすうちに様々なことに巻き込まれたりもしたが、それも今となっては良い思い出である。数年この世界で暮らした後、元の世界へ戻る魔法が判明し、私はこの世界へ別れを告げた。そこからはまあいろいろとあったのだが、なんとかして就職することも出来たのでよしとしよう。
    「……書く場所わかんない?」
    「えっ」
    「全然手ェ動いてないし。もしかして、文字読めなくなったとか?」
    「よ、読めます」
     首を振って慌てて返す。手に持ったままのペンを動かして、ゆっくりと文字を書き始めた。ラギー先輩が都度、そこはここに丸、だとか、ここチェックして、だとか言うので、全く問題なく書類を作成することが出来た。
    「戸籍はないと大変だしね。どうせ戻るのも結構かかるでしょ」
    「そう……ですよね」
     元の世界へ戻るための魔法。それ自体は判明しているのだが、いかんせんすぐ施行しようにも、準備物が大変に多い。しかも大変な希少価値のあるものばかり、必要とされるのだ。
     学園長に手伝ってもらった時ですら、集めるのに猛烈な時間がかかった。二回目となるとさらに、だろう。
    「……戻れるんでしょうか」
    「どうしても準備物が手に入らなかったら、ここに居れば良いじゃん」
    「ええっ」
     冗談だろうか。笑いながらラギー先輩の顔を見る。ラギー先輩は私と視線が合うと、かすかにな間を置いてから、まなじりを崩して笑った。耳がかすかにへたりと落ち込んでいる。「嘘。まあ、戻れると良いッスね。二回目も」と言う声が、やけに明るく響いた。



     戸籍を取得してから、私は働くことになった。転移魔法被害者という名目は大変便利で、そのことを伝えると今までの生育歴が少しばかり曖昧でも、まあまあ許されてしまうらしい。
     魔法が使える世界と言っても、魔法を使えない人だって暮らしているので、仕事自体は今までにしてきたものとあまり変わりなく、スムーズに世界へ溶け込むことが出来たと思う。
     住居は、ラギー先輩の家を間借りしている形となる。ラギー先輩のおばあちゃんとは面識があったので、暖かく迎え入れてくれた。
     実際、一人暮らしを始めなければと思うのだが、それをするにはまだまだお金が足りない。ラギー先輩が「まあ後輩だったよしみなんで」と言ってくれるので、えげつなく臑をかじらせていただいている。いずれ恩返しはするつもりだ。いろいろなことをおもんぱかって個室にしてくれているし、なおかつ部屋主――つまり私の許可がないと中に入れない魔法をかけてもらっているので、大変快適に過ごさせていただいている。
     ラギー先輩は現在のツイステッドワンダーランドの情勢や、卒業した後のみんながどこで暮らしているか、何をしているかを教えてくれた。ラギー先輩のマジカメアカウントを見せてもらうと、見知った面々がずらりと並んでいて、ちょっとだけ笑ったものである。私も学生の頃、マジカメアカウントを作っていた。携帯がないからもう見れないけれど、手に入れた暁には放置されているであろうアカウントを復活させて、みんなに話しかけて少し驚かせたりするのも良いかもしれないな、なんて思ったものである。
     その後、家財道具の使い方や、この地域での常識などを教えてくれた。暮らすための知恵を授けてくれるのは、学生のときと変わりない。しかもわかりやすくかつ楽しく説明してくれるところも、学生の時と同じだった。
     実のところ、私は学生の時、ラギー先輩のことが好きだった。多分それは態度にも出ていただろうし、ラギー先輩も気づいていたかもしれない。特別に親しい――というと少し過分かもしれないが、とにかく、相手を大事に思っていたし、多分、ラギー先輩からも大事にされていたと思う。
     好意を伝えることはなかった。いずれ去ることになる存在だ。だというのに言葉と気持ちを置いていくのは、人としてどうかと思われたのだ。
     そうしてまた、去りゆくつもりである私は、芽生えた感情を伝えないことに決めている。多分、その方が良いと思ったのだ。そもそも、私が好きだと伝えたところでラギー先輩は鼻で笑うだろうと思った。
     年月というものは、すべての人間に平等に降り注ぐ。私が居ない間きっとラギー先輩はいろいろな人と出会っただろうし、私も同じだ。まあ、でも、とりあえず。
    「携帯を契約してきました」
    「行動が早いッスねえ」
     夕飯を食べながら、私は購入してきたばかりの携帯を見せびらかすように掲げる。ラギー先輩はあきれたような顔をして、それから「食事中に携帯いじるのは夕焼けの草原ではマナー違反なんで」とだけ続けた。
    「それは私の世界でもマナー違反なんで、ご飯後にいじります。見せたくて」
    「犬か猫だったりする?」
     ラギー先輩は小さく笑った。それは、あれか、手に入れた物を見せびらかしにくるところが、ということか。少し言い返したかったが、何も言えないので私は黙々と食事をするに決めた。ラギー先輩が今度こそ声を出して笑って、「わかりやすいなあ」とだけ言う。
     食事を終えた後、食器を洗い終え、私は早速携帯の設定をする。魔法世界といえども、携帯自体は私が元の世界で持っていたものと同じような感じだったので、操作感に問題はなく、すぐになれることが出来た。
     さて、マジカメアカウントである。遠い昔に設定したパスワードとIDだが、なんとなくこれだろうというものを打ち込むとログイン出来る。通算何千日目のログイン、と言うメッセージがポップアップで表示され、おかえり! という言葉がさらに踊る。
     画面をスクロールすると、みんなの投稿が瞬時に現れて――。
     通知が来ていた。
     たくさん。
     通知ボタンをタップすると、メッセージがずらりと表示される。
    『一日目』『二日目』『三日目』。たったそれだけの文字だ。それが、ずっと、ずっと続いている。ただただ、カウントするだけの、メッセージだった。
     何を。――何を。考えて、すぐに思いつく。
     多分、これは。
    「ユウくん、マジカメアカウントさあ、再度作ったら?」
    「えっ」
    「だってそうでしょ。誰と連絡とるにしても、マジカメって便利だしね。どうせ学生の時に作ったアカウントなんて、IDもパスワードも忘れてるでしょ」
     ラギー先輩が指先を動かす。携帯を見ていた。
     マジカメアカウントは、ログインした時間が表示される。先ほどログインをしたから、私の前のアカウントはおそらく数分前、という表示に変わっているだろう。
    『百五十日目』『二百日目』『千五十日目』
     だって。
     だって、再会の時、あんなにけろりとした顔をしていたじゃないか。まるで面倒な後輩が帰ってきたとでもいうような顔をしていた。帰る時だって、そっちの世界で幸せになるんスよ、なんて言ってきて、大事にされていたけれど好かれてはいなかったんだろうなんて、そう思って。
     それなのに。
    『千五百日目』『千五百四十日目』『千六百三十八日目』
     メッセージの終わりに行き着く。
    「どうしたんスか、ユウくん」
    『会いたい。忘れられない。帰ってきてほしい。帰ってきて』
    「変な顔してさぁ。あ、アカウントの作り方わかんないとか?」
     私が居なくなった月日を数えるメッセージは、私が帰ってきた前日で、終わっていた。

    (終わり)
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    Replies from the creator

    udukihp

    DONEリクエストありがとうございました~!もの凄く楽しく書けました!少しでも楽しんでいただけたならこれ以上に嬉しいことはありません。ネイチャやおじたんのお話もいつか機会があれば是非書かせてください……!!!!重ね重ね、ありがとうございました!
    ラギ監 今日は朝からついていなかった。
     どうしてか携帯のアラームが鳴らなくて、折角の休日なのに寝坊をしてしまった。今日は賢者の島に広がる市街地へ遊びに行くつもりで、前々から色々と予定を立てていたのに、である。
     朝から時間をロスしてしまったので、いくつかの予定は諦めて、それでも折角だし買い物くらいは、と少しだけおしゃれをして外へ出たのが運の尽きだろう。
     本屋へ行って、好きな作者の新刊を買おうとするものの、売り切れていたり。美味しそうなケーキ屋さんがあったので入ってみたら、目の前で目当てにしていたガトーが売り切れてしまったり。靴擦れが起きて慌てて絆創膏を購入する羽目になったり、散々だった。
     それだけでは飽き足らず、帰り道、前日の雨もあり、ぬかるんだ地面は、簡単に足を取った。あっと思った時には水たまりへ自らダイブしてしまい、衣類が汚れた。バイトして手に入れた一張羅が見るも無惨な姿になってしまって、それだけでもう心がハンマーで殴られたかのようにベコベコになってしまった。
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