Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    beniwo_str

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 4

    beniwo_str

    ☆quiet follow

    ファイモス新刊進捗
    天使☀️×シスター🍷
    これからていそ〜奪われます

     都心部から遠く離れた郊外の村。草の匂いと鳥の声が混ざるその場所は、時間の流れがゆるやかに感じるほどのどかで切り取られた背景は絵本の一部のようだった。ここエリュシオンでは、自給自足の生活のため、老若男女が朝から汗水を垂らし畑や川に赴いて食料を確保し命を頂く。煌びやかな装飾品を纏う貴族などからすれば裕福とはいえない生活だろうが、何不自由なく人々は確かに暮らしているのだ。
     子供たちの娯楽といえば虫捕りや川遊びが中心で、自然との触れ合いに夢中である。だが、週に一度、村中の子供達はある一箇所に集まることを至極楽しみにしていた。
    「ねぇ、今日は何味のパンケーキなの?」
    「先に知ってしまっては面白くないだろう。すぐ用意するから順番に待っていろ」
    「僕のはクリームいっぱいのやつがいい!」
    「ああ、たくさん用意してあるから好きなだけ塗って食べるといい」
     村の片隅に佇む教会は、どこか寂しげな雰囲気を残す古風な造りにも関わらず、日中は人の気配が絶えなかった。子供に群がられながら焼きたてのパンケーキが乗せられた皿を配膳しているのは、教会にただ一人常駐しているシスターのモーディスであった。夕焼けを転写したようなハニーオレンジの毛先を揺らし、早く早くとせがむ子供たちに席へ座るようにと声をかける。
    「わぁ! りんごのパンケーキだ! 私りんごだぁいすき!」
    「それは良かった。皆、席に着いたか?」
    「はぁい、シスター!」
     モーディスは食堂内を歩きながら元気に手を挙げる子供たちを見回し様子を伺った。パンケーキを素手で鷲掴みにしようとする少年を優しくたしなめると、厳格な、けれどどこか温かみのある低音が食堂全体に響き渡る。
    「では、次にやるべきことは何だ?」
    「私わかるよ! ごはんの前にはお祈りをするの!」
    「正解だ。よくわかったな、偉いぞ」
    「えへへ」
     誇らしげに胸を張る少女は、モーディスの大きな手のひらで頭を撫でられ、心底嬉しそうに顔を綻ばせている。少女の可愛らしい反応を見届けて小さく頷いたモーディスは、自身が信仰する神──ニカドリーの神像へと向かって胸の前で手を組み、ゆっくりと目を閉じて信仰を示した。
    「我らが父、ニカドリー様に祈りを」
     子供たちも後に続き、食堂には暫しの静寂が訪れた。シスターが修道服を翻したのが食事開始の合図となり、カチャカチャと音を立ててナイフとフォークを手に取る音が聞こえ始めた。小さく切り分けたパンケーキを口に含んだ瞬間、濃厚なバターの風味と林檎の甘さがぶわりと広がり、絶妙なハーモニーを織りなしている。まさに絶品、世界広しといえども、モーディスの作るパンケーキ以上に頬っぺたがこぼれ落ちそうになるほど美味しいスイーツにはそう簡単に巡り会えないだろう。
    「甘くてふわふわで、とってもおいしいよ! ありがとう、モーディス様! んぐっ」
    「こら、喉に詰まらせたらどうする。しっかり飲み込んでから話すように」
    「はぁい、ごめんなさい」
    「わかればいい」
     頬いっぱいにパンケーキを詰め込む子供たちを見ていると、自然と自身の表情も柔らかくなるような気がする。モーディスにとって、天真爛漫に駆け回り疑いを知らぬまま懐いてくれる子供たちは心の拠り所でもあった。
     モーディスはもともとこの村出身の人間ではない。遠く離れた異国の地、クレムノスからニカドリーを信仰する教えを布教しに旅をしていた聖職者だった。各地に散らばったクレムノスの民はそれぞれの地でニカドリーの名を浸透させ、教徒を増やすことを目的としている。無論、モーディスもその考えを受け継ぐ者ではあるのだが、半ば強制的に土地を開拓し民に信仰を迫る一部の過激派とは相容れず、その土地の民の生活に寄り添う形でエリュシオンに身を置いている。エリュシオンはクレムノスのように強力な軍事力を誇るわけでも、高度な金属加工技術を有しているわけでもない。他者を敬い、愛を惜しまず、あらゆる民を受け入れる寛容な場所こそが、モーディスの目指すべき信仰の執着点だった。
     モーディスの管理している教会は随分と前に人の手を離れていたが、彼自身が丁寧に修繕して再び人々を迎い入れるまでに甦らせた。故郷の教会のように金の装飾などは施されておらず、至ってシンプルな石造りではあるが、彼はこの教会を深く気に入っている。見た目の豪華さや存在感に捉われず、慣れ親しんだ場所で人々に癒しを与え続けることが何よりも重要だと考えているからだ。モーディスの願い通り、今では村のシンボルとして、老若男女が扉を叩くまでに教会は欠かせない存在となっていた。


     
    「ごちそうさま! ねぇ、今度はいつ食べれる?」
    「また来週来るといい。次はプリンタルトでも用意してやろう」
    「わぁ、楽しみ! モーディス様、またね!」
    「ああ、気をつけて帰るんだぞ」
     太陽が地平線に沈み、辺りが橙色に染まった頃。子供たちは教会から飛び出ると、それぞれが家族の待っている家へと帰っていく。大きく手を振りながら走り去っていく小さな背を見送ると、教会内は静寂を取り戻して風の音だけがニカドリー像まで抜けていった。モーディスは夕飯の支度のため庭に生えているハーブを摘んでから、解放されていた木造の扉をバタリと閉める。
     厨房にはモーディスが厳選した調味料やスパイスがずらりと並んでおり、それだけで彼が日頃どれだけのこだわりを持って調理しているかが伺えた。今日のメイン料理は鶏もも肉のトマト煮込みのようで、モーディスは下拵えを済ませていた鶏肉に焼き目を入れる。切り分けておいたトマトや野菜、スパイスと共に鍋に入れると、蓋をして火をつけた。あとはじっくり煮込み終わるのを待つだけ、とパン生地を捏ねるため棚に手を伸ばすが、その手が小麦粉に触れることはなかった。
     ──モーディスの鼻を、血の匂いが掠めた。
     鍋の火を止め、足早に教会の外へと出たモーディスは、教会の裏にある森へと足を運んだ。穏やかなエリュシオンの中で唯一危険視されている森へと続く道は、普段は人が立ち入らないように封鎖をされており、村人に危害が出ないようモーディスが率先して警備をしている。
     手持ちのランタンを頼りに奥へ進むと、一層血の匂いが濃くなった。クレムノス人は元より常人と比べ嗅覚が鋭いが、今までに嗅いだことのない、不思議な鉄の匂いである。警戒しながら目を凝らすと、闇の中で〝何か〟に群がる大きな影が揺れ動くのを捉えることができた。モーディスは影の正体を確信をしたらしく、一切躊躇することなく影に向かって走り出し、反撃される前に首根っこを掴んで投げ捨てた。キャウンと悲鳴を上げて地面に叩き付けられたのは、およそ体長一メートルを越えるであろう大型の狼である。体勢を立て直し飛び掛かろうとする獣を、射抜くような一瞥で封じてみせたモーディスの姿は、昼間子供たちと戯れている聖職者ではなく、血で血を洗うクレムノスの屈強な戦士そのものであった。
    「食料は十分に確保できているはずだ。今すぐここから去れ。牙を交えるのは本望ではない」
    「……」
     狼は圧倒的強者の言葉を理解したのか、反撃に出ることなく数歩後退すると、そのまま闇の中へと姿を消していった。モーディスは一息ついてから残された〝何か〟を確かめるべく膝をついて屈むと、手助けをするかのごとく雲の隙間から月光が降り注ぎ、地に伏した物体を照らしてみせた。
     キラキラと銀糸を輝かせて横たわる青年は、まるで天からの贈り物のような美しい顔立ちをしており、飛び散った赤色が透き通った肌を際立たせている。地面が血で湿っていることからも、一刻を争う状態なのは明白だった。教会での手当てでは不十分だと判断したモーディスは、ウィンプルの一部を引き裂くと、一番深い頭部の傷を覆って止血処置を済ませる。傷口が開かないよう、なるべく動かさないよう慎重に担ぎ上げると、気を失っていたと思っていた青年に袖を掴まれ、消え入りそうな声で「医者は駄目だ」と呟かれた。
    「傷が深すぎる。命を落とすぞ」
    「大丈夫、だから……少し休めば、大丈夫……お願いだ、医者だけは……っう」
     青年は今度こそ意識を飛ばし、力なく垂れた腕からも血が滴っている。医者は嫌だという主張にどうしたものかと迷ったものの、モーディスは少年の意思を尊重し教会へと踵を返した。



     清潔なリネンの上で寝かされていた青年は、コツコツと床を叩くヒールの音で目を覚ました。首だけを捻り音の発生源を辿ると、水と氷が張ってある桶を持ったままのシスターが静かに歩み寄ってくる。中の水が溢れないよう注意しながら桶を棚に置くと、汗で張り付いた前髪をどかして青年の額を露わにした。
    「目が覚めたか」
    「ああ……君が看病をしてくれたのかい?」
    「一晩中うなされていたからな。傷の度合いからも一時はどうなることかと思ったが……神はお前を見離さなかったようだ」
     固く絞った薄手のタオルで汗を拭かれると、幾分か肌がベタつく不快感が緩和され気持ちが良い。傷を避けるように額に手のひらをあてられ、「熱はないな」と溢したシスターの表情には、僅かな安堵の色が差していた。
    「その……ありがとう、助けてくれて」
    「医者に診せるなと言われたときは、本当に置き去りにしてやろうかと思ったがな」
    「はは……迷惑をかけてしまったね」
    「気にするな。あのまま死なれては俺も目覚めが悪い」
     ぶっきらぼうな物言いの中に、隠しきれない優しさが垣間見える。青年がくすりと笑ったのを聞いて、モーディスは不思議そうに片眉を上げた。笑ったことにより胃が動いたのか、青年の腹からはぐぅ、と空腹を知らせる音が鳴る。「暫く食事にありつけてなくて」と照れくさそうにしている青年に、今度はモーディスが微笑む番だった。
    「異邦人よ、ベッドから起き上がれるか?」
    「え?」
    「昨晩仕込んだ鶏肉の煮込みがある。味が染みていて美味いはずだ」
    「それはありがたいけど……ご馳走になっても良いのかい?」
    「少々作りすぎてな。俺一人では食いきれん。運んできてやるから、少し待っていろ」
     モーディスは氷が溶け始めた桶を片手に、食事の用意のために部屋を後にした。ベッドに腰掛けたままの青年の額には、心優しきシスターに触れられた際の熱が消えずに残っている。


    「そら、口を開けろ」
    「じ、自分で食べれるよ!」
    「嘘をつけ。お前の右腕は狼に噛み砕かれて骨が露出していたんだぞ。いいから言うことを聞け。無理矢理口をこじ開けられたいか?」
     トレーに匙と器を乗せて戻ってきたモーディスは、一口大の大きさにまで肉を解すと、ずいっと青年の口元に匙を近づけて早く食えと指示をしてきた。親が体調不良の子に食事を与える構図に、気恥ずかしさから青年は一度拒否したものの、シスターらしからぬ圧に押し負けて渋々口を開く決意をした。
    「どうして選択肢が一か百かしかないんだ。ううっ……じゃあ、お言葉に甘えて……」
    「あーん、だ」
    「あ、あーん……」
     日頃子供と接する時間が長いためか、モーディスは青年を無意識に子供扱いしている。おずおずと開かれた口に匙をねじ込み、柔らかく煮込まれた肉を濃厚なスープと一緒に流し込んでやった。野うさぎのようにもぐもぐと咀嚼していた青年は、ぱあっと表情を明るくしてモーディスを見ると、もう一口とせがむように修道服を引っ張った。再び広がる芳醇な旨味に、青年は幸福を感じているようだ。
    「美味しい……こんなに美味しい料理を食べたのは生まれて初めてだ」
    「褒めても何も出ないぞ」
    「そんなんじゃないさ。素直に感想を述べたまでだよ」
     モーディスの料理は絶品だった。店を開くことは考えていないのかと問うと、聖職以外に就く気はないと返ってくる。趣味の一環とのことだが、間違いなく彼の料理の腕はプロ級だった。故郷では自己満足のためだけに調理することが殆どであったが、布教の旅の中、飢えに苦しむ人間や腹を空かせた子供たちに振る舞った際に屈託のない笑顔で「美味しい」と言われてから、もっと笑顔を引き出せるようにと料理への熱意に火がついてしまったのだ。
    「異邦人のお前の口に合ったのなら、何よりだ」
    「僕のことについて……聞かないのか?」
    「この村の者ではないことくらい、見ればわかる。話したくなければ話す必要はないし、俺も聞かん」
    「そうか……ありがとう」
     傷付いた旅人も、迷える魂も、等しく受け入れるのがシスター・モーディスの役目でもあり、教会の存在意義でもある。誰にだって触れられたくない過去の一つや二は抱えているもので、聖職者の自身も例に漏れない。些か異邦人と呼ぶのは如何なものかと考えていたところで、モーディスは唐突に手を取られて顔を上げた。
    「ファイノン」
    「なんだ?」
    「僕の名前。ファイノンって言うんだ。君の名前は?」
    「……モーディスだ」
     青年──ファイノンは「モーディス」と噛み締めるように復唱すると、陽だまりのような髪で編まれた三つ編みにそっと唇を寄せた。モーディスはファイノンの行動に驚き肩を掴むが、怪我で寝込んでいたとは思えないほどの力で押し返されびくともしなかった。
    「いきなり何をする……!」
    「何って、ただのスキンシップさ。深い意味はないよ」
    「そうか、次からは先に声をかけてくれ。俺はその……あまり接種行為には慣れていない」
    「はは、ごめん、気をつけるよ」
     二人の視線が交わるも、添えられた手から逃げるようにモーディスは匙で食事を掬う作業に集中する。なんとなくファイノンの顔を直視できず、器が空になるまで口に運ばれていく匙のみを凝視していた。
    「傷が完治したらどうするつもりだ」
    「僕の旅の目的は善行を積むことなんだけど……君も知っての通り、道中いろいろあってね。行き倒れない道を模索しているところさ」
    「……命がいくつあっても足りなさそうだな」
    「やっぱりそう思う?」
     無謀な旅だと思いつつ、ファイノンにはこの漠然とした目標を必ず成し遂げなければならない理由があった。彼の肩には幾人もの願いが重くのしかかっている。モーディスがファイノンに課せられた使命を知ることになるのは、もっとずっと先のことだった。
     ファイノンは何か思いついたかのようにモーディスとの距離を詰めると、がっしりと肩を掴んで予想外のことを言ってのけた。
    「そうだ! 君は聖職者なんだろう? なら、君のそばにいることが目標達成までの近道になるかもしれない」
    「は、それはどういう」
    「ここに置いてくれないか? 君の仕事の邪魔はしないって約束する。こう見えて、料理以外の家事とか大工仕事は得意なんだ」
     何かの役には立つと思うけど、と捨てられた子犬のように縋られて、モーディスの良心が傷んだ故、突き放すことができなかった。シスター・モーディスの唯一の欠点は、お人好しすぎるところだと村人たちは語っていた。
    「やっぱり、駄目?」
    「……はぁ、仕方ない。きっちりお前にも仕事は与えるからな。弱音を吐いたら承知しないぞ」
    「やったぁ! ありがとう、モーディス」
    「こら、いきなり抱き付くな! 声をかけろと言っただろう!」
     かくして、武闘派シスターモーディスと、謎多き青年ファイノンの共同生活が始まったのである。




     ファイノンは自分で宣言したとおりよく働いた。掃除洗濯、花壇への水やり、外れかけていた扉の修繕、何でも快く引き受け、モーディスだけでは行き届かなかった業務の細部にまで目を向けている。初めてファイノンを見た子供たちは見慣れない顔に戸惑っていたようだが、ものの数時間で腕にぶら下がったり肩車をされたりとすっかり懐いた様子だった。並んでケーキを食べる姿など、大きな子供にしか見えないくらいだ。
    「ファイノンお兄ちゃんはここに住んでるの?」
    「うーん、住んでるというか……モーディスの好意で住まわせてもらってるの方が正しいかな。どうしてだい?」
    「ふーん、なぁんだ。モーディス様とけっこんしてるんじゃないんだ」
    「え」
     子供というのは、時として突拍子もないことを口にするものだ。半笑いのファイノンよりも、後ろで一部始終を聞いていたモーディスの方が衝撃で硬直している。
    「だって、お父さんが言ってたんだもん。好きな人と一緒のおうちに住むのはけっこんしてるからだって。だから、ファイノンお兄ちゃんとモーディス様もそうかなって思っただけ」
    「なるほど……」
     妙に納得しているファイノンの頭を軽く叩いて、モーディスは少女の前で腰を落とすと、やんわりと言い聞かせるように目線を合わせた。
    「俺はシスターだ。クレムノスのシスターは皆、ニカドリー様に身を捧げている。だから、他者と結ばれることは許されない」
    「じゃあ、こいびとも作れないの?」
    「そうだ。それがシスターの運命さだめだからな」
     この身を神に捧げると誓ったあの日から、モーディスは一度も道を踏み外したことはない。志を曲げず、揺らぐことのない鉄の心は生涯ニカドリーに尽くすためだけにある。少女は腑に落ちない顔をしているが、モーディスは「いずれわかる」と言い残し、綺麗に平らげられた皿を回収して厨房へと入っていった。
     ファイノンの晴天のように澄んだ瞳が、微かに曇ったことには気づかずに。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺👐🎋👐🎋💯💯💴💯💯💯💯💴💴👏👏👏❤❤❤🙏🙏💴💴👍💖💖💖💴💴💴❤❤❤💴💯☺💴💴💴💖💴💖💖💖💖👏💖💖💖☺☺👏💖💖💖💖💖👍
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works