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    ce_ss111

    せら ( @ce_ss111 )
    フィ / オズフィガ / 晶♂フィ

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    【10/16晶くんオンリー4展示作品】

    『つづれに織りて』
    ・晶♂フィガロ小説
    ・月のきれいな夜にお仕事するおはなし

    つづれに織りて 凛とした静けさが無数の星の瞬く空全体に広がり、足音の途絶えた世界にじんわりと舞い降りていた。眠りの時間の少し前、夜色の空に埋もれた月が、白く強い光を放つ。
     ──銀色の月と、燦く星、微かに流れる水の音。
     青く澄んだ空気が星芒を撫で擽りながら、闇を纏った空を泳いでいく。風の囁きに揺れる花壇の花ひとつひとつに、月明かりが燈を灯していく。
     どこからか迷い込んだリスの親子が、小さくキィと鳴き声を上げながら中庭の大樹の根元を行き来している。日中、子供たちが拾って並べ置いたどんぐりの実を見つけ、両頬を膨らませながら尻尾を揺らし、駆けていく。
     清らかな水音を鳴らす中庭の噴水が、月影の中で硝子の欠片のようにきらきらと煌めく。囁くような微風が辺りを吹き抜け、透き通った水面をやさしく撫でていく。
     噴水の水面にその姿を映した銀月が、波紋に揺れて、揺られて、やがて、ライアーを爪弾くように弾けて、消えた。


     カーテンのない窓が夜空を四角く切り取り、絵画のように美しく静謐な彩を湛える。硝子の向こうには、銀月の白い光と煌めく星。風の音をも飲み込んでしまう闇夜の静寂は、星の瞬きさえ聞こえそうなほどに澄み渡っている。
     晶が窓の向こうの空をぼんやりと見つめていると、夜の色を映した硝子のキャンバスに、ふわり、海色の髪を揺らす人影が映り込んだ。
    「……何か面白いものでも見えた?」
    「あ、フィガロ。……いえ、」
     静かな夜だなと思って、と、つられるように窓の外に視線を向けたフィガロを見上げながら、晶は小さく答える。フィガロの長い睫毛が月の光を受け、白い頬に影を落とす。ぱちぱちと瞬くその不思議な煌めきの瞳を宿す横顔に、晶は心ごと掴まれたように視線を奪われ、その吸い込まれるように深い紫紺の瞳を細めた。
    「……賢者様ってば、熱烈。そんなに見つめてどうしたの?……そんなに見つめられたら、俺、溶けちゃいそう」
    「あ……ちがっ……すいません、」
    「ふふ。ねぇ、もっと。穴が空くまで見つめていいよ。きみにそうやって見つめられるの、」
     俺は、すごく好きだよ、フィガロがそう態とらしく掠れた声で耳元に囁くと、頬を膨らませた晶が、ぺち、とフィガロの白い頬を叩く。可愛らしい仕返しにころころと満足げな笑い声を上げながら、フィガロは振り返り向かいの椅子に腰掛けると、ゆったりと長い脚を組んだ。
    「もう……」
    「ごめんごめん。さ、お仕事、始めようか」
     そう言ってぱちりと片目を瞑ってみせたフィガロが細く長い指を軽く振ると、括れた金の縁取りが施された華奢なティーカップとティーポットが、空中にふわりと姿を現した。パール掛かった薄青色のティーポットから、こぽこぽと小気味よい音を響かせて琥珀色の液体が注がれていく。その瞬間、一気に甘やかでみずみずしい、果実の香りが部屋中に立ち込める。
    「……いい匂い」
    「南の国で採れる水蜜蜂のハチミツを混ぜたフルーツティーだよ。きみが好きそうだなと思ってさ。この前、急患で診療所に戻ったついでに貰ってきたんだ」
     フィガロはカップを手渡しながらそう言うと、ふわり、眦を和らげる。両手でカップを受け取った晶に、ねぇ、飲んでみて? と目配せすると、自分もカップを手に取り口に運びながら片肘を付いた。
    「……うわ、とってもおいしいです! それに、淹れてくれた瞬間、果実の匂いが部屋中に広がって、」
     俺、すごく好きです! そう言って花が咲くような笑みを浮かべる晶につられて、フィガロも結んだ紐が解けるようにじんわりと笑顔になっていく。くすくすと口元に手を当てながら、フィガロは擽ったそうにはにかんだ。
    「俺もこれ、香りが良くて気に入ってるんだよね。賢者様にも気に入ってもらえて、うれしいよ」
    「ありがとうございます、フィガロ」
     嬉しそうに笑みをこぼしながら、晶はカップを口へと運びこくりと喉を鳴らす。ほ、と吐息を漏らしながらふわりと細められた紫紺の瞳が、親しみの滲むフィガロの眼差しを捉えて、淡く、揺れる。……そうだ、と小さく呟くと、晶は思い出したようにフィガロに向き直り、ふわり、口元に笑みを浮かべた。
    「賢者様?」
    「……ただいま。帰りました、フィガロ」
     きょとんと目を丸くし瞬きを繰り返したフィガロが驚いた顔をはっとさせて、急にどうしたの? と首を傾げ気の抜けた笑い声を上げた。口元を抑えながらそのままゆっくりと晶に向き直ると、翠の光を宿した灰色の瞳を細めてふわり、眉を下げる。
    「……おかえり。今日も賢者様の顔が見られて嬉しいよ」
    「ちゃんと、言えてなかったなと思って、」
     言いたくなっちゃいました、と困ったように笑う晶を、フィガロはお気に入りを愛でるようなやわらかな瞳で見つめ返す。
    「ふふ、それにしても今日はずいぶん帰りが早かったよね? 珍しいこともあるもんだ。お城からの呼び出し、いつも長くなるのにね?」
    「はい、夕暮れ前にアーサーたちと一緒に帰って来られたので夕飯にも間に合いましたし、ゆっくりできてよかったです」
     そう言ってカップに口をつけゆっくりと飲み下す一連の仕草を見つめながら、フィガロは少なくなった晶のカップにぽちゃんとかわいらしい音色を響かせながらカラフルなシュガーを落としていく。
    「わ、」
    「フィガロ先生の特性シュガーもどうぞ?」
     ありがとうございます、と笑う晶と視線を合わせて目元を和らげると、フィガロは頬杖をつき、ティーポットを指先だけで操りお茶を注ぎ足していく。
    「今日の呼び出しは……この前の任務先でムルが持って来ちゃったあの古代書の所有権とその研究について……だっけ?」
    「そうです。任務地が中央の中でも検閲が厳しい地域だったせいもあるんですけど、ムルがどうしても渡したくないって言うもので……仕方ありませんね」
    「……ほんと面倒な手続きだな。それで、決まったの?」
     そう言ってフィガロは脚を組み替えると、晶が持ち帰ってきた分厚い革張りの本を手に取る。深い緋色のその本には、銀の箔押しで掠れた文様が刻まれ、細長い銀細工のしおりが挟んであった。暫くの間、興味がなさそうにぱらぱらと頁を捲っていたフィガロの眉間に、微かに皺が寄る。
    「……、」
    「あ、いえ、研究機関がどうのとか、どこの管轄だとかなんとかいう段階で揉めていて……決まらないから今日のところは早めに切り上げた、が正しいです、ね……フィガロ?」
    「……これ、表紙が変えられているね。魔法でうまくやったつもりだろうけど、ここに繋ぎ目がある。賢者様、気付いてた?」
    「……え?」
    「もしかして、城の学者連中も気付いてないのか? これ、表紙と中身、年代が違うんだよ。中身は近代に近い文字だけど、表紙はそれより古い時代のものだ」
     本文の細かい文字を辿っていたフィガロの細く長い指が、とん、と閉じられた表紙の掠れた文様を叩く。晶は曰く付きの本とわかり深いため息をつくと、くすくすと笑いながら自分を見つめるフィガロを恨めしげに見上げる。
    「笑い事じゃないですよ、フィガロ。どんなことが書かれていました?」
    「ざっと見た感じ、兵法とか武術の教えが書かれている古い奥義書の類みたいだね。中身には大した価値はないよ、すり替えられたのは表紙じゃなくて中身の方だ。表紙の文様は消え掛かっている。けど、この左下、俺にはMurrって書いてあるように見えるんだよなぁ」
    「えぇ……ムルはそんな事一言も言ってなかったんですけど……言ってくれたらよかったのに、忘れちゃってるのかな。はぁ……明日、アーサーとシャイロックに相談します」
     それがいいと思うよ、と頷くフィガロに眉を下げて笑い返すと、ことりとカップを机に置いて晶は両手を広げ、んぅ、と大きく伸びをする。
    「賢者様はお疲れかな?」
    「いえ、身体は全然疲れてないんですけど、やっぱり慣れなくて。お城は、どうしても肩が凝っちゃいますね」
    「……フィガロ先生がマッサージしてあげようか?」
    「ふふ、大丈夫ですよ。……それより、今は」
     晶はそこで言葉を切って、閉じた本の上に置かれたままのフィガロの手に、そっと指を絡ませる。しばらく手元を見つめた後、上目遣いにフィガロの表情を窺い、ふわり、目を細めて笑みをこぼした。
    「今は、フィガロとおしゃべりがしたいです」
    「……あれ? それだけいいの? ……ふふ、いいよ。賢者様のご命令とあらば、」
     朝まででもおしゃべりしちゃおうか。そう言って戯けたように片目を瞑ってみせるフィガロの手を両手で包み込んで、晶は、命令なんかじゃないですよ、と口を尖らせた。

    「フィガロは今日、何をしていたんですか?」
    「……聞きたい?」
     絡めてきた晶の指を辿るように撫でながら、フィガロは晶の瞳を見つめ首を傾げる。態とらしいフィガロの様子に小さく笑い声をこぼしながら、肌を這うフィガロの指を咎めるようにそっと絡め取る。
    「……ちょっと、擽ったいですよ、フィガロ。何か勿体ぶって俺に言えないような悪いコト、していたんですか? 今日って、南の国は授業の日だったはずですよね?」
    「ちょっと、きみもずいぶん言うようになったじゃない」
    「ふふ、フィガロのおかげです」
     ふたり、額を寄せて、瞳を合わせて、笑い合う。フィガロは、賢者様これを見て? と片目を瞑ってみせると、ぱちんと指を鳴らしダイヤ型のガラス瓶を取り出した。晶の目の前に浮かぶきらりと光る透明なガラス瓶には、見慣れた整った筆跡で書かれたラベルが貼られ、不思議な翠色の液体が光を湛えている。
    「これは……」
    「今日の南の国の授業は、魔法のインクの調合だったんだ。ずいぶん前からミチルが興味を持っていてね。きみも好きでしょ、こういうの」
    「すごくきれい……これ、フィガロが調合したんですか?」
    「そうだよ。それは賢者様のだから、好きに使うといい」
     俺のはこっち、と手のひらの上にガラス瓶を浮かべ、ふわりと微笑む。フィガロの手の上で、瓶の中の深い闇色の液体がこぽりと揺れると、星の瞬きのようにインクに練り込まれた光の粒が煌めいた。
    「……ありがとうございます、フィガロ。俺、すごく嬉しいです」
    「どういたしまして。きみも文字を書くことが多いから、これなら使えるかなと思ってさ」
     晶が手の中のガラス瓶を光に翳すと、星を象った金細工の飾りが、ちゃり、と心地よい音色を奏でる。翠色のインクはフィガロのものと同様に、きらきらと星屑のような光が練り込まれ、星色の煌めきを湛えている。
    「これ、どんな魔法がかかっているんですか?」
    「きみの本心が全部文字になっちゃう魔法」
    「嘘ですよね」
    「賢者様ってば、もう少しかわいい反応してくれない?」
     もう慣れました、と呆れ顔で視線だけフィガロに向け、くすりと笑った晶は、手の中のガラス瓶にそっと触れながら、フィガロの机の上のガラスペンに手を伸ばす。
    「……本当はどんな魔法なんですか?」
    「授業でミチルたちが調合したインクは、水に濡れても時が経っても滲んだり消えたりしない魔法。俺が昔から使っているのは、俺にしか書いたり消したりできない魔法だね」
    「すごい……滲んだり消えたりしないなんて、とっても便利ですね!」
    「ほら、きみも試してごらん?」
     白紙の紙を取り出したフィガロは晶の前にそれを置くと、視線で試し書きを促した。晶は頷きながら恐る恐るペン先にインクを吸わせ、震える手で文字を記す。
     ──白い紙に、美しく煌めく翠色の文字が揺れる。
    「《ポッシデオ》」
     フィガロが魔法で出した透明な水の雫が紙を濡らし、じんわりと花びらのような染みを作っていく。フィガロの細く長い指が晶の書いた文字の上を撫でるように滑る。晶が紙を持ち上げて光を当てると、文字は滲む事なく鏡のように光を映し、きらきらと細かい粒子が輝くのが見てとれた。
    「このインクには、どんな魔法がかかっているんですか?」
    「賢者様のインクは、滲まないし消えないし、きみにしか使えない、とっておきのきみのための魔法がかけてある」
     晶の目の前で指をくるくると回し、さながら御伽噺に出てくる魔法使いのように可愛らしく魔法をかけるポーズを取ると、フィガロはぱちぱちと瞬きを繰り返す晶の頬をそっとやさしく撫でた。
    「ありがとうございます、俺、大事にしますね」
    「ふふ、ちゃんと使ってよ。でも確かに、今日の授業で早速使おうとしたら、ミチルたちも勿体無くて使えないって言ってたなぁ」
    「授業で? ノートを取るのにですか?」
     南の国の授業の様子を、瞳を細め楽しそうに話すフィガロにつられるように、晶もにこにこと笑みを浮かべて言葉を投げかける。フィガロは人差し指を口元に当て首を傾げると、目を細めくすりと笑う。
    「いや、羽根ペンを操って、文字を書かせる練習。今日は授業がおやすみのリケをミチルが誘っていたからね、みんなで一緒に練習したら楽しいかなぁと思って」
    「わあ……! それ、俺の世界の魔法使いがよくやるやつです!」
    「きみの世界の魔法使いは……あれだよね、えいが? とかで見られるんでしょう?」
    「ふふ、そうです。この世界の過日鏡みたいなやつですね」
     記憶の残る物を中に入れ魔法をかけると、その記憶を壁に投影することができる過日鏡は、はるか昔にムルの手によって発明された魔法科学装置。晶の世界にも、よく似た機械があるとフィガロは以前教えられていた。
    「……じゃあ、今からきみの魔法使いが操る姿、その目でしっかり見てよ」
    「俺の魔法使いってそんな……」
    「間違ってないでしょ?」
    「……それは、そうですけど、」
    「ほら、いいから」
     見て? とフィガロが細く長い指を空中でしなやかに踊らせると、純白の羽根ペンが、宙を舞った。晶の手元の紙がふわりと目の前に浮かび、羽根ペンが軽やかに細く整った文字を描いていく。
     暗い海を思わせる闇色のインクで滑らかに書かれたその整った文字は、星屑のような光を纏い、白い紙の上に煌めきを映し出していた。
    「……フィガロのインク、とってもきれいですね。これは、なんて書いてあるんですか?」

    「あ・き・ら」

    「……え?」
     文字を指差しながらそう答えた声に、晶は弾かれるように視線を上げ、瞳を丸くし驚いた表情でフィガロを見る。視線の先のフィガロはそれに気付いていないのか、普段と変わらぬ表情で、すらすらと文字を書き続けている。
    「こっちは、ま・ほ・う。この文字を後ろにつけると、ま・ほ・う・つ・か・い……って、賢者様? どうかした?」
    「あ、あの……いえ、」
     晶の顔を覗き込みながら首を傾げるフィガロに言葉を返せないまま、きゅ、と口元を引き結ぶと、晶は戸惑った表情を見せながら両手を胸に当てて視線を落とした。数瞬の後、顔を上げてフィガロと視線を合わせると、ふわり、瞬きをしていたら見逃してしまうほどの短い時間、泣き笑いのような表情を浮かべた。
    「賢者様?」
    「……フィガロの……フィガロの名前はどう書くんですか? 俺も、書けるようになりたいです、フィガロの名前」
    「ふふ、いいよ。きみに俺の名前を書いてもらえるなんて、光栄だな」
     フィガロは立ち上がり晶の背中側に回って手を伸ばすと、晶のペンを持った手にそっと手を添えて、ゆっくりと動かしていく。フィガロの体温の低いひいやりとした手に、晶のあたたかな温もりが伝わっていく。
    「俺の名前はこう……そんなに難しくないでしょう? 賢者様、今のでわかった?」
    「あ……はい、覚えました、きっと、大丈夫」
     繰り返し何度も何度もフィガロの名前を書く晶を見つめながら、フィガロはブランデー入りのお茶を口に運ぶ。ふわりと馨る果実と酒の混じった濃厚な匂いに、唇をぺろりと舐めるフィガロに、晶は惹きつけられるように視線を上げた。
    「賢者様大丈夫? なんか、上の空じゃない?」
    「いえ……。あの、フィガロ、お願いがあって、」
    「なぁに? ふふ、おねだりは上手にね?」
    「……朝まで一緒にいてもいいですか?」
     少しだけ意表を突かれたような顔をしたフィガロは、ゆっくりと穏やかに口元を綻ばせる。
    「……いいよ。でも、」
     そんなの、いつもしてるじゃない? そう態とらしく耳元で囁き息を吹きかけるフィガロの手を取って、晶は眉を下げ、困ったような笑みをこぼした。


     世界の音を全て持ち去ったような静かな空に、冴え冴えとした星が燦く。高く煌めく星の光の雫はそのまま地面へと落ちて、草木に光を燈していった。月影が窓を潜り、フィガロの髪に星色の光を落とす。窓の外の月を見上げながら、フィガロは儚く消え入るような微笑みを浮かべ、そして、絹糸のような声音でただひとことだけ、届かない心を口にする。

    「……いつか、心から。きみの名を呼べたらいいな」

     ぽつりと呟かれた消え入るような言の葉の後に、眉を下げ頼りない表情を浮かべると、フィガロは再び、闇夜を照らす銀月を仰ぎ見た。
     空を照らす打ち上げ花火のように、暗い夜空に光の花が咲いている。散らばった花々のような星屑は、やがて、呼吸に呼応するように瞬きを繰り返す。
     互いに心の置き場を探すように、心を渡して、渡されて。ただ、掴み損ねた砂のように、手の中をすり抜け流れゆく止まらぬ刻に、心を隠して、閉じ込めて。
     ──願いというよりは、祈りに近いのかもしれない。祈りだなんて、まるで、──。

     布擦れの音にフィガロが振り返ると、眠い目を擦りながら、晶がゆっくりと身を起こすところだった。ふぁあ、と眠たげに欠伸をしながら、不安げに瞳を揺らし窓辺のフィガロを見上げる。
    「……フィガロ? どうかしましたか?」
    「なんでもないよ、賢者様。まだ起きるには早い。ほら、もう、おやすみ」
     そう言って少しだけ身を屈めて笑みを浮かべるフィガロの手を引いて、驚くフィガロに構わず、晶は確かめるようにその冷たい手を両手で包み込んだ。
    「……フィガロが眠れるまで、俺も起きていますよ」
    「……、」
     眉根を寄せたフィガロは、その表情を隠すように、晶の肩に顔を埋める。とんとんと優しく落ち着かせるようにフィガロの背を叩いた後に、晶の指がふわりと癖のある青灰の髪をくしゃりと混ぜて、やさしく労わるように撫でていく。
    「…………頭は撫でても、撫でられることなんかそうそうないんだけどなぁ」
    「ふふ。たまには、俺に甘えてください」
    「……賢者様には敵わないな」
     やわらかな声音で囁いた晶と視線を合わせて、フィガロは、困ったように、擽ったそうに、はにかむような笑みを浮かべた。


     ──いつか、心から。名前を呼んで、手を取り合って。煌めく星空の中で細い糸を手繰り寄せるように、心を紡いで、心を繋いで、爪弾くように、つづれに織りて。













    ----------------------------------------------------------------------------------
    あとがき(2022.10.16)(2023.02.11追記あり)

    晶くんオンリー4開催おめでとうございます…!
    スペースにお立ち寄りくださり、作品をお読みくださりありがとうございます。

    晶フィのあたたかさともどかしさと切なさの絶妙なバランスがほんとうにほんとうに大好きで、そこを目指したのですが力及ばず……少しでもどなたかの心に何かを残せていたらと祈るばかりです。

    以下メインスト2部ネタバレを含みます。
    ↓↓↓

    晶くんがサクちゃんに名前をつけられなかったり呼べなかったりするあの狂おしい切なさと同じように、フィガロももしかしたら晶くんのことを……というのが、このお話を書きたいと思ったきっかけでした。

    「いつか、心から〜」のホームボイスが大好きです。

    あたたかくて、切なくて、儚くて、狂おしいほどに美しいこの2人の関係を、ほんの少しでも描けていたらうれしいです。

    長々とあとがきという名の言い訳を書いてしまいましたが、楽しんでいただけたなら僥倖です…!最後までお付き合いいただきありがとうございました。

    せら


    以下メインスト2部13章のネタバレを含みます。(2023.02.11追記)
    ↓↓↓
    ……というのが、この作品を書いた時に込めた思いでした。
    2部13章でフィガロの思考の中では賢者様のことを明確に『晶』と呼んでいたことに衝撃を受けた一方で、フィガロの心の所在や互いの距離感、これまでとこれからに思いを馳せて、締め付けられるような苦しさやもどかしさを噛み締めているところです。



    それでも、
    こうして二人が一緒に同じ時を過ごせたら。
    たとえ時を止めることができなくても、
    ……約束ができなくても、
    そばにいて、心を繋げられたら、何かが変わるかもしれないと願いを込めて。


    せら
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    ce_ss111

    DONE『氷華、祈りて捧ぐ』
    世界征服時代オズフィガ
    *2021.9.21発行『泡沫、徒花、みちとせ』、2022.7.24発行『散花の調べ』と同じ時間軸、一部再録あり
    *フィガロの口調が公式情報(spoon.2Di vol.80)と異なります。前述の作品内容との整合性から修正をしていません、ご容赦下さい
    *メインスト2部・4周年ストの内容を一部含みます
    *メリクリじゃないいつものでごめんなさい…
    氷華、祈りて捧ぐ 白の空気は寥々として澄み渡り、ちぎれた雲からはらはらと落ちるように雪花が舞う。風に煽られた羽織りがひらりと翻った拍子に、ひとつにまとめられた冬の海の色を映した癖毛がふわりと揺れる。紗をかけたように白く塞がれた空に映えるその色は、毛先が淡く透けて空の色を映している。
     空は雪音を吸い込むような白に染まり、薄っすらとその白に淡紫色の朝の光を滲ませて、吐息を集めるように風が雪を踊らせていた。微睡を残したままの空の端には、きらり、夜の名残の煌めきがその光を湛えていた。
    「……意味なんてなくても、いつか終わるその日まで、」
     バルコニーの手摺りに凭れ掛かり空を見上げていたフィガロは、そっと手を伸ばし、広げた手のひらに落ちる星屑のような雪の欠片を見つめていた。防寒魔法の掛けられた白くあたたかい手のひらの上で、雪の結晶がはらりと咲いて、咲いて、じわり、溶けていく。
    6647

    ce_ss111

    DONEフィガロと精霊と北の国のおはなし
    フィガロ中心  小説


    *双子の屋敷を出たあと世界征服時代よりずっと昔
    *北に居を構えたフィガロのなんでもない朝のひとときをほんの少しだけ覗いてみました
    *CPなしで名前のあるキャラの登場があります


    *フィガロが森を散策したり、箒で空を飛んだり、森や泉を訪れるなんでもない日常のひとときを覗いてみました





     北の国の雪深い森に、目覚めの光が密やかに語りかける。宵闇の空の縁が仄かに白く色付く時、ゆっくりと光をその身に馴染ませるように、夜明けが闇を溶かし始めた。森の木々は真白な衣を纏い、時折吹き荒ぶ冷たい風に、その身をゆらゆらと燻らせている。
     屋根を滑る雪の音色が、静かな朝に歌うように響き渡る。まもなく聞こえたどさりという雪の落下音に、んぅ、と掠れた声を漏らしながら、フィガロはふんわりと膨らんだ羽根布団の中で身を捩った。
    「……、」
     この氷風吹き渡る季節には、この地を燦々と照らすあたたかな太陽が登るわけではない。厚く重たい雲が覆う空の向こう側に、音もなく静かで冷たく濡れた朝がゆっくりと登ってくる。じっくりと白んでいく空は、やがて、世界を乳白色に染め上げていく。
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