はるまついぶき雪は降り止まない。
静寂の雪山、ひっそりと建つ庵の奥にふたりの剣仙の姿があった。
「阿絮、成嶺から文が来たぞ」
老温が手紙を掲げる。筆跡は相変わらず、整ってはいるがどこか不器用な字。
阿絮は卓の前でちらと横目をやる。
「……またか。もう何通目だ」
「十六通目だ」
ふっと笑いながら、手紙を開くと、内容は相も変わらず。四季山荘と鏡湖山荘の再興、孤児たちのこと、そして——
「娘も、元気にしているとさ。今度、雪山まで遊びに行きたいと」
「……あいつ、雪山の険しさも知らずに」
ぶっきらぼうに言いつつも、阿絮は湯呑みを差し出した。
「阿絮、おまえも気になっているんだろ」
「べつに」
「嘘をつけ」
そう言って、老温は手のひらを返す。そこには、小さな玉細工の人形。あの娘がくれたものだ。
「阿絮。おまえに抱っこされて、髪の毛を引っ張っていただろう。あのときの顔、実に……」
「……うるさい」
阿絮はそっぽを向いたまま、ふっと笑う。
「……元気なら、それでいい」
老温は静かに言った。
「江湖は、成嶺と、あの子に任せよう」
「そうだな」
ふたり、遠い江湖の方角を仰ぐ。
もう、戻ることはない。
だが、ふたりでこうして静かに遠くを見守るのも、悪くない。
阿絮の指先が、そっと老温の袖に触れる。
雪のように冷たく、けれど、どこまでもあたたかい。
老温はその手をしっかりと握った。
「阿絮」
「ん?」
「おまえと、こうして生きられて、本当に良かった」
阿絮は小さく目を細め、雪景色の向こうへと目をやる。
「……俺もだ」
そして、ふたりの影は静かに雪に溶けていく。
春。
やがてまた、あの娘の元へ文が届く。
『爹爹と師祖さまは、雪山で元気にしている』
それだけで、きっと江湖も、未来も、大丈夫だ。