────あーぁ、あんな雑にするなら別に結い上げなくてもいいのに…
乱れた髪を気だるそうに軽く整えまとめ上げる。まったく丁寧ではないけれど、それが今の阿絮の日課だった。
雑な手付きのわりに、簪だけはやたら優しくに扱うんだから…。
夏のある日、武庫の入り口を塞いでいた雪壁の一角が崩れ、人が通れる程の穴があいた。
久々の太陽の光は眩しくて、目が慣れるのに時間がかかったけれど、阿絮はすぐさま外に出た。
それから毎日、彼は日が登ると外に出ていった。日向ぼっこが好きだと知ってはいたけれど、そんなに好きだったとは…日が出れば外に行くのは、あの時の阿絮の日課だった。それに着いて行くのが僕の日課ではあったのだけれど。
そんな日が続いたある日、太陽が顔を出し、相変わらず阿絮は外に出てしまい、相変わらず僕はそれに着いて行く。いつも通りの日。
ずいぶん溶けたとはいえ、この山から雪がなくなることはない。あの日に起きた出来事も、逃げ切れなかった人々もこの雪に隠されたままだが、いつもの様に太陽の光は降り注ぎ、雪はそれを照り返し眩しい。その中をふらふらと散歩する阿絮の揺れる白い衣を追う。いつも通りの日だった。
「…ん?」
歩く足に雪とは違う何かが当たった気がした。
白くて、眩しくて、よくわからないけれど、手を伸ばし足元を探れば、やはり雪とは違う感触のものがそこにあった。
拾い上げたそれは冷たく、両端が欠けているけれど馴染みのある久しぶりの感触だ。
懐かしくて角度を変えて眺めていると…
「あ!」
阿絮の珍しい声が聴こえて、ふと目線を移せば、見たこともない顔の彼がそこにあった。
それからは……彼が外に出る頻度が急激に減った。
日が登ったのに寝ぐさっていることが多くなった。けれどその代わりに起きれば雑でも髪を結い上げ、簪を挿す。
────阿絮。さすがにわかりやす過ぎだよ。
あの日、簪を見付けた阿絮が忘れられない。英雄大会で僕が生きてるとわかった時よりも、武庫の中で僕がこちらに戻って来られた時よりも嬉しそうだったじゃないか…いや、どちらもたぶん、少し……かなり、怒らせていたんだけど…
着飾ることには無頓着だった阿絮が、ふたりしかいないこの山で毎日簪を挿す。
削って小降りになってしまった簪はさしにくいだろうに、毎日毎日…
僕しか見ないのに。僕に見せるためにしてるのなら可愛いのだけれど、きっとそうではないだろう。
見せるためなら、きっとあんな風なまとめ方しないだろう?
「あーあーまたそんなに雑に…僕がやるよ。」
あまりにも適当に結い上げる阿絮から簪を取り上げ、乱雑に纏めてあった髪を撫で付け直す。
僕がこちらに戻ってこられなかったとしても、夏が来て雪壁が崩れたら、この人は簪を探してそして髪を結い上げていたのだろうか。毎日…
毎日…呼び戻すように僕を呼んでいたのだろうか…
「よかった…」
「何が?」
「阿絮が髪を結うのが下手くそで!」
「はぁ?下手なわけじゃない。面倒臭いだけだ。」
────だから、何でそんな面倒臭いこと毎日するのさ…
くるくると巻き上げた髪に簪をそっと挿し込む。
「完璧!」
阿絮の髪を結い直し、簪を挿すことがこれからの僕の日課だ。
おしま……******
温「目の前で綺麗な髪をこんなに雑に扱ってたら、僕がなおしに来るの待ってるのかと思うよ?」
周「………」
温「はいはい、冗談ですよ~…」
周「……気付かなかった。」
温「え?」
周「そうかもしれない。」
温「!!」
おしまい!