柔らかめのおそ松の髪が風に揺れる。右手でハンドルを握りながら、トントンと人差し指でハンドルを叩く仕草に、彼の苛立ちなのか緊張なのか、そんなものを感じ取ることができた。
食べ物屋、衣料品、ドラッグストアのチェーン店が立ち並び、時々錆びた歩道橋の下をくぐる。歩道の脇にひょろっとした背の高い雑草が、枯れつつも健気に風に揺れる。多分こんな風景は日本のどこにでもあると思う。でも、今、この席からそれらを見ると、特別なものに見えた。
母さんから頼まれた用事は隣の県の親戚のところに行って荷物を受け取ってほしいというもの。どっかから大量に缶詰をもらったからお裾分けらしい。
「うちは貰えるものはなんでも貰わなきゃ。だって、タダ飯食らいが六人もいるから……」
なんてエプロンで目元を抑える演技をされながら言われたら行かないわけにはいかない。
「でもさ、なんでオレ達なのかね」
後部座席には二重のビニール袋の中に大量の缶詰。車の振動に合わせてカチャと不快に音を立てる。
「今更何を言ってるんだ。……チョロ松達、気がついたらいなくなってたんだから仕方ないだろ」
弟たちはなんだかんだで要領がよく都合の悪いときは信じられないぐらいの速さで消えてしまう。……だから、残された俺達だけで行くしかなかったのだ。
「……まあ、そう、そうなんだけどさ」
国道がこの先工事中らしく、やけに混んでいたので抜け道をと細道に入ったのが悪かったのかもしれない。
抜け道抜け道をと、どんどん奥に入っていったら元の国道にどう戻っていけばわからなくなったのが今の状態だ。簡単に言えば道に迷ったのだ。
おんぼろのこの車にはナビなんてもんはないし、道路に書かれている標識を見るも、そもそも地名がわからない。
「……帰れると思う?、その、オレ達」
一拍。
俺とおそ松の会話には、時々「間」が存在する。それは二人の間に引かれたライン、そのラインに触れそうになった時、「間」が現れる。そう俺は思っている。
きっと、おそ松もそうだ。
「さあ、……あ、太陽と逆の方に進めばイケる、んじゃないか?」
「じゃあ、……今進んでるのと逆じゃん」
「……だめだな」
淡い黄色の光がおそ松を照らす。チッと舌打ちした後、サンバイザーを下ろした。不機嫌そうな仕草でトントンとハンドルを叩く。
だけど、その口元だけは笑っていた。
「……とにかく、あそこのコンビニに入って、方向変換すれば、いいんじゃないか」
「まー、とりあえずそうしましょ」
五百メートルほど先のコンビニに入り車を停める。車を降りると目の前を、制服姿のレディ達が自転車で楽しそうに通り過ぎる。そのレディ達のスカートの部分が気になるのか、大げさに首を曲げて見る赤い男の裾を引っ張り店内に入る。
親戚から天の恵みを貰っていたので少し高めのエナジードリンクとスナック菓子、レジ脇の唐揚げを買って車に戻る。
「確かに、これだけあれば、……かもな」
「……ま、ね」
また一拍。
俺の呟きに曖昧な言葉を返したおそ松が、車のキーをシリンダーに差し込んでひねる。エンジン音、シフトを傾ける音。おんぼろ車がゆっくり動き出す。
目の前に広がるのは、やっぱりどこにでもある店
。かわりばんこに過ぎていくどこにでもある道。その中に紛れている俺達もどこにでもいる兄弟……だったのならよかったのに。
おんなじ顔がむっつもあって、上の二人は多分だけど変な感情をお互いに持っている。
それに気づきたくなくて二人きりになるのを避けていたというのに。
空が少しづつ色を変えて、淡い金の光が窓から差し込んでくる。おそ松がハンドルを握りながら、トントンと人差し指でハンドルを叩く仕草。
苛立ちや緊張だと思っていたそれは期待の感情だと気づいて、一気に顔に熱が集まる。
まだ帰りたくない。
俺の気持ちが零れてしまったのか、おそ松がハンドルを左に大きく回し、細い道へと入る。
「多分こっち、……近道だって」
一拍。
後ろの方で缶詰が大きくガチャリと音を立てた。