「まんまるわんちゃん、じゃあね」
「わふ」
ばいばぁいと声まで甘い女の子達が手を振り歩き出す。気づかれないよう、そっと鼻に全集中して残り香を嗅いだ。……下からじとりとした視線を感じたから負けじと睨み返す。
「んだよ、その顔。文句あんのかよ」
「おそまつ……情けないぞ。モテない人間のオスはこうまでしないとならないのか」
「うっせぇなあ!お前だってあのおねーちゃん達にブンブンしっぽ振って愛想振りまいてたじゃねーか」
「当たり前だろ。好意を寄せられたのなら好意で返すのが礼儀ってもんだろう」
「犬のクセに礼儀なんて語んじゃねーよ!」
ここまで言い返してふと我に返る。
視線を上に向け周りを見ると、ちらほらこちらを怪しげに見ている人がいる。やべ。ついやっちまった。他の人にはわうわう言ってる犬に、でかい相槌をうつヤベー男に見られてるのだろう。
「ほら、いくぞ」
カラ松のリードを強めに引くと
「強くひっぱるな、痛いぞ」
思わずちっと軽く舌打ちしてしまった。なんでこいつはこんな憎まれ口ばかりなのか。
オレこと松野家長男松野おそ松は、ある日突然そのカリスマレジェンドなオーラによって異能力に目覚めたのである。
我が家の丸い犬、カラ松と会話ができるようになるという――
「別にできたからといって何か変わるわけでもなかったし」
オレだけが会話できるというのは、言ってしまえばそれを証明することすらできないのであった。家族に話そうも「おそ松兄さん変なもの食った?」って反応だし、
「ほらっ!お前らも聞こえねえ?こいつが離せおそまつ!オレのセットしたばかりの毛が乱れるって言ってんの」
オレに抱えられバタバタ動くカラ松とオレの顔を交互に見渡したチョロ松に
「おそ松兄さん……可哀想に。ますます頭がおかしくなっちゃって……。でも大丈夫!偉大な指導者、松野家次男チョロ松先生が必ずそんなクソ長男と底辺な弟達を導いてあげるから!ねっ!ね!!」
優しくそっと肩を叩かれたが目がイッてた。それで、なんかもう……諦めた。オレより絶対こいつのほうがヤバいよな。
「OH……気の毒な」
カラ松もそっと呟いていた。犬にそんな感想持たれたらお終いだ。
目的の公園についた。
カラ松はボール遊びが好きだ。散歩の最後に公園に寄ってキャッチボールをして帰る、カラ松にとっては大事な日課なようだ。
「キャッチボールだったら十四松のほうが得意なんじゃねーの?……なんでいつもオレなの?」
「じゅうしまつは運動神経いいからな、だからあいつの球はオレには早すぎる。遠投はちじゅうはかたいとかってやつは厳しい」
「まあ、お前の足じゃそんなに遠く投げられてもだしねえ」
「うるさい、ぱちんこやらでいつも肩が凝ったと言ってるおそまつのうんどうぶそくを解消してあげてるんだ」
あーいえばこーいう、本当に遺憾の意を表したい。動物と会話出来るってもっとハートフルなものじゃないのか?
「でもお前、もしトド松が誘ったら「トド松とキャッチボール!嬉しいぜ!」とか言うんでしょ」
「当たり前だろう、とどまつは可愛いからな」
「一松あたりだっていいじゃん、あいつならお前にあった球投げてくれんじゃね?」
「そうだな、いちまつはやさしいからな」
「チョロ松だっていいじゃん!そーゆーの好きじゃなさそう……だけど均一な投げ方してくれそうじゃん」
「たしかにちょろまつは真面目だからな、そうかもしれない」
カラ松はうむと納得したように頭を振ったあと、口にボールを咥えてオレの顔を見上げる。
「まあ、それはさておき、頼む」
ふんふんと鼻息荒くずいずいとボールをこちらに向けてくるので、まあ、しゃあねえ……とりあえずボールを受け取る。
「お前、今の話聞いてた?」
何事もなかったようにボール投げをせがむ態度に思わず声が出る。
「ああ……でもおそまつが一番暇そうだし、なんか……」
「暇じゃねーし!オレもパチンコ、競馬……色々あんの!んなこと言ってるならマジ帰るぞ!」
「ああっ!それは……」
頭をガシガシと掻いたあと、ぶんと腕を振り上げる。ボールは青い空に向かって飛んでいく。それを見たカラ松はぽってんぽってんと丸い体と短い足を懸命に動かし、ボールへ向かっていく。その姿はゴムボールみてえ。ボールがボールを追いかけてる……
ボールを咥えたカラ松がはっはっと息切らせ向かってくる。オレの足元でもう一度とばかりにボールを差し出す。
カラ松の目にオレと青空がきらきら映る。はっはっと息遣い。カラ松の口からボールを受け取り、ふと頭に浮かんだことを口に出した。
「お前、オレには塩対応だと思ってたけど……そうじゃなくて、甘えてんの?」
「ぎゃっ!!」
目の前で毛玉が大きく跳ねた。
その態度に察しがついた。
「ふうん、そっかぁ!甘えん坊なんだ!カラ松くんは!」
「ち、違う!違うぞ!おそまつ!」
頭をぶんぶんと振り回している後ろでしっぽが激しく左右に動く。
「しっぽ、めっちゃ振ってるじゃん」
「違う!頭についた虫を払ってるだけだ!」
そういって足でも払おうとしたけど足が短くてバランスを崩しころんと転がった。
「ちーがーうー!」
そう言ってカラマツは叫ぶ。仰向けになったまま短い足を懸命にばたばたさせる姿に思わず笑った。
こいつの叫び、他の奴らが聞いたら犬の遠吠えなんだろうか。
そんな事を思ったらまた笑えてきた。