生者に似合わぬ月光よ「せいぜい月の光を浴びるがいいよ」
──『魍魎の匣』
秋の始まりといえば陽の落ちる早さだとか朝に寒くて目が醒めるだとか人により知る術があるだろう。京楽にとっては残念ながら、ようやく酷暑を乗り切った浮竹が寒暖差で体調を崩すことで知れた。一番悔しい思いをしているのは当人だろうから決して口にはしない。卯ノ花ぐらいだ、公言するのは。
「昔はまだ持ち堪えてた筈だがな」
「ボクらも歳を食ったってことでしょ。気にしなさんな。夏風邪と違って掛け布団があっても暑くならないんだし、大人しくしててよ」
宥められたところで浮竹の顔は晴れない。
昔はもっと耐えようがあった。なにせ中秋の名月、もとい中秋節に合わせて宴会があってそこに新人は駆り出されていた。拙くも琵琶を弾いたり筝を弾いたりした覚えがある。一方で京楽は風流な振る舞いに恥じぬ見事な横笛を披露して、本人は野郎相手に無駄な音を奏でたと嘆いていたが意地の悪い同僚たちでさえ感嘆の声を漏らすほどだった。浮竹は師匠がいたから聞くに耐えぬ音を出すことはなかったものの皆が皆そうであった訳でもなく、そもそも豊作の返礼が色濃くなってきて、そこに京楽の横笛で肥えてしまった耳で素人の音色に用がある者など居らず、二人が官位を戴いて暫くした頃にはそんな風習はなくなっていた。二人揃って若くして隊長羽織を受けた頃には廷内の茶屋が商魂逞しく気張る程度で、隊ごとに内々で屋根に上ったり見晴らしのいい丘へ行ったりすることもあるぐらいだ。今に至っては浮竹なぞ団子を食べる日とさえ捉えている。
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