フロジェイバースデー前日の小話夕飯を終えてシャワーを浴びて、明日の準備──誕生日用のジャケット等を壁に掛けるなど──をして、ジェイドはすぐにベッドに入った。いつもなら、ここからがフリータイム、楽しい時間の始まり!って感じで、一緒にアズールのところに遊びに行ったり、話したり、夜の学園をブラついたり、図鑑を眺めたりしているのに。
しかも、15歳最後の夜だ。てっきり、ふたりで夜更かしすると思っていたからビックリした。日付が変わるまで何でもないことをおしゃべりして、笑って、0時になったら「おめでとう」を言い合って、眠る。それがオレたちのお決まりの誕生日だったから。
「ジェイド、もう寝んの?」
色とりどりのシューズが踊る雑誌から顔を上げ聞けば、ジェイドははい、と頷いて頭を枕に預けたまま、こっちを向いた。
「実は、少し体調が優れなくて」
「……え。大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。倦怠感が少々と軽い頭痛がする程度なので」
ジェイドが告げた言葉に、嘘は無さそうで。ぐちゃぐちゃの毛布の上に伸ばしていた尾ビレを床につけペタペタと歩き、兄弟のベッドの傍にしゃがんで左手で額に触れた。そうして、もう片方を自分の額に当て。
「ん~……分っかんねぇな……」
「ふふ」
首を捻る程度には、熱くはなかったのを覚えてる。……そう、この時は。
「そう心配しなくても平気ですよ、フロイド。お薬も飲みましたし、このくらい明日には治ります」
「ならいいけどさぁ。……明日はオレたちのバースデー。パーティーだかんね、ジェイド」
「ええ、分かっていますよフロイド。楽しみですね」
「ね~、ジェイド。楽しみだねえ」
それから二言、三言話して、照明を落とした。ジェイドは、僕のことは気にせずフロイドは起きていて構いませんよ、なんて言っていたけれど、オレも眠くなってきちゃった、って嘯いて布団に潜った。……それからすぐ。隣のベッドから寝息が聞こえ始めて愛しくなる。
ジェイドは結構無理をしがち……というと語弊がある気がするが、自分の丈夫さを過信して多少具合が悪かったり怪我をしていても気にしないきらいがあった。実際、それでも大体は知らない間に治ってるし、何とかなっていることばっかりだから、別に良いのかもしれないけれど。
そのジェイドがちょっとの不調で早めに床に就いたということはつまり、明日がす~んごく楽しみなのだ。万全の調子で迎えたいから、たっぷりと休養を摂ることを選んだ。
かわいいかわいいジェイドと明日を一緒に楽しめますように。そんなことを願いながら、オレも瞼を下ろしたのだ。
──しかし、現実とは無慈悲なもので。
「……ジェイド、スゲー熱いよ。一回熱測ろ?」
「……いやです……」
「イヤじゃないの。測っても測んなくても、ジェイドの熱が上がってんのは変わんねーし、ほら、咥えろって」
「ん……」
勉強机の上のランプを点けて、体温計を片割れに渡す。嫌々と稚魚のように首を振って駄々を捏ねていた割に、大人しく口に含んでくれた。ぐんぐんと指し示す目盛りの位置が変わっていって、うわぁ、と思わず声が漏れる。
ジェイドの薄黄色の瞳に張った涙の膜からぽろりと雫が垂れた。それを拭ってやろうと触れた頬は、思った通り燃えるように熱かった。
……時刻は午前一時。日付が変わっていたけれど、当然「誕生日おめでとう」なんて言えやしない。それどころじゃなかった。
──物音がして目を覚ませば、レストルームから明かりが漏れていて、寝ていたはずのジェイドはベッドから消えていて、……念のためと扉がビミョーに開いているトイレを確認しに行けば、ジェイドが真っ赤っかな顔でゲーゲー吐いていて。便器の中には、ほとんどそのまんまの夕飯たち。
「……もう、出ないです」
呟いた声は、可哀想なほどに掠れていた。
砂時計の下の方、小山が出来たのを見て体温計を抜き取る。示された数値を読み取って、ゲェ、と顔を顰めた。
「何度、だったんですか」
「……聞きたいの?やめといた方が良いと思うけど」
「……やめておきます」
「アハ、お利口じゃん」
軽口に返る言葉はなくて、沈黙が落ちる。ジェイドの歯が鳴る音と、ふうふうと熱い息が吐き出される呼吸音。それを破ったのはジェイドだった。
「僕、」
「ん?」
「明日のパーティーまでに、ぜったい治しますから」
あなたと一緒に参加することを、本当に楽しみにしているんです。ひっ、と引き攣るように喉が鳴って、咳き込んだ拍子にぼろぼろと涙が溢れだす。もうオレの指だけじゃあ、拭いきれない。
「ウン。オレも楽しみにしてる。……だから、もう寝ちゃいな」
「…………はい」
すう、と意識を落とすように眠りに就いたジェイドに、やっぱり"おめでとう"は言えなかった。